162 第50話 Dの悲劇 20 【500年前の復讐08】
◆リットール東の森 東端
その頃、ダゴンとバイアデンは瀕死の子供達を抱えて森の東端に差し掛かっていた。
「うう、父さん……地上に降りて……」
「お願い……」
「パパ……今すぐ降りて……私……もう……」
「アーク! カレン!」
「マイン! 目が覚めたのか!」
ダゴンとマークスは急ぎ森の中に舞い降りた。
「お父さん……私……もう……駄目……みたい……」
「カレン、そんな事ない! レイミアがきっと助けてくれる。それまで気をしっかり持つんだ!」
ダゴンはカレンを抱きかかえ、意識が途切れないよう必死で呼びかけた。
しかしカレンの反応は芳しくない。
「はっ……はっ……はっ……はっ…………」
呼吸は小刻みで弱い。十分な空気を肺に送り込めていないのだ。
空気を求め弱い呼吸で回数は必然的に多くなり、しかし空気を取り込めない呼吸は悪戯にカレンの僅かな体力を削っていく。
「暗い……辺りが……急に……暗く……なって……怖い……怖いよ……お父さん……どこ……」
カレンの視界は急速に悪化し、朦朧とした意識の中でカレンは闇に怯えた。
いや、視界だけでなく、カレンの五感そのものが失われていく。
暗闇の中、カレンは必死で父の顔に触れようとその手は空を舞った。
ダゴンは不安そうなカレンの手を取り自分の頬にあてた。
「大丈夫だ。お父さんはちゃんとここにいるぞ!」
カレンの不安そうな表情が一瞬安堵の表情になる。
しかしすぐ悲しみの表情へと変わった。
「ねえ……お父さん……どうして……私達が……迫害を……受けるの?……人族は……どうして……過ちを……認めない……の?……わたし……悔しい……」
「わからない。お父さんにもわからないんだよ。そしてお父さんも悔しい……」
どうして――
ダゴンの脳裏に
セレナと暮らすための安住の土地造りから始まり、世界中に散った同胞達の拠り所、人族との懸け橋となり良き関係を築くはずの
しかしその全ては人族の卑劣な裏切りにより壊されてしまった。
そして今、残された二人の子供達も失おうとしている。
「そもそも竜族が人族と良き関係を築こうとしたことが間違っていたのか……」
ダゴンは
そして人族の善性を信じたく思った自分の愚かさを呪った。
「結局、人族は善性であっても、悪性であっても、世の害悪でしかないのかもしれないな……」
ダゴンはここに来て悲しそうに、そう結論付けた。
「お父さん……それは……少し……違うよ……だって……お母さんは……人族だけど……素敵な……人よ……」
「きっとお母さんは人族じゃなかったんだよ。人族を超えた存在なんだ。お父さんは、もうそうとしか思えない。だから……」
カレンの悲しそうな顔色がより深みを増す。
“だから……”ダゴンはその後の言葉を止めた。ダゴンは何を言いかけたのか。
しかしカレンは、ダゴンの人族に対する激しい憎しみを感じ取ってしまった。
――だから人族にはもう容赦しない――
言葉は発せずともカレンにはそう聞こえてしまったのだ。
ダゴンは人族を完全に敵・仇と割り切った。
カレンは人族を滅ぼすのが悲しいのではなく、優しい父が復讐の鬼と化した事が悲しかったのだ。
「はっ…………はっ…………はっ…………はっ…………」
カレンの小刻みな呼吸。しかし徐々にその間隔は開いていく。
「カレン、無理するな! 身体を休めるんだ!」
「はっ…………はっ…………お父さん……私……もう…………」
「カレン!」
「はっ…………はっ…………あり……が……とう……お父さ……ん……」
家族と一緒に幸せだったあの頃を思い浮かべつつ、ダゴンに対する感謝の言葉を必死に声にしてすぐ…………
カレンの身体からスウッと力が抜けた。
カレンの魂が身体から抜け、東の空へと消えて行く。
「カレンッ! 逝くな! カレンッ! カレンッ! うわあああああああああああああああああああああ!」
魂無きカレンの身体を抱きしめダゴンは絶叫した。
「マインッ! マインッ! 目を開けてくれ! マインッ! 人族めぇ、よくもマインを……!」
ダゴンの隣ではマインを抱きかかえたマークスが同じように泣き喚いている。
マークスの身体は悲しみと怒りで激しく熱を放ち始めた。
「カレン……と……マイン……は……逝った……のか……ちくしょう…………」
アークは二人の死を目の当りにして、悔しそうに、悲しそうに吐き捨てた。
「アーク! せめてオマエだけでも!」
「父さん……僕も……もう……駄目……みたいだ」
「諦めるな! レイミアのところまで戻ればきっと!」
「無理……だよ……自分……の……こと……だから……わかる……もう……持たない……」
「アーク!」
「父さん……時間が……惜しい……だから……よく聞いて……」
「アーク、弱きになるな! 今は生きる事だけを……」
「いいから……僕が……死んだら……この身体……を……使って……」
「なんだ? いったい何を?」
「父さん……達……が……創るのを……断念……した……基星幽体……汎用……ホムンクルス……その素体……に……僕を……使って……欲しい……」
「なんだと!? アーク、おまえ、何を言って……」
【基星幽体汎用ホムンクルス】
それはかつてダゴン達が開発しかけていた土木・農業・漁業・防衛に対応する自我無き竜型作業用ホムンクルスだ。
しかしその試作品は問題があった。与えられていないはずの自我は稼働後しばらくすると自然に芽生え、時を同じくして霊気質が自己崩壊を起こし肉体が瓦解してしまうのだ。
結局、素体に竜族の肉体を使うなど解決方法が無かったわけではないが、竜人の犠牲により成り立つ技術の上、記憶を継承してしまうなど試作を創るまでも無く倫理的に問題が大きいすぎることが見えていたため開発を断念した経緯がある。
「僕を……ホムンクルスに……兵器に……創り変えて……欲しい……父さんの……武器として……」
「アーク、それは駄目だ。あれは《記憶の継承》はされるが《魂の継承》はされない。そこにおまえの心・自我は塵ほどもないんだ。おまえとは別の自我が身体を……」
ダゴンはアークの願いを拒もうとした。
愛する我が子を兵器に作り替えるなど、許容できる範囲を振り切っている。
「それでも!」
アークをダゴンの言葉を遮った。
「父さん……僕は……悔しい……このまま……やられっぱなし……なんて……絶体……いや……だ……」
「アーク……やはり無理だ。父さんにはできない。出来るもんか! むっ!?」
ダゴンが再度拒もうとした時、背後から異様な気配を感じた。
振り向き何が起きているのかを見てダゴンは驚き目を丸くする。
「マークス、その身体は!?」
「ダゴン、俺は竜族をやめるぞ!」
ブシュウッ!
マークスは激しい怒気と、禍々しい邪気を全身から放ちながら変貌をしつつあった。
身体は二倍近く大きくなり、髪は逆立ち、皮膚は紅黒く変色し、憎悪溢れるその目は爛々と金色に輝いている。
「マークス、おまえ“邪”に堕ちたのか!?」
「ああ。ダゴン、おまえはアークの傍にいてやれ。俺は
娘マインを失った悲しみ。人族に対する憎悪。その他、負の感情で心が一杯になり、邪竜族に墜ち復讐に燃えるマークス。
そして翼を開き羽ばたこうとした刹那。
「残念だが、おまえはもうどこにも行くことは叶わない!」
「その存在を世に放つわけにはまいりません!」
上から声が聞こえたかと思うと、一組の人族男女が空から降りてきた。
「誰だ! な、なんだと!?」
「ああ、なんてことだ!」
ダゴンとマークスは降りてきた二人の姿を見て驚き深く悲しんだ。
降りてきたのは白い戦士系の衣装に身に包み、背中に大剣を背負う青髪の男。
そしてやはり白基調で何かの法衣に身を包む亜麻色短髪の女。
しかしダゴンとマークスが深く悲しんだのは彼らの容姿のせいではなく、青髪の男が両手に掴んだあるものを見てのことだった。
その両手に掴まれていたあるものとは……
「トムズ! バイアデン!」
「ちくしょう、おまえ達がやったのか!?」
そう。青髪の男が手に持っていたのは邪竜族化したトムズとバイアデンの亡骸だった。
死んで間も無いせいか、二人の遺体からは少し瘴気が漏れている。
青髪の男はトムズとバイアデンの亡骸を地に置くとダゴンとマークスに向き直った。
「そうだ。邪竜族はティラム世界とは相容れない存在」
「女神テラリュームは邪竜族の存在を認めません!」
そう言うや否や男は背中の大剣を抜きマークスに斬りかかった!
聖光を発しながら音速を超える斬撃がマークスに迫る。
ガキッ! ギュリリリリリィィィ!
「この輝き、そしてこの聖気、その剣は聖剣か!? まさかこいつ女神テラリュームの使徒、真正勇者か!」
―女神テラリュームの真正勇者―
それは異世界から呼び寄せた
間一髪、マークスは魔素から黒剣を練り上げ勇者の聖剣と鍔迫り合いに持ち込む!
「真正勇者だと!? ちくしょう、なんでテラリュームの真正勇者が俺達を殺しに来るんだ! マークス、加勢するぞ!」
ダゴンは前に出ようとした。
しかし、
「
キンッ!
神官風の女が放った強固な聖属の障壁に囲まれ、ダゴンは行く手を阻まれてしまった。
「うぉっ! この障壁はまさか聖女の……!?」
《
この時代においては物理攻撃・魔法攻撃ともに完璧に防ぎきる最強の結界である。
「マークス! マークス! ちくしょう、向うに行けない!」
ダゴンはバンバンと《
その間にも青髪の勇者とマークスは激しい戦いを繰り広げる。
しかし、戦況はどうにもマークスに分が悪く、時間とともに傷ついていく。
そしてとうとうダゴンの見ている前で――
「
ガラガラ、ズギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
「ぐああああああああああああああああああああああああ!」
いくら邪竜族化したマークスとは言え、真正勇者全力の
マークスは致命傷を負い地に崩れた。
「ちくしょう……マインの……そして仲間達の……仇も撃てない……俺はいい事なしだ……ダゴン……おまえは生きて……俺達の無念を………………うぐっ!?」
ザクッ!
マークスは真正勇者にトドメを刺され絶命した。
「マークス! マークス! くそっ、何故だ! なぜ
ダゴンは息を荒くして咆えた。
だが真正勇者と真正聖女は表情を変える事なく淡々と言う。
「ダゴンと言ったか。あなた方に何があったのかは関係ない」
「私達はこの世界の
「な、なんだと!?」
真正勇者達テラリュームの使徒は決して人族だけの味方というわけではない。
いや、何かの味方という言い方がそもそもおかしいのかもしれない。
混沌世界であった1500年前とは違い、拙いながらも秩序あるこの世界において、人々を導く役割を勇者はすでに降りているのだから。
今の彼らはティラム世界の
この彼ら二人は邪竜族覚醒の気を感じ、急ぎ王都に戻った。そこで召喚勇者達を撃退した直後のトムズとバイアデンを殺害。瘴気を放つ二人の遺体を処理すべく王都の外に出たところで
「邪竜族はやがて己の存在理由を消失する宿命にある。そうなった時、邪竜族の自我は崩壊しただ破壊をもたらすだけの超災害級の存在と化す。そうなる前に悪いが駆除させて貰った」
「私達は事情を知ろうとは思いません。ですがあなた方に非が無いのだとすれば、それは深く同情致します」
「駆除だと!? 同情だと!? ふざけるな!」
殺された仲間達のことをまるで害虫扱いのような言いぐさをする勇者。そして感情の一片もこもっていない同情の言葉をかけた聖女。
あまりの態度にダゴンは激昂した。
しかしそんなダゴンの怒りを意にもせず、真正勇者と真正聖女は踵を返した。
「あなたは邪竜族化しないのだな。ならば遺体はあなたにおまかせしたい」
「どうかそのままで怒りを抑えて下さい。決して邪竜族化して私達の討伐対象にならぬよう願います」
そう言い残すと真正勇者と真正聖女は西の空へと飛んで行った。
ギリギリ……
今の自分では仇を討つことは叶わない。
ダゴンは飛び去る二人に対して悔しそうに歯ぎしりすることしか出来なかった。
「ちくしょう……ちくしょう……何が勇者だ……何が聖女だ……」
ガツッ!
ダゴンは膝を付き、拳を地に打ち付けた。
「と……父さん……」
「アーク……」
「父さん……頼む……僕の……身体を……使っ……て」
「おまえ、まだそんなことを……」
「人族……だけでなく……あの……勇者……と……聖女……に……対抗……する……ため……に……」
はっ…………はっ…………はっ…………はっ…………
呼吸が弱く間隔も広くなっていく。
アークの死が近い。
「アーク、駄目だ。逝くな!」
ダゴンの目からボロボロと涙が零れ、アークの頬を濡らす。
アークは頬を濡らした涙を感じ取り、微笑を浮かべた。
「父さん……頼むよ……このままじゃ……死んでも……死にきれ……ない……僕は仇を……討ちたい……たとえ身体……だけでも……父さんと……一緒に……みんなの仇……」
アークは探るようにしてダゴンの腕を握りしめ、命を削りながら必死で懇願した。
ここに来てダゴンはアークがもう助からない事を悟ってしまった。
それならば――
「わかった……父さんと一緒に戦おう。皆の仇を討とう!」
ダゴンはアークの願いを叶え、アーク亡きあとも共に戦う決意をした。
「へへへ……そう……こなくっちゃ……あり……がとう……父さ……ん…………」
アークは必死で言葉を紡ぎ終えたあと身体から力がスッと抜けた。
身体から魂が離れ東の彼方へと消えていく。
「アーク……アーク……アーク……うわあああああああああああああ!」
ダゴンは全てを失った。
耐えがたい喪失感、悲愴感、憎悪、怒気が増大し心が爆発する!
その爆発にダゴンの殻は壊れ何かに覚醒しはじめた。
身体は熱を発し皮膚が黒ずんでいく。
だが。
「まだだ。まだ邪竜族には堕ちぬ! 今邪竜族に墜ちても復讐は果たせぬ!」
今すぐ邪竜族化して王都の人族を!
そしてあの勇者と聖女を!
全てを滅してやる!
――そんな衝動をダゴンは必死で抑え込んだ。
「ふぅぅ…… 少しだけ待っておれ。卑劣で強欲な人族どもよ! そして真正勇者と真正聖女よ! 必ずこの世から滅殺してくれる!」
ダゴンは仲間と家族の仇を討つ事を誓い、
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