160 第50話 Dの悲劇 18 【500年前の復讐06】

◆3日前 リットールから離れた森への道中



「あーあ、なんで王都から遠く離れた森にまでわざわざ徒歩で行かされにゃならんのだ。あんた転移魔法使えるんだろう?」


特別警邏に抜擢された王国騎士はブツブツいいながらテクテクと歩く。


「そう言うな。捜査は歩いて調べるのが鉄則だろ」


同行の宮廷魔術師はそう言って王国騎士を宥める。


この二人はダゴン達に職質した騎士と魔術師だ。

王都内受持ちエリアでの警邏中、捜索エリアの拡大の命令を受け、二人は遠く離れた森まで出向いたのである。


「だいたい陛下は魔女様を見つけたとしてどうするつもりなんだ?」

「さあな。とりあえず丁重に拘束お連れしろとの事だし、全力で謝罪でもするのだろう」

「でもよ、召喚勇者に召集をかけていたぜ?」

「謝罪を拒絶した時の保険だろうな」

「ぶっそうな話だ」

「まったく」


元々、王都内にて魔女パーラ・ヌース捜索を命じられていた王国騎士隊と宮廷魔術師団。

しかし時空の彼方に飛ばされたパーラ・ヌースの情報など、コロッセオで国王自身も目の当たりにしたあの一件以外出てくるわけが無い。

だが情報が全く上がって来ない事に焦った国王は、王都外にも捜査範囲を広げさせたのである。

その結果――


「こんなところに少年と少女?」

「おまえ達、何をしているんだ?」


森に潜伏していた【アーク】【カレン】【マイン】は見つかってしまった。

三人は決して油断していたわけではない。宮廷魔術師が森に着くなり〈捜査魔法サーチ〉を使ったのだ。


「別に何も」

「待ち合わせしているだけよ」

「そうそう」


アーク達は落ち着いて質問に答える。


「待ち合わせだと?」

「誰が来るんだ?」


「お父さん達だ」

「ここで待つように言われてるの」

「そうそう」


ヘタな嘘をつくのは返って危険。アーク達は正直に答えた。


「ふーん。父親待ちねぇ……」

「身なりもそう悪く無いし怪しむほどのものでもないが……」


王国騎士と宮廷魔術師は、三人をそう怪しく思わなかった。

いくらか尋問したのち王国騎士は去ろうとしたのだが、宮廷魔術師がそれを止めた。


「少女と言っても女には違いないからな」

「あんた、本当に真面目だな」


キュイイイイイイイイイン…………


呆れる王国騎士を無視して宮廷魔術師は〈鑑定魔法アプリソル〉は発動させた。

相手が女である以上、パーラ・ヌースである可能性はゼロではない。

とは言え、魔術自身カレンとマインのことを毛ほども疑ってはいない。ただ職務に忠実なだけなのだ。

しかし〈鑑定魔法アプリソル〉を発動した魔術師の目に信じられないものが映った。


「む、こいつらは!」

「なんだ、どうした?」



〔鑑定結果 種族: 半竜人ドラゴハーフ 状態:微呪(女神セントール系)〕



「こいつらは我々人族の敵! テレポート空間跳躍!」

「おい、なんだいきなり!?」


キュイイイイイイイイイン…………


「い、いったいなに!?」

「きゃああああああ!」

「視界が揺らぐ! まさか瞬間移動魔法!?」


魔術師はその場にいる全員をテレポート空間跳躍で強制連行した。

操作魔法サーチ〉〈鑑定魔法アプリソル〉〈テレポート空間跳躍〉は並の魔術師に使える代物ではない。

アーク達にとってついていない事に、この宮廷魔術師はリットール王国宮廷魔術師の中でもエース級の実力の持ち主だったのだ。


キュイイイイイイイイイイイイン……


ドサッ、ドサッ、ドサッ


「きゃっ!」

「ひぐっ!」

「ぐっ!」


三人は堕ちるようにしてだだっ広く窓のない石壁の広間に転移させられた。

そして騎士と魔術師も続いて広間に舞い降りる。

ここはリットール王宮の地下にある【召喚の間】。本来は勇者召喚を行うために作られた強固な広間だ。


「いつつ、一体なんだ……なっ!?」


アークは状況を把握しようとしてギョッとした。

飛ばされた広間の中には複数の衛兵に混じり、東洋顔の男達がいたからだ。


「まさか召喚勇者!?」


アークは驚き腰に手をやった。


【召喚の間】に待機していた彼らは、連れてこられたパーラ・ヌースが話合いに応じなかった場合の保険。パーラ・ヌース制圧のためにリットール各地より収集された召喚勇者である。

その召喚勇者が首を傾げ、突然現れたアーク達を怪訝な目で見る。


「おい、この子供達はなんだ? パーラ・ヌースとか言う魔女とは違うみたいだが?」

「魔女様のことはどうでもいい。早くこいつらを取り押さえろ!」


魔術師は焦りながら衛兵と召喚勇者に命令した。

戸惑いながらも衛兵はアーク達ににじり寄る。

しかし召喚勇者達は格下と思っている宮廷魔術師に命令されたのがよほど気に食わなかったのかギロリと睨みつけた。


「なんだぁ? 現地人魔術師風情が偉そうに」

「いから早く! こいつらは人族の敵、半竜人だ!」

「半竜人?」


だが召喚勇者の反応は鈍い。魔術師が焦っている理由を理解できないままもう一度アーク達に視線を向けた。

その瞬間を狙ったかのように何かを放つアーク!

合わせて目を瞑り耳を塞ぐカレンとマイン!


パシュッ、ドッゴオオオオオオン!


突如、雷が間近で落ちたかのような閃光と轟音に広間が包まれた!

それは、ダゴンが万が一のためにアークに持たせた竜族の閃光発音筒フラッシュバン

殺傷能力は無いが、相手の視覚と聴覚さらには平衡感覚を一時的に不能にする。

アークはそれを炸裂させたのだ。


「ぎゃああああああああああああ!」

「目が! 何も見えねえ! 立てねえ!」


召喚勇者、衛兵、王国騎士、宮廷魔術師は一時的に戦闘不能になった。


「カレン、マイン、脱出するぞ!」

「待ってよ、アーク!」

「怖い、怖いよ……!」


アーク、カレン、マイン、三人の子供達は【召喚の間】を飛び出し上階に通ずる通路を駆けた。


「さっきの広間には窓が一切無かった。ここはきっと地下だ!」

「とにかく上に上がらないと」

「はぁ、はぁ」


「なんだおまえ達は!」

「どこから入っ……ぐわっ!?」


アークはカレンとマインを守りつつ、行く手を遮る衛兵達を素手で倒しながら進む。

アークの格闘センスは父親ゆずりだ。並の衛兵程度ならいとも容易く制圧できる。

しかし今は完調ではない。アークは時間が経つほどに傷つき血を流した。

三人はかなり上まで駆け上がり、やがて単調な階段と通路が終わり変化があらわれた。


「外の明りが漏れているわ!」

「バルコニーだわ。やった、外に出られる!」

「あそこなら翼を出して逃げ切れるぞ!」


竜族の血を引く三人の子供達は【竜の翼】を背に隠し持つ。

三人は翼を展開して青空が覗いてるバルコニーに飛び込んだ!

刹那!


キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイン


「しまった、転移トラップだ!」

「うそ、また飛ばされちゃう!」

「いやああああああああああ!」


この転移トラップは、もともと勇者召喚にて召喚者の逃亡防止のために設置されていたものだ。

そして転移先は【召喚の間】。


「ガキめ、さっきはよくも驚かしてくれたな!」


ドゴッ!

バシッ!

ベシッ!


アーク達は転移墜ちすると同時に待ち構えていた召喚勇者に蹴散らされ、今度こそ捕らわれの身となってしまった。







◆召喚の間


「ぐうう……」

「あああ……」

「……………」


三人に対して〔道具を使った暴力〕を伴う激しい尋問が始まった。

尋問官には王国騎士と宮廷魔術師がそのまま任についた。他に召喚勇者と衛兵の姿もある。

アークはカレンとマインを守るために騎士や衛士を過剰に挑発してヘイトを一身に集め、三人の中で一番深刻なダメージを受けている。

だがカレンとマインも召喚勇者による魅了を恐れ、捕らわれてすぐ自ら目を潰してしまった。

カレンとマインを魅了漬けにすれば、いくらでも情報を引き出す事が出来たのだが、それを防がれた召喚勇者はいらだっている。


「ち、忌々しい小娘だ。目を潰して魅了から逃れるとは。だがそれなら魅了など関係無しに犯して快楽漬けにしてくれる」


一人の召喚勇者がカレンの着ている服を引きちぎろうとした。

それを宮廷魔術師が制する。


「やめておけ。こいつらは【女神セントールの呪魔法】に汚染されている。軽微ではあるがそれでも交われば我々にどう影響するかわからんぞ」

「けっ!」


召喚勇者は面白く無さそうにカレンを突き放した。

この時代のリットールでは、女神セントールに関しての知識は、二百年前の大石棺異変のせいで完全に失われていた。

それ故、まだ【女神セントールの呪水汚染】の影響が僅かに残っているアーク達からの呪術感染を恐れたのだ。


「まさか本当に半竜人だったとはな」

「見ろよ、あの翼」

「あれを見るまで半信半疑だったが……」


周囲の衛兵達はへし折られた三人の翼を凝視しながら言った。その目には嫌忌けんきの色が伺える。

やはりリットールの人族にとって竜族は絶対悪であり忌み嫌う存在であるようだ。









◆それからさらに三日――



「言え! おまえ達、どこから来た!」

「たしか父親を待っているとか言っていたな。父親は竜族なのか? 名は? 何をたくらんでいる!」


「…………」

「…………」

「…………」


「俺達だって子供相手にこんなマネはしたくないんだ」

「正直に言え。そうすればこれ以上痛い思いをしなくてすむぞ」


尋問を指揮している王国騎士と宮廷魔術師は焦りの色を見せていた。

尋問で負わせた傷による衰弱が思った以上に酷く、アーク、カレン、マインはすでに虫の息なのだ。

このままでは何も情報を引き出せないまま死んでしまう。


「おまえ達、このままでは死んでしまうぞ。とにかく何か話せ!」

「何か話せば傷の手当をしてやる。さあ早く!」


三人は暫しの沈黙のあと口を開いた。


「父さん……達は……人族の……暮らしぶり……を……観察しに行った……だけだ……」

「あなた達の……善性と……悪性を……見極める……のよ……」

「私達は……人族の……心が……どう……成長したか……知りたいの……」


三人はギリギリ話せる事を口にした。


「暮らしぶり? 善性と悪性?」

「俺達の心の成長だと?」


テロめいた内容を予想していた王国騎士と宮廷魔術師だったが、予想外の返答をされ顔を見合わせて戸惑った。


「どうじゃ、何か分かったか?」

「「陛下!」」


その時、【召喚の間】の扉が開き、側近達を従えたリット―ル王国国王が現れた。


「なんじゃ瀕死の状態ではないか。絶対に殺すなと命じていたであろう。魔術師よ、なぜ回復させないでいる」


国王はアーク達の状態を見て不機嫌に口を尖らせた。


「恐れながら陛下、この者達は【女神セントールの呪魔法】の影響で一切の回復を受け付けません。聖女級もしくは現人神級の癒しの使い手でないと回復は不可能です。現在聖女様を呼びに向かっていますが間に合うかどうか……」


王国騎士と宮廷魔術師は尋問序盤から失敗していた。

どうせヒール回復で回復できるからと、かますつもりで過激に責め立てたのだ。

結果、回復は叶わず一気にアーク達を衰弱させてしまったのである。


「むう。それで情報は何か引き出せたのか」

「はっ。それが……」


宮廷魔術師はつい今しがたアーク達から聞き出した情報を国王に伝えた。

当然国王は怪訝な顔をする。


「我々の心の成長? なぜ半竜族がそんな事を知りたがる? そもそもこやつらの父親とは何者だ?」

「まだ口を割っておりませぬ」

「ならば頭の中を直接さぐれ。貴公ならそれが出来るじゃろう?」

「できますが……あれは未完の魔法です。使えばこの者達は半日と持ちませぬ」

「この様子では今日一日持つまい。死ぬ前に情報を引き出せ!」

「ですから聖女様を呼びに……」

「聖女は真正勇者と共に遠征中じゃ。間に合わぬよ」

「かしこまりました」


宮廷魔術師は踵を返し、二人の衛兵に両脇を抱えられたアークの頭を掴んだ。


記憶解析メモリアナライズ


宮廷魔術師の手が青白く光り、アークの身体がビクンと跳ね上がった。


「あがががががが!?」


記憶解析メモリアナライズ〉による魔力走査波が大脳皮質をレイプするかのようにアークの記憶をリードする!


「アーク……」

「やめて……お願いよぅ……」


カレンとマインは弱弱しい声で必死で訴えた。

しかし宮廷魔術師は止めることなくアークの記憶を拾い上げた。だがその表情に困惑の色が浮かび始める。

やがてアークの記憶解析が終わり、アークは力なく頭を垂れて意識を失った。


「これは…………本当の事なのか?」


宮廷魔術師は明らかに狼狽している。そのうえカレンとマインへの〈記憶解析メモリアナライズ〉を躊躇った。


「どうした、何故手を止める。早う調べんか!」

「はっ…」


戸惑い手を止めた宮廷魔術師だったが、国王に強い語気で命令されカレンとマインにも〈記憶解析メモリアナライズ〉をかけた。


「ひぎっ……!」

「ふぐっ……!」


カレンとマインの身体がビクンと跳ね上がる。


「この二人も同じ時代から来たのか!」


魔術師の表情は困惑・狼狽を経て驚愕と苦悶の表情へと変わる。

そしてカレンとマインの〈記憶解析メモリアナライズ〉を終えた。


「報告せよ」

「は。この者達200年前に眠りについた半竜族にございます」

「なんじゃと? 200年前? それでこ奴らの父親の名は?」

「マインという娘の父親の名はマークス。そしてアークとカレンの父親はあの伝説の追放竜族ダゴンです」

「なんじゃと!?」


国王は目を剥いて驚き、国王の側近達や衛兵達はどよめいた。


「彼奴等は二百年の眠りから目覚め、今の人族が復讐の対象なのかどうかを調べにこの王都に来たようです。恐らくはまだ王都に潜伏しているものかと」

「この王都に潜伏じゃと!?」


国王は驚き神妙な顔をしていたがすぐに命令を発した。


「まだ息のある内にこの半竜族三人をコロッセオにて処刑する。ダゴン達追放竜族をおびき寄せる撒き餌にするのじゃ。王都の召喚勇者を全員招集させておけ。やつらにぶつけるぞ!」

「「「ははっ!」」」


命令を受け、側近達や衛兵達の動きが慌ただしくなる。

ただその中で宮廷魔術師は一人思いつめた表情をしていた。


「お待ちを。陛下、発言を宜しいでしょうか?」

「なんじゃ、手短に申せ」

「私はこの三人の記憶を読み込んだ事で200年前の真実を知ってしまいました」

「なに? 少し待て」


国王は側近達と衛兵それに召喚勇者を【召喚の間】の外に追いやり人払いした。

残っているのは国王、宮廷魔術師、王国騎士。それに気を失っているアーク、カレン、マインのみ。


「良いぞ、申せ」

「は。陛下、信じられない事に我々の歴史認識において重大な誤りが発覚しました。人族と竜族との争いにおいて、この三人はもちろん200年前の追放竜族達には一切の非はありません。非があるのは我々人族の方でした!」

「続けよ」


宮廷魔術師は深刻な顔でアーク達三人の記憶解析の結果、得る事の出来た真実を国王に報告した。


「陛下、慎重に精査して歴史を検証すべきかと。このままリットールの民に偽りの歴史を背負わせるべきではありません。そして、この三人の子達をなんとしてでも回復させなければ。その上で生き残っているダゴン達と話し合い検証の場を! 陛下!」


だが国王は無表情で軽く右手を上げた。

刹那――


ザクッ


「えっ?」


衝撃とともに突然宮廷魔術師の胸から剣先が顔を出す。

さらには一拍遅れて、ゴボッと不快な音をたて口から血を吹き出した。


「すまん」


背後から聞こえた謝罪の声。

その声の主は……


「王国騎士? …… まさか……」


そう。国王が王国騎士に命じて宮廷魔術師を剣で殺させたのだ。


「こ、こんな時だけ職務に忠実になりやがって……」

「だからすまんと言っている。俺は陛下の御意思には逆らえない」


王国騎士は無表情で貫いた剣をグリッと捏ねた。


「ぐぼっ…… 陛下、まさか全てご存じな…………」


最後まで言い終えることは出来ずに宮廷魔術師は事切れた。


「宮廷魔術師よ、悪いが国を纏める為に真実を明かす事は出来ない。リットールは問題事を全て竜族のせいにして上手く回って来たガス抜きして来たのだ。今更認める訳にはいかぬ。」


今回の宮廷魔術師のように、リットール王国の触れてはいけないコアな部分に触れた者はこれまでにも存在した。

だがそのいずれもが時の国王により処刑されてきたのだ。

国王は深く深呼吸してから王国騎士に命令する。


「王国騎士。この件は見なかった事にせよ」

「はっ」

「宮廷魔術師は尋問中にアーク達に殺された。よいな?」

「はっ。私は国王陛下に仕える騎士。陛下のお言葉こそが真実であります!」

「よろしい。では宮廷魔術師の亡骸を丁重に葬り、コロッセオでの公開処刑の準備に入れ! そして時代を間違えて這い出て来た200年前の亡霊ダゴン達を討つぞ!」

「はっ!」


ゴーン……

ゴーン……

ゴーン……


王都内に公開処刑告知の鐘の音が響く。

アーク、カレン、マインの三人はコロッセオに輸送され、絞首刑台に立たされた。

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