159 第50話 Dの悲劇 17 【500年前の復讐05】


◆歴史モニュメント


「人族復興の根底が、こんな吐気を催す捏造されたものだとは!」

「こんなバカな! 死してなおセレナは辱めを受けていたと言うのか!」


ダゴンとマークスは激しく憤り、怒気を放散させた。

周囲の樹木がザワザワとざわめき、虫や小動物が驚き慌てて逃げていく。

しかもさらにダゴンに追い打ちをかけるモノがそこに。


「な、あれは!?」


石塔の真後ろにある物を目にしてダゴンの心臓が“ダクンッ!“と大きく跳ねあがった。


「これは……この牛の像は……セレナを殺した……」


ダゴンの目に映ったもの。それはまさしくセレナを蒸し殺した【ファラリスの牡牛】であった。

【人族の裏切者、逆賊セレナを屠った遺物】として誇らしげに安置されている。


「うわああああああああ!」


帯剣していないダゴンは素手で【ファラリスの牡牛】に殴り掛かった。


ゴーンッ! ガーンッ!


周囲に大きな音が鳴り響く!

しかし弱体化しているダゴンでは、強固な【ファラリスの牡牛】を傷一つ付けることは出来なかった。


「チクショウ! 砕けろ! 砕けてしまえ!」

「落ち着けダゴン! 今は目立つことはするな。王都の外には子供達もいるんだぞ!」


子供と聞いてダゴンの動きがピタリと止まる。


「フーッ、フーッ すまん、つい我を忘れてしまった」

「いや、こんなの冷静でいる方が無理だ」

「だがマークス、せめてアレ・・だけは処分させてくれ!」

「ああ、もちろんだ」


グシャッ!


ダゴンは石塔の室を調べ、魔導映像を二度と起動できないよう魔力回路を破壊した。


「よし、これでもうセレナが辱められることは無い」

「とんだヒストリータトゥーもあったもんだぜ」


二人は改めて今度は石塔に刻まれている文字、すなわち当時200年前の出来事を読み始めた。


「やはり人族の根底には、絶対悪として俺達が根付いているようだ。どうするダゴン?」

「今の人族達の生の声を聞いて見たい。その上で最終決断をしよう」


ダゴンとマークスは街に戻り、旅人を装いながら人々に聞いて回った。


「追放竜族? 自由竜族自治領ドラゴンドミニオン? あの極悪非道の?」

「俺達の御先祖様を苦しめた憎き敵だよ。コルトは滅びたけど追放竜族も滅びたのは不幸中の幸いだった」

「俺達が200年にわたって苦労したのは竜族のせいだ! 何百年経とうと許しはしない!」

「働くのは気持ちいいねえ。働けば働くほど活力が湧いて来るよ。へ? 竜族? おいおい人が気分よく働いてるのに嫌なキーワードを口にするなよ~」

「もし追放竜族が復活したら? そんなの決まっている。【悪・即・斬】だぜ!」

「追放竜族が怖いならこの【ミニチュアファラリスの牡牛」をお守りにするといいよ。これを持っているだけで竜族は恐れをなして逃げていくのさ。あれ、お客さんちょっと!】


追放竜族に対する人族の想いは憎悪に満ちた厳しいものだった。

また人族の子供達も――


「おじちゃん、何言ってるの? 竜族は悪者なんだよ」

「竜族はやっつけなきゃ! だからまた僕がコルト王の役ね!」

「ズルいぞ! 次はおまえが大悪竜族ダゴンの役だろ!」

「やだよ。そーれ、王様ビーム!」


子供達の間ではダゴン達を討伐するゴッコ遊びが流行っているようだ。

歪んだ歴史教育のたまものである。


人々の反応はレイミアの言った事を頷けるものであった。

やはりリットール王国では追放竜族は絶対悪の位置付けなのである。

二百年もそう信じ込まされてきた捏造の歴史は、いまや本物の歴史として根付いているのだ。


「人族にとって俺達は今も昔も悪という位置づけなんだな」

「嘘も200年も言えば真実になるってか」


やがて陽が傾き王都が黄昏色たそがれいろに染まり始めた頃、トムズとバイアデンと再合流した。


「トムズ、バイアデン、貴族達はどうだった?」

「まあ良くも悪くも普通だな。」

「だが竜族を敵視してるのは間違いない。そっちは?」

「人族の平民も普通……いや、民度は高く概ね善性だと言える」

「だけど俺達追放竜族に対する敵意は異常だぜ。【悪・即・斬】とか言いやがるし、人族の子供なんか竜族討伐遊びとかしてんだ。それに歴史モニュメントでは……」


マークスは歴史モニュメントで見た内容をトムズとバイアデンに説明した。


「セレナさんになんてことを!」

「奴らやっぱり歪んでやがる!」


二人とも一瞬言葉を失ったあと、すぐ憤りを露にした。


「どうするか……」


復讐に走る事は出来る。

子供から大人まで、彼ら人族は追放竜族を敵視し現れたら殺すとまで言っている。

直接の当事者でないにしろ、初代リットール王の意思を受け継いでいるのであれば復讐の対象であるとも言えるのだ。

ここまで追放竜族を忌み嫌う人族なら、復讐の相手として根絶やしにすれば、少しは留飲も下がるかもしれない。

だがそれでもダゴンは――


「だめだ。彼らを復讐の対象には出来ない……彼らには罪はない。歪んだ歴史を信じているだけだ」

「だな」

「ああ」

「うん」


ダゴン達は全員一致で人族への復讐を諦めた。

するべきは復讐ではなく別にある。


「歪んだ歴史を正そう。人族に真実を知らせるんだ。そしてセレナや亡くなった仲間の名誉を回復しよう!」


ダゴン達の方針は決まった。

あとはどう実行するかだが、その前に三人の子供達と合流しなければならない。

ダゴンは王都を出て外の森すなわちアーク、カレン、マリンの待機場所へと向かった。


「おかしい、どこにもいないぞ?」


しかし三人の子供達の姿はどこにも見えなかった。


「アーク、カレン、どこだ!?」

「マイン、返事をしてくれ!」


ダゴン達は森の中を必死で探した。

しかし三人を見つける事は出来なかった。


「竜魔法で探知は出来ないか?」

「ダゴン、試したがだめだ。パワーは戻りつつあるが、まだ魔力はうまく練れない」

「まさか人族のならず者に攫われたのでは……」

「子供とはいえ竜族の血を引いているんだぞ。あの子達が人族のならず者などに後れを取るものか!」


ダゴン達は考えられる場所を全て当たった。

ラミアの森やその道中も探した。

王都周辺の目立った場所も探した。

王都の人々にも聞いて回った。

奴隷商も片端から探した。

リスク覚悟で警邏中の騎士にも訊いた。

レイミアに頼みラミア族の秘術【蛇の覗眼コクンスネーク】で捜索もした。(ラミア族は遠く離れた蛇の眼を通して情報を得ることが出来る)

しかし手がかりは皆無。三人の子供達は依然行方不明のままだ。




◆リットール王都内



あれから三日が過ぎた。

ダゴン達の必死の捜索も虚しく三人の行方も手掛かりも掴めていない。

とある広場で途方に暮れるダゴン達。


「アーク、カレン、おまえ達にまで何かあったら俺はもう……」

「マイン、どうか無事でいてくれ!」


我が子の安否がわからず憔悴しきるダゴンとマークス。

トムズとバイアデンはその痛ましい姿に声をかけることが出来なかった。


ゴーン……


その時、風に乗って低い鐘の音が聞こえた。


「なんだ? 何かイベントがあるのか?」

「それにしては陰湿な音だな」


ゴーン……

ゴーン……

ゴーン……


やがて最初の鐘に呼応するかのように王都のあちこち同様の鐘の音が響きだした。


「この鐘の音は!」


ダゴンはその聴き覚えのある鐘の音に悪寒を走らせながら反応した。そして狼狽しながら広場から街中に出て周囲を見渡した。

釣られて他の三人も周囲を見てその様子に怪訝な表情を浮かべた。


「なんだ? やつらどこに向かってんだ?」

「どうも様子がおかしいぞ」


トムズとバイアデンは首をコテリと傾けた。


人族達は皆それまでの活動を中止し、一方向に向かって進んでいる。

マークスはダゴンに訊いた。


「ダゴン、この鐘について何か知っているのか?」

「この鐘は……俺とセレナが処刑された時に鳴らされた時と同じ鐘の音だ!」

「なんだと!? いや、だからと言って……」


マークスは最悪の事態が頭に過ぎり、頭を振って否定した。


トムズとバイアデンは歩き行く商店の店主らしい男に声をかけた。


「ちょっと教えてくれないか? この鐘はなんだ? それに皆はどこに向かっている?」

「あんた旅行者かい? この鐘は重罪人の公開処刑の知らせだよ」

「公開処刑だって?」

「ああ、この国じゃ特級重罪人はコロッセオで処刑する事になっているんだ。200年前からの伝統なんだよ」


そう言って男は去って行った。


「まさか……な」

「子供を公開処刑とか流石に無いだろう」

「特級重罪人とか言っていたし、政治犯とかじゃないか?」

「…………」



ダゴン達はコロッセオの方角に顔を向けた。

と、同時に今度は緊迫した声が響いた。


『ダゴンさん、皆さん、大変です!』


「誰だ?」

「誰もいないぞ?」


キョロキョロと辺り見回すも誰もそれらしき人はいない。


『ここですよ、ここ!』

「「「「 え? 」」」」


ハッとして四人が声のする方、すなわち足元に目をやれば、黒い子蛇がバネのようにピョンピョン飛び跳ねて『ここですアピール』をしている。

そしてその声色には聞きおぼえがあった。


「まさか、レイミアか!」


ダゴン達は子蛇を囲むようにして膝を付いた。


『アークさん達の行方がわかりました。王都のコロッセオです! あの子達、処刑されてしまう!』


レイミアはたまたまコロッセオに迷い込んだ蛇の眼を通してアーク、カレン、マリンが処刑される事を知ったのだ。


「な、なんだと!」

「なぜ子供達が処刑されるんだ!」


『早く! 急いで!』


ダゴン達四人は弾かれたようにコロッセオに向かった。

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