158 第50話 Dの悲劇 16 【500年前の復讐04】

◆リットール汚染区域境界。


レイミアの案内で王都へと向かうダゴン達。


「では私の付き添いはここまでです。あそこに見える森林地帯を道なりに抜ければすぐ王都ですよ」

「わかった」

「それとくれぐれも騒動は起こさないでください。特にダゴンさんは目覚めたばかりで力が戻っていません。せいぜい人族の三級戦士程度の力です。三人の子供達も同年代の人族程度の力しかありません。竜魔術に至っては皆さん全員が申し訳程度にしか使えません」


レイミアは慎重な口調で注意を促した。


「竜魔術の件は気付いている。ずっとこのままなのかな?」

回復療法リハビリで復活するとは思いますが、事例が無いのでハッキリと断言はできないのです。なにしろ女神セントールの呪魔法ですので」

「……魔力はおいおい回復するだろう。体内に確かな魔力の揺らぎ感じるからな。それに俺には女神セントールの知識もあるし、なんとかなるさ。それよりも――」


ダゴンは同行する気満々のアーク・カレン・マインの三人の子供達を不安そうに見た。


「やっぱりおまえ達は留守番してくれないか? 何かあったらと思うと不安で仕方ないんだ」


セレナを失ったばかりのダゴンは子供達の安全について神経過敏になっていた。

もちろんマークスも同じだ。


「俺も同じく不安だぜ。おいマイン。おまえ達はやっぱりレイミアさんと一緒に帰れ!」


マークスはダゴンより強い口調で子供達に言い聞かせた。

しかし子供達は皆揃って首を横に振った。


「やだよ。俺だって人族を見ておきたい」

「気持ちを抑えるのに値するか見極めたいの」

「ねえパパ、いいでしょ?」


子供達は絶対に付いて行くと言いはる。

結局、森を抜けたところで子供達は待機。

大人達が中の様子を見て安全だと確認が出来たら改めて連れていく事にした。


「ダゴンさん、王都に入ったら歴史モニュメントを見に行ってください。200年分の歴史が石塔につづられています」


「わかった。みんな行こう」


ダゴン達一行はレイミアと別れ、リットール王都への道程を進みだした。

やがて鬱蒼とした森林の中を通る旧街道を抜けると王都の城壁が見えて来た。


「アーク達三人はここで待機だ。絶対に森林から出て来るんじゃないぞ」

「いざとなったら逃げるんだぞ。中途半端な抵抗とかするなよ。相手の怒りを買うだけだから絶対するなよ」


「わかってるよ」

「しつこいなぁ」

「パパもダゴンさんも神経質すぎるのよ」


ダゴンとマークスは何度も念押する。

子供達は面倒臭そうに了承するがやはり不安で仕方ない。


「なあ、俺が残って子供の面倒見ようか?」

「マークス、そうしてくれると助かる。たのむ――」


しかし子供達は自分達が重荷になっていることに不服なようで、またしても激しく抵抗した。

子供達は思春期であり反抗期でもあるのだ。しかも母親や仲間の仇討ちも絡んでいる。どうしても過敏に抵抗してしまう。


結局、当初の予定通り子供達を残して大人達だけで旅行者を装い王都内に侵入した。

しかしこの判断は後にダゴンとマークスを激しく後悔させることとなる。


*


◆リットール王国王都内


ダゴン、マークス、トムズ、バイアデンの四人は、王都東門から旅行者を装いキチンと手続きをして侵入した。


「東門の衛兵共、少し緊張感はあったが愛想は良かったな」

「ああ。200年前とは大違いだ」

「やはり人族も心が進化したのか?」

「かもな。さて、まずは人族共の街並みを観察といこう」


ダゴン達はメインストリートを歩きながら街の様子を観察する。


石畳の整った道路。

しっかりとした造りの建物。

行き交う人々からはけんの気はあまり感じられない。


コルト王国の『常に眉間にシワを寄せていた民』とは根本的に何かが違う感じだ。

多くの者が活力にあふれ暮らしぶりは充実しているように思えた。


「なるほど、レイミアの言った通りだな」

「郷土愛が活力とか言っていたけど、たしかに200年前とは違うようだ」

「まだわからんぞ。人族は多様な面があるからな」

「それより、騎士だか英兵だか警邏けいら(パトロール)の数が多くないか?」


バイアデンの指摘した通り、治安組織と思われる制服組がチラホラと目立つ。それに一緒に魔術師らしき姿も見える。

もしや自分達の事を捜査しているのではないか? ――と一行に緊張が走ったところで警邏中の騎士と同行していた魔術師が近づいて来た。


「やあ、見かけない顔だけど旅行者かい?」


騎士は特に緊張感も無く気さくにダゴンに訊いてきた。

人族に話しかけられダゴンは湧き上がる憎悪の感情を必死で抑えて応対する。


「ああ、さっき東門から入ってきたばかりだ。随分と警邏の数が多いようだが何かあったのか?」

「実は重要人物の捜索中でね。紫髪の女を探しているんだ。見かけなかったか?」

「重要人物? 紫髪?」


紫髪の女と聞いてダゴンの脳裏に魔女パーラ・ヌースが浮かんだ。

ダゴン的にはパーラ・ヌースとの接触はほんの四日前。

しかし実際の時の流れでは、ダゴンとパーラ・ヌースが接触したのは200年も前のことだ。

流石にこの騎士が探しているのがパーラ・ヌースとは思わなかった。


「いいや見てないな。(パーラ・ヌースであるはずがない。そもそもレイミアの報告によればパーラ・ヌースは200年前にコルト国王とともに死んだはず)」

「そうか、邪魔したな。もし見かけたら警邏の者に連絡してくれ」


そう言うと騎士と魔術師は東門へと去って行った。


「何か事件かな?」

「さあ? いずれにせよ捜索対象は紫髪の女だ。俺達には関係ない。無視していいだろう」


紫髪の女とはまさしく魔女パーラ・ヌースのことであった。

100年以上先の未来に飛ばされはしたものの、『パーラ・ヌースなら魔女の力を駆使して戻って来るのではないか?』と、恐れたリットール王国現国王が、念のため厳戒態勢を敷いていたのである。

ただ大賢者バンバラが『未来から戻って来る可能性は低い』と進言したこともあり、警邏の騎士や魔術師には緊張感など全く無かったのである。


「さて、これからどうする?」

「そうだな……」


さしあたって危険も無さそうだ。ダゴン達はよりつぶさに調べるべく、二手に分かれた。

バイアデンとトムズはリットールの支配者階級と暗部の捜査を。

ダゴンとマークスはレイミアに教えてもらった歴史モニュメントへと向かった。


*



「レイミアが言った歴史モニュメントとはここか」

「石塔の一つ一つに人族の歴史が刻まれいるんだな」


ダゴンとマークスは石碑の一つ一つを読んで回る。


「概ね復興に関する歴史書だな。リットール王国建国時の事やコルト王国の事は記述されていないようだ」

「うむ。それに俺達の記述もどこにもない。どういうことだ?」


ダゴンとマークスが首を傾げていると、箒を持った老人男性が声を掛けて来た。

どうやらモニュメントの管理人のようだ。


「観光ですかな?」

「ああ、旅行者だ。ここに来ればこの国の歴史がわかると聞いて来たんだ」

「ご老人。建国時の事が記されていないようだがどうしてなんだ? 」


ダゴンが“建国時”と口にしたとたん、老人の顔が険しく変わった。


「建国時やそれ以前の出来事は特別でしてな。この奥にあります」


老人の指さす方向には林があり、よく見れば木々の合間から建造物が見えた。

かなり大きな石塔で土台部分が室になっている。


「あれは【邪悪な竜族】に殺された祖先達の慰霊塔も兼ねておりましてな。あまりにも衝撃的な内容ですので樹木を植えて隔離しておるのです」

「「衝撃的な内容?」」

「ええ、衝撃的な内容です。また魔導映像記録が奇跡的に残っており当時の様子を体験できるのです」

「魔導映像記録だと!?」

「そんなものがあるのか!」


ダゴンは追放竜族が蹂躙される様子と、コロッセオでの理不尽な裁判と処刑の様子が脳裏に走った。


「あの映像記録が残っているのか」

それ衝撃的内容は私たちにとっては『このまま負けちゃいけない』と思う復興の活力源となりました。ですが、旅行者のあなた方には気分を害されるだけの代物。見るのなら石壁に彫られた文字だけにしなされ。ではワシはこれで」


老人はそう警告をして去って行った。


「映像が残っているのなら人族と追放竜族、どちらに非があるか分かりそうなものだが……」

「人族にとって都合の良いシーンだけ公開しているのかもな」

「あの事変で人族に都合の良いシーンなどあるものか。マークス行くぞ」

「おう!」


ダゴンとマークスは魔導映像が投影される石塔の室に足を踏み入れた。

そして老人の言った通り衝撃的な映像を目の当たりにするのだった。


「なんだこれは!?」

「配役が逆転しているじゃねーか!」


それは追放竜族が圧倒的魔法火力で人族の民と軍隊薙ぎ払う魔導映像。

それを指揮しているのは何とダゴンと妻のセレナ!

捕虜にした人族に輦輿を担がせ、その上で不敵な笑みを浮かべてふんぞり返る二人の姿が映し出されていた。



*



◆映像の内容



『ほほほほ、自由竜族自治領ドラゴンドミニオンに人族など必要無い! 全て滅ぶのです!』

『おいおいセレナ。おまえも人族だろう』

『ふふふ、私はあなたに選ばれた特別な女。愚民共とは違うわ。そーれホーリーライオット聖なる大雷!』


ガラガラドッシャーン!


『ぎゃああああああああ!』

『いぎいいいいいいいい!』

『あばばばばばばばばば!』


人族住民達の命を散らす悲鳴。

幾束もの雷が落ち一つの人族集落が一瞬にして壊滅した。


『さすがセレナ。俺が惚れ込んだ女だぜ』

『ふふふ、私の力はこんなものじゃなくてよ。さあ次はいよいよコルト王国王都に乗り込むわよ!』


ダゴンとセレナは亜空間ゲートを開き、竜族の軍隊を率いてコルト王国王都に乗り込んだ!


『死ね! 死ね! 死ね! 竜族に従わない人族などみんな死ぬがいいわ!』

『いいぞ、セレナ。その調子だ!』


ドゴーン!

バリバリバリ!


ダゴンとセレナを先頭にして、自由竜族自治領ドラゴンドミニオン軍は王都深くまで侵攻する。

応戦する王国軍もよく戦いはしたが、力及ばず急速に数を減らしていった。もはや気力は削がれ壊滅寸前だ。

だがそこに救世主が現れた!


『そこまでじゃ!』

『あなた方の悪行もここまでですわよ!』


ダゴンとセレナの前に立ち塞がる勇敢な男女。

その正体は――――コルト王国国王と背神の魔女パーラ・ヌース!


『ここから先は一歩も通さぬ!』

『あなた方はやり過ぎました。殺生するに何の躊躇いも無し!』

『やった、陛下と魔女様だ!』

『もう大丈夫。自由竜族自治領ドラゴンドミニオンなどあの二人の敵じゃない!』


国王と魔女パーラ・ヌースの登場により消沈していた兵達に活力が戻り戦況は一気に逆転した。

二人の英雄的活躍により自由竜族自治領ドラゴンドミニオン軍は壊滅し、セレナは捕虜となりダゴンはセレナを捨てて一人自由竜族自治領ドラゴンドミニオンへと逃げ帰った。


『違うの! 私は悪くない! 全部あの男ダゴンに騙されていたのよ! お願い信じて! そ、そうだ。助けてくれたら私を好きにしていいから! ね!』


捕虜となったセレナは尋問中に突然服を脱ぎ始め、尋問官や様子を見に来た国王に股を開いて擦り寄り慈悲を乞うた。


『なんと醜悪な女じゃ。おまえが同じ人族であることが信じられぬ!』


セレナは公正な裁判にかけられ【ファラリスの牡牛】による極刑が決まり処刑された。


一方ダゴンは――


『おのれ人族共! このままでは終わらん!』


コルト王国軍に追い詰められたダゴンは、大石棺に逃げ込んだ。

それを追う国王とパーラ・ヌース!


『待ちなさい!』

『貴様の好きにはさせんぞ!』


『国王と魔女か。だが一歩遅かったな!』


ダゴンは大石棺の全ての封印を解き、扉を解放した!


― ブワッ!


途端に大石棺最奥より呪魔素が吹き出した!


『ああ、そんな!』

『貴様なんてことを!』

『うはははははは! みんな道連れにしてや……おびょっ!?』


絶望の表情を浮かべる国王とパーラ・ヌース。

狂気に歪んだ笑みを浮かべるダゴン。


爆風の如き吹き出した呪魔素は一瞬にして三人の肉体を崩壊させながら外に放出されてしまった。

呪魔素は自由竜族自治領ドラゴンドミニオンを一瞬にして死の大地に変えた。

さらには繋がったままの亜空間ゲートからコルト王国へと流出し、王都民の三分の二の命を奪い崩壊させた。

ここに長く続いたコルト王国の歴史に終止符が打たれたのであった。

しかし人族はこのままでは終わらない。

新たなコルト王国の王が登場し、国名をリットール王国と変え再出発を――――



*



「もう耐えられん!」

「俺もだ!」


ここまで歪められた記録映像を我慢強く見ていたダゴンとマークスだが、流石に限界を迎え、口を押さえながら石塔から飛び出して来た。

そして二人してゲーゲーと吐いたのだった。

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