157 第50話 Dの悲劇 15 【500年前の復讐03】



◆ラミアの森・遺体安置所



セレナと悲しい再会を果たしたダゴンはまる三日一睡もせずセレナの傍に付き添った。

マークス達はさすがにダゴンの身体を気遣って声を掛ける。


「ダゴンよ、もう三日も不眠で何も食べていないじゃないか。そろそろこっちに来て飯を食え」

「…………」

「気持ちはわかる。俺達もおまえと同じで妻や家族を殺されたんだ」

「…………」

「だがな。生きている者のことも考えてやれ。アークとカレンが心配しているぞ」

「…………」

「さあ、こっちに来て飯を食え。それに今後の事も相談しないとな」

「…………」


マークス、バイアデン、トムズはそれぞれ声をかけた。

彼らの立場はダゴンと同じだ。辛い気持ちを共有しあえる。

それに――


「今後の事か。そうだな……」

「大丈夫か? 行けるか?」

「ああ、問題無い。平気だ」


ダゴンはセレナに薄布を被せ、マークス達と一緒に安置所を出た。


「ん、あそこでレイミアは何をしているんだ?」


安置所の近くに菜園のようなものがあり、そこで人間形態のレイミアがしゃがんで眉間にシワを寄せ、何やらブツブツと作業をしている。


「何をしているんだい?」

「ああダゴンさん。もう……いえ――」


声を掛けられたレイミアは反射的に「もう大丈夫なんですか?」と訊こうしたのをグッと堪えた。

平気を装っているダゴンだが、大丈夫なわけがない。


「――母から譲り受けた【ラミアの薬草】を世話しているのです。だけど、どうにも母が育成した程の品質には届かなくて頭を悩ましていたんですよ。これじゃ中級ポーションと変わらないわ」

「中級ポーションと同等の薬草ってかなり凄いと思うけど…… それより今って時間を作れるかな。色々と訊ねたいことがあるんだ」

「いいですよ、こちらもお話したいと思っていました」


レイミアは立ち上がり足元の土を払った。



隠れ家に戻り、皆とテーブルを囲む。

カレンとマインがカップに薔薇茶ローズティーを注いで回った。

少しでもダゴンの心が癒されるようにとレイミアが癒し効果の高い薔薇茶ローズティーを用意したのだ。

皆にお薔薇茶ローズティーが行き渡り、一口飲んで喉が潤ったのを見計らってまずレイミアが口を開いた。


「さてと。お伺いしましょうか」


それを受けてダゴンはレイミアに訊ねはじめる。


「まずは改めて御礼を申し上げたい。俺達を助けてくれてありがとう。本当に感謝している。それでラミナス殿にも礼をと思っているのだが、彼女は何方に?」

「もう50年くらい前になりますか。私にここの管理を任せて母は妊活にんかつの旅に出ました。いずれは産まれた妹を連れて戻って来ると思いますけど、果たしていつの事やら……」

「に、妊活?」


ラミア族は全て女性。しゅの存続のためには異種族の子種が必要となる。

またラミア族の特異な能力を悪用するような子が誕生しないよう、相手選びには細心の注意を払うのだ。

しかしラミア族の眼鏡に叶う男などじっとしていても出会えるものではない。その為、ラミア族は時に妊活の旅に出るのである。

(なおこの約百年後、ラミナスは妊活に成功して次女ミヤビとともに帰還する。が、またすぐ旅に出ている)


「そ、そうか、無敵のラミナス殿もなかなか大変なんだな」

「はい。正直子種選びのハードルが高すぎて、このままだとラミア族が絶滅するかもしれません」


“はぁ……”


レイミアは大きく溜息をついた。


「ではレイミア。確認しておきたいのだがセレナを生き返らす事は出来ないのか? あれだけ完璧に肉体は修復されているんだ。心臓さえ動けば……」


ダゴン自身それが無理なのは知っている。

しかしラミア族なら何か裏技があるのではないか?

そう思いダゴンはレイミアに問うた。


「残念ですが無理です。それにそれはダゴンさんも知っておられるはずです。肉体のみ甦生させても、それはセレナさんの記憶を有する肉人形になるだけ。そのうち他者の魂を取り込もうと喰人鬼グール化するか、肉体を渇望する浮遊霊や霊団に取り憑かれ身体を乗っ取られてしまいます」

「なら聖女を探し出して――」

「セレナさんが亡くなってからすでに200年が経っているのですよ。いくら聖女でも可能性はゼロです」

「あんたにとっては200年でも、俺にはほんの数日前の出来事なんだ。何か……何か方法はないのか!」


セレナ甦生の可能性を全て否定され、思わずダゴンは口調を乱して責めるように狼狽える。


「父さん、レイミアさんを『あんた』呼ばわりしちゃだめだよ」

「レイミアさんは私達の恩人なんだから。それにお母さんが生き返る可能性は本当にないのよ……」


恐らくはアークとカレンも同じ質問をレイミアにぶつけたのだろう。

同じようにレイミアに縋り、同じように甦生の可能性を模索して、同じように悪態をついた。

そして絶望した。

アークとカレンだけではない。トムズとバイアデンにマークスとマインも妻や家族の死を諦めきれず、しかし結局絶望したのだ。


ダゴンは、皆の表情を見て本当にセレナを助ける方法が無い事を悟った。

そして割り切れないままに次の話に移った。


「俺達が眠りについた後の、人族共……コルト王国がどうなったかを教えてくれ。彼らは精神的に成長はしたのか?」

「はい。彼らは――」


レイミアはダゴン達が眠りについた後のコルト王国と人族がどうなったのかを語った。


大石棺の扉と封印が解かれ、呪魔素による大災害が発生したこと。

呪魔素流入により国王を始めコルト王国中央の要人がほぼ壊滅したこと。

王都の人口が三分の一に減少したこと。

北部・西部・南部のほとんどの領主がコルト王国を見限り、他国に編入されたこと。

コルト王国は唯一の王族生き残りである傍系の第八王子が王位を継承したこと。

呪魔素汚染された王都を捨て、新国王は生き残った王都民を連れてリットール西部へと移り住み、そこに新たな王都を作ったこと。

国名をリットール王国に改め再出発したこと。

弱小国に転落したリットール王国だが、民が必死で働き国を復興させたこと。

民の民度は概ね向上していること。

等々……

レイミアは母ラミナスから授かった記憶を映像に映しながら説明した。


「200年の時を経て、人族の民度は概ね向上しているか……」


ダゴンはレイミアの話を聞いて複雑な顔をした。


「ダゴン、どうするんだ?」


そしてマークスもまた複雑な顔をしてダゴンに問うた。

“どうするんだ?”

それは“人族に対しての復讐”をどうするのかと言う意味だ。

ダゴンとマークスの話は続く。


「俺は何があってもセレナと仲間達の無念を晴らすつもりだった。復讐の対象はコルト王国の全人族。コロッセオでの奴らの呪詛のような歓声がいまだに頭に残っているぜ」

「俺達もそのつもりだったよ」

「たとえ世代が変わったとしても、必ず復讐する……一世代二世代と代替わりしたくらいでは種の性質など変わりはしないからな。人族は存在自体が害悪!」


ドンッ!


ダゴンは強くテーブルを叩いて人族の存在を否定した。

だが同時にそれを制しようとする自分もいる。

ダゴンは話を続けた。


「しかし時の流れも200年となると、六世代から十世代くらい世代が進んでしまっている。民度も向上したらしいし俺達を苦しめた人族とはもはや別物なのかもしれん」

「そうだな。今の人族は復讐の対象とは言い難い」

「意地を通して復讐を決行したとしても、きっと復讐にはならない。復讐の達成感などきっと無い。それに子供達のこともある。子供達は半分人族なんだ。的を得ぬ復讐はきっと子供達を苦しめる。心を歪めてしまうかもしれない」

「ではダゴンよ、復讐はしないのか?」

「わからない……」

「「「…………」」」


ダゴンたちは皆黙りこんでしまった。

憤り滾るこの復讐心。しかし仇討ちは叶えられそうにない。

そのジレンマに、ダゴン達の心は出口のない袋小路の中をグルグルするしかなかった。


「いずれ分かることなのでお話しますが……」


沈痛な表情のダゴン達を前に、レイミアが重い口を開く。


「リットール王国は民達が必死になって復興を果たしました。それ故、彼らの郷土愛は並々ならぬものがあります。国を復興・発展させることが活力と言ってもいいです」

「そうなのか? 郷土愛が活力とはやはり人族の民度は向上したのだな」

「間違いなく向上しています。ただその根源の部分に問題があるんです」

「と、言うと?」


レイミアは話にくそうな顔で口を開く。


「それは、初代リットール王国国王がコルト国王の路線をそのまま踏襲したせいで真実が捻じ曲げられたまま200年経っているのです。つまりコルト国王と魔女パーラ・ヌースは竜族から民を守ろうとした英雄であり、あなた達竜族はコルト王国を崩壊に導いた絶対悪として伝承されていま……」


「ふざけるなっ!」

「俺達が絶対悪だと!?」


レイミアが言い終わる前に怒声が飛んだ。トムズとバイアデンが激昂したのだ。


「リットール王国初代国王は、国を纏めるために皆さんを利用したのです。以来、疲弊する民のガス抜きとしてその路線を踏襲しました。『自分達が代々苦労しているのは侵略者竜族のせいだ』ってね。リットール国王は代々皆さんを巧みに利用して民をコントロールしてきたのです」


ブチッ


マークスも切れた。


「ダゴン、人族は何も変わっちゃいない。ガス抜きに俺達を利用するなんざ200年前と同じだぜ!」


ダゴンも額の血管がピクピク律動し怒りを露にする。


『どこまで俺達をコケにしてくれる! 復讐だ。やつら人族に鉄槌を与えてやる!』


ダゴンはそう咆えそうになるのをなんとか抑えた。


「待ってくれ。俺達はまだ現代の人族を目の当たりにしていない。復讐するかどうかは彼ら人族をよく見極めてから決めよう。だから今は堪えてくれ」


ダゴンは爆発しそうな自分の感情を抑えこみ、呻くように言った。

そしてアークとカレンに目を向けた。


「アーク、カレン、お母さんとお別れしよう」

「うん……」

「はい……」


ダゴンはセレナの亡骸をラミア族の棺に納め、呪魔素が薄くなった自分達の家の傍に埋葬した。

(マークス達が自分達の家の傍に妻達を埋葬したのを聞いてそれに倣った)


「薄くなったとはいえ、呪魔素が漂ううちは人族に荒らされる事もないだろう」


ダゴン達は別れの黙祷を捧げた後、リットール王都に向かった。


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