156 第50話 Dの悲劇 14 【500年前の復讐02】

今回はケンツに邪竜アパーカレス退治を押し付けた、あの大賢者バンバラさんのお話。





◆リットール王国 王都 某コロッセオ(500年後にケンツとバークが戦った闘技場)


広大なコロッセオ闘技場の中。

邪悪なオーラを放ち、魔女衣装に身を包む紫髪の女が一人。

そしてその女を前にして、対峙する者がさらに二人。


対峙する二人――

一人は【ラーズソード滅ぼしの剣】を握る三十歳くらいの赤い髪の男。のちに英雄と呼ばれ歴史に名を残す魔法剣士ガンツ。

もう一人は青い賢者の正装に身を包む金髪緑眼の二十歳くらいの美女。500年後の未来にて、ケンツに邪竜アパーカレス討伐を押し付けた大賢者バンバラである。


すでに何かしらの大規模な戦闘があったのか、彼らの周りには何人もの上級魔法職らしき者達の亡骸が散らばっている。


「師匠、こんなことはやめてください! 私はあなたを敬愛する弟子なのですよ!」

「気でも狂ったのか? 正気とは思えん! あんたバンバラが大賢者に昇格したのを凄く喜んでいたじゃないか!」


「ほーほっほっ! 弟子なら師匠の言うことは素直に受け入れるのです! あなたバンバラは最初から私のにえにするために手塩を掛けて育て上げたのですわよ! バンバラが大賢者に昇格して熟成した今こそ、その生命力魔力と霊魂を収穫させていただきますわ」


「贄!? 収穫ですって!?」

「師匠さん、あんたいったい何者なんだ!」


「何者? ふふふ、わたくしの正体は――」


大賢者バンバラと魔法剣士ガンツは、大賢者称号授与式の終了直後に、突如乱心した育ての親でもある魔法の師匠から攻撃を受けた。

そしてバンバラの師匠、その正体とは――


「私はこの国の英雄。背神の魔女パーラ・ヌース!」


彼女の正体は200年前(ケンツ達の時代からみて700年前)にダゴンを苦しめた魔女パーラ・ヌース。

パーラ・ヌースは大石棺内部にて呪魔素に襲われた時、ランダムな時空転移を行い脱出した。

その行きついた先が約180年後の未来だったのである。

しかし、身体が半壊し呪魔素に犯されながらの無茶な時空転移術は、パーラ・ヌースの能力を大きく削いでしまった。


そこでパーラ・ヌースは身体を癒しながら、まずはリットール王国(コルト王国の正統継承国)に保護を求めた。

しかしリットール王国はボロボロのパーラ・ヌースを本物だとは思わなかったようだ。

それどころかパーラ・ヌースを騙る不埒ものとして屈辱的な罰を与えたのである。


その後、パーラ・ヌースは方針を変え【贄による復活】、すなわち自身が完全復活するために必要な贄を探し始めた。

そして目を付けたのが当時孤児院で暮らしていた幼子おさなごのバンバラだったのだ。


パーラ・ヌースはバンバラを見るなりその非凡な才能を見抜いた。

里子として引き取り、才能を開花させるために魔法の英才教育を叩き込んだ。


そしていよいよバンバラが大賢者の称号を得た日、長年隠し通した正体と本性を曝け出し、バンバラを殺して贄となる魔力と霊魂を得ようと殺しにかかったのだ。


「師匠が伝説の魔女パーラ・ヌース!?」

「200年前の英雄がなんで!?」


このリットール王国では、魔女パーラ・ヌースのことは邪悪な竜族を殲滅した英雄の一人として伝承されている。


「この国の愚王はね。この時空に飛ばされ力を失った私をパーラ・ヌースだと認めなかったのですよ。それどころか助けを求めた私をパーラ・ヌースの偽物扱いして酷い目に合わしてくれましたわ。恩を仇で返すとはこのことですわね。あいつは後で屈辱的に殺してさしあげます」


そう言うとパーラ・ヌースは観覧席のリットール王国国王を睨みつけた。


「ひぃ、まさかあのときの女が本当にパーラ・ヌースだったとは!」


睨まれた国王は顔を引き攣らせている。


「だから私は自力で力を取り戻そうと地道に待ったのですよ。私自身の力がある程度回復するのとあなたが熟成するのをね! 私にはあなたの魔力と霊魂が必要なのです!」


「最初からバンバラを贄にするために育てたのか!」

「そんな、全部嘘だと言って下さい! 本当は大賢者認定のための隠れ試験とかなんでしょ!?」


「残念、嘘じゃ無くて悲しい真実ですわよ♪ 隠れ試験? ふふふ、何を言っているんだか。さあ、それじゃその魔力と魂を頂きますわ。そして私は第三階級の魔女に返り咲く! 【禁呪・根源の搾取ソウルロブ】!」


ゴウ! シュルルルルルゥゥゥゥ……


パーラ・ヌースは、まだバンバラとガンツに見せたことのない禁忌古代魔法を発動させた。

空中の魔素が凝縮して、物質化した触手がウネウネと二人に襲いかかる!


「師匠、やめてください!」

「俺達はあんたと殺り合いたくねぇ!」


「もう遅いのですわ。この触手はあなた達から魔力と霊魂を奪うまでは消えはしません。でも本音を言うと殺したくは無いのですよ。情も湧いたし大切な家族だもの。でも仕方ないのです。私のためなのです。バンバラの事は永遠に忘れませんわ。だから私の為に死んでちょうだい!」


「何が家族だ、家族は殺し合いなんかしねえ!」

「どうか話し合いを!」


ガンツはラーズソード滅ぼしの剣に魔力を込め、次々と迫る触手を薙ぎ払いバンバラを守ろうとする。


「ほーほほほほ。無駄! 無駄! 無駄ぁぁぁ!」


しかしガンツがいくら薙ぎ払っても、触手は次々と湧いて飽和攻撃をしかけてくる!


「くっそぉ、未完成のラーズソード滅ぼしの剣じゃ防ぎきれねえ!」

「ガンツさん、私がやるわ」


バンバラの悲しそうな目がギラリと敵を見据える目に変わる。どうやら腹を括ったようだ。

そして独自に開発中のエディションスキル後付け技能を発動させた。


「【試作版プロト無限魔法貯蔵ソーサリーストック】!」


ギュイィィィィィィィィィン……ギュポン!


パーラ・ヌースとバンバラの間に真っ黒な次元洞が開き、パーラ・ヌースが放った【禁呪・根源の搾取ソウルロブ】はギシュポンと音を立てて吸収されてしまった!


「なっ!?」


驚くパーラ・ヌースだが、さらに次の瞬間――


ゴッシャアアアアアアアアアアア!


次元洞から強烈な時空粒子が噴出された!


「な、これは!? 私が違う時空に押し飛ばされようとしている? あの子ったらいつの間にこんなスキルを! うひゃあああああぁぁぁぁぁ!」


次元洞から放たれた時空粒子は、パーラ・ヌースと周辺の様々なものを巻き込みながらこの時空から押し出し消滅した。

この時点では【無限魔法貯蔵ソーサリーストック】はまだ未完成であり、発動させると時間粒子の氾濫による時空変動を発生させ、周囲へ甚大な被害を与えてしまう危険なエディションスキルだった。

しかし今後のバンバラの研究により、邪竜アパーカレスとの対決時には安全なスキル技能として完成させている。


「やったな、バンバラ!」

「ううっ、師匠……なんで…………もうこれで師匠とは二度と会えないよぅ……師匠、師匠、お母さん……」


魔術の師匠であり、育ての親でもある魔女パーラ・ヌースを時空の彼方へと飛ばし去り、バンバラは罪悪感と喪失感に苛まれた。


「仕方ないさ。殺らなければこちらが殺されていたんだ」

「ガンツさん。私は殺してないわ。師匠は違う時代に……少なくとも百年以上先の未来に飛ばされたはずなの。師匠を押し返すのはあれしか方法が無かった」

「そうか。飛ばされただけなのか。だがそれならかえって良かったと思うぜ」


ガンツはバンバラが【師匠殺し】【育ての親殺し】の業を背負わなかった事に安堵した。

『もし殺していたらバンバラはきっと良心の呵責に耐えられず、最悪は……』

そんな想像をして身震いする。


「良くないわ。未来の人達に問題を押し付けてしまったもの。師匠……こうなる前に話し合う事が出来れば、きっと違う結末も……」

「過ぎた事を変える事はできないさ。未来の事は未来の師匠が改心することに期待しようぜ」

「うん。ねえガンツさん、少しだけ胸を貸してよ……」


バンバラはそう言うなりガンツの胸に縋り付き、わんわんと大泣きした。

ガンツは黙ってバンバラの涙を胸で受け止めたのだった。


しかしこの事件は大賢者称号授与式を観覧していたリットール国王も目の当りにしていた。

そして魔女パーラ・ヌースの報復を恐れた国王の命令により、王都内での治安活動が厳しくなるきっかけとなった。





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