155 第50話 Dの悲劇 13 【500年前の復讐01】
◆リットール王国領土内 【ラミアの森】
「う…… ここは何処だ……俺はいったい……」
薄暗い見知らぬ建物の中でダゴンは目を覚ました。
「むぅ、ベッドで寝かされていたのか。頭がぼんやりする。何がどうなって……」
自分が何者なのかもよくわからないほどボケた頭を左右に振り、ダゴンはベッドの上で上体を起こした。
体にかかっていた毛布が落ち、病人が着るような白い寝間着が姿を表す。
「酷く体が重いな。病院か医院なのか? まるで見覚えがないが……」
石造りの4メートル四方の小さな部屋。半開きの板窓が一つ。ドアが一つ。床は贅沢にも石のタイルが張られている。
ダゴンは窓から外の様子を見ようとベッドから降りようとした。
「ぬぐっ!?」
べちゃん。
平衡感覚がおかしい。まるで足に力が入らない。
ダゴンは無様にも音をたてて転倒してしまった。
「いつつつ……まるで身体が鉛のようだ……むん?」
戸惑うダゴンだったが、今の転倒した音を聞きつけたのか、ドアの向うでドタドタと足音が響いた。
ダゴンは緊張しつつドアを見た。
ガチャッ! と勢いよくドアが開き、ドカドカと複数の人が入ってきた。
「父さん!」
「お父さん!」
「アーク! それにカレンも!」
驚くと同時にダゴンの顔が綻ぶ。
部屋に入ってきたのはダゴンの息子のアークと娘のカレンだ。
よほど父親を心配していたのだろう。二人は涙を流しながら四つん這い状態のダゴンを支えベッドに座らせた。
そして板窓を全開にして光を部屋にいれる。
「ここは森の中なのか?」
開いた窓の外に森が広がっているのがダゴンの目に入った。
「うーむ、わからん。俺はどうしてこんなところで寝ているんだ?」
「父さん。永い眠りから目覚めたばかりで頭が働いていないんだよ」
「私とアークも同じだったもの。待っていて。今お水を持ってくるから」
カレンはいったん部屋から出ると、大急ぎでコップと水差しを持って戻ってきた。
「なあ、母さんは、セレナはいな……」
「はい、これ」
ダゴンは妻セレナの姿が見えないことに不安を覚え、アークとカレンに訊こうとした。
しかしカレンはダゴンの言葉を遮るようにコップを手渡した。
コポコポコポコポ……
「さあ、これをゆっくり飲んでね」
「う、うん……」
ごくごく……ごくごくごく……
「ふぅ……うまい水だな。なんだか一気に頭が冴えてき…………ああっ!?」
ダゴンの身体は極度の血行不良だった。
しかしカレンが注いだ水が活力を与える。
飲んだ水は瞬時に身体に取り込まれ、血液がサラサラと全身を巡りはじめた。
同時にボケていた頭が覚醒しはじめる!
そしてダゴンは思い出す。
あの惨劇を!
カレンが蒸し殺され、自身も首を刎ねられて殺されたことを!
「違う! あれは夢だ! 夢に違いない! 現に俺は生きているじゃないか!」
「父さん、落ち着いて!」
「お父さん!」
「アーク、カレン、お母さんを呼んできてくれ! セレナもここにいるんだろう!?」
「父さん……」
「お母さんは……」
「アーク! カレン! 頼むからお母さんを連れてきてくれ!」
“あんなこと現実に起きるわけが無い! 俺が生きている事が夢である証拠だ!”
脳裏にセレナの最期がフラッシュバックする。
苦しそうな【ファラリスの牡牛】の鳴き声が頭の中でコダマする。
“現実離れした現実”を受け入れられずダゴンは激しく否定した。
初めて見る狼狽した父親の姿に、悲しそうに困惑の表情を浮かべるアークとカレン。
二人は答えることができず、代わりに目に涙を浮かべた。
その様子にダゴンの不安は増大する。
ドタドタドタドタ!
開けっ放しのドアの向うからけたたましく足音が響き、ドヤドヤと見覚えのある面々が入ってきた。
「ダゴン。やっと目覚めやがったか!」
「この野郎、心配させやがって!」
「よかった。俺達もひと月ほど前に目を覚ましたんだぜ!」
「ダゴンさん!」
「バイアデン、トムズ、それにマークスとマインちゃん!」
新たに部屋に入ってきたのはダゴン一家とはご近所の面々。
同じ追放流族のバイアデン、トムズ、マークス。それにマークスの娘のマイン。
マインは召還勇者の魅了から逃れようと自ら目を潰したが、今はどうやったのか治っている。
「お前たち、無事だったのか! 全滅したと聞かされて絶望していたが…… なあ、他の生き残った者はどうしている? ここは何処なんだ?」
ダゴンは一番近くにいたマークスの腕を掴み、必死の形相で訊いた。
「ダゴン。竜族系住人で生き残っているのはここにいる者だけだ」
「ここにいる者だけ? 他の人々はどうなった? 竜族系世帯は300を超えていたんだぞ。1000人からの人々が殺されたのか! それにセレナは?」
「竜族系だけじゃない。亜人系や元々住んでいた人族も殺されたよ。リットール東部は根絶やしにされたぜ」
「俺たちもここにたどり着く前に妻達を失ったんだ」
30人近くいたマークス、バイアデン、トムズ、マインの一団も、彼ら以外この場所にたどり着く前に命を落としていた。
「なんてことだ…… まてよ。ここに辿り着く? たしかおまえ達が向かっていたのは……」
ダゴンは、あの時マークス達が目指していたのが【ラミアの森】であったことを思い出した。
「その通り。ここは【ラミアの森】の中に建てられた隠れ家です」
「誰だ!?」
突然開けっぱなしのドアから聞き覚えのない女性の声が響き、ダゴンは驚き身構えた。
そこには長い黒髪が艶やかな若い女の姿があった。
「私の名はレイミア。この【ラミアの森】と【ラミアの祠】の守護を引き継いだ者です」
レイミアと名乗った女は軽く微笑み挨拶をして部屋の中に入って来た。
「レイミアだって? ちょっと待て。その名には聞き覚えがあるぞ。あれは……そうだ。たしかラミア族のラミナス殿の娘の名がレイミアだったような……」
ダゴンが記憶を探りレイミアの名を思い出す。
すると目の前の黒髪の女は嬉しそうに微笑んだ。
「そうです。そのレイミアが私ですよ」
「しかし、レイミアちゃんは見た目が五歳ほどの幼女だったはず」
ダゴンはマジマジとレイミアの顔を見た。
「そういえば確かに面影がある。え、待てよ? だとしたら……」
「だとしたら?」
成長したレイミアが目の前にいるという意味を考えたとき、当然の疑問が思い浮かぶ。
ラミア族の成長速度は緩やかで、最後に姿を見たときは出会った時と変わらぬ姿の5歳児くらいに見えた。
しかし、目の前にいるレイミアはどう見ても20歳前後に見える。
「もしかして、あれから何年もの月日が流れているのか」
「その通りです。察しがよくて助かります」
ダゴンはやはりそうかと思った。
だがいったい何年の月日が流れたのか?
「その姿を見るに10年……いや15年は過ぎているのか?」
しかしレイミアは首を横に降った。
「20年? まさか30年ってことはないよな」
「違いますよ」
「では意外と年数は経っていないのかな。実は急成長しただけとか」
ダゴンはコテリと首を傾げた。
「200年」
「え?」
その不思議がるダゴンにマークスがぼそりと言った。
「ダゴン、信じられんだろうが、あの惨劇の日から200年の時が流れている」
「なんだって? 200年!?」
「そうだ」
「マークス、こんな時に冗談はやめてくれよ」
「冗談なんかじゃない。俺達はあの後、【セントールの呪水】の影響により超長期の眠りを余儀なくされたんだ」
しかしそんな非現実的な事を告げられても、“はいそうですか”と納得できるわけがない。
だがその場にいる面々の表情は真剣なものだ。
「アーク、カレン、今の話は本当なのか?」
「本当だよ、父さん」
「マークスさんの言った通り、ここは200年後の世界なの」
とても嘘を吐いているようには見えない二人に、ダゴンはますます頭の中がパニックになる。
なにしろダゴンの感覚では、悪夢に苦しみながら少し深めに眠っていた程度の感覚なのだ。
「そもそも俺は首を斬られて死んだはず……いや、やはり夢だったのか?」
「それは私から……」
マークスに代わり、レイミアがなぜダゴンが生きているのか説明始めた。
首を斬られ一時は絶命したダゴン。
だが霊魂が身体から抜ける前にラミナスに確保され、ラミア族の奇跡のような魔術により肉体を修復し蘇生に成功したのだという。
しかし【セントールの呪水】を無効化することは叶わず、ダゴンは肉体に
「レイミアちゃん。いやレイミアさん? いやいやレイミア殿か。その……セレナはどこに? セレナも蘇っているのですよね?」
自分より遥かに年上に成長したレイミアを前にして、ダゴンはどんな言葉使いをしていいかわからず、とりあえず丁寧な口調で訊いた。
「そんなかしこまって話さないで下さい。レイミアでいいですよ。ダゴンさん、どうか落ち着いて聞いて下さい」
レイミアのにこやかな表情が曇った。
「セレナさんは母が駆け付けた時には、すでに霊魂が抜けていました。残念ですがセレナさんは助けられませんでした」
ドクン
ダゴンの鼓動が大きく跳ねた。
「じゃあ、セレナは本当に死んだのか。あれは夢じゃなかったのか……あんな酷い最後をセレナは……セレナ……セレナが蒸し焼きに……うぅ……」
ローストチキンのように蒸し焼きにされたセレナを思い返し、ダゴンは嗚咽を漏らす。
きっと亡骸も酷い有様だったに違いない。
「お察しします。ただセレナさんの遺体は母が回収して修復しました」
「遺体を修復だと?」
「はい。効果は弱いですが、母は女神ラミアと同種の力【
「ではセレナは……」
「はい。セレナさんのご遺体にも
「ああ……ああ!」
「ではこちらに」
レイミアに案内され、ダゴン達はセレナの眠る安置室に向かった。
「こちらです。どうぞ」
安置室に入ると広い部屋にぽつんと一つだけ薄布がかけられたベッドが置かれていた。
元はマークス達の妻や家族の遺体もここに安置されていたのだという。
ひと月早く目覚めたマークス達は、すでに妻や家族達との別れを済まし遺体を埋葬したそうだ。
「セレナ……」
ダゴンはベッドの前に立ち、震えを抑えながら被されている薄布を捲った。
「 ! 」
そこには生前と変わらぬ美しいセレナが横たわっていた。
まるで生きているように…………
その姿にダゴンは一瞬淡い期待をした。
もしかしたら生きているのではと期待せずにはいられなかったのだ。
そして震える手でセレナの頬に触れた。
「 !? 」
しかしダゴンの期待は瞬時に砕かれた。
セレナの頬は冷たく、そして固味を帯びていた。
見た目とは裏腹にその触感にはまるで生気を感じさせなかったのだ。
「ううぅ……セレナ、セレナ、セレナ…………セレナァァァ!」
「父さん……」
「お父さん……」
悲しき咆哮がラミアの森に響き渡る。
ダゴンはセレナの遺体に縋りつき、悲しき再会に涙を流し続けるのだった。
その頃、ラミアの森より西に位置する王都では……
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