154 第50話 Dの悲劇 12 【700年前の惨劇12】
◆リットール東部、カスピ湖の近く
つい先日まで
その最東の地に大石棺がある。
この大石棺は人族間の戦争で使われた(女神セントールの呪法を使った)魔力兵器、その爆心地を分厚い石の壁と魔法結界で覆い、溢れ出ようとする高濃度呪魔素を封じ込めている。
コルト王国の国王は、この大石棺の中に高品質な魔石が大量に隠されていると考えているのだ。
キュイイイイイイイン……
大石棺の前に亜空間ゲートが開き、中から国王をはじめとして大臣や官僚、王族に貴族、不測の事態に備えてコルト王国軍の兵、その他諸々がゾロゾロと現れた。
コルト王国の主要な人物は全て集まったと言っていい。
国王は大石棺を手中に収め魔石を大量に入手した功績を称えようと、大石棺を開けることを
「それでは国王陛下のお言葉です!」
「うむ。諸君、此度のワシの活躍は……」
事前に組まれていた
虚栄心、自我自尊、自己顕示欲、他者承認欲求……
その徹底した自分自身を褒めたたえるスピーチは一時間を超え、参集した者達をうんざりさせた。
「な、長いですわね……」
「パーラ殿。国王のスピーチは最低1時間続きます、御覚悟を」
「ひえええええ……」
それでも長く退屈な国王の挨拶も終わり、いよいよ大石棺開封の儀が始まる。
「まったくあの
魔女パーラ・ヌースはほくそ笑みながらダゴンが仕掛けた高度な施錠魔法の解析に入った。
しかし彼女はその優秀さ故に大惨事を引き起こし、手痛いしっぺ返しを食らう事になる。
「ぐっふっふっ。魔石さえ手に入ればこっちのもんじゃ。課せられた戦争賠償金なんぞ反故にして、潤沢な
コルト王国国王は、敗戦の痛手と高い税に苦しむ民の事など一切考えもせず、次の戦争を画策した。そして自分こそがユーラジアン大陸の盟主なる者だと妄想に酔いしれた。
しかし国王がユーラジアン大陸の盟主になることは叶わない。
「ようやく一息付けますなぁ」
「まったく陛下の思いつきには参りましたわ」
「しかし結果が全て。万事うまくいって良かったではないですか」
「まだわかりませんぞ。陛下の事ですから『テヘラに戦争しかけるぞー!』とか『民の税率を下げる? なんで上げたものを下げにゃならんのだ?』とか言い出したりするかもしれませぬ」
「「「ははは。まさかそんなことはありますまい(あの陛下なら言い出しかねん)」」」
側近・大臣達は戦いが終わってほっとしたのも束の間。今回の国王の暴君ぶりにすっかり疑心暗鬼になっていた。
しかし彼らの心配事は、これから発生する最悪の出来事により杞憂に終わる。
「はぁ、これで暫くは戦はねーよな」
「ようやく妻の元に帰れるぜ」
「おまえのとこは新婚だもんな。いきなり未亡人にさせなくてよかったな」
「おおよ。それより聞いたか。追放竜族との戦には、国からの報奨金が出ねーんだと」
「げ、マジかよ。あのケチンボ国王め」
「いやいや、魔石が手に入れば話は別だろ」
「それなんだが、魔石なんて本当にあるのか?」
兵士達は何やらフラグめいた事をゴニョゴニョ話した。
そして気の毒な事に、この兵士達が妻の元に帰れることも、報奨金を手にすることも、叶わない。
魔法知識豊富な彼女は大石棺の仕組みを解明することに成功した。
ロクでもない魔女だが、やはり彼女は優秀なのである。
「ふむ、物理的な扉の奥に霊的な
パーラ・ヌースは開錠したら真っ先に大石棺に乗り込もうと人払いを呼び掛けた。
しかしこの時の国王、勘が冴える!
「危険じゃから下がれじゃと? あやつもしや魔石を独り占めするつもりなんじゃ……そうはいかんぞ!」
国王は嫌そうな顔をする側近達を呼んで、パーラ・ヌースの背後にピタリと貼りついた。
「パーラ殿、水臭いですぞ。今更心配することなど何もありゃせん」
「(この
大石棺の巨大な扉が開き、奥の方からボシュッ!ボシュッ!と
「よし、開いたわ!」
「皆の者、続けぇ!」
パーラ・ヌースと国王を先頭に大勢が大石棺内部になだれ込んだ。
その刹那……
ゴゴゴゴゴゴゴゴ………ブッシャアアアアアアアアア!
突如、大石棺の最深部から強烈な爆風が吹き出し、パーラ・ヌースと国王達を襲った!
「な、なんじゃこの風は!?」
「ち、違う。これは風なんかじゃなくて……呪魔素!? ひぃ! こんな汚染された所に
パーラ・ヌースが状況に気付くがもう遅い。
この風は風にあらず。
これは大石棺最深部、魔法兵器の爆心地から噴出する超高濃度の呪魔素。
15年に渡って封印された高圧状態の呪魔素が、爆発したかの如く一気に噴き出したのだ!
ゴッシャアアアアアア!
「ああ、水晶玉が! 集めた霊魂が!」
パーラ・ヌースが大切に持つ水晶玉が、呪魔素で腐った手から零れ落ち、そのまま吹き飛ばされてしまった。
優秀な魔女パーラ・ヌースは大石棺の開錠に成功した。
しかし優秀であるが故に己の野望は水泡に帰してしまったのだ。
「ちいい、完全に骨折り損だわ! シールド……だめ、間に合わない! だったら
キュイイイイイイイン……
パーラ・ヌースは呪魔素に犯され身体を半分失いながらも、未来方向に自分一人だけランダムな時空転移を行い脱出した。
「パーラ殿、ワシも助け……ぎゃあああああああ! 身体が腐る! 崩壊する! 誰かワシを助け……」
「うわあああああああああああああ!」
「ぐひいいいいいいいいいいいいい!」
「びゅぐうううううううううううう!」
僅かでも呪魔素耐性のあるパーラ・ヌースと違い、国王達は魔呪詛に飲み込まれると一瞬で身体を崩壊させ、骨さえ残さずこの世から消滅した。
「な、なんだ? 一体なに事だ!?」
呪魔素に襲われたのは大石棺の中に入った国王達ばかりではない。
呪魔素は大石棺の外に濁流の如く噴出し、リットール地方東部地区を覆いつくした!
「ぎゃああああああああああああ!」
「なんだこれは!?」
「呪魔素に飲み込まれる!」
「助けて! 助け……」
「…………」
国王が引き連れて来た大臣や兵、その他関係者は一瞬で消滅した。
それ即ち
まさに因果応報というに相応しい。
災いはさらに続く。
パーラ・ヌースが開通させた亜空間ゲート。それはいまだ開いたままであり、その先は王都に繋がっているのだ。
「なんだあの黒いガスは!?」
「離れろ。何か危険……ぎゃあああああああ!」
「これは呪魔素だ! みんな教会に逃げ……ぐぼおおおお!」
今度は亜空間ゲートを通じて大量の呪魔素が王都へと流れ込んでしまった。
突然の黒き呪魔素に慌ておののく王都の民だが、呪魔素の濁流にのみ込まれるや否や瞬時に身体を腐らせ消滅した。
その犠牲者の数は、最終的には王都人口の三分の二に達した。
コルト王国は指導者と多くの民を失い、凋落の道を歩み始めるのである。
*
◆中央大森林霊山 竜族の城
コルト王国と
「それは誠なのか!?」
「はっ。コルト王国の卑劣な策に嵌り、ダゴンを始め追放した竜族達は全滅しました」
竜族の王は、コルト王国に潜ませていた
しかし王の目にはすぐに怒りの炎が宿った。
「ただちに兵を集めよ。これよりコルトの外道共を討ちに行く。ダゴン達の仇討ちだ!」
「し、しかしダゴン達は追放された身。追放を言い渡した我々が仇を討つのは筋が違うのでは?」
「何を言っている。ダゴン達は追放したが絶門にしたわけではない! 破門扱いなのだ。我々の身内である事には変わりない!」
「は、確かに」
「コルトの愚王とその
そう憤る竜族の王だが、側近がそれを制した。
「恐れながら王よ。それは叶えられませぬ」
「何故だ!」
「コルトの愚王は愚かにも自滅しました。あの国には最早仇を討つべき相手がおりませぬ。他の首謀者たちも全て死にました」
「な、なんだと!? それでは我らには何も出来ぬのか。この憤りをぶつける相手はおらぬというのか!」
「残念ながら」
王はガックリと膝を付き、拳で床を殴りつけ悔しさに涙を溢した。
そして詳細を聞いてコルト王国の愚行に呆れ罵った。
「まさか人族がここまで愚かな蛮族だったとは…… ならば、せめてダゴン達の破門を解いておけ」
「亡くなった者の破門を解くのですか?」
「そうだ。冥界に旅立つダゴン達への、せめてもの
「御意」
竜族の王はそう言い放つと、窓辺から遥か遠い
*
……………………
………………
…………
……
◆リットールのどこか
「う…… ここは何処だ……俺はいったい……」
見知らぬ建物の中でダゴンは目を覚ました。
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