114 第四十二話 ケンツvsバーク R2 02 「回想」
新調した茶色の〈魔法剣士の服〉に身を包み、闘場中央にて俺とバークは主審から試合の説明と注意事項受けていた。
バークは主審の話などそっちのけで、物凄い眼圧で俺を睨んでいる。
もちろん俺も睨み返して気合負けなどしてはいないが、一方ではバークとの出会いから今現在に至るまでの出来事が、走馬灯のように脳裏に浮かんでいた。
まさかバーク相手にこんな大舞台でシャロンを奪い合う事になるなんてな。
こいつをポーターとして雇ったあの頃には、こんな事になるなんて夢にも思わなかったぜ。
イケメンな顔が少々気に入らなかったが、草食系の真面目君だし、女にがっつかないと思ったから雇ったのになぁ……
バーク以前にも何人か雇った事はあったが、ポーター募集に応じる輩なんてロクな者がいなかったんだぜ。
質のいいポーターってのは、すでに既存の三級以上冒険者パーティーに押さえられているからな。
だから初めてポーターを雇う俺達
それでも試しに雇ってみれば、案の定、シャロンはもちろんキュイとキリスにもモーションかけやがる。
野営の時なんか、当然女達に夜這いをかけてくる。
当然即行で追放だ。ほんと苦労させられたぜ。
それで、最後の最後に雇ったのがバークだったてわけだ。
『初めまして、バークと言います。みなさんどうぞ宜しくお願いします!』
バークが冒険者パーティー【
物静かで読書家で教養があり、しかし見かけによらず体力は十分あって、ポーターとしての立場を弁え、出過ぎたマネはせず与えられた仕事はキッチリこなす……
かと言って、無口というわけでもなく、言うべき事はキチンと発言していたな。
まあ、有能なポーターだったよ。
ただ“言うべき事はキチンと発言する”ってのは、当時の俺には少々厄介ではあったんだよな。
『ケンツさん、意見具申してもいいですか?』
『なんだよ、言ってみろ』
『ケンツさん、このままだと……』
発言を許しはしたものの、当時の俺はバリバリの天邪鬼冒険者で、しかもハーレム信奉者。
他人から意見されると、意味もなく反発してしまうことが多々あったし、ましてや女達の前で意見されるなど、ハーレムを目指す俺にとっちゃ好ましく無い話だ。(今となっちゃハーレムを作りたいなど微塵も思わないけどな)
だから俺は、
『そんなことはちゃんと気が付いているぜ!俺達は今のクラスに満足せず、常に上を目指しているんだ!うだうだ言っていないで行くぞ!(やべー、全然気が付かなかったぜ)』
などと内心驚いたりしながらも、皆の前では強気な口調で嘯いたりしていたな。
『えー、そんなの無理だよ』
『アタイ、絶対にイヤだし!』
もちろんそれが好ましくない話だと、キリスとキュイはブー垂れる。
『まあまあ、予想出来たのなら対処は可能なはずよ。本当に無理だと思ったら、リーダーのケンツが的確な判断をするわ。バークさんの意見を参考にして、無理なく進みましょう』
そしてシャロンが俺の顔を立てながら、バークの意見もないがしろにせず、パーティーの和を調整して前向きな空気を作る。
しょっちゅうってワケでもないが、バークが来てからひと月ほどで、そんなルーティンが出来上がっていた。
なに?
バークの意見に知ったかぶりするな?
本当に意見を参考にしていたのか?
リーダーにしては無能じゃないかって?
いやいや、確かに知ったかで口じゃあんなだけど、バークからの意見は全て参考にしていたぜ。
それに、当時はやっと三級冒険者にステップアップしたばかりで、三級対象クエストなんかも未知な部分だらけだったんだ。
経験豊富な先輩冒険者達と違って、俺はまだまだ経験不足の知識不足だったんだぜ。
だからバークの意見全てが正しいってわけじゃなかったが、かなり役立ったよ。
そして、ブーイングが出るなか決断するのはリーダーの務めだ。
パーティーを引っ張っていく以上、決断して多少強引なくらいでないとメンバーを纏めるなんて無理なんだ。
幼馴染で彼女のシャロンは別として、キュイとキリスはまだまだ浅い付き合いだったしよ。
阿吽の呼吸でパーティーメンバーと意思疎通なんてのは、当時の俺達にはまだ無理だったよ。
漫画や小説の主人公みたいな〈超人的な補正〉は俺みたいな凡人にはないぜ。
グダグダしながらも一歩ずつ前進して経験を積むしかないんだ。
そんな感じで日々送っていたんだが、そのうちパーティー内で小さな変化が現れた。
無意識なんだろうが、時々バークがシャロンを目で追っていることに事に気が付いちまったんだ。
それは、間違いなくシャロンを想う目。
こうなる事を恐れて真面目君タイプのバークを雇ったんだが、結局バークはシャロンの魅力にやられちまった。
シャロンは美人で性格も良く聞き上手だからなぁ。
やがて俺達はバフに目覚めたバークの恩恵を(知らないうちに)受け、快進撃が始まった。
アドレア連邦の目にも止まり、【連邦認定勇者に最も近い男】と噂されるほどに成長した。
そして、
この頃になると、バークは自分の感情――すなわちシャロンへの想いを抑えるのに必死だったようだ。
キュイもキリスも、そして好意を寄せられているシャロンでさえ気付いていない、バークの淡い恋心。
いや淡くは無かったかもな、激しく燃える恋心かもしれねぇ。
見事なもんだぜ、『よくぞそこまで自分を律して感情を抑える事が出来るもんだ』……と、当時は妙に感心したもんだぜ。
だが、これ以上は放置することは出来ない。
『おいバーク、お前はクビだ。今までご苦労だったな』
俺はついにバークに対して追放を言い放った。
なんせあの甘いマスクのイケメンだ。シャロンの事は信じてはいるが、それでも男女ってのはタイミング次第で変に流されてしまう事が多々あるからな。
へたに拗れればシャロンを奪われて、しかもパーティーの崩壊につながる。
もう決断しないと。
『ケンツさん、これはどう言うことですか?出て行くことには
理由を訊いてきたバークに対して、俺はいかにもテキトーな説明をした。
『お前は大した戦力……というか全く戦力にならない。パーティーをクビになるのにこれ以上明確な理由があるか?』
戦力云々なんざ関係ない。
おまえの存在自体が俺と一番星を脅かす存在になっちまったんだぜ。
でも、もう少しマシな理由にしておけばよかったかな。
ポーター役に対して「戦力にならないから追放」って流石に無茶苦茶だろう。
当然怪訝な顔をするバーク。
これはあれだな『追放を言い渡すにしろ、もっとうまい口実はなかったのか』て、引いてる顔だな。
しかし俺の説明に納得が出来なかったのはバークではなく、むしろうちの女性陣だった。
その場ですぐ大紛糾となり、結局パーティーの和が乱れる事を嫌ったバークが了承して追放を受け入れた。
今思えば、バークはいずれ自分が追放される事を予期していたのだろうな。
実際あいつは俺が追放を言い渡さなくても、
そしてその後……
俺はド底辺に落ちぶれ、バークは冒険者デビューしてメキメキと頭角を現し出した。
俺とシャロンは困窮し、ド底辺から抜け出すことが出来ず、鬱憤の捌け口をシャロンに向けてしまい、DVなんて最低最悪な行為をしちまった。
自分が恐ろしいぜ。あれ程愛しているシャロンに手をあげるなんて……
この俺の歪みは、やがておかしな選択をしてしまうことになる。
DVでシャロンを傷つける事を恐れた俺は、あろうことかシャロンをバークに押し付けちまった。
バークの輪の中ならシャロンの安全も確保される……そんな思いもあった。
だがそれは、俺がシャロンを手放す言訳だったのかもしれねぇ。
いろんな想いが交錯して、無意識に一番楽な方向に逃げちまったのかもな。
今でも背後で泣き叫ぶシャロンの声が頭に残っているし、夢に見ることだってあるぜ。
翌日、考えを思い直して、「冒険者を引退してシャロンと農業して暮らそう」と思い立つも、天邪鬼な性格が災いして、顔を合わせば何故か決定的な決別をしちまうし……
そして俺は、ひとりド底辺の二番底三番底へと堕ちてしまい、そこから抜け出すのに約一年かかっちまった。
アリサとの出会いが無ければ、俺は今でもド底辺のままだったな。
そして俺は今、
自分から「シャロンを頼む」とバークに託した頼み事を反故にして、シャロンを力づくで取り返そうと、シャロンを奪おうとしている。
バークからすりゃ、こんなの無茶苦茶な話だぜ。
なあバーク。
これから俺達はシャロンを巡って決闘をしようとしているんだが……
俺はシャロンを奪われないようにおまえを追放したってのに、
おまえと争う事が無いように追放したってのに、
パーティーを崩壊させないように追放したってのに、
なんでこんな事になっているんだろうな。
誠、運命とは皮肉なもんだぜ。
「ケンツさん、シャロンさんを賭けての戦いだというのに、他所事に
バークは回想している俺を見透かして、片眉を吊り上げ不機嫌そうに言った。
「おっと、すまねえ。どうしてこんな事になってしまったのか、少し回想していたんだ」
それを聞いたバークはさらに不快さを露にして言い放った。
「呆けたんですか?ケンツさん、アンタが僕に挑戦状を叩きつけたから
「ははは、そうだったな。そういやそうだった」
「もしかして僕をイライラさせるための作戦ですか?だとしたら逆効果ですよ!」
バークに初めて
こりゃかなり
「逆効果ね……たしかに怒らせて本気にさせちゃマズイよな。油断して俺にアッサリと倒される事を期待するぜ」
「誰が!」
甘いイケメン顔が歪み、怒りを露にするバーク。
意図せず舌戦になっちまったが、まあ俺の勝ちかな?
しかし、こんなバークは初めて見るな。
安い挑発に感情を剥き出しにするようなヤツじゃなかったんだが?
「二人とも聞いているのか?以上で決勝戦の注意事項の説明は終わりだ」
「わかりました」
「オーケー、いつでも始めてくれ」
説明・注意事項に了承したことを確認し、主審は俺とバークに距離を開けさせた。
『それでは冒険者ギルドリットール支部主催武闘大会、総合剣技の部を始める。
西方、二級魔法剣士ケンツ!』
「おうっ!」
その瞬間、場内がワッと大歓声が巻きあがった。
西側観覧席では、アリサ、ユリウス、ミヤビが腕を振り回して応援している。
『東方、一級魔法剣士バーク!』
「はいっ!」
またしても、場内にワッと大歓声が巻きあがった。
東側観覧席では、キュイとキリスがやはり同じように腕を振り回して、バークを応援している。
その傍には、シャロンが不安そうな顔をしながら両手コブシを胸の前で結んでいた。
そのシャロンの姿を確認した途端、大きな鼓動が胸を打ち、俺の身体にさらなる熱が入った。
『それではいざ尋常に……
― バーンっ!
主審のファイトコールと共に銅鑼の音が響き渡り、歓声がより大きくどよめいた!
「いくぞ、バーク!」
「シャロンさんは渡さない!」
―バシュッ!バシュッ! ガキンッ!ギュリリリリッリイィィィィィ!
俺達は、【惚れた女を奪い合う】という【男が持つ根源的な闘争本能】を剥き出しにして、絶対に負けられない戦いを始めたのだった。
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