110 第四十一話 武闘大会 01
◆ケンツの宿泊先
Sideケンツ
朝、目が醒めるとシャロンの姿は無かった。
「シャロン、ありがとうな。おかげで十分癒された。体調はこれ以上ないほどに万全だぜ!」
こんなに熟睡したのは久しぶりだぜ。爽快感が半端ない。
気力は十分、勝負熱が一気に研ぎ澄まされていくのがわかるぜ!
「勝つぞ!絶対に勝つ!」
― バッチーン!
俺は両手で頬を思いっきりブッ叩き、気合を入れたのだった。
そして身支度を整え、ポットに汲み置きの茶をカップに注いだ時――
― トントン!
部屋のドアがノックされた。
「ケンツさん、おはようございます。入っても大丈夫ですか?」
アリサが部屋に来た。
どうやら中々降りてこない俺を気遣って、様子を見に来たようだ。
「なんだ、ちゃんと起きていたんですね」
「当たり前だぜ。と言いたいところだけど、実はさっき起きたばかりなんだ」
「あらら、もしかして夕べは緊張して寝付けなかったんですか?」
「いや、逆だぜ。シャロンに添寝して貰ったらすぐ爆睡したし」
「あら羨ましい。夕べはお楽しみだったんですね」
緊張気味のアリサの顔がニヘラと崩れる。
「純粋な添寝だし。情けないけど震えが来ちまってさ。シャロンに包まれて治めて貰ったんだ」
「仕方ないですね。真正勇者でも大きな戦いの前には震えてしまい、聖女に慰めて貰うそうですし」
へー!
無敵の真正勇者でも震えたりするのか。
勇者と言っても中身は案外俺達と変わらないんだな。
「おまえの
「わからないです。今まで時間的余裕の無い戦いばかりでしたし。あ、でも三か月ほど前に圧倒的力量差の相手と戦ったのですが、その時は戦いの最中に二人して震えながら死を覚悟しましたよ」
おまえらが死を覚悟するほどの相手!?
一体アリサは何と戦っているんだ……
「そんなことより、そろそろ出ませんか?8時30分で締め切りですよ」
窓から顔を出して時計台を確認すると――
時刻は8時。エントリー締め切りまで残り30分か。
「ま、慌てる事は無いさ。一杯だけ茶を飲んで行こうぜ」
ここからなら歩いて20分ほどで着く。
ドンと構えてゆっくり行こう。
それにバークへの揺さぶりにもなるしな。
それにしてもよく寝たなぁ。
たしか夕べ眠りに堕ちたのは8時少し回ったくらいだから、まるまる12時間近く寝ていたのか。
肉体的にも精神的にも疲れが溜まっていたんだろうなぁ。
あとシャロンの添寝効果!
オッパイに顔を包まれたあの至福の感覚!
エロやらしい気持ちなんか一切ならず、まるで母親に抱かれる赤ん坊みたいな安心感で、ストーンと堕とされちまったぜ。
きっとあれが女性の持つ母性ってやつなんだろうな。
「さ、それじゃボチボチ行こうぜ」
茶を飲み終えて、いつもと同じような足取りで、されど勝負熱を維持したまま、俺達は宿を出てコロシアムへと向かった。
「おーい、ケンツさーん!」
途中、後ろから声をかけられ振り向けば…………
なんとバーク、キュイ、キリスも全力で走って来やがる。
声をかけたのはバークか。
ていうか、なんであいつらが俺達より後から来るんだ。
「あいつら俺達以上に余裕じゃねえか」
「ケンツさん、もしかして舐められてません?」
「かもしれねえな……でもなんか必死そうだぞ?」
あいつらガチで焦った顔してやがるな。
もしや寝坊でもしたのか?
「はぁはぁ」
「ひぃひぃ」
ん?なんかキュイとキリスの顔色が悪いな。
髪も乱れているし酷く疲れているような……病気か?
――実は、バーク達は明け方まで爛れたあと、少し仮眠を取ろうとしてうっかり寝過ごしたのだった。どうやら欲に目覚めたバークには、睡眠欲に抗う事が難しかったようだ。
三人の睡眠時間は其々僅か1時間程度。
バークはとにかくとして、キュイとキリスは
「よう、時間には正確なバークが遅刻とは珍しいな。寝坊か?」
「そう言うケンツさんだって遅刻ギリギリじゃないですか。どうやら僕と同じ理由みたいですね」
バークは、なぜか一緒に歩いているアリサを見て一人納得していた。
「(てっきりシャロンさん一筋かと思っていたけど、実はそうじゃないのか。やはりケンツさんにシャロンさんは任せられないな)」
「(同じ理由?バークめ、あいつも余裕ぶってゆっくりしてやがったか。あるいはキュイとキリスのオッパイ添寝で熟睡寝坊か?)」
白い目をぶつけ合うケンツとバーク。
二人とも「自分がすることは相手もするはず」と決めつける、典型的なクズ思考であった。
「ふぅ、けっこうギリギリになっちまったな」
俺達はお互い妙なオーラを醸し出しながら、コロシアム武闘大会エントリー受付に到着。無事エントリーを済ませた。
「二人そろって締め切り直前に来るとか、いったい何があったんです?おかげで助かりはしましたけど……」
エントリー受付のケイトが少し迷惑そうな目を向ける。
なんでも、俺達が召喚勇者を撃退したと噂が立ち、とても太刀打ちできないと予約していた冒険者達がエントリーを渋ってしまったそうで、そのため武闘大会が危うく延期になりかけたらしい。
ところがいつまで経っても俺達が現れなかったことで、辞退したと思った冒険者達が締め切り5分前になって殺到したそうだ。
おかげで一人のキャンセルも出ず、武闘大会・総合剣技の部は無事開催される事となった。
「ああ良かった。ケンツもバークさんも間に合ったのね」
安堵の表情でシャロンが声をかけてきた。
しかしバークは少々ご機嫌斜めなようだ。
「シャロンさん、酷いじゃないですか!どうして行くときに声をかけてくれなかったんです?」
口を尖らせてシャロンに不満を漏らすバーク。
実はホテルでのシャロンの部屋は、バークの部屋の隣だった。
だから、シャロンが声もかけずに一人でコロシアムに向かった事に対して、バークは非難の目をシャロンに向けた。
だがそれはバークの思い違いだったのだ。
「昨夜は宿を変えたんです」
「宿を変えた?まさか!まさかケンツさんと朝まで一緒だったとか!?」
バークの顔色が変わり、ついで俺を睨んだ。
え、そうだったの?
俺もシャロンの顔を見た。
「違いますよ。壁越しにあなた達三人の声が凄すぎて眠れなかったんです!だから宿ごと変えたんです!声がけなんて無理ですよ!」
シャロンが「こんなこと言わせないでよ!」とばかりに非難の目をバークに浴びせる。
実際、キュイとキリスの爆嬌声は途轍もなく、そのフロアの客全員が他の階に移ってしまった。
シャロンは一人逃げ遅れ、他の空き部屋が塞がってしまい、仕方なく別の宿に変えたのであった。
「え、それは申し訳ないことを……スミマセン……」
原因が自分達の夜の営みであることを知り、バツ悪そうな顔をするバーク。
「そんな大きな声を朝まで張り上げていたなんて!」
「は、恥ずかしい!恥ずかしすぎる!」
顔を真赤に染めるキュイとキリス。
「おまえら……」
大切な日の前夜に何やってんだ!?
遅刻の原因もベッド上での夜間運動会のせいだったんだな。
こんな爛れた輪の中に、大切なシャロンを入れるわけにはいかないぜ!
絶対に勝つ!勝ってシャロンを取り戻す!
そう何度目かの決心をしていると――
「おーい、ケンツ!それにバークも!」
どこからともなくユリウス、ミヤビ、ヒロキ、アカリが現れ声をかけてきた。
こいつら、随分早くから来ていたみたいだな。
エントリー受付の欄に、ユリウスとアリサの名前が一番上に連ねていたぜ。
ユリウスとアリサ――
そう、この二人も総合剣技の部にエントリーしているのだ。
目的は大会優勝とかじゃなく、舞台の上で目立ってそれぞれの
つまり、アリサが無事
いや、邪竜退治が終わるまではサポートしてくれるんだっけか。
だが別行動になるのは間違いない。
そうなりゃ今までのように、いつも一緒ってワケには行かないだろうし、少し寂しくなるなぁ……
ていうか、あいつ等約束通り試合で俺やバークとかち合った時は、ちゃんと負けるなり辞退なりしてくれるんだろうな!
『あわわ、うっかりやっつけちゃった!ごめんなさーい!』とか無しだぜ。
「さてと、試合まで時間がかなりあるな。どうするか……」
武闘大会は二日間全四種目で、今日は【魔法戦の部】【総合剣技の部】が行われる。
受付こそ早かったが、俺の試合は午後からだ。
「ケンツさん、私、ここから別行動するわ。ユーシスを探したいの」
「なら俺も一緒に行くよ。この前襲われたばかりだし、アリサさんを一人には出来ない」
「そっか。見つかるよう祈ってるぜ!」
「俺とアカリもユーシスを探しにいくぜ」
「また後でね」
アリサとユリウス、ヒロキとアカリは
「シャロンさん、今まではケンツの傍にいることを許したけど、今日は流石にダメだからね。同じパーティーの者として僕達と一緒にいてもらうよ」
「え?……はい……」
シャロンは少し悲しそうな顔をして、バークの輪の中に戻り何処へかと去って行った。
シャロン、もう少しの間だけだ。
夕方には必ずシャロンを……
「はぁ、いきなり独りぼっちになっちまったぜ。これからどうするかなぁ……」
今はまだ時間が早すぎて控室は魔法戦のやつらが占めている。
とりあえず朝飯でも食いに行くか。
「ケンツさん、ケンツさん、」
「へ?あ、ミヤビ!そういやまだアンタが残っていたんだった!」
「ケンツさん、現人神の存在を忘れるとは不敬で罰当たりですよ!罰として朝ごはん食べに行きましょう。その後、魔法戦の観戦でもして時間を潰しませんか?」
俺はミヤビに手を引かれ、コロシアムの周りに立ち並ぶ出店へと向かった。
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このエピソードには、没にした【ケンツの寝坊バージョン】が近況ノートにあります。
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