093 第三十六話 葬送戦 05



なんだ、今のユキマサの動きは!?



「あっぶねー、紙一重だったぜ」


「……その素早さはいったいなんだ?」


「へっへー、こんなこともあろうかと……てやつさ」



ユキマサは左手に持っている空の小瓶を見せつけた。



「まさか……薬物か!?」


「俺達は連邦の財産だからな、簡単に失う訳にはいかないのさ。緊急時には禁止薬物を使ってでも生きなきゃならねーんだよ」



そう言いながらユキマサは斬り落とされた右腕を斬り口にあてがった。


すると驚くことに斬られた腕は瞬時にくっついた!


なます斬りにされていた全身の傷も治ってやがる!



「だったらもう一度斬りきざんでやるまでだ!」


「へへへ、今度はそううまく行くかな?ケンツ君よ」


「ほざけ!身体強化ブーストアップ4.25倍、縮地!」



― バシュッ!



「これで終わりだ、死ねええええええ!!!!」



瞬時にしてユキマサの側方に回り、首を刎ねにかかる!


しかし!?



― ガキンッ!



「なっ、反応された!?」



なんと、さっきまでスピード負けして回避困難だったはずのユキマサが、余裕で俺の斬撃に反応して聖剣を合わせやがった!



「へへへ、ざーんねーん♪ オラッ!」



― ズバッ!



「ぐおおおおおおお!?」



― ブシュウウウウウウウ!



逆に袈裟斬りにされ、胸まわりから盛大に血を吹き出す!



「セ、セイクリッドヒール完全回復!」



痛みは怒りが凌駕して感じない。


驚きはしたが動揺はしていねぇ。


ソーサリーストック無限魔法貯蔵の発動には何の問題もない!


しかし奴の剣速が俺を上回っているだと!?


いったい何故?


まさか……さっき飲んだ禁止薬物は治癒と回復、それに身体強化までするのか!



「【エスカトロジーの魔樹液】だ。聞いた事くらいあるだろう」


「あの絶級の禁止薬物か!?」



【エスカトロジーの魔樹液】は異世界の一つ、エスカトロジー世界原産の外来魔法樹が原料の禁止薬物だ。


即効性のある強力な回復薬であり、再生促進剤であり、痛みを感じさせぬ麻薬効果、さらには強制身体強化を促す。


しかし一度使えば依存症となり、使い続ければ身体は徐々に魔物化するというとんでもない代物だ。


ユキマサは、土下座で命乞いのフリをしながら胸のポケットに手を忍ばせ、禁止薬物の【エスカトロジーの樹液】を口にしていたのだ。



「身体強化はケンツの専売特許じゃないってことだ」


「何言ってやがる、インチキドーピングのくせに!勇者が禁止薬物に手を出していいのかよ!」


「それが何か問題でも?そんな事より続きやるのか?」


「当然だ!」


「おう、そうこなくっちゃな!」



― バシュッ!ガキンッ!



は、早い!無茶苦茶早い!


まるで縮地を使っているかのように早い!



「へー、ちゃんと反応できるのかよ。ちょっと意外だったぜ。だが反応するだけで精一杯って感じだな!」



― ザンッ!バシュッ!シュバッ!



「うぐっ!ぬぐぐぐっ!」



攻守交替、今度はユキマサがガンガン責める!



「ふははは、どうだ現地人の猿め!俺様にこんな使いたくもない危険な薬物を使わせやがって!その報いを受けるがいい!さあ死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」



ユキマサはさらにギアを上げて聖剣を振りまくる!


とんでもねえスピードだ!


初めてこのスピードに直面したのなら、とてもじゃねえが耐えられねえぜ。たぶん初撃でやられていたな。


だけどな、おれはこれ以上のクッソ速い斬撃を知っているぜ!


アリサとユリウス脳筋コンビの動きに比べれば、おまえの剣速は遅すぎてアクビが出るんだよ!



「勝負だ、ユキマサ!魔法式身体強化魔式ブーストアップ6倍!」



― バキンッ!ベキンッ!



限界超えが可能なアリサ由来の魔法式身体強化!(対ヒドラ戦や、魅了されたケンツが対アリサ戦で使ったタイプ)


しかしこれの過剰倍率使用は見合わない代償を支払う事になる。


その代償とは、使った直後から俺の身体にとんでもない負荷がかかるというもの。


肉体は負荷に耐えられず、全身から血を吹き出し崩壊し始めるのだ。


激痛も相当なもので、ソーサリーストックを発動させ続けるのも困難になる。



『ケンツさん、魔法式身体強化魔式ブーストアップによる過剰倍率は絶対に使わないで下さい。あれは諸刃の剣です。ほとんどの場合は勝利する前に力尽きてしまうのです。そのまま絶命することも……まあ激痛で発動し続けるのは無理でしょうけどね』



アリサからはそう強く念押しされていた。


だが、痛みなんざ今の俺には感じねえ!


命だって惜しかねえ!


この肉体が完全崩壊する前に、そして命と引き換えにしてでも、必ずケリをつけてやる!!!



「いくぞ、縮地!」



― バシュッ!



「な、なんだ!?薬物でパワーアップしているのに捉える事ができねえ!」



残像を転々とさせつつ、全身から吹き出す己の血をまき散らしながらユキマサを撹乱させる!


それまで余裕の表情を浮かべていたユキマサも驚き狼狽する!



「どこだ!ここか!この辺か!」



― ブンッ!ブオッ!



奴の危険な猛攻を潜り抜け、ラーズソードが閃光を放ち刃走る!


いくぞ、今度こそ終わりにしてやる!



サンダースタビング破牙の雷突!」



超低姿勢位置からバチバチと雷を纏せ、ラーズソードがヤツの胸に……



― ドスッ!



突き刺さる!



「ぐぎゃっ!そんなバカな!刺さってる!?俺に刺さってる!?」



― バシュッ!ブワッ!



突き刺した箇所から血が吹き出し、完全に動きが止まるユキマサ!


そのユキマサに突き刺さったラーズソードに、俺は目一杯魔力を込めた!



― ギュオオオオオオオオオオオオオオ!



「ぎゃひい、胸が!胸が破裂する!!?? やべろ!そんな事をしたら俺が死んじまう!本当に死んじまうって!」


「シャロンの命を弄んだやつがそんな事を言うのか!」


「俺は特別なんだ!現地人の女とは命の重みが違うんだ!だからこれを早く止めろ!止めてくれ!」



ガシッっとユキマサはラーズソードを握り止めようとした。



― ポトッ、ポトポトッ



しかし握りしめたヤツの指は、無残にも切れて地面に落ちた。



「いぎいいいいいいいいいいいい!!!」


「今度こそシャロンの仇だ!爆ぜろ!サンダースパーク放電烈花!」



 ― バリバリバリ、バッコオオオオオオオオオン!!



「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!」



ユキマサの断末魔!


体内に発生した雷球が大爆発!ヤツは木端微塵に吹き飛んだ!



「やった、シャロンの仇を取ったぞ!シャロン!シャロン!シャロン!

俺はシャロンの仇を……シャロンの仇をおおおおお……!」


俺は空に向かって咆えかけた!


だがその時――



― ガキンッ!ギュリリリリリィ!



剣と剣の鍔迫り合いの音が響く!


違う、まだだ!


まだ二人残っている!



「うぐっ!ぐぅぅぅ……」



身体強化6倍の負荷は、容赦なく肉体を襲い続ける。


このぶんだと、あと一分もしないうちに指一本動けなくなる。


そして俺は死ぬ。


だが死ぬ前に!





*





「ちくしょう、話と違うじゃねーか!なんで魅了が効かない!?それに禁止薬物も使ったのにまるで歯が立たねえ!」



召喚勇者タケヒサは、何をしても全く歯が立たないアリサに底知れぬ不気味さを感じていた。



「連邦の召喚勇者は弱すぎるのよ。ドーピングしてもその程度とかちょっとないわ。あなた達、もう勇者なんて名乗るの止めたら?本物の勇者に対して失礼だわ」


「なんだとぉ!?」



アリサの容赦ない辛辣な非難と侮蔑の言葉。そして氷のような冷めた視線。


そんなアリサの言葉責めにタケヒサが激昂する!



「舐めやがって!もう魅了なんてしねえ、ぶっ殺してやる!」



タケヒサはバチバチと聖剣に魔力を込めた!



「わあ怖い。でもぶっ殺されるのは、どうやらはアナタの方みたいよ?」


「何を言ってやがる。テメーを殺した後でじっくり弄んで…………あびゅわ!?」



ワーワー言っているタケヒサの背後から、突然容赦なく一閃!



― ズバッ!



「もう喋るな、外道の言葉は虫唾が走るぜっ!」



ラーズソードによる全力の脳天斬り!


タケヒサは頭の先から真二つにされ、メチャリと不快な音を残し地に崩れた!



「がはっ!ぶふっ……」



同時に俺も豪快に口から血を吹き出した!



「ケンツさん!そのダメージ……まさか!?」


「大丈夫だ、俺はまだ死なねえぜ!」



あと一人!



呼び止めようとするアリサを背にして、俺は次のターゲットへ!





*




「くそ、しつこいやつめ!」


「そっちこそ薬物などと卑怯な手を……だがもう終わりだ!」


「終わり?いったい何を言って……はぐっ!?」



― ザンッ!



「ぎゃああああああああああああああああ!俺の腕が!?腕がああああああああ!!!」



唐突に召喚勇者ショーゴの腕が斬り飛ばされた!


斬り飛ばしたのはもちろん俺だ。


バークは、口と全身から血を吹き出す俺の姿にギョッとした。



「待たせたな、バーク」


「ケンツさん、応援に行けなくてすまない。まさか勇者が禁止薬物に手を出すとは思いもしなかった」


「まったくだ、さあ早くシャロンの仇を討とう!」



俺とバークは、それぞれの獲物に魔力を込めた。



「待て、ユキマサとタケヒサはどうなったんだ!なんで助けに来な…………なっ!?」



ショーゴは狼狽しながら回りを見渡して、そして絶句した。


その目に入ったのは、爆散したユキマサと真二つにされたタケヒサの骸……



「そんなバカな!俺達は勇者だぞ!選ばれた最強の存在だ!負けるなんてありえねえ!死ぬなんてもっと有り得ねえ!俺達は何をしたって許される!勇者法が守ってくれるんだ!だからこんなことは絶対に有り得ねえ!おまえら分かっているのか!俺は勇者なんだぞ!こんな事をして…………」


「喋るな!何が勇者だ!勇者法だ!弱者を弄びやがって!」

「選ばれた最強の存在?笑わせるな、連邦の犬のくせに!」



恐怖のあまり目に涙を浮かべ、しかもこの期に及んでまだ勇者であることをアピールするショーゴ。


だが、その神経を逆なでする言いぐさに、俺とバークの怒気と殺気は否が応にも高まる!


その殺気をショーゴは敏感に感じ取った。



「ひぃ!わ、悪かった!謝る!だから命だけは!おねがいだあああああああ!!!」


「うるさい、もう死ね!」

「死んでシャロンさんに詫びてこい!」



こんな外道に聴く耳を持つ必要など無し!


ただ屠るのみ!



「いやだああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」



避けようのない“死”を肌で感じ取り、ショーゴは背中を向けて逃げ出そうとした!


誰が逃がすか!



「「ツインサンダーブレイク破壊の雷斬!!」」



― カッ!バリバリバリ!ズォッギャアアアアアアアアアアン!!!!!



「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!!」



白銀と漆黒の雷斬波をくらい、ショーゴの身体が砕け散った!



「終わったぜ……シャロン……シャロン……う、うくぅぅぅ」



勝利の余韻など全くない。


ただシャロンを失った喪失感が一気に押し寄せる。



― ドチャッ……



俺の手からラーズソードが零れ落ちた。



「ケンツさん!?ケンツさんしっかり!」



俺は身体強化6倍の負荷に身体が蝕まわれ、全身から豪快に血を吹き出した。


そして血だまりの中にゆっくりと沈んだ。



「シャロン……シャロン……」



シャロンを求め……シャロンの亡骸に向かって手を伸ばしながら、俺の意識は暗い闇に飲まれていった。






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まさかの主人公まで死亡!?

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