088 第三十五話 デス オブ シャロン・ケンツ 03


地に足が付いている感じがしねえ。


なんかフワフワする……



『ここは何処だ?シャロンは?』



俺はシャロンを求め、辺りを見回す。



『ケンツ!』


『シャロンか?どこだ!』



名前を呼ばれ振り返ると、そこには愛しいシャロンの姿があった。


俺は安堵してシャロンに駆け寄った。



『シャロン!良かった、無事だったんだな!』



嬉しそうな笑顔のシャロン。


しかし、シャロンは近寄ろうとする俺に対して、慌てて手の平を突き出し制止させる。



『駄目よケンツ、それ以上こっちに来ては駄目!』


『え、なに言ってんだ?』



シャロンは何故か俺を拒む。


いや、拒むと言うか近づけないように必死のようだ。



『ケンツはまだ戻れる可能性があるわ。だから私に近寄っては駄目なの!』


『いやだ!俺はもうシャロンと離れねえ!』


『ケンツ、我儘言わないで。迎えが来ているの。私はもう死んだのよ』


『シャロンが死んだ?何を言ってんだよ、シャロンは目の前に生きて……あれ?』



そうだ、


シャロンは自分の胸を刺して……


俺はあのボケナス召喚勇者に首を刎ねられて……


え、じゃあ?




― フワリ



その時、頭上で黒い影が舞った。


なんだいったい?



『シャロンさん、そろそろいいかい?』


『もう少しだけ、もう少しだけケンツとお話しさせて下さい!』


『うん、いいよ』



『きっと駄目だと言われる』そう思っていたシャロンは、【黒い影の主】のアッサリした返事に少々面食らった。



『え、いいんですか!?』


『もしかすると、もう少し運ぶものが増える・・・かもしれないし。もう暫くここにいるから。それに何か予感がするんだ』



真っ黒なローブに巨大な鎌……


まるで死をイメージさせる男が俺達の頭上に現れた。



『な、テメーは誰だ!?』


『僕はアキム。死者の魂が迷わないよう、冥界へ続く回廊に導く者さ』



冥界へ続く回廊だと!?


そんな役目の存在と言えば……



『じゃあ死神なのか!?』


『うーん、死神と言うより、死神に雇われた死人臨時雇用かな?』


『は?臨時雇用って……ようは死神の使者か!』


『うん。最近全世界的に死者の魂がさ、なんだかおかしい事になっててねぇ。人手が全然足らないんだよ。まあこれは君には全く関係ない事さ』


『関係ないって……いやいや、それより!』



こいつが死神の使いというなら、シャロンの死は確実ってことか!


死神ってのは恐ろしいイメージがあるが、実は死者の魂を優しく刈り集め、穏やかに冥界へ運ぶ農夫であり案内だ。


そして、死神に刈り取られ冥界に送られた魂は、浄化されて確実なる転生を約束される。


だから死神が来てくれるのは、本来とても幸せな事なんだ。


でも、だからと言って、だからと言って!



『頼む、シャロンを連れて行かないでくれ!』


『それは無理だよ。高位の賢者や女神の使徒でもない限り、肉体を失った魂はやがて悪霊となるんだ。そうなる前に冥界に案内してあげないと。でないと二度と転生できなくなっちゃうよ』



アキムと名乗った男は、親指を立てて後ろを指さした。


そこには大きな暗黒洞冥界への回廊が広がっていた。


あそこに行けば、シャロンはもう……



『ケンツ、ごめんね。私、もう少ししたら行くわ』


『だめだシャロン、行くな!』


『ケンツ、今までありがとう。私、幸せだったよ』


『いやだ、シャロン!シャロン!シャローン!』



………………………………


……………………


…………


……
















「シャロン!」


「えっ!?」



― ゴッチーン!



「うごごご、痛ってええええ!!!」


「あうづづ……痛いのはコッチですよ、いきなり飛び起きないで下さい!」



俺の目の前には、痛そうにひたいを押さえるアリサの姿が!?


こいつ、なんつー石頭だ。


それよりここは?


空は暗く星が瞬き、輪のある月、それも満月が昇り始めている。


すっかり夜のようだ。


月明かりに辺りが明るく照らし出されていた。



「あれ、俺ってどうしていたんだっけ?」



なんだか記憶が酷く曖昧だぜ。


頭の中が木端微塵にされた感じだ。


しかもすっげー、フラつくし。


それに夢も見ていた気もするが……うーむ、思い出せねえ。



「ケンツさん、正直駄目かと諦めかけましたよ」


「え?」



諦めかけた?



それはどういう………………………………あ!



「そうだ……俺、あの召喚勇者に首を刎ねられて殺されたんだ……」


「ええ。私とユリウスさんが来た時、ケンツさんはかなりグロい状態でした」



そう言いながら、アリサはユリウスから受け取ったであろう【ラミアの薬草】を手渡した。



「これは?」


セイクリッドヒール完全回復は失われた血までは完全に戻らないんですよ。でも、この【ラミアの薬草】なら……」



なるほど。


どうやら俺は、アリサが掛けてくれたセイクリッドヒール完全回復で助かったらしいな。


首を斬り落とされても回復可能だなんて、やはりアリサは普通じゃねーな。


ラミアの薬草を口にすると血の巡りが増えたのか、少しフラついていた頭がスッキリしだした。


身体強化ブーストアップの疲労も完全に回復したようだ。


そして状況を把握していき顔が強張った。



― キンッ!ガキンッ!



「あれは?」


「ユリウスさんとバークさんですよ。召喚勇者と交戦中です」



ユリウスは召喚勇者ユキマサとタケヒサを相手に圧倒している。


バークも、ショーゴを相手に押しているようだ。


そうか、あいつら来てくれたのか。



「アリサ」


「はい」


「シャロンは?」


「…………」


「シャロンは何処どこだ?助けてくれたんだろ?」


「ケンツさん」


「なんだよ、シャロンは何処なんだ?」


「落ち着いて聞いて下さい」


「俺は落ち着いている!シャロンは何処だって聞いているんだ!」



背筋がゾワゾワする……


なんだよ、なんでそんな真剣でしかも辛そうな顔してんだよ!


落ち着いて聞けってどういうことだよ!


シャロンは無事なんだろ!


無事に決まっている!


無事だと言ってくれ、アリサ!



「シャロンさんは…………間に合いませんでした」


「は?」


「…………」


「なんだよそれ、間に合わなかったってどういうことだよ!」


「シャロンさんは…………亡くなりました」


「 !? 」



なんだ?


アリサは今なんて言ったんだ?


言っている事が理解できねぇ。


シャロンが亡くなった……?



「おい!アリ……サ?」


「う、うぅ……」



アリサの目から涙が零れている。


なんで泣いてんだよ。なんで悲しんでんだよ。


シャロンは亡くなってないよな?


ドッキリなんだろ?


たちの悪いイタズラはやめてくれよ!



「アリサ!」


「後ろです……」


「は?」


「シャロンさんは後ろです」


「後ろ……」


「…………」



後ろって……


俺は後ろを振り向こうとした。


けど、振り返る事が出来ねえ。


振り返れば、その瞬間にすべてが終わる、シャロンが遠くに行ってしまう、そんな恐ろしい予感に全身が委縮する。



「ふうぅぅぅぅぅぅぅ……」



俺は大きく深呼吸してから、ゆっくりと後ろを振り返った。



「…………」



そこにシャロンはいた。


まるで眠っているかのように、静かに、穏やかに、微笑を浮かべ、両の指を組んで、そして横たわっている。


ベッタリと血に染まった服は奇麗になり、ナイフで貫いた胸の傷口も塞がって治癒しているようだ。


アリサがセイクリッドヒール完全回復ホーリーピュアファイ聖なる浄化を掛けてくれたんだな。


その姿……どう見ても生きているようにしか見えねえ。



「な、なんだ、無事なんじゃねーか。脅かしやがっ……!?」



冷てぇ……


シャロンの顔も手も冷てぇ。



「シャロン!」



俺は横たわるシャロンを抱きかかえ揺さぶった!


しかし反応が全くない!?


息をしてねぇ!



「シャロン、目を覚ませ!本当は起きているんだろう?生きているんだろう?シャロン!シャロン!」



身体が冷えているから起きないのか?


だったら俺が温めてやる!


だから頼む!


目を開けてくれよぅ!



「シャロン!」



しかしシャロンの目は開かれず、かわりに組んでいた指が解けほどけ、シャロンの腕が力なくダラリと下がった。



「ぐすっ……シャロンさんを……シャロンさんをセイクリッドヒール完全回復で助けるには時間が経ち過ぎていました。魂が肉体を離れてしまってはもう無理なんです。セイクリッドヒール完全回復では助けられません」



そう言ってアリサは涙を堪えるように、キッと東の空に昇りかける満月に顔を向けた。


じゃあ、じゃあ……


じゃあ、本当にシャロンは死んだ………?


死んだのか!?



「嘘だ、そんなの嘘だ!シャロン!シャローン!

うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」



夜の冷えた空気に乗って、絶叫が周囲に響く。


シャロンを力一杯抱きしめ、俺は目から涙をあふれさせた。


シャロンの頬に悲しみの涙がボトボトと滴り落ちる。


されどシャロンは目を瞑り微笑を浮かべたままで、閉じた瞼は開かれる事は無かった…………

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