082 第三十二話 シャロン ビーテリヤル 03


「はーっはっはっはっ!女に振られ、あげく蹴り飛ばされるとは情けねーよな。ケンツ君よぉ」


「ぐっ、しまった!」



いつの間に来ていたのか、三人の召喚勇者がシャロンの回りを囲んでいた。


その中の一人、ユキマサがシャロンの腰に手を回し、グイと引き寄せた。


シャロンは嬉しそうにユキマサに身を委ねる。



「シャロン、目を覚ませ!戻って来い!」



俺は必死でシャロンに呼びかけた!


しかしシャロンに俺の声は響かない。


今のシャロンにとってケンツの声は、聞こえただけで憎悪・嫌悪感を増大させるノイズでしかない。



「べー!」



シャロンは俺に舌を出して“べー”した。


そしてワザとらしくユキマサに身体を絡ませてみせた。



「ぐはっ!」



ガキの頃に“アカンベー”されたり、付き合い出してから照れ隠しに“べー”されたことは事はあった。


その都度俺はシャロンの可愛さに悶えたものだが、今シャロンがした“ベー”は全く違う!


敵意を剥き出しにした“べー”だ。


俺の心は大ダメージを受けた。



「あれあれ?シャロンちゃん、ケンツの事を愛していたんじゃないのかい?」


「私が愛しているのはユキマサ様です!誰があんなゴミのような男なんか!」


「はぐぅっ!」



さらに大ダメージを受ける俺の心。


駄目だ、他の事ならたいてい耐えれるが、これは精神崩壊メンタルブレイクしそうになるぜ。



「はーっはっはっはっ!残念だったなケンツ君。さっきまでは確かにケンツ君の事を愛していたのにな。まこと女の心変わりとは残酷で恐ろしいものよのう!」



声高らかに俺を嘲笑うユキマサ。


他の召喚勇者も俺の破局劇をニヤニヤしながら観劇してやがる。



「ふざけるな!全部テメーの仕業だろうが!よくもシャロンを魅了しやがったな!」



シャロンからのダメージも抜け、俺は立ち上がり咆えた。



「さーて、なんの事やら。振られたのは自分に魅力が無いからだろう。人にせいにしちゃあいかんなぁ」


「こ、この野郎!」


「ぷっ……」

「くすくす……」



ユキマサは両手を開いて人をイライラさせるポーズを取り、ショーゴとタケヒサは俺の滑稽さに吹き出した。


しかもさらに……



― ググイ、くにゅう……



「あん……」



ユキマサの手がシャロンの豊満な胸に食い込んだ!


シャロンの口からは熱い吐息が……



― ブチッ!



「うわあああああああああああ!!!やめろおおおおおおおお!!!」



悍ましい状況を目の当たりにして、落ち着きやら冷静さやら、そういったものが一瞬にして吹き飛んだぜ!


洗練さも付加もなく、俺は怒りのままユキマサにぶん殴った!



― グオッ!ベキッ!



俺のパンチは、避けようともしないユキマサの顔面を直撃!


しかし……



「おお、いてぇ……案外つええな?」



ユキマサは少しだけ痛かった程度で全くのノーダメージ!?


ぐっ……なんて頑丈な野郎だ。これが召喚勇者か!


しかしユキマサは、痛みを感じたことに少し驚いたようだ。


とことん舐めてやがる!



「おら、おかえしだっと!」



― メキョッ



今度はユキマサの反撃、拳が俺の顔面にめり込んだ!



「うがっ!」



顔面崩壊したのではないかと思うほどの破壊力!


俺は勢いよく地面に張った押された。


なんだよ、軽く小突くだけでこの威力かよ!理不尽すぎるぜ!


だが、俺はこれ以上の痛みを知っている。


こんなもん、アリサとユリウス脳筋コンビの特訓に比べりゃ全然ぬるいぜ。




「ちょっとアンタ!ユキマサ様に何してくれるのよ!」



目を吊り上げてシャロンが咆えた!



アンタ……

アンタ……

アンタ……

アンタ……



「ふぐぅっ!」



召喚勇者のパンチより、シャロンにアンタ呼ばわりされた事の方が何万倍も堪える……


魅了されると性格も変貌するとか聞いていたが、いくらなんでも変貌しすぎだろ!


こんなのシャロンじゃねーよ、涙が出そうになる。


いや、ちょっと涙が出ちまったぜ。





「ぐぐぐ……おい、確認するがシャロンを魅了したのは貴様で間違いないんだな?」


「だったらどうした」



即答するユキマサ。


オーケー、確認がとれた。これは重要な確認だぜ。


魅了を解く手段は、


・術者本人が解く

・特殊なアイテムを使う

・術者を殺す


基本この三つ。


アリサが魅了解除のアイテムを持っていたはずだが、この場にはいない。


土下座して頼んでも、ユキマサが解いてくれるとは思えない。


なら残された道はただ一つ。


やつを殺すしかねぇ!


こいつをぶっ殺してシャロンを魅了から解放する!



「クソ、さっき奴らの視覚を奪った時に、先の事なんか考えず殺しておけばよかったぜ!」



俺は激しく後悔したぜ。


『覚悟が足りなかった』とは思っちゃいねぇ。


こいつらを殺せば国外逃亡なんてまず無理だから仕方が無かった。


とは言え、やはり殺人はしたく無いけどな。


でも、だけど……


シャロンが魅了されていると気付いていれば、俺は迷わずこいつらをぶっ殺していたぜ!



「シャロン、そこをどけ!この野郎をぶった切って魅了から解放してやる!」



俺は剣に手をかけた!


しかしユキマサは“待ってました”とばかりにシャロンに声をかけた。



「シャロンちゃん、いよいよ出番だぞ」


「はい、ユキマサさま!」



シャロンはユキマサから身体を離すと俺の前に立ち塞がった。



「ユキマサの敵は私の敵!ケンツ、ユキマサ様の前でアンタを倒す!それがユキマサ様への愛の証!私の覚悟!」


「がふぅっ!?」



血反吐を吐きそうになったぜ。


だめだ。シャロンの一言一言が、俺の精神をゴッソリと削って行く……



「アンタとの悍ましい思い出……今ここで全て断ち切らせてもらうわ。覚悟なさい!」



― グサッ!



悍ましい思い出……


ひでぇ、こんなのあんまりだぜ。


俺とシャロンとの美しい思い出、愛の歴史は、今のシャロンには悍ましき黒歴史となっているらしい。


これはマジで凹むぜ……



「シャロン、そこをどけ!」


「誰がどくものですか!大人しく成敗されなさい!」



俺は、シャロンとの望まぬ戦いに突入した。


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