081 第三十二話 シャロン ビートリヤル 02



◆リットール東エリアにある再開発区域の廃教会堂




ケンツが奇襲を仕掛ける五分少し前のこと――



召喚勇者ユキマサはシャロンと話していた。



「――それにだな、あんたとの約束もある。俺はこうみえても約束を守る男なんだぜ」


「約束?」


「そう、約束だ。ケンツとの戦いに参戦したいのだろう?」



ユキマサは目を妖しく輝かせながら含みのある声でシャロンに言った。





「え、でもケンツは逃げて……」



ケンツが戦わずに逃げた以上、参戦する意味などない。


シャロンは、ユキマサが言わんとしているポイントが分からなかった。



「平たく言うと、解放してやるから好きに戦えって言っているのさ。なんなら、そのまま逃げてもかまわんぞ」


「解放?本当ですか!?」



まさかの解放!


シャロンの顔がパァッと輝いた!



「ああ、嘘は言わねぇ。さっきも言った通り、約束は守るぜ」


「あ、ありがとうございます!」



全くの予想外の展開!


召喚勇者達に汚される事もなく無傷で解放!


召喚勇者との遭遇は天災と同じ、シャロンは自身が汚される事を諦めていた。


その天災が見逃すようなことを言っているのだ。


シャロンはユキマサに感謝をしてしまった。



「ただしぃ……」


「え?」



― ニタリ……



意地悪く歪んだ笑みを浮かべるユキマサに、シャロンはゾクリとさせられた。



「ただし解放するのは魅了してからだがな!勇者の魅了チャームアイ!」



― ギパァッ!



ユキマサの目が大きく見開かれ、召喚勇者の外法【勇者の魅了チャームアイ】が炸裂!



「そんな!ああ、いやぁあああああああああ!!!」



ユキマサの目からドロリとした魅了の禍々しいオーラが噴出し、シャロンのつぶらな瞳へと捻じ込まれていく!


刹那、シャロンの脳髄に“ギュイーン”と歪な唸りが響く!



「あ……かふぅ……」



シャロンの全身がザワザワと粟立ち、不快な何かが脳髄から神経を伝わって全身に沁みとおる……



― トゥクン……



胸の鼓動が憎きユキマサにときめいてしまった。


さらには全身に染み込んだ不快な何かの作用により、シャロンの身体に変化がおきる。


皮膚は紅潮し、かつてないほどの性欲が掻き立てられる!


目の前のユキマサが愛おしくて欲しくて堪らない!



「うくっ……くはぁっ!……はぁはぁ……」



しかしシャロンは堕ちなかった!


理性を総動員し、必死で流されないように耐える!



「ちがう、この感情は植え付けられた偽物だわ!こんなものに負けてたまるものですか!」



フーッ!フーッ!とヤマネコのような呼吸をしながら、シャロンはユキマサを睨みつけた!




「え、嘘だろ?勇者の魅了チャームアイに耐えたのか!?」



ユキマサは堕ちないシャロンに驚愕した!


常人は勇者の魅了チャームアイにはとても耐えられるものではない。


普通はたった一撃で完全に堕ちてしまう。


今シャロンが耐えた事は驚愕に値するのだ。(もちろんアリサが耐えた事も)



「ひいいいい、狂戦士バーサーカー化するぞ!」



召喚勇者タケヒサは、先程のアリサ同様にシャロンが豹変するのではないかと思い、慌てて距離を取った。


しかしユキマサは冷静だった。



「心配するな、こういう時は重ね掛けして堕とせばいいらしいぜ」



そう言ってユキマサはシャロンの胸ぐらを掴み――



「おら、こっち向け!勇者の魅了チャームアイ!」



― ギパァッ!



勇者の魅了チャームアイの連撃!


またしてもユキマサの禍々しいオーラが、シャロンのつぶらな瞳へと捻じ込まれていく!



― ギュワアアアアン!!!



さっきよりもエグイ何かがシャロンの脳髄に響く!



― トゥクーン!



そしてさっきよりも甲高く大きな鼓動トキメキが胸を打つ!



「くはぁ!」



全神経がユキマサの邪悪なオーラに浸食され、膝がガクガクと震え臓腑が踊る!


さらにはケンツへの想いが靄が掛かるように急速に薄れていき、代わってユキマサへの想いが爆発的に膨らんでいく!



「い、いやあああ!ケンツが!ケンツの想いが消える!消えてしまう!」



シャロンは気も狂わんばかりに頭を押さえて必死に耐えようとする!


爪先が頭皮に食い込み、爪の隙間が赤く滲んだ。


だがユキマサの邪悪なオーラは浸食を続ける。



「ぶはっ!はぁ、はぁ、……」



それでもシャロンは耐えた!


元々魅了耐性があったのか、それともケンツへの想い失いたくない一念なのか、とにかくシャロンは耐えたのだ!



「やるねぇ、シャロンちゃん。でも流石にもう限界だな」


「お願いします、もう許して下さい!」


「だーめ♪」



無情にもユキマサの目がまたしても大きく開かれようとする!


シャロンはその一瞬に賭けた!



魔指眼突オーラサミング!」



― ブオッ!



まさかシャロンが反撃してくるとは思わず、顔を突き出し全くの無防備のユキマサ!



「ひえっ!?」


った!」



虚を突いたシャロンの右手人差指と中指が、ユキマサの眼球をえぐる!?



― ガシッ!



いや、えぐれなかった。


あと数ミリというところで届かなかったのだ。



― ギュリリリリ!



「あぐっ!」



シャロンの腕は、召喚勇者ショーゴにガッシリと掴まれ止められてしまった。



「へへへ、ざーんねーん♪」


「うう、離して!チクショウ!」


「おいおい、ベッピンさんがチクショウなんて下品な言葉を使っちゃいけねーよ。ユキマサ、さっさと魅了しちまえ」


「お、おう」



シャロンの思わぬ攻撃に腰を抜かしたユキマサだったが、すぐに立ち上がり歪な笑みを浮かべた。



「いやいやいや、シャロンちゃんも中々やるじゃねーか。こりゃご褒美をあげないとな」


「くっ……」


「さあ、俺からのプレゼントだ。特濃の勇者の魅了チャームアイをくれてやる!」



― ギッパァッ! ギィリリリリリリリリリィィィィ!



眼力めぢからを溜めに溜めた特濃の勇者の魅了チャームアイが放出!


ドロドロとした邪悪なオーラがシャロンの瞳にねじ込まれ、脳髄を徹底的に蹂躙した!



― ドゥクン!



ひと際大きく偽りのトキメキが胸を打つ!


同時に消えていくケンツへの想い……



「いやああああああああああああ!ケンツー!ケンツ―!」



発狂したかのように転げまわるシャロン!


空に手を伸ばし消えゆくケンツへの想いを掴もうとするも、指から水が零れ流れるかのようにケンツへの想いはかき消されてしまった。


シャロンの抵抗はここまで。


シャロンは堕ちてしまった。



「気分はどうだいシャロンちゃん」


「はい、ユキマサ様のことを想うと凄く身体が熱いです。ユキマサ様、どうかシャロンにお情けを……」



だらしなく上気させた表情で、シャロンはユキマサに懇願した。


しかしユキマサは受け付けない。


すぐにでも抱いて貰えると思っていたシャロンの顔が、途端に曇り出した。



「そう不安そうな顔をするな。俺に抱かれる前に、シャロンちゃんにはすることがあるだろ?」


「することですか?」


「俺とケンツの戦いに参戦するんだろ?」



ケンツの名を耳にした途端、シャロンは嫌悪感に包まれた。



「あんな男と一緒に戦うなんて死んでも嫌です!それにユキマサ様に拳を向けたくありません!」


「おいおい、参戦させてやるとは言ったがケンツに助勢しろなんて言っていないぜ?」


「え?」


「シャロンちゃんの愛を試してやる。俺と一緒に戦え!俺の見ている前で見事ケンツを倒してみろ!そうすりゃ晴れて俺の女にしてやる!」


「はい!必ずやケンツを倒してみせます!」



シャロンは、ケンツにも見せた事の無い蕩けた雌顔を晒しながら、ユキマサに媚びた。






「ふえー、おまえよく勇者の魅了チャームアイの重ね掛けのことを知っていたな」



タケヒサは、すっかり変貌したシャロンを感心しながらユキマサに訊いた。



「実はな、これを知ったのはつい最近の事なのさ」



ユキマサは、先日の調査(消息不明の召喚勇者とユリウスの調査)のさいに【ミヤビの村】と【政都】にて、ラリサという美少女(実は偽名を使ったアリサ)と遭遇した。


もちろんユキマサはラリサを魅了しようとしたのだが、勇者の魅了チャームアイを掛けた途端、股間を粉砕され、あげくボコボコにされてしまった。


その後、リットールに戻り、こういう場合(勇者の魅了チャームアイが効かなかった場合)どうするべきなのか調べたのだ。


そして多少なりとも魅了耐性のある女には、堕ちるまで重ね掛けすればいいことを知った。



「え、じゃあアリサにも重ね掛けすればいいって事か」



タケヒサは思いがけない情報を得て驚くと共に、アリサに対してメラメラと復讐心が燃え上がった!



「おいショーゴ、アリサって女を魅了で堕として味方に付ければ、バークとかいう冒険者なんて瞬殺だぜ」


「そうだな、よしギタギタに仕返ししてやる!」



正直やる気が失せかけていた召喚勇者ショーゴとタケヒサだったが、勝機が見いだせた事で俄然やるきになった!



「それにしてもケンツの野郎、来ないな……本当に逃げたのか?」



やがて時間は流れ、ケンツの攻撃を今か今かと待っている内に、天井からケンツの奇襲を受けてしまい、ユキマサ達は魅了された状態のシャロンを奪還されるのであった。





----------


次回は前話の直後からです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る