080 第三十二話 シャロン ビートリヤル 01



Side ケンツ




「何が有ってもシャロンを守る!だからシャロン、一緒に外国で暮らそう!」


「え? いやなんだけど」


「え?」


「え?」



あれ?


ん~……


あれ?


なんかシャロンが「いや」って言ったような……


聴き間違えだよな?


こういう時は、最初からだぜ。



「何が有ってもシャロンを守る!だからシャロン、一緒に外国で暮らそう!」


いやよ」

 

「…………」


「…………」



おかしい、またシャロンが「いや」って言ったような……


よし、もう一度だ!



「何が有っても、どんなことがあっても、病めるときも、悲しみのときも、貧しいときも、悩める時も、苦しむ時も、死が二人を別ける時も、俺はシャロンを絶対に守る!だからシャロン、一緒に国外で暮らそう!」


「絶対にいやよ!」



あるぇ?


なんで?


どうして?



どうやらシャロンは本当に拒否したみたいだ。


やっぱりあれか、住み慣れた故郷を捨てて、国外へ逃亡なんてキツイもんな。


でもなシャロン、もうリットールに住み続けるのは無理なんだよ。


それどころかすぐにアドレア連邦全域に指名手配されちまう。


今は手配書が出回る前に国外へ脱出しないと駄目なんだ!


時間との勝負なんだ!


シャロン、どうか理解してくれ!頼む!!


しかしシャロンは言い放った。



「ケンツ、何か勘違いしているんじゃない?」


「なに?」


「私が嫌なのはコソコソ逃げることじゃなくて、アンタなんかと一緒にいるのが嫌なのよ!というか、有り得ないっつーの!」


「なっ!?」



いやいや、シャロン。俺にはシャロンの言っている言葉の意味が理解できねぇ。


なんか、俺のことが「嫌」「有り得ない」って聞こえたんだが……


あれか、聴力に異常があるのか?


そういや最近身体検査を怠っていたから、耳の病気にでもかかっていたのかも……



「すまんシャロン、俺の耳が少しばかり調子が悪いみたいだぜ。なんか全力で拒絶したように聞こえたんだけど……」


「そうよ、拒絶したの!外国に逃げたいなら一人で行けば?私は残るから」


「な!?」



あのいつも柔和で朗らかなシャロンが、今まで見たことの無いおっそろしく冷たい表情で言い放った。



「シャ、シャ、シャロン、一体どうしちまったんだ!俺、何か気に障る事でもしたんか?だったら謝るからよう!」



俺はとんでもなく狼狽しながらもシャロンの手を握り、説明を求め謝罪なりをしようとした。


が――



― ペシッ!



「触らないで。気持ち悪い!」



シャロンは俺の手を叩き拒絶した。



― ぐにゃぁああああぁぁ~



視界が歪み上下感覚が変調して俺は後ろによろめいた。


え、俺いまシャロンに気持ち悪いって言われたのか?


いやいや、そんなハズないだろう。


俺達は固く愛し合っているんだ、拒絶なんてされるわけが……ないよね?


しかしシャロンは俺を叩いた手を、それはそれは気持ち悪そうに着ている服で拭っている。



「はは、夢だよな、これ?」



そっか、これは全部夢なんだ!


シャロンが召喚勇者に攫われたと言うのも夢で、本当の俺はベッドの上でスヤスヤと眠っているに違いない!


俺は自分の頬を思いっきりつねってみた。



― ギュリリリリリリィィィ



「いでででで、いてぇ!……夢じゃない!?そんなバカな!」


「何やってるの?バカみたい」



いったいどうしちまったんだシャロン!


いや、本当にシャロンなのか!?


もしや召喚勇者達が用意した替え玉なのでは!?



「シャロン、生年月日は!?」


「ティラム歴2002年5月8日」


「好きな食べ物は?」


「アップルパイとパンケーキ」



ちくしょう、本物だ!本物のシャロンだ!


シャロンが俺を捨てようとしている!



「そろそろ帰るわ。じゃあケンツ、永遠にさようなら」



シャロンはそう言って俺の横を通り抜けようとした。


て言うか帰る!?



「待て、待ってくれ!帰るって一体どこに!?」


「そんなの決まっているでしょ、ユキマサ様のところよ」


「 !? 」



ユキマサ!?


今、ユキマサのところに帰るって言ったのか!?


ユキマサのところに帰る!?


そんなバカな!


俺は教会に戻ろうとするシャロンの前に立ち塞がった。



「なに?どいてよ」


「どくもんか!シャロン、いったいどうしちまったんだ!説明してくれ!!」



するとシャロンの不機嫌そうな顔がほんのり朱に染まり、嬉しそうに話し出した。



「私ね、真実の愛に気が付いたの。私が愛を注ぐのはユキマサ様だけ。私に愛を注ぐのもユキマサ様だけよ。私達は強い愛の絆で結ばれているの♡」


「な!?なななななななな!シャロン、おまえ一体何を言って……」


「私の運命の相手はケンツじゃなかったの。さあケンツ、いつまでも邪魔をしないで!そこを通しなさい!」


「いやだ。絶対に通さねぇ!」



俺は両手を広げてシャロンの行く手を阻んだ!


刹那!



― ドスゥ!



「ぐはっ!?」



全く容赦のない膝蹴りが、俺の肝臓にめり込んだ!


シャロンは武闘家だ。


対人戦において、人体の急所に対する攻撃の正確さは俺の比ではない。


特に腹回りへの打撃は、確実にダメージを与えるタイミングで繰り出してくる!


いくら強靭な腹筋をしていようとも、息を吐き完全に力が抜けたタイミングへの一撃は、何人なんぴとたりとも耐える事は出来ない!



「あぐぅ……」



― ズズッ



肝臓から脊髄、さらには脳髄へと不快な激痛が突き抜ける!


完全に油断していた。


いや、愛するシャロン相手に戦闘的緊張など俺にはあり得ない。


油断して当然だ。


俺はその場に膝をつき、冷や汗をダラダラと流した。



「無様ね、ケンツ」


「うう、シャロン……シャロン……なんでだよぅ……」



いったいどうして……


なんでシャロンはユキマサなんかに心変わりしたんだ……


あんなクソ野郎に……


あんな異世界の召喚勇者に……



「召喚勇者……?」



まさか……じゃあシャロンはすでに!?


激痛に身をよじりながらも俺はシャロンに顔を向けた。



― ガッ!



途端にシャロンのトーキック爪先蹴りが俺の顎に炸裂!



「ぐがっ!」



衝撃で上半身がのけ反り、脳が激しく揺さぶられ、一瞬気を失いそうになるのを必死で堪える。


そして蹴られる瞬間に、シャロンの目が異様にギラついていることを改めて確認した。



「ま、間違いねぇ……シャロンは……シャロンは……!!!」




魅了されている!?




認めたくない事実を受け止め、全身に冷たいものが走る。


刹那――



「はーっはっはっはっ!女に振られ、あげく蹴り飛ばされるとは情けねーよな。ケンツ君よぉ」


「ぐっ、しまった!」



いつの間に来ていたのか、三人の召喚勇者がシャロンの回りを囲んでいた。


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