077 第三十一話 カチコミ 01
「ケンツさん、あの男じゃない?」
「ああ、黒髪にあの服装は間違いない。」
俺達のニ百メートルほど先には、先程の召喚勇者が遁走を続けていた。
先程の戦いの影響からか、かなりへばっているようだ。
「この先は東区の再開発区域だ」
「そこにシャロンさんが囚われているのかな?」
「おそらくな。このまま後を付ければ案内してくれるぞ」
「ケンツさん、先に行ってください。私は
俺はアリサと一旦別れ、ショーゴとか言う召喚勇者の後を付けた。
*
◆リットール東エリアにある再開発区域の廃教会堂
「あいつら遅いな……」
召喚勇者ユキマサは、中々戻って来ない仲間達が少し気になっていた。
「ふん、きっと捕獲した女と楽しんでやがるんだ。抜け駆けしやがって。俺なんて真面目に手を出さずにいるのによ」
ユキマサは足元に転がっているシャロンを見ながら毒づいた。
シャロンの両手は縛られてはいるものの無傷のようだ。
ただ拉致られてから24時間以上経っている事もあって、眠らされている表情にもどこか疲れが出ていた。
そのシャロンに変化が……
「うう……ここは……一体何が……」
「お、目が覚めたか」
「…… …… あなたは!?」
シャロンの目の前には、気を失う前に見た男が見下ろしていた。
少し離れた所にも仲間の召喚者二人が見える。
シャロンは頭を左右に振り、頭の中の記憶を弄る。
そして自分の置かれた状況を認識して絶望した。
「召喚勇者ユキマサ……」
「ちゃんと覚えていたか、よしよし」
― コポコポコポ
ユキマサは用意してあった水差しの水をコップに注ぎ、シャロンに渡した。
「昨日からずっと気を失っていたからな、水が飲みたいだろう?」
「…………」
当然だが、シャロンは飲もうとはしない。
「心配するな、毒や薬は入れてない」
ユキマサはもう一杯コップに水を注ぎ、自分の口に運んだ。
シャロンは少し考えたが、身体は脱水気味だ。
身体は水を欲している。
(薬物なり毒物なり飲ませるつもりなら、眠らされている間にやっていたはず。ここは身体を少しで回復させておきたい)
シャロンはコップを口に付けて、恐る恐る水を飲んだ。
― くぴ
「よかった、普通の水だわ」
「当たり前だ。暫しの間、俺の付属物となる女に変なものを飲ませたりしねーよ」
そう言いながら、ユキマサはもう一杯シャロンのコップに水を注いだ。
シャロンは、今度は臆せずに一気に水を飲んだ。
― コクリ、コクリ、
飲んだ水は速やかに吸収され、全身を駆け巡る。
少しぼんやりしていた頭も冴えていった。
「暫しの間?俺の付属物?」
頭が冴えたおかげで、先程のユキマサの言葉が妙に引っかかった。
「まあな、本来なら壊れるまでオモチャにするところだが、おまえは実に運がいい。その身体、十分遊んだら解放してやるぜ」
それを聞いて、シャロンは複雑な顔をした。
オモチャにされるのは堪らないが、どうやら最終的には解放することがわかったからだ。
召喚勇者は天災のような側面もある。
襲われたら自然災害と思って諦めろ――そう子供の頃から教えられてきた。
シャロンはユキマサを悔しそうに睨みつけたが、すぐに目を伏せてしまった。
「解放されるだけマシか……ケンツ、ごめん……」
勝ち目なんて全く無い。
シャロンはスキがあれば脱出しようとは思うものの、それは恐らく難しいだろう。
最悪の事態を想定し、シャロンは自身が汚される腹を括った。
「そんなにションボリするな、まだワンチャン救済の可能性もあるんだぜ?」
「え?」
「暫くすれば、そのうちおまえの大切な男、ケンツが探しに来るはすだ。ヤツが見事俺達に勝てば、おまえは自由の身だぞ」
それを聞いてシャロンの顔色が見る見る青ざめる!
ケンツは確実に強くなった。
だからと言って召喚勇者に勝てるとは思えない無い。
召喚勇者は、一応は女神セフィースの強力な加護の元にあるのだ。
「そんな!ケンツが殺されちゃう!どうかケンツだけは許して下さい!」
激しく狼狽して懇願するシャロン。
しかしユキマサは首を横に振る。
「そりゃ無理だ。こっちにも事情ってもんがあるんだよ。ああでもシャロンも参戦したいなら止めはしないぜ」
「え?」
一瞬ユキマサの言っている意味がわからず、困惑するシャロン。
「ここでケンツが殺される様を黙って観戦するもよし、おまえも一緒に参戦してケンツと共に戦うのも良しだ」
「本当にですか?」
「ああ、嘘は言わねえ。好きにさせてやる」
ユキマサの意外な提案にシャロンは怪訝な顔をするが、これに乗らない手は無い!
「私、戦います!」
「おう、そうこなくっちゃな」
ユキマサはにちゃりと嫌らしい笑みを浮かべた。
その頃、アリサは……
*
◆リットール東エリアにある再開発区域入り口付近
アリサは愛馬ファイスを呼び出し、その背にキュイとキリスを乗せて運んでいた。
「よし、あの廃民家にでもこの二人を隠してと。本当はすぐにでも起こして解除してあげたいのだけど……ごめんなさいね。今は時間の余裕が無いの」
アリサが二人を下ろそうとした時、背後から突然声をかけられた!
「アリサさん!」
「あ、ユリウスさん!……と、バークさん?」
珍しいコンビがアリサの元にやってきた。
しかしバークはすぐに血相を変える。
「キュイ!キリス!」
気を失っている二人の姿を認めたバークは慌てて駆け寄った。
「ちょっと、揺さぶらさないで下さい!目を覚ましてしまいます!ダメだってば!」
アリサは慌ててバークを制した。
「君は何を言っているんだ!目を開けてくれ!キュイ!キリス!」
しかしバークはお構いなしにユッサユッサと二人を起こそうとする。
「えっと、もしかすると?」
「はい、その可能性大です」
ユリウスはアリサの不可解な制止に何か察したようだ。
アリサは腰に巻いてあるホルスターからシュルリと例のアイテムを引き抜きこれからの事態に備えた。
やがて二人は目を覚ます。
「うーん……はっ!」
「あれ……バーク?」
「おお!二人とも、気が付いたか!」
二人の無事を確認して大喜びのバーク。
逆にバークの顔を見て、一瞬キョトンとするキュイとキリス。
しかし次の瞬間!
「近寄らないで!虫唾が走る!!」
「死んじゃえ、死ね!」
「うわっ!」
二人はバークに向かって突然襲い掛かった!
その目には殺意と憎悪が宿っている!?
「ふ、二人ともどうしたんだ!」
「うるさい、死ね!
「あんたを見てるとイライラするのよ!
― ドゴーンッ!バキーンッ!
「くっ、まだ魅了されたままだったのか!」
ようやく気付いたバークは慌てて防戦する!
「やっぱり魅了されていたんですね、召喚勇者が一緒って聞いたからそうじゃないかと思ったけど……」
「じゃあ先に魅了を解いておけば良かったのに」
「でも、魅了を解けばこうなるから……えい!」
アリサは魅了解除のスーパーアイテム【状態異常を解除するハリセン】で、キュイとキリスの頭を全力でしばいた!
― スパーン!パシーン!
「へぶっ!?」
「おぶっ!?」
快音が再開発区域に響き、シバかれた二人に変化が!
「え?あれ?なんで?」
「わわわ、アタイなんてことを!」
魅了が解け、正常な思考に戻るキュイとキリス。
しかし二人の脳裏に、さっき自分がした事(ショーゴとの痴態やバークへ反抗など)が次々とフラッシュバックしていく!
「唇にさっきの感触が残ってる……私達とんでもないことを……」
「バークの前で、
二人の顔が見る見る顔が青ざめていく。
やがて……
「いやあああああああああああああああああ!!!」
「バーク、ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!」
キュイとキリスは頭を抱えて大絶叫!
ついで嗚咽を漏らし謝罪しながらゲーゲーと吐いた。
「こ、これはいったい!?」
二人の取り乱しように、只々オロオロするバーク。
「魅了解除の反動を見るのは初めてかしら。こうなると暫くは使い物にならないし、誰かが見てあげないと駄目なのよ。放置すれば自殺する恐れもあるわ」
アリサはキュイとキリスに激しく同情しつつも、バークには「ほら見なさい」と言わんばかりに冷めた目で返事する。
「そういう事か。いや、そうだったな。」
忌々しそうにボソリと呟くユリウス。
彼も過去に魅了絡みで嫌な思いをしたことがあるらしい。
「ユリウスさんはご存じのようですが、魅了を解除すると魅了中の出来事が一気にフラッシュバックして脳が焼ききれそうになるんですよ。彼女達は魅了された時間が短かったので軽傷だとは思いますが……」
「それでも暫くは使い物にならないな。誰かが付いてあげないと……と言う訳でバーク、頼んだぞ」
「私達は先に行きますから二人の世話を宜しく!」
アリサとユリウスは、二人で話を纏め先に進もうとした。
「え?あのちょっと!」
「人の言う事を聞かないからですよ。大丈夫、この感じなら20分ほどで落ち着きますから心のケアを宜しく!」
「その二人も君にとってはかけがえのない女性なんだろ?じゃあ二人の面倒宜しく。落ち着いたらこのまま西へ向かってくれ」
呆然とするバークを尻目に、アリサは愛馬に跨りユリウスは空を飛んで、ケンツの後を追った。
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