069 第二十九話 召喚勇者の戯れ 02 ~ゲームスタート


シャロンの捜索に皆が方々へ散ったが、アリサだけがその場に残り話しかけて来た。



「ケンツさん、もしもですよ」


「ん?」


「もしもこの一件が本当に召喚勇者の仕業で、シャロンさんがケンツさんを裏切って召喚勇者に靡いたとしても、絶対にシャロンさんを見捨てないで下さい」


「なに言ってんだアリサ、シャロンが俺を裏切って召喚勇者に靡くわけがないだろう」


「いいえ、シャロンさんは必ず裏切ります。召喚勇者の外法、〈勇者の魅了チャームアイ〉をお忘れですか? 」



その外法の事は知っているぜ。


女を魅了して慰み者にしてしまう勇者独自の魔法だ。


この前も冒険者ギルドで注意勧告があったばかりだし、〈勇者の魅了チャームアイ〉のレクチャーもあった。


ヤバイ魔法であることは理解しているツモリだ。



「忘れてないさ、だがシャロンがそんな外法に屈するもんか。俺達の強い絆は簡単には切れないぜ!」



それにシャロンは精神メンタルの強い女だ、簡単に魅了されるとは思えねえ。


きっと勇者の魅了チャームアイなど跳ねのける!


しかしアリサは残念そうに言う。



「無理です。先天的に魅了耐性があるとかでないとアレは防げません。だからケンツさん、シャロンさんがどんな状態にされていても、絶対に見捨てないで下さいね!約束ですよ!」


「お、おう?」



アリサは俺が半信半疑なのを感じ取ったのか、悲しそうに話を続けた。



「ケンツさん、私は過去に何度も召喚勇者に魅了漬けにされてユーシス想い人を裏切り醜態を晒してしまいました。しかも彼に剣を向けて殺そうとまで……」


「なっ!?」



このアリサが魅了漬けにされた!?


信じられん、アリサが想い人を愛する気持ちは本物だ。


それなのに裏切ってしまったのか!?



「ケンツさん。魅了されたシャロンさんの言葉には耳を傾けないで下さい。悲しい事にケンツさんへの愛が深ければ深いほど、シャロンさんはケンツさんに対して嫌悪感を剥き出しにします。あれはそういう外法です」


「その話は聞いている。しかし噂半分だと思っていたが……魅了中はアリサもそうだったのか?」


「ええ。だから魅了解除後は気が狂いそうでしたよ。本気で自殺しかけました。今もトラウマです」


「だったらアリサ、単独行動はダメだ。誰かと組め!」


「心配無用です。今の私は魅了漬けにされた頃とは違う。連邦の召喚勇者などに遅れは取りません。じゃあ行きますね!」



アリサはにこりと微笑むと、踵を返し走り去って行った。



背筋に冷たい何かが走る……


これはヤバイどころの話じゃないぞ!


シャロン、どうか無事でいてくれ!


【食あたりで緊急入院】みたいなオチであってくれ!





*




◆リットール東エリアにある再開発区域の廃教会堂



「おいおいユキマサ、この女スゲー美人じゃねーか」

「もう魅了してあるのか?」


「いいや、まだだ。腹パンしたあと薬かがせて眠らせてある」



床に横たわる女を前に、物騒な話をしている三人の男達。


召喚勇者ユキマサと、同じく召喚勇者タケヒサとショーゴ。


その周りには彼らのパーティーメンバーと思われる召喚者が複数人。


そして横たわっている女とは、シャロン。


シャロンに外傷などは無く、ただ昏々と眠らされているようだ。




*



◆前日――


シャロンはバーク達と別れた後、ケンツ達の元に向かっていた。



「そうだ、差し入れに御菓子でも買っていこうかな」



シャロンはケンツのいるギルド裏広場が見えて来たところで踵を返し、商店街へと向かった。


この時、シャロンの姿をバロンとブルーノに見られてしまった。



「おい、シャロンが一人でいるぜ」

「最近多いな」



遠目でシャロンを見ていた二人だったが、ふいに背中越しに声をかけられた。



「ようおまえら、久しぶりだな」


「「アニキ!」」



声を掛けて来たのは召喚勇者ユキマサ。


仲間の召喚勇者達が行方不明になり、政都方面での調査(と言う名の暇つぶし)を終えてたった今戻って来たところだった。






「ふん♪ふん♪ふふふん♪ふーん♪」



シャロンはケンツの好物な御菓子ドーナツを購入し、上機嫌で広場に向かう。


その途中、不幸が襲い掛かった。




「女、随分と機嫌が良さそうだな?」



狭い路地でシャロンの前を東洋顔の男が立ち塞がった。



「あ、いえ……すみません、通して貰えますか」



シャロンは男の右側を通り抜けようとしたが――



― バンッ!


「っ……!?」



男は力強く壁に手をつき通そうとはしない。


ただならぬ悪寒が背筋を走り、シャロンは元来た方へ逃げ出そうとした。


ところが――



「へいへい、どこに行こうってのさ?」

「俺達はお嬢さんに大切な話があるんだよ」



退路には二人の東洋顔の男達が道を塞いでいる。


この時点でシャロンは察した。



「(この人達、異世界からの召喚者達だわ。なんで……)」



シャロンは時間を惜しんで、近道である人通りのほとんど無い路地裏を使った事を激しく後悔した。



「おいおい、そう警戒しなさんなって。俺はアドレア連邦を守護する者の一角、召喚勇者ユキマサ。後ろの二人は召喚剣士コージと召喚回復士タミヤだ」


「召喚勇者パーティー……」



シャロンの顔色が見る見る青ざめていく。



「なんの用かは察するよな?シャロン、勇者法に基づき、おまえはたった今から俺の付属物と…………!?」


「っ――――!!!」



― バシュッ!



シャロンは弾かれたように後ろのコージとタミヤに向かい襲い掛かった!?



「うぉ!?」

「こいつ!?」



― バシュッ! バシュッ! バシュッ! ダンッ!



否、襲い掛かると見せて、体操選手のような連続倒立回転飛びハンドスプリングからの大ジャンプ!コージとタミヤの頭上を抜けようとする!



「まさか召喚勇者に目を付けられるだなんて……魅了される前に逃げ切らないと!」



もうケンツとバークの決着を待ってからなんて悠長なことを言っていられない。今すぐケンツと身を隠さないと!


でもその後は……ケンツ、どうしよう。どうしたらいい?



「逃がさねえよ、ライディーン勇者の雷!」



― ガラガラドッシャーン



「きゃああああああああ!」



ユキマサは魔力を抑え気味でライディーン勇者の雷を放ち、跳躍中のシャロンを感電させた!


シャロンは雷のショックを受け、鈍い音をさせて地上に落下。



「まさかいきなり逃げるとは……なかなかいい判断するじゃねーか」



ユキマサはコージとタミヤにシャロンを支え起こさせた。



「うう、お願いです……見逃して下さい……」


「残念だがコチラにも事情がある。今はゆっくり眠りなっ!」



― ズムッ



「っ!…………」



ユキマサの雷を帯びた拳が深々とシャロンの鳩尾みぞおちに突き刺さり、シャロンは意識を手放した。






*






◆再び、東再開発区域の廃教会堂



「そんじゃクジを引いてもらうぞ」



ユキマサは二人の召喚勇者にコヨリで作ったクジを引かせた。



「よっしゃ、アリサって女だ!」

「ちぇ、俺はバークって野郎かよ」


「良かったな、タケヒサ。アリサって女も凄い美少女らしいぞ」


「へへへ、ラッキー♪悪いなぁショーゴ」


「ちっ、俺は昔からここ一番って時はハズレを引いちまうんだよなぁ」


「心配するな、バークって男も凄い美男子らしいぞ」


「俺にBLの趣味はねーよ!全くついてねぇ」


「あとキリスとキュイって女は見つけたもの勝ちだ」


「で、おまえはケンツってやつか」

「そいつは強いのか?」


「さあな。一年前まではアドレア連邦認定勇者最有力候補だったらしいが、結局脱落した男だ。大したやつじゃ無さそうだな。まあ依頼主さん直々のお願いだし、この男は俺が潰してやる。なあ?」



ユキマサはそう言って目線を移した。



「へへへへ」

「よろしくお願いしやす」



揉み手をしながら諂うバロンとブルーノ依頼主の姿がそこにあった。



「可愛い弟分たちの願いだ。宜しくたのむぜ」


「あいよ」

「まかせな」


「じゃあお前ら、狩りゲームの始まりだ!」



ユキマサの号令で、召喚勇者と召喚者達は一斉に教会から飛び出した。




彼らにとって、これはただのゲーム。


酒を食らい、

女を抱き、

惰眠を貪る


そんな怠惰なルーティーンの日々を送る召喚者達は刺激に飢えていた。


なんでもいい。大義名分があれば、刺激を求めてゲーム感覚で執行する。


それが目的もなくこの世界で生きる召喚者達の生き様なのだ。


そしてケンツとシャロンは不幸な事に、今回は【可愛い弟分の復讐逆恨みに協力】という理不尽な大義名分(?)を得て、標的にされてしまったのである。

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