067 第二十八話 邪な囁き・バークは主人公!?
◆リットールの公園(バーク達の訓練場所)
広大な面積を持つリットールの公園。
ここはリットール民の憩いの場であるとともに、冒険者達のトレーニングの場として利用されている。
そこでバーク達四人は、武闘会に向けてのトレーニングをしていた。
― ガキンッ! ガツッ! バシュッ!
「だりゃああああああああああああ!!!」
― バッシャアアアアアアアアア!
まともに食らえば胴体を真二つにされそうなキュイの斧撃!
「く、つつつ……」
バフで最大限強化したキュイの斬撃をバークは必死に躱す。
― バシュッ! バシュッ! ガキーン!
「ピーッ! 二人とも、時間だよ!」
時間を計っていたキリスがストップをかけ、バークの訓練は一時中断された。
「ふぅ、今更だけどバフを掛けたキュイは、まるで特級戦士だな」
「ふふふ、バークのバフの威力が上がっているんだよ。バフ抜きじゃ私はただの三級戦士さ。バークには本当に感謝してるよ」
「そんなことないさ。今のキュイなら等倍でも二級の力があるよ」
「そう?ふふふ、じゃあ今度昇級試験受けてみようかな……」
鼻先を掻いて照れながら、キュイは感謝の意を向けた。
もちろんこれはケンツとの勝負を見据えての訓練だ。
「ねえバーク、この勝負やめにした方がいいんじゃないかな。どちらが勝つかなんて目に見えてるじゃん。アタイ、またケンツがボロボロになるトコロは見たくないっていうか……」
バークの勝利を信じて疑わないキリスは、元仲間であるケンツが負けて落ちぶれる事を危惧していた。
しかしバークは残念そうに首を横に振る。
「キリス、この勝負だけは逃げるわけにはいかないんだ」
「アタイとキュイだけじゃダメなの?」
「そんなにシャロンが欲しいの?」
「ああ、欲しい。シャロンさんも僕の
「そっか……アタイもシャロンとは仲間の線を超えて家族になって欲しいよ」
「でもさ、肝心のシャロンはどう思ってるの?」
シャロンに皆の注目が集まる。
「私は……ケンツ以外の男と一緒になるツモリはないわ。二人の勝負に対して口出しはしない。でも勝敗が決まった後は、もう私の好きにさせて頂きます」
凛とした声でシャロンは答えた。
「それでいいよ。」
「「いいの?」」
「ああ。シャロンさんはそう言うけど、またケンツさんの方からシャロンさんを手放すのなら話は変わって来る。彼は一度自らシャロンさんを手放したんだ。だったらまた手放して貰おう。心苦しいがケンツさんの心をへし折ってやる」
バークは渋い顔をしながら思った。
僕は最低の行為をしている。
全ての始まりは僕であり、ケンツさんが落ちぶれシャロンさんを手放したのも僕のせいだ。
それなのに、僕は自責の念を押し殺し、今度は直接ケンツさんを叩き潰そうとしている。
必死で浮上してきたケンツさんを再び底辺に堕とし、シャロンさんを奪おうと考えている。
本当に最低だ。自分の最低な思考に反吐が出る……
だけど、それでも、僕はシャロンさんが欲しい!諦めるなんて出来ない!
きっとこれがラストチャンスなんだ。
このチャンスを逃せば、シャロンさんは未来永劫僕のモノにはならなくなる!
だったら絶対に負けるものか!誰かに最低と罵られても構わない!
だからケンツさん、いやケンツ!おまえのシャロンさんへの想いを見せてみろ!
僕は必ずその上を行って、おまえの想いをへし折ってやる!
バークは、〈自責の念〉〈シャロンが離れてしまう恐怖〉、逆に〈シャロンを奪う最後のチャンス〉、それらが頭の中でグチャグチャとなって、何かがおかしくなっていた。
彼本来の理性と良心の線引きが曖昧となり、見た目の気丈さとは裏腹に、心は闇に犯され易くなってしまっている状態なのだ。
そんなバークに対し、付け込むように邪なる囁きが頭に沁みとおる……――
(何が最低なものか。おまえの考えは至極真っ当なものだ。この世界は弱肉強食、強い男が弱い男から女を奪って何の問題がある?)
突如何者かの声が響いたような気がして、バークは驚き辺りを見回した。
しかし、シャロン、キュイ、キリスの他には誰も見当たらなかった。
「誰か何か言った?」
「「「いいえ?」」」
「おかしいな……」
(バークよ、欲望のままに行きよ。欲を満たせ!シャロンを奪え!おまえこそがシャロンに相応しい男なのだ)
「なんだ!?誰かいるのか!?」
さらに驚いてキョロキョロと見回すバーク。
しかりやはり三人以外には誰も見当たらない。
(いいかバークよ、この世界の
「僕がこの
(そうだ、おまえこそが
謎の囁きは、その一言を最後にパタッと途絶えた。
緊張から解放されるバーク。額からは変な汗がダラダラと流れていた。
「今のは何だったんだ……」
バークの異変に気が付いたキリスが
「バーク、どうしたの?」
「多分幻聴だと思うんだけど、『この世界の
バークはそう口にしてから、自分が酷く痛い中二病的な発言をしていることに気付き、バツ悪そうに顔を赤くした。
「バークさんがこの世界の
シャロンがコテリと首を傾げ不思議そうにバークを見つめる。
「シャロンさん、そんな目でみないでくれ!これじゃ妄想癖の有る子供みたいで恥ずかしすぎる!」
うっかりシャロンと目が合ってしまったバークの顔が、さらに火を吹きそうなくらいに赤くなった。
「バーク、きっと疲れているのよ。今日はもう休んだら?アタイ添寝して癒すから!」
「こらキリス、抜け駆けするな!でもバークがこの世界の主人公かぁ」
「
「じゃあ
キュイとキリスはバークの両腕を絡めて甘え始めた。
「二人とも、もう
しかし恥ずかしがるバークを面白がって、キュイとキリスの甘えながらの
さすがのバークもこれにはギブアップしてしまった。
「これは特訓どころじゃないな。今日はもう終わりにしよう。このところずっと気を張りっ放しだったから頭も休めないと……顔もなんか酷く熱いし」
バークは諦めてキリスとキュイに身を委ねることにした。
「シャロンはどうするの?」
「一緒においでよ、たまには皆で一緒に寝よ!」
「私は遠慮するわ。あのバークさん……」
シャロンはどこかよそよそしく、心ここに在らずな感じだ。
「ケンツさんの事が気になるんだろう?いいよシャロンさん、行っておいで」
バークの許しが出ると、シャロンは弾かれたようにケンツの元へ走り去った。
「バーク、よかったの?」
「シャロン、ちゃんと帰ってくるかなぁ……」
「大丈夫だよ、もしも今日帰ってこなくても、最後は必ず僕の家族に迎え入れてみせるさ」
走り行くシャロンの姿が見えなくなってから、バーク達も宿に向かい歩き出す。
歩きながらバークは先程の囁きを思い返し考える。
「僕がこの世界の
バークには思い当たるフシがあった。
それは、最近少し下火にはなっているものの、なお根強い人気を保っている小説のジャンルのことだ。
読書家のバークはこのジャンルの小説が特別好きというわけではないが、それでも人気作を幾つか目を通していた。
「たしかに今の状況、人気ジャンルの小説に近い気がする。いつの間にか強力なバフと魔法剣技を身に付けた僕とは対照的に、僕を追放したケンツさんは徹底的に落ちぶれてしまった。そして再び僕の前に現れて、シャロンさんを賭けて対決する……出来すぎてる。もしかして本当に?」
これまで読んだ小説作品。
それらを思い出せば思い出すほど、バークは本当に自分が何かの主人公のように思えて仕方なくなってきた。
「僕が追放された側の
それまで見せた事の無い歪な微笑を浮かべるバーク。
しかしすぐハッとなり頭を振って思い直した。
「何を勘違いしているんだ!僕がこの世界の
― パシンッ!
バークは突然両手で両の頬を叩き、気合を入れ直した!
何の脈絡もなく自分の頬をぶつバークの奇行。キュイとキリスが驚くも、すぐ皆で笑いながら去って行った。
しかしこの時のバーク、先程まで苦しみ悩んでいた〈自責の念〉はすでに薄れていたのだった。
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