059 第二十三話 シャロンの願い・バークの想い 02
Side シャロン
― チリン、チリン、チリリン、チリン……
馬車の通過を知らせる鈴の音が徐々に静かになっていく。
御者が走らせ続けてきた馬を、少し休ませ落ち着かせるために速度を落としたのだ。
本来は、荷物の他に四人乗まで乗れるホロの付いた早馬車だけど、スピード重視で贅沢にも各車二人だけで乗り込み、私とバークさんはお互い向かい合わせに腰かけていた。
「バークさん、お話があります」
それまでずっと会話も無く早馬車に揺られ続けていたが、街道がよく整備された区間に差し掛かった時、私は話を切り出した。
「僕にとってはあまり聞きたくない話のようだね」
「すみません」
バークさんは大きく一呼吸してから私を見据えた。
「伺いましょう」
「私、半年前にあんなことはあったけど、バークさんには感謝しています」
「あの事は済まなかった。自分の軽率で愚かな行動が悔やんでも悔やみきれないよ。本当に申し訳ない」
感謝とはもちろん望まぬ関係を迫られたことではない。
バークさんは、半年前の
それどころか、壊れ行く私を気遣って色々と回復するよう手を尽くしてくれたし、痛々しいほど自身を責め苦しんでいた。
それだけに、バークさんのあの日の事は腑に落ちない。
彼は無理やり肌を合わせて女を奪うタイプの男ではないからだ。
荒々しい男ではなく、どちらかと言えば学者肌で趣味は読書。
元々ケンツのパーティーに入ったのも、生活費と本を買うためのお金稼ぎだった。
ポーター時代、仕事の合間にお気に入りの小説を読んでいたが、その姿は中々に様になっていた。
何をしても絵になる好青年、それがバークさんだ。
キュイとキリスがバークさんに夢中になるのも無理はない。
半年前、私に対するバークさんの凶行は、壊れそうな私を救うための行動……当時からそれはなんとなく察している。
確かに人によっては略奪されて救われる場合もあるだろう。
全てを否定するつもりはない
でも、バークさんがその考えに至ったプロセス……それが私にはどうしても想像がつかない。どうしても腑に落ちない。
「もう済んだ事です。私なりにキリを付けましたし恨みなどはありません。それに、あの日は私もおかしかった……」
これは本心だ。バークさんに対する恨みはない。
だけどあの日の出来事は…………思い出すたびゾッとする。
私の意識が肉体から切り離され、その切り離された肉体は、私を求めるバークさんに激しく応じ、押し寄せる快楽の波に身を委ね続け……
その快楽の波に嬌声をあげて喜ぶ私の肉体とは裏腹に、私の意識・心は波の数だけ絶望を何度も重ね書きされていく……
あれは一体何だったのだろうか……
もし私がバークさんに応じず拒み続けていれば、バークさんは諦めてくれたに違いない。
でも私の肉体は拒むどころか……
どうして……なぜ……
私は頭をニ~三振って思考を切り替えた。
「バークさん」
「うん」
「ケンツは……ケンツは復活しました。もうギルド内でイジメられ、明日の命も分からなかった時とは違います」
「そうだね、認めるよ。ケンツさんは強くなった。もう辛い思いをする事は無いだろう」
「バークさん、散々お世話になっていて虫のいい話ですが……私を解放して貰えませんか?私、ケンツの元に戻りたいんです!お願いします!」
馬車の中で私は頭を下げた。下げ続けた。
そしてそのまま長い沈黙が続いたあと……
「シャロンさん、顔をあげてよ。返事をする前に少し話をしたいんだ」
バークさんの落ち着いた声。
いや違う、これは押し殺した声?
バークさん、怒っているんだ。
そう思いながら恐る恐る顔をあげた。
でもバークさんは怒ってなどいなかった。むしろ悲しそうな気持を押し殺しているようだった。
「ケンツさんの昇級試験以降、シャロンさんは変わったよね。僕にはそれが嬉しくて悔しかったよ。だって心が壊れて感情を失ったようなシャロンさんが、ケンツさんの活躍を目の当たりにしただけで一気に蘇ったんだもの。僕には救えなかったシャロンさんを、ケンツさんは勇姿を見せただけで簡単に救ったんだ」
「バークさん、それは……」
「いいんだ。結局シャロンさんの心はケンツさん以外には救う事が出来なかったんだよ。最初からわかっていたことさ。僕じゃダメだったんだ」
バークさんは自嘲気味寂しく微笑む。
「だけどシャロンさん、僕は諦めるのが辛い。女々しいヤツと思われても構わない。僕はシャロンさんを愛しています。この気持ちに嘘偽りはありません!」
バークさんの本気がビンビンと伝わってくる。
でも……応えられない。
「バークさん、私なんかを好いてくれてありがとう。でもごめんなさい、気持ちには応えられません」
私は真っすぐにバークさんを見据え、意思を強く持って返事をした。
「わかっているよ。だけど僕にも一度だけチャンスをくれないか?」
「チャンス……ですか?」
「シャロンさんの気持ちよくはわかった。でも僕はケンツさんの気持ちも……ケンツさんの覚悟を知りたい!僕からシャロンさんを奪い返す覚悟があるのかを知りたいんだ。元々ケンツさん自身がシャロンさんを僕に託したんだ。嫌とは言わせない!」
「それは……ケンツと戦うという意味ですか?」
「そうだ。悪いけど僕は愛する女を無条件で手放す程できた人間じゃない。もし戦いの中でケンツさんが大した想いも覚悟も持っていないと感じた時は……」
「思った時は……?」
「その時は今度こそシャロンさんを奪う!覚悟も無い男がシャロンさんを幸せにできるとは思えないからね。勝敗は関係ない、僕は彼の本気を見たい!」
「ケンツと話し合いで……」
「それは無理だよ、戦わずしてケンツさんの本気は計れない!」
ああ、ケンツの言った通りだわ。
『最後は雌を奪い合う雄同士の戦いになる』
こういう事なのね……
「シャロンさん、ケンツさんは僕とシャロンさんに関係があった事を知っているのですか?」
「三日前に話しました。ケンツは全て知っています」
「そうですか、それを知っていて挑戦してこないようなら……」
その時は戦う価値も無し。そして今度こそ私を強引に奪うつもりなのだろう。
「バークさん、ケンツは逃げませんよ。必ずバークさんに挑戦します。そして二人とも傷つきあう……二人に争って欲しくないから私は……私は……」
こうなって欲しくないから解放してくれるよう願い出たのに……
普段物腰柔らかで物静かなバークさん。彼もやはり男なのね。
私にはもう見守る事しか出来ない。
― ガタラン、ガタラン、チリリン、チリリン、
早馬車がスピードを上げ、車輪の音と馬車を知らせる鐘の音が私達の会話をかき消した。
もうすぐリットールの街だ。
ギルドにケンツがいたなら、きっと今日にでもバークさんに挑戦状を叩きつけるだろう。
ケンツとバークさん、雌を奪い合う雄たちの戦いが始まる。
「旦那方、リットールの冒険者ギルドに着きやしたぜ」
御者の知らせに私達は早馬車を降りた。
目の前には冒険者ギルドの重厚な扉。
今は真冬なので普段は閉めている。
その扉をバークさんはゆっくりと開けた。
― ガチャリ、ギィイイイイイイイ……
扉の向こうには、私達に気付きじっと見据えるケンツの姿があった。
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