056 第二十二話 ユリウス 02 



Side ケンツ



「久しぶりだなケンツ、あんた一人かい?」



可愛い美少女を連れ持って、俺にとって命の恩人の男、ユリウスが現れた。



「ユリウスさんか!本当に久しぶりだな。たしか復活竜退治に【ミヤビの村】に行ったあと政都に向かったんだっけ?」



このユリウスさんは、三週間ほど前にブルーノとバロン達の度を越えたイジメに殺されかけていた俺を助けてくれた男だ。


しかし不幸にも受付嬢ベラに難癖付けられて、ペナルティーを課せられ【ミヤビの村】へ復活竜リバースドラゴン討伐に出向いていた。


その後、復活竜討伐に成功して、今度は政都に向かったと聞いている。


その少し後、ユリウスの妙な噂が流れていた。その噂とは……



「なあ、あんたが召喚勇者パーティーを屠ったなんて噂があるが本当かい?」



そう、最近【ミヤビの村】に駐留していた召喚勇者パーティーが突然消息を絶ったらしいのだ。


丁度ユリウスが【ミヤビの村】に向かった時期と重なるので、ギルドではちょっとした噂になっていた。


しかしユリウスは否定した。



「いや、俺は屠っていないぞ。あの勇者達なら魔力が尽きたせいで塵になって消えたよ」


「ユリウスさんの言う通りです。あの者達は自然消滅してしまいました」



一緒にいた美少女もユリウスを肯定する。


消えたって!?


召喚勇者って魔力が尽きると消滅するの!?


なんだそれ、こえええええ!



「なんだ違うのか。まあそりゃそうだな、召喚勇者を倒すヤツなんて真正勇者くらいなもんだぜ……ところでこの子は?」



紺色の髪をした美少女が気になり訊いて見たところ……



「マジかよ!?」



俺はとんでもなく驚いた!


この美少女の名はミヤビ。【ミヤビの村】に祀られているアドレア連邦認定現人神あらひとがみだ。


なんでミヤビ様がユリウスと……



「ケンツさん、どうぞ宜しくです」


「あ、はい。こちらこそ……」



アドレア連邦認定現人神ミヤビ――


アドレア連邦政府は他国に比べ通常戦力では遥かに劣る。召喚勇者の数も抜き出ている訳じゃない。


なので補完戦力の一端としてアドレア連邦認定勇者が設けられているのだが、このアドレア連邦認定現人神も同種のものだ。


彼女が本当に現人神かだなんて実際には誰にもわからない。だがただ者ではない事は確かだ。


なんでも【神を目指す者】である存在が連邦政府に確認されるや否や、現人神に認定されてしまったそうだ。


自分の村でひっそりと暮らしていたミヤビ様にはいい迷惑だったらしい。


それにしても……


はぁー、見た目は14~15歳くらいにしか見えないのに。きっと実年齢は三百歳とかなんだろうなぁ……



「今は理由あってミヤビと行動を共にしているんだ。それよりケンツ、おまえの方も噂になっているぞ。なんでもアリサって女の子と組んでから快進撃なんだってな?」



え、俺ってギルドの外でも噂になってんのか?


いやぁ、なかなか有名になったもんだぜ!



「そのアリサって女の子、ちょっと気になるな。なあ、紹介してくれよ」



おいおいユリウス、初対面の時は女に手が早いタイプに見えなかったが、実はそうでもないのか?


言っておくがアリサは渡さないぜ!


あの子にはもう少しだけ助けになって貰いたいんだ。



「アリサなら政都に行ったぜ。だが今日戻る予定だ。会いたいならここで待つがいいぜ。それよりも……」


「ん、なんだ?」


「その待ち時間の間、地稽古に付き合ってくれねえか?練習相手がいなくて困ってたんだよ。たしかジョブは魔法騎士なんだろ?」



ユリウス……こいつの実力は確認済みだ。バロンとブルーノ、その他三名がユリウスに瞬殺された。(殺してはいないけど)


奴らの亜音速の斬撃を素手で掴むなんて、並大抵の野郎には不可能だぜ。こいつは間違いなく強い!



「いいぜ」



俺の頼みにユリウスは快く承諾し、俺達はギルド裏の広場へ。



「じゃあユリウスさん、宜しく頼むぜ」


「さん付けしなくてもいいぞ。歳はそんなに変わらないんだろう?」


「わかった。じゃあユリウス行くぜ!ケガするなよ!」


「よしこい!」



こうしてユリウスとの地稽古が始まったんだが……


30分後――



「うぎぃぃぃぃぃ、手も足も出ねえぜぇぇぇぇぇ……」



【縮地法】【身体強化】その他、俺の魔法剣士として培った全てをユリウスにぶつけてみたが、まるで通用しねえ……


こいつ、もしかしてバークより強いんじゃねーか?



「正直驚いた、前に会った時はこんなに強いなんて思わなかったな。スタミナも十分で余力も有るし。しかも本当に【身体強化と縮地法】までやってのけるとは……もしかして噂のアリサって子に教わったのか?」


「ああ、その通りだ。身体強化はまだ二倍がやっとだけどな。なあ、ユリウスの剣技と体術は何流だ?我流じゃないよな?なんか少しアリサと似てる部分もあるんだが……」



ユリウスの剣技と体術は恐ろしい程洗練されている。


しかも不思議な事に、こいつと拳を合わせても、あるいは剣を合わせても、時々フッと力が抜ける時がある。デバフでも使ってんのか?



「俺のはスラヴ王国騎士団の剣技・体術がベースでな、相手を脱力させるポイントを知っているだけだよ。例えば……」



ユリウスは俺と軽く剣と剣を合わせ、ほんの少しずらすと……



「うわっ!?」



俺は前に大きくバランスを崩し、扱けそうになった。



「他に腕をこうやって引っ張ると……」


「おわっ!?」



― ころりんこ



気が付いたら俺は地面に寝ころんでいた。



「???」



なんでこんなに簡単に転がされるんだ?過去一訳が分からんぞ?


単純に鍔迫り合いから力を抜くとか、関節を決められ組み伏せられるって訳じゃねえ。


突然スコーンっと力が抜ける!なんだこれ?本当にデバフじゃないのか!?



「こいつは駆け引きの虚をつく技だからな、デバフとは別物さ。王国の騎士団や中・高位冒険者はだいたい使うぜ。なんなら教えようか?」



おいおい、こいつの母国の連中は凄いな!?こんな事を普通に取り入れられているのか!


しかも教えてくれるって!?マジか!?



「え、いいのかよ!?これ秘伝とかじゃないのか?」


「こんなの秘伝でも何でもないさ。ついでに他の技も教えてやるよ」



うおおおおおおおおお!!!なんていい奴なんだ!!!


これをマスターできれば近接戦闘ではバークの上を行けるかもしれねーぜ!


よっしゃー!





「ちょっといいですか?」



小躍りしている俺に、ずっと見学していた現人神ミヤビ様が話しかけて来た。



「ケンツさんは愛するシャロンさんを取り戻すために身体を鍛えているのですよね?」


「? ええ、そうですけど?」


「じゃあ目的を達成した後は?その力をどう使われるのですか?野心はあるのですか?」



ん、なんだその質問は?


シャロンを取り戻した後の野心?そんなのシャロンと幸せに暮らす事に決まっているじゃん。



「ケンツさん、力を持つ者にはそれ相応の責任というものが付いて回ります。悪しき方向へ力を行使するのなら、私はあなたがこれ以上強くなるのを阻止しなくてはなりません。どうなんですか?」



見た目は美少女のミヤビ様が、なんかえらい真剣な表情で問うてきた。


いったい何なんだ?



「それはアレか?今まで俺をイジメてきたやつに仕返しするのもダメだってのか?」


「いえ、そういう次元の低い話ではなくてですね……」



なんだこのナンチャッテ神様は?何が言いたいのかさっぱりわからんぞ?



「ケンツ、ミヤビはケンツが力を悪用して国を乗っ取ったり、悪党に加担したり、人族の敵に回ったりしないかって心配しているのさ。おまえにはミヤビが心配するだけの秘めたポテンシャルがあるんだよ」


「へ?俺がかい?何を大袈裟な……俺は一介の冒険者だぜ?」


「だが、おまえはかつてアドレア連邦認定勇者を目指していたそうじゃないか?」


「そりゃまあ……」


「また目指すのか?」


「そりゃあ……うーん……」



ぶっちゃけアリサから縮地と身体強化の存在を教えて貰った時はガチで考えたよ。


なんせ、アドレア連邦認定勇者になれば巨額の不労所得は貰えるし、ハーレムも作り放題だしな!


でもハーレムか……実際のところ、この一年のゴミみたいな生活で、ハーレムの熱も冷めちまったんだよな。


なんかもうどうでもいいって感じなんだ。


そもそも今の俺はアドレア連邦認定勇者の件なんかすっかり頭から抜けていたし。


だけどやっぱり勇者のブランドは凄いぜ、やはり勇者になって地位と名誉と富を手にしてだな……


地位と名誉と富を手にして……


それで幸せになれるのか?


いや、貧困じゃ幸せにはなれない。地位と名誉はともかく富は必要だろう。


でも、地位と名誉と富を得ようとアドレア連邦認定勇者を目指して俺はどうなった?


【アドレア連邦認定勇者に最も近い男】ともてはやされた俺はどうなったよ?


俺がどん底に落ちたのはバークの傘から外れたせいでもあるんだろうけど、そもそもそんなもの目指さずに、普通に冒険者やってりゃこんな転落はなかったはずだ。


アドレア連邦認定勇者を目標にした事は間違いだったのか?


しかし、目標あっての向上心、すなわち生きる活力だぜ。


活力の無い者なんざ死んでいるも同然だ!


だからシャロンを取り戻したら、俺はまたアドレア連邦認定勇者を目指すんだ!


貧困はもうイヤだ!だから勇者を目指すんだ!


目指すんだ!


目指すんだ!



……


……


目指すのか?


わからねぇ……


勇者を目指してまた足元を掬われたら……


またシャロンを失ったら……


頭の中がグチャグチャとして考えがまとまらねぇ。



「そんなこと言われてもわからねえよ。ただ一つ言える事は、俺は誰にも邪魔されずにシャロンと幸せに暮らしたいだけだ!力を持つ者の責任?それがシャロンとの幸せな生活の邪魔になるようなら、力なんか返上する!普通の冒険者やるか田舎に帰って農業でもやるぜ!」


「だったらこんなトレーニングなんかやめて、シャロンさんと駆け落ちすればいいのでは?それで田舎に逃げればいいでしょう?」


「これは俺にとってのケジメなんだ!そして俺の我儘でもある!あいつとの闘いだけは避けちゃだめなんだよ!シャロンが隣にいても堂々と胸を張り続ける男でいたいんだ!」


「矛盾していますね、シャロンさんとの幸せな生活を渇望していながらも、あなたは破滅の恐れがあるバークさんとの闘いを望まれている。しかも勝つことが出来ればケンツさんはまた地位と名誉と富に大きく近づくじゃありませんか?仮にケンツさんにその気が無くとも周りはそうは見ませんし、させませんよ?」



なんなんだこの現人神は!?


重箱の隅をつつくようにネチネチと……いい加減ムカついて来たぜ!



「あんたさっきから何なんだよ!物事ってのは奇麗にスパッと割れる事なんてほとんどねーんだよ!俺はシャロンを取り戻すために戦う!その後の事はその時になってから考える!力を持つ者の責任?そんなもん知るか!」



とうとう俺は、現人神様に向かって咆えてしまった。



「まあまあ、そう興奮するなって。ミヤビは心配しているだけなんだ。」



激昂してしまった俺をユリウスが宥めに入った。



「だとしても大袈裟すぎるだろう、俺は一介の冒険者だぜ?そういうのは真正勇者とか救世の英雄とか、何か宿命を背負った輩の悩みだぜ」


「ああ、違いない。ケンツの言う通りだな。なあミヤビ、力を持つ者の責任云々を〈今のケンツ〉に問うたところで仕方が無いだろう。こういうのは本当に力を持ってしまった時に思い、悩み、苦しむものなんだよ」



ユリウスは少し悲しそうな顔をしてミヤビを諭した。



「そうでしたね。ケンツさん、すみません。私が性急すぎました」



やべえ、現人神様に頭を下げさせちまった。後で連邦から公安警察とか来たりしないだろうな……


それよりも、こいつらのやり取りには何か違和感があるんだが?


これじゃまるで俺がそのうちに……



「なあ、あんたら俺に何か隠している事とかない……」



そう問いかけた時、



「ケンツさん、ただいま戻りましたよ!」



背後から元気の良いアリサ声が聞こえた!



「おう、アリサ戻ったか……て、えええええ!!!???」



俺は振り向き返事途中でピシリと固まった。


なぜなら、そこにいたのは



【まピンクのツインテール】

【場末の娼婦のようなどぎつい化粧】

【崩壊した輪郭と目鼻立ち】

【貧乳化した胸】



目を覆いたくなるほどケバく不細工に劣化したアリサの姿があったからだ。


なんだコイツは!?


政都で何があったんだ!?


そもそもコイツは本当にアリサなのか!?



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