046 第十八話  告白 03


Side ケンツ



「ごめんケンツ……話はまだ終わっていないの……」




シャロンの様子がおかしい。明らかに苦悩の表情を浮かべている。


「いったいどうしたんだ、シャロン……」


そしてシャロンは、何かを決意した表情へとかわり、口を開いた。



「今から半年前、私は一度だけバークさんに身体を……私はバークさんに抱かれてしまいました……私はケンツを裏切ってしまったの……」


「 !? 」



― だくんっ!



心臓がイヤな音をたてて大きく跳ねあがる!


ついで全身が一瞬にして粟立ち、全ての毛が逆立った。


肉体は存在が消えたかのように虚ろな感覚となり、その直後に熱が込み上げ、ブルブルと震えがきて暴走しそうになった。



「ぐっ…………」



一年もバークと行動を共にしていたんだ。その可能性を考えなかったわけじゃない。


自分を必死で守ろうとする男が傍にいて、そいつと一緒に行動していれば、いずれそうなったとしても仕方のない事だ。むしろ何も無い方が不自然とも言える。


俺自身、覚悟していたんだ。


だけど、実際にシャロンの口から聞かされるとキツイものがあるぜ。


俺はシャロンを怯えさせないように深く息を吸い、身体に溜まった熱を息とともに吐いて冷静であることに努めた。



「私はあの日、バークさんと……」



苦しそうなシャロン……呼吸が徐々に荒く不正になっていく。



「はぁ……はぁ……」



シャロンにこの話をさせちゃダメだ。シャロンが壊れてしまう!



「シャロン、もういい。苦しいなら話さなくていいんだ」


「ダメ、聞いて。これ以上ケンツを裏切りたくない!」


「シャロン……」



シャロンは、どうしてそんな事になったのか、涙を流し苦しそうにポツポツと話してくれた。




― 襲って来たバークに対して、自分の意思に反し身体がバークを求めた ―



シャロンの話を要約するとこうだ。



「自分でも訳が分からない、なんであんな事になったのか……」


「…………」



率直な感想を言えば、話を盛って自分に非がないことをアピール…………つまりレベルの低い言訳にしか聞こえない。


身体が勝手にバークを求めた?そんな超常現象じみたことがあってたまるかい!


これじゃ性欲の強い浮気女の戯言だぜ、聞かされた瞬間に破局もんだ!


見損なったぜ幻滅だ!


おまえに対する愛情も、秒で霧散したぜ!





普通だったらそう思うかもしれねえが……


だがシャロンが言ったとなれば話は全く別だ。


シャロンは他人を守るための嘘はついても、自分を守るための嘘や他人を傷つける嘘は絶対に吐かない!


子供の頃からずっとそうだった。泥をかぶるくらいヘッチャラなやつなんだ。


だから俺はシャロンを信じる!微塵も疑いはしない!


それにシャロンの辛そうな顔はどうだ!


こんな辛そうなシャロンは見たことがねえ!


間違いなくシャロンは嘘を言っていない!


嘘だとしてもシャロンに対する想いは微塵も変わらねえ!



というか、嘘だとしたらいろいろおかしい。


『バークに無理やり犯された』とだけ言えばいいだけで、『身体が勝手にバークを求めた』なんて余計なことをわざわざ言う必要は無いはずだ。


バレる前に張った予防線?いやシャロンの震えや呼吸の乱れは演技には見えないし、『身体が勝手にバークを求めた』なんて嘘にしては稚拙すぎる。


嘘でないなら――



「何かがシャロンの身に起きたんだ……」



モヤモヤと頭の中で何かが繋がりそうになるが、目の前で震え怯えるシャロンを見て、俺は考えるのをやめた。



「ケンツ、私はケンツを裏切って……」


「待て、俺はシャロンが裏切ったとは思っていない。それにこうなる根本的な原因を作ったのは俺自身だ。シャロンに非は無い!」



俺は真っすぐな目でシャロンを見つめた。



「シャロン、俺はシャロンを信じる!だけど過去に起きたことは無かった事には出来ないし、それが今後もシャロンを苦しめるだろう。俺も全く気にならないと言えばウソになる」


「ううぅ……ごめんなさい……」


「しかし大切なのは、俺が今どう思っていて、シャロンが今どう思っているかだ!俺はシャロンが好きだ!愛してる!そしてシャロン、俺の事が好きで間違いないんだよな!?」



俺は両腕を広げてシャロンの返事を促した。


そこにシャロンは力いっぱいで飛び込んで来た!



「そうよ、大好きよ、ケンツ!ケンツゥ!!!」


「シャロン!俺の大切なシャロン!!!」



俺は飛び込んで来たシャロンを強く抱きしめ、そこに確かなシャロンの愛を感じたのだった。




*




「ケンツ、私達これからどうなるの?」



暫く俺の胸の中で幸せそうなシャロンだったが、やがて現実的な不安がよぎったようだ。



俺達の気持ちは確かめ合えた。


しかしここからが大変だ。


バークとは話し合いでは絶対に解決しねえ。


必ずシャロンを賭けた戦いに発展する。


だから俺は……



「シャロン、すまない。もう少しだけ待っていてくれ」


「ええ!?」



驚くシャロン。


俺は酷く残酷な事を言っている。


シャロンは今日からまた俺と一緒に暮らせると思っていたかも知れねぇ。


だが、事はそう簡単にはいかねーんだ。


気持ちを確かめ合えたと言うのに、バークの元に戻らねばならないのはきっと堪らなく嫌だろう。


だけどケジメは必要なんだ。



「俺は近いうちにバークに挑戦する!やつをギルド主催の武闘会に引きずり出して、誰の目にもわかるように決着を付ける!」



“ひゅっ“という小さな息を吸い、驚きに凝視するシャロン。



「ケンツ、ダメよ!バークさんには勝てないわ!」


「だがシャロン、バークへの挑戦無くしてシャロンをバークの傘から外すのは無理だ。きっと話し合いでは解決しない。それに……」


「それに?」



こう見えても俺は冒険者パーティーのリーダーだ。バークがシャロンに打ったであろう手は思いつく。



「バークなら、愛するシャロンが勝手にパーティーを脱退しないよう、ギルドに対して不受理届を提出するかもしれねぇ。心当たりは?」



シャロンの顔色がさっと変わった。



「ある……私はバークさんのパーティーから抜けることが出来ない……冒険者として完全に一人では生きていけない……」


「恐らくヤツはシャロンと関係を持った直後に不受理届を提出したはずだ」


「ケンツ、全くその通りよ」


「なら、それを解除するためにも、ヤツとは決着をつけないとな」




やはりな。武闘会に勝つためにも、あと二週間でバーク以上の力を付けないとな。



「だけどケンツ、最近のバークさんの力は異常よ。もしかしたら召喚勇者以上かもしれない。もしも負けたら……」



シャロン、そんな不安そうな顔をするなって。きっと大丈夫だ。



「ケンツ、話し合いでの解決は無理なの?」



悲しそうな顔をするシャロン。


シャロン、おまえは優し過ぎる。


勝敗以前に俺とバークが争うのがイヤなんだろう?



話を聞いたところでは――


バークはシャロンと一度だけ強引に関係を持ってしまったものの、それはバークなりに必死でシャロンを助けようとした行動――つまりアイツの愛ゆえの暴走で、性欲に負けたワケではないらしい。


ただ方向性が、あまりにもバークらしくないのが気になるが……


あいつはどんな理由があっても強姦紛いな事はしないヤツだと思っていたんだが、どうも見込み違いだったようだな。


ただ、バークを暴走させた根源的な原因は、やはり俺なのかもしれねぇ。



「シャロン、心配するな。勝っても負けても……いや、負ける気なんざ全く無いが、どんな形になっても俺はシャロンを取り戻す。だから信じてくれ!」


「ケンツ、本当に期待していいの?」


「ああ、期待してくれ!俺はシャロンと一緒になる!大丈夫だ!」





*




Sideシャロン



正直に言って、私はケンツとバークさんには戦って欲しくない。


ケンツの事はもちろん愛している。


方やバークさんは、一度望まぬ関係になってしまったけど、それ以外は私の事を大切にずっと守ってくれた。


私のことを大切に想ってくれる二人が戦い傷つくなんて、胸が張り裂けそう……


なんとか二人が戦わずに解決するのは無理なのかな……



それに、ケンツはバークさんとどう勝負するのだろう?


私の知らない間にケンツは凄い能力、【無限魔法貯蔵ソーサリーストック】を身に付けていた。


でもあれは、レギュレーション的にケンツとバークさんが登録するであろう魔法剣部門では使えないハズ。


にもかかわらず、ケンツのあの自信はいったい……?


それに負けはしたものの、試験で見たケンツの力も目を見張るものがあった。


ケンツの自信は本物?あと二週間で力量差を埋める自信がある?



「シャロン、心配するな。勝っても負けても……いや、負ける気なんざ全く無いが、どんな形になっても俺はシャロンを取り戻す。だから信じてくれ!」


「ケンツ、本当に期待していいの?」


「ああ、期待してくれ!俺はシャロンと一緒になる!大丈夫だ!」



自身満々に言い放つケンツは眩しいばかりに輝いている。


信じてみよう、ケンツを!



「ケンツ!」


「シャロン!」




またしても私達は強く抱きしめ合い、今度はそのままキスをした。





*






◆広場の茂みに潜んでいる怪しい影



「おい、今の聞いたか?」


「シャロンのやつ、バークから離れるってか」


「だったらもうバークに遠慮することはねえよなぁ?」


「おうよ、シャロンは俺達が頂く!」



こっそりと様子を覗っていた二人の影……


バロンとブルーノは、何やら歪な笑みを浮かべるのであった。


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