026 第九話 シャロンの想い 05



Sideシャロン




バークさんが私に好意を寄せているのは薄々感じてはいた。


なので、なるべく二人きりになることは避けてはいたのだけど……





あれは、討伐先の少し格調の高いホテルに宿泊していた時のこと。



― トントン



「バークです。入れてくれませんか?重要なお話があります」


「バークさん?明日じゃ駄目ですか?」


「ええ、どうしても今夜お願いします。重要で大事なお話なのです」



彼はパーティーのリーダーだ。重要で大事な話と言われてしまえば断ることができない。


私はガウンを羽織り、何かあればいつでも逃げ出せるよう腹づもりしてから、バークさんを部屋に入れようとロックを外しかける。



「いや、何かおかしい……」



時刻はすでに夜の11時。


重要な話だとしても、もっと早い時間にだって来れたはずだ。


私はロックから手を放そうとしたが――



「 えっ? 」



― カチャリ


一瞬ピリッとした感覚が身体に走り、どう言う訳か私の手は真逆の行動をしてしまった。



ロックを外してしまったのだ。


すかさずドアノブを回してバークさんが部屋に入ってくる。


焦りはしたが、諦めて彼の話とやらをドア前で済まそうとした――のだが……




「バークさん、それでお話とは?」


「シャロンさん、僕はあなたが好きです!ケンツさんのことを愛しているのはわかっています。ですが……それでもどうか僕を受け入れてほしい!」


「ええ!?……あうっ!」



バークさんが言い切ると同時に、私は力強く抱きしめられた。


何かあったときの心づもりはしていたけれど、あまりにもいきなり過ぎて対応できなかった!



「バークさん離して!私にはケンツが……!」



― ぎゅうぅぅ……



バークさんはさらに強く抱きしめてくる。



「お願いだシャロンさん、ケンツさんのせいでシャロンさんが壊れて行くのが耐えられないんだ!もう彼の事は忘れてくれ!そして僕だけを見てくれ!受け入れてくれ!」



決して色欲に負けて来た訳じゃない事はすぐわかった。


バークさんの眼差しは、私を救おうと必死であることが伺えた。


衝動的な行動じゃない、きっとよくよく考えて行動に至ったのだろう。


こんな時間に来たのも、今の今まで悩んでいたのかもしれない。


それでも私は……私はバークさんを受け入れるわけにはいかない!


受け入れてしまえば、私はケンツの傍にたつ資格を失ってしまう!


いやだ、ケンツを……ケンツを裏切りたくない!



「シャロンさん!」



バークさんは私を抱きしめたまま押し入り、そのままベッドになだれ込んだ!



「くっ……」



私は武闘家の力を使い脱出を試みた!



― ダクンッ……



ところがどうしたことか、武闘家の力は発動せず、逃げ出すことは叶わなかった。


それどころか身体の力が抜けていく!?



「そんな、どうして!?」



私はベッドの上でマウントを取られてしまった。



―ピッ、ピッ、シュルリ……



バークさんは自分のシャツを脱ぎ捨てた。


アクセサリーだろうか、バークさんの胸元には黒々とした大きな宝石?が埋められているのが見えた。


その宝石の奥底に爬虫類的な瞳……バークさんにしては趣味の悪いアクセサリーだ。


いや、悠長にバークさんのアクセサリーを観察している場合じゃない!



「離して!お願い!」



私は必死に抵抗したが――



― ダクンッ……



さらに身体から力が抜ける!?


まさかバークさんが何かしているの!?


しかしバークさんは必死ではあるものの、何かスキルを発動したようには見えない。



「なんで?どうして!?」


「シャロンさん、好きだ!好きなんだ!」


「や……んむうっ!?」



バークさんに唇を奪われてしまった!



「ぶふっ!バークさん、やめて!こんなのいやああああ!!」



か細くなった力でバークさんの頭を押しのけようとした私だが――



― ビリッ!



突然身体に電気が走ったような衝撃を受けた。



「な、なに今の!?ひゃん!!!???」



まるで全神経が研ぎ澄まされたかのように、全身が過敏に反応する!?


そして――



― プチ……



「!?」



何かが切れた感覚がして、この瞬間から私は肉体のコントロールを失った。





それから私の肉体は、何かに操られているかのように、私の意思とは真逆に動き始めた。



「シャロンさん、ありがとう!僕は絶対にシャロンさんを幸せにするよ!好きだ、愛してる!」



バークさんは、私が受け入れたと思ったのか、涙を流し歓喜の表情を浮かべている。


対して私はどんな顔をしているのだろう……


もうケンツに合わす顔がない……



「(こんな、こんなことって……私にはケンツがいるのに……)」




時は流れ、私の意識は徐々に肉体のコントロールを取り戻し始めた。



「うう、うううう……」



同時に大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。


バークさんは、嬉しそうな顔をしてスヤスヤと隣で眠っている。


不思議な事に彼に対して怒りはなかった。


ただ圧倒的な悲しみと絶望が私を支配していた。



(この娘……枕を共にすれば簡単に眷属にできると思ったが、これは想定外じゃったな。まあよいわ……)



朦朧とする意識の中で、誰かが何か呟いたような気がしたが、私にはもうどうでもよかった……



「私はケンツ以外の男と……」



その事実が重く圧し掛かる。



「全てを忘れたい……全て無かったことに……」



そんな現実逃避をしながら、意識は暗い闇に飲まれて行った。






翌早朝――



― シャーー……



私は念入りにシャワーを浴びていた。


まるで昨夜の出来事を丸ごと洗い流そうとするかのように。



シャワーから出て服を着る。


ちょうど着終えた頃にバークさんが目を覚ました。



「シャロンさん!」



バークさんは嬉しそうに私に手を伸ばす。



― パシンッ!



「えっ!?」



しかし私はバークさんの手を力強く払いのけた。


バークさんにとっては予想外の行動だったのか、驚き言葉を失っている。



「バークさん、今後はお仕事のこと以外は話しかけないで下さい。それと今かかえている案件が終わり次第、パーティーを抜けます」



抑揚のない声で宣言した私に、バークさんは酷く驚き狼狽する。



「そんな……シャロンさん待って!話し合おう!」


「問答無用です」



私は踵を返し部屋から出て行った。



― バタン……



ドアを閉めると同時に涙腺が一気に緩みはじめる。



「ケンツ……

ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……うわあああああああ!!!」



圧倒的罪悪感

圧倒的虚無感

圧倒的絶望感



それらがグチャグチャと混ざり合ったどうしようもない感覚……


それらが私の心を殺しに来る。





「もう誰も信用しない……これ以上ケンツを裏切りたくない……」



この日以降、私は誰に対しても心を閉ざしたのだった。


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