025 第九話 シャロンの想い 04



Side シャロン



あの後、私はバークさんの腕を振り切り、家(アパート)に戻った。


しかしケンツは戻って来ない。


真夜中1時頃、キュイとキリスが心配してやってきた。


ガクガクと震える私をキュイとキリスが慰める。


その間も時間は過ぎていく。


結局朝になってもケンツは戻って来なかった。



「ねえシャロン、公園に行ってみない?」

「行こうよ、ここにいてもケンツ君は戻って来そうにないしさ」



途方に暮れる私に、キュイとキリスが公園で朝練するから一緒にと誘う。


もしかしたらケンツは公園のベンチで寝ているかもと言われ、それならとバークさんの家(アパート)経由で公園に向かった。


たしかにケンツは飲み歩いたあと、公園のベンチで野宿することがしばしばあったのだ。


しかし公園にはケンツの姿はどこにも無かった。


ケンツは朝帰りする時は、いつも公園の噴水で顔を洗ってから帰って来る。


もしかしたらここに来るかも……


キュイとキリスからも、「ここは開けた視界の良い場所なので、ケンツが通りかかればすぐ目に付く」と言われ、朝練に付き合いながらケンツが来るのを期待した。





朝練が始まると、私は自分の異変にすぐ気が付いた。


驚いた事に失われた私の力が戻っていたのだ!


やはりバークさんがバフの使い手なのは本当なのだと驚きつつも、かつての栄光はバークさんあっての事だったという事実に今更ながらやるせなく感じた。



「はっ!やぁっ!とうっ!」



徒手空拳の型を披露している最中も、バークさんは熱いオファーをかけてくる。


正直、ケンツと一緒でもOKなら、それは有りだと思った。


狡いと思われても仕方がない。バークさんの傘に入れば、私もケンツもイジメられる事はもう無い……そんな浅ましい考えが過ぎってしまった。


そして私はラストチャンスのタイミングを誤った。



「バークさんお願いがあります」


「なんですか?シャロンさん」


「ケンツを…ケンツをパーティーに入れて貰えませんか?」



バークさんの片眉がピクリと跳ねた。



「おねがいします!」


「それは構わないが、彼は恐らく頼んでも入ってくれないと思うよ?ああ見えて武骨でプライドの高い男だからね」


「私が…私が説得してみせます!お願いします!」


「弱ったなぁ、シャロンさんはこう言っていますがどうしますか?ケンツさん」


「え!?」



私はバークさんの視線の先を辿る。


そこにはケンツがいた。


まずい!今のやり取りを全部聞かれた!


ケンツの性格ならきっと……



「シャロン、それは出来ない相談だ。俺にも意地がある」



ケンツは施しを受けることを極端に嫌がる……そんなプライドの高い天邪鬼な人(おとこ)。


私とバークさんのやり取りを見ていたなら、絶対に受けるわけがない。



「そんな…だったら私が抜ける!昨日のあれは誤解なの!だからまた一緒に……」


「抜けるんじゃねぇ!」



― ビクッ!



「ケンツ……?」


「バーク、キリス、キュイ、…シャロンを頼む。俺じゃシャロンを幸せに出来ない」


「ケンツ、そんなことない!そんなことないから!」


「達者で暮らしてくれ。おまえの幸せを祈っている」



ケンツはまた足早に去ってしまった。


ケンツの強い決別の言葉に、私は追いすがることが出来なかった。



「何をやっているのよ、私は……どうしてこのタイミングで……」



もう考える気力が残ってない……


ケンツに振られたショックと昨夜からの疲労のせいか、私の意識はプツリと切れてしまった。








その翌日、私はケンツと話し合おうとするも、ケンツは私を完全に無視。


居場所を失った私は、キュイとキリスの勧めもあって、バークさんのパーティーに身を寄せることになった。


それからは乾いた毎日がずっと続く。



「ケンツ!」



― ぷいっ



「ケンツお願い!話を聞いて!」



― ぷいっ



相変わらずケンツは徹底的に私を無視し続ける。


その理由はわかっている。


私がケンツとよりを戻せば、きっと私もイジメにあう。貧しい日々も続くし、きっとDVも止まらない。


だからケンツは私を遠ざけようとする。


でも、私は周りからイジメられてもいい、貧しくてもいい、DVにあってもかまわない!


私はケンツの傍にいたい!


ケンツお願い!振り向いて!目を逸らさないで!お願いよケンツ!


ケンツーーーーーーーーー!





冒険者達のケンツに対するイジメは日々苛烈になっていく。


私やバークさんは、ケンツがイジメにあっているのを見かけると全力に止めに入る。


冒険者達はそれを学習したのか、私達が居ない時を狙ってケンツをいじめるようになった。


依頼から帰ってくると、ギルドの隅でズタボロにされ気を失っているケンツ……


そんなケンツをヒールで癒しもした事も何度もあった。


その都度ケンツは何も言わず足早に去って行く。



不毛な乾いた日々は続き、私の心は壊れ始める。


ケンツから無視されることに加え、いつかケンツが冒険者達に殺されるのではないかと神経を擦り減らされ続けた。


そんな私が幻覚を見るようになるまで半年もかからなかった。


キリスとキュイの話によると、私は何もない空(くう)や壁に向かって、ケンツに必死に話しかけているそうだ。



「お願いケンツ!無視しないで!」


「シャロン、しっかりして!ケンツはここには居ないわ!」

「このままじゃシャロンが廃人になっちゃう!」



キュイとキリスが私の身を案じ、何とかしようと手を尽くしてくれたけど駄目だった。


ケンツに無視され続け、ケンツが半殺しに合う様を見続ける人生なんて耐えられない。




そして……


心を病み、壊れゆく私の様(さま)が引き金となり、事件は起きてしまった。





― トントン


夜11時、部屋のドアがノックされた。



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