024 第九話 シャロンの想い 03


一年前、酒場と公園でのケンツとの決定的な決別――


私は本当に愚かだった。


あの日、ケンツにバークさんと会う事を前もって相談していれば、今の状態にはきっとならなかったのに……


一年経った今でさえ、あの時の事をフラッシュバックして私を苦しめる……





あの日、私とケンツは朝から何かが掛け違っていた。


いつもは昼近くまで惰眠を貪るケンツが、その日に限って朝早くに起きて、しかもギルドに仕事に行くというのだ。


その上、私を気遣って一日休んでいるよう言ってくれた。



「ありがとうケンツ。でも仕事に行かなきゃ」


「いいからシャロンは寝てろ。それと昨日は本当に済まなかった」



ケンツは泣きそうな顔で謝った。いや、悟られない様にしていたが、ケンツは泣いていた。


ケンツが私のことを気遣ってくれる……


私はそれだけで嬉しかった。



「でも私、今日の仕事入れているから……」


「休めないのか?」


「うん……それに行けば昼食が出るから。あ、ケンツこれ昼食代……」


「俺の事ならいい。それよりそれで傷薬を買ってくれ」


「でも……」


「いいから!」



こうなるとケンツは意地でも受け取ろうとしない。


ケンツは昔からこうだ。


私はお金を引っ込めて、ケンツとギルドに向かった。


そしてギルドでケンツと別れた後、私は別パーティーのポーターとして魔物の討伐に出発した。


ケンツは大丈夫だろうか、今の私達を取り巻く厳しい状況に適応できるだろうか。


そんな心配をしつつ、討伐は無事終わった。





夕方6時半頃ギルドに戻り、ケンツが戻って来るのを待つ。


しかし待てども待てどもケンツは戻って来ない。


時間ときは流れ、すでに午後8時を回った。


もしやケンツの身に何か……





「ケンツさんならとっくに帰って来ましたよ?6時頃でしたかね」



そう言って話しかけて来たのはバークさんだ。後ろにはキュイとキリスもいる。



「そうなんですか?教えてくれてありがとうございます」



私は頭を下げてお礼を言い、家に戻ろうとすると……



「待ってください。シャロンさん、少しだけお時間頂けませんか?大事なお話があります」



バークさんは何か思いつめた顔で誘って来た。



「ごめんなさい、家でケンツが待っていると思うので……」


「じゃあもしケンツさんが家に戻っていなかったら、この場所に来てください」



バークさんは紙に地図を書いて渡そうとする。



「ケンツは飲食街に行ったみたいだから、たぶん帰るのは遅いと思うよ」


「シャロン、話だけでも聞いてあげて!」



キュイとキリスの説得もあり、悩みはしたが私は地図を書いたメモを受け取った。


これが私とケンツを引き裂くキッカケになるなんて……この時は思いもしなかった。


そのあと今日のギャラで食材を買い付けたのち家に帰ってみると、キュイの言った通り

ケンツはまだ帰っていなかった。


私は念のためケンツの夕食を準備してから、地図に書いてある待ち合わせの場所に向かった。





そこは私もよく知る大きな酒場(バー)。昔は一番星ファーストスターの皆でよく行った気心の知れた店だ。


一呼吸してから店内に入ると、バークさんは一人ですぐ分かる場所で待っていた。


てっきりキュイとキリスも一緒だと思っていたのに……


少し緊張しながら、私はバークさんの正面へ。テーブル越しに椅子にかけた。



「バークさん。私になんの御用ですか」


「シャロンさん、随分やつれちゃったね。実は今日は君をスカウトに来たんだよ」


「スカウトですって?」


「そうだ、ケンツさんはもうダメだ。どうやっても浮かぶ事はもうない。だが君まで一緒に沈んでいくのは見てられないんだ。だからどうだろう、僕のパーティーに入らないかい?もちろん身体が目当てとかじゃないよ。純粋に君の力を貸してほしいんだ」



もしかしたらという予感はあった。


バークさんは優しい人だ。


現にキリスとキュイを救済して、自分の傘に入れて守ってくれている。


でも私にはケンツがいる。


ケンツを見捨ててバークさんの傘に入るなど絶対にあり得ない。



「お気遣いは有難いのですが、この話は聞かなかった事にして下さい……」



当然、私は断った。断る以外に選択肢はない。



「なぜだ?あんな男と一緒にいて君に何のメリットがあるんだい?」


「メリットとか関係ありません。ケンツは私の特別なんです。苦しい時だからこそお互いに支え合わないと」


「それは幻想だよ、君の頬を見ればわかる。ヒールで治したようだが治りきってないからね」


「っ……」


「ほぼ毎日がDVなんだろう?シャロンさん、いつかケンツに殺されるぞ」



―― 殺される ――



最近のケンツは酒が入ると、本当に殺されるんじゃないかと思うくらい容赦がない。


昨夜ケンツに殴り犯された事を思い出し、私はガタガタと震えてしまった……


それでもケンツは私の特別で、私はケンツの特別なんだ。


だから私はケンツを見捨てたりは――





「シャロン!」



思いつめていた私の背後から突然声が!?



「ケンツ!」


「ケンツさん」



え、ケンツ?どうしてここに?


一瞬固まる私に、最悪の言葉が浴びせかけられる。



「シャロン、おまえはパーティーをクビだ、バークの元で可愛がってもらいやがれ!」



ケンツは今まで見せた事の無い怖い顔で別れを告げた。



「ケンツ、違うの!誤解よ!私がバークさんと会っていたのは…」


「関係ない!おまえは俺に内緒でバークと会っていたんだ。それだけで別れるには十分な理由だ!」


「そんな、嘘でしょ!私はケンツだけを想って……」


「さよなら、シャロン…元気でな」



足早に去るケンツ。


私は追いかけようとしたが、バークさんが私の腕を強く握り止める。



「いやああああ、離してバークさん!ケンツ!ケンツぅ!わああああああ!」



こうして私はケンツに捨てられた。


全ては軽率な行動をとった私のせい……自業自得……

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