023 第九話 シャロンの想い 02



Side シャロン



ケンツは完全回復したものの、出血量が多かったせいか気絶したままだ。担架(タンカ)に乗せられギルド職員がギルド内救急室に運ばれる。


私と謎の女騎士も同室。落ち着いてからケンツの寝かされているベッドの傍で二人揃って椅子にかけた。


バークさんは事情聴取があるとかで、別室で事情聴取をしたあと、すぐまた試験会場へと戻って行った。



「うう……」


「ケンツ!しっかりして、ケンツ!」



辛そうなケンツの呻き声……


どうしていいかわからず、私はオロオロするばかり。


それに比べ謎の女騎士は冷静そのものだ。



「ほらケンツさん、起きて下さいよ……まだ無理か。結構出血していたものね」



ヒールによる治癒・回復は、失った血液までは完全には回復できない。


ケンツはウツラウツラとしている。


意識はまだ戻りそうにないが死ぬことは無いようだ。



「はー、それにしてもさっきの試験官……バークって人、無茶苦茶しますね」



女騎士は先程の試験を思い出し、呆れ顔を浮かべて天井を向いた。



「あんな無茶苦茶する人じゃないんです。バークさん、どうして……」


「そうなんですか?そういえば私がバークさんの剣を受けた時、嫉妬じみた怒りを感じました。もしかするとシャロンさんがケンツさんを応援をしたことで、バークさんは嫉妬に狂っちゃったのかもしれませんね」


「そんな……」



スヤスヤと眠るケンツ……手を伸ばせば簡単に届く距離。


だけど今の私には絶望的に遠い距離……


ケンツに無視され続け、その後バークさんに身体を許してしまった私に、ケンツの手を取り縋(すが)る資格があるわけない。


それに今のケンツには彼女がいる……そう言えば彼女は一体なにものなの?



「あ、あの、あなたは一体……?」



よく見れば、この子、凄く可愛い。やはりケンツの新しい彼女だろうか……



「私は二級魔法騎士のアリサ。ケンツさんと(今だけ)コンビを組んでいる者です」



― チクン……



やはりこの子はケンツの新しい彼女だ。


しかも私よりも若くて、私よりも強くて、私よりも完璧なヒールを使う。


まるで私の上位互換……



「ふふ、ふふふふ……」



もうケンツが私を必要とすることはないんだわ。


ケンツの傍に私の居場所はもう無い……



涙腺が極限まで膨らみ泣き崩れそうになった。


その前に、ここを去らないと。



「アリサさん、ケンツのことを宜しくお願いします」



スクっと立ち上がり踵を返し立ち去ろうとした。


しかし――



― ガシッ!



「え?」



アリサさんは私の腕を捕まえ引き留める。



「ごめんなさい、私、お昼ごはん食べていないんです。ちょっと何か食べてきますので、ここをお願いしますね」


「え、あの……ちょっと!」



― ぐうううううううううううう



アリサさんのお腹から凄い音が!どうやら本当にお腹をすかしているらしい。



「あら、お恥ずかしい。おほほほほ」



彼女は頬を赤らめて、そそくさと部屋から出て行った。



「行っちゃった、どうしよう……」



仕方なく私は椅子に座りケンツの顔を眺める。



「ケンツ……」



ああ、ケンツ、あなたに触れたい、髪を撫でたい、手を握りたい……


でもそれは叶わない、してはいけないこと。



「どうしてこうなっちゃったんだろう、私達、どこで間違えちゃったの?教えてケンツ、ケンツぅ……」



俯いた拍子に膨らんだ涙腺からボトボトと涙が零れ落ちてしまった。





「あー、それはアレですね、ケンツさんが天邪鬼(あまのじゃく)なのとタイミングが悪すぎたんですよ」


「!?」



― ビックゥ!



び、びっくりした、一体だれ!?


驚いて振り向けば、そこには受付嬢のケイトさんが立っていた。



「ケイトさん、いつの間に!?」


「アリサさんが出て行った直後くらいですかねー。シャロンさん、思いつめた表情でケンツさんを見つめているから、てっきりキスでもするものかと覗っていたんですけどねー」



少し悪戯っぽく微笑して、ケイトさんは私の隣の椅子に腰かけた。



「私にケンツとキスする資格なんてありません……触ることさえも」



そう言って顔を伏せると、何を思ったのかケイトさんは私の手を掴み、ケンツの手と強引に握らせた。



「ケイトさん、何を!?」


「我慢は身体に毒ですよ。今くらいケンツさんに甘えても誰も怒ったりしません。そもそも怒る人がいません。さあ、ほら!」



私は恐る恐る手に力を入れてしっかりと握り直した。


ああ、懐かしいケンツの手だ。


もう私の涙腺は限界だ、ボロボロと涙を流しながら無意識にケンツの手を頬にあてた。



「ケンツ、ケンツゥ!わあああああーーーん!」



私はとうとう大声で泣き崩れてしまった。







「落ち着きましたか?」


「はい、いろいろ迷惑をお掛けしました」



あれほど大きな声で泣き喚いたのにケンツは未だに目を覚まさない。



「ショック症状が出るほどの出血ではないですが、それでも極度の貧血ですね。まあケンツさんの事ですから少し寝て何か食べればすぐ回復するでしょうけど。死にはしませんからご安心を」


「あの、ケイトさん……いったいケンツに何が起きたんですか?私達がクエストに出る前のケンツはとても悲しい状況でした。ですが今のケンツは全盛期程では無いにしろ、力が戻り始めている……いったいどうして?」


「全てはあのアリサという少女のおかげです。アリサさんとの出会いがケンツさんの絶望的な状況を強引に変えたのですから」



ケイトさんはケンツとアリサさんの出会いから経過、今の状況を詳細に教えてくれた。



「三日?ケンツとアリサさんが出会ってから、まだ三日しか経っていないのですか!?」



驚いた、たった三日でケンツをここまで変えてしまうなんて……



「そんな訳で、ケンツさんとアリサさんは決して恋仲ではありません。お互い利害が一致して一時的にコンビを組んでいるだけです。

なので、アリサさんが目的を達成もしくは断念した時点で二人のコンビは解消です。ケンツさんはその僅かなチャンスタイムの間に、出来るだけ力を付けようとしているのですよ」



そうだったのね。ケンツの隣は一時的に塞がっただけなんだ。


よかった!


…………

……


何がよかったよ……



「私がケンツの横に立つ資格なんてもうないのに……自分が嫌になる」



私は安堵したと同時に、自分の浅ましさに嫌気がした。



「シャロンさん、惚れた男に対して浅ましくない女なんてきっといませんよ」


「え?」



ケイトさんはまるで私の心を見透かしたかのような言葉をかける。



「ねえシャロンさん、シャロンさんはある時期を境に明らかに変わりました。もちろん悪い方にです。おおよその予想はつきますが、この一年の事を話してみませんか?吐き出せば少しは楽になりますよ」



普段無表情なケイトさんが微笑みながら促した。


私はもういろいろと限界だった。


優しくしてくれるのがケイトさんで本当に良かった。


私は、苦しみ悩み続けたこの一年の出来事を話すことにした。


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