005 第三話 ケンツの堕落とフードの少女 01



「ぶぇっくしょん!」



背中がぞわぞわと寒気がし、俺は大きなくしゃみと共に目が覚めた。


震えて目を擦りながら周囲を見渡すと、どうやらここは公園のベンチらしい。


俺は酒の抜けきらない頭でとりあえず借りているアパートに戻った。



「ただいま、シャロン、今帰ったぞ……」



俺は朝帰りを咎められると思い、控えめな声でただいまを言ったのだが――



―シーン



まるで人の気配がしない。


テーブルには昨夜つくったであろう、夕食が置いてあった。



「あいつギルドに行ったのか?」



そう思いながら水瓶から水をコップに掬い一気に飲み干す。


妙に凝り固まった脳みそが、水分を得て活発に回り出した。



「 あ 」



そしてようやく俺は全ての状況を理解した。



「そうだ、俺シャロンと別れたんだ……」



口にしたとたん、とんでもない喪失感に襲われてしまい、 情けないが身体がガクガク震えだした。



「いや、あれで良かったんだ。俺と一緒にいてもアイツは幸せになれない……バークの足元で暮らした方が生活は安定するし、俺のDVに合う事もない。きっと幸せにやれるはずだ」



俺は必死で自分に言い聞かせようとしたが、別の俺が心の中で反論する。



――おいケンツ、本当にそうか?

――シャロンと別れなきゃいけないほどのことか?

――冒険者に固執せず、シャロンと田舎に戻って農業で暮らしても幸せだったんじゃないか?

――今の生活に固執する必要なんてどこにある?

――こんな事でシャロンを失って本当にいいのか?



「…………」



そうだよ、俺は何を勘違いしてたんだ。


シャロンがいないんじゃ冒険者なんてやる必要もないだろう。


決めた、今から行って謝ろう!


謝って一緒に田舎に帰ろう!



「シャロンどこだー!」



俺は必死でシャロンを探して街中を探し回った。


しかしどこにもシャロンはいない。



「ちくしょう、まさかバークの野郎に喰われちまったんじゃ…」



そう思ったのは杞憂だった。


シャロンは俺が寝ていた公園に居た。


それもキリス、キュイ、そしてバークも一緒に。


どうやらキリスとキュイもバークのパーティーに入っていたらしい。



「はっ!やぁ!」



シャロンが徒手空拳の型を披露している。


それも最近の3級冒険者みたいな可もなく不可も無くな動きでなく、目で追うのはもはや不可能なレベルの早さと力強さで!


横でキリスとキュイも魔術の試射と戦斧の技を試していたが、やはり一級相当の力を取り戻していた。


バークのバフ効果は本当だったらしいな。


そしてバークは――



― ブオッ!!!



漆黒の衣服を纏い、漆黒の剣を振るう。


その破壊力は、恐らく一級に限りなく近い二級といったところか。




バークと組んで、かつての力を取り戻したシャロン達は生き生きとしていた。


ああ、シャロン…君は本当に素敵な女性だな。


シャロンといられるなら、もうなんだっていい。


やつのパーティーでポーターをしてでもシャロンの傍にいたい。


周りからバカにされてもかまわねぇ!


シャロン、やっぱ好きだ!愛してる!





「バークさんお願いがあります」


「なんですか?シャロンさん」


「ケンツを…ケンツをパーティーに入れて貰えませんか?」



バークの片眉がピクリと跳ねた。



「おねがいします!」


「それは構わないが、彼は恐らく頼んでも入ってくれないと思うよ?ああ見えて武骨でプライドの高い男だからね」


「私が…私が説得してみせます!お願いします!」


「弱ったなぁ、シャロンさんはこう言っていますがどうしますか?ケンツさん」


「「「 え!? 」」」



クソ、こっそり見ていたのがバレていたのか!


シャロン、キュイ、キリスの三人がバークの視線を追った。


俺は三人とバッチリ目が合ってしまった。



「僕は別にかまいませんよ。ケンツさんなら役に立ってくれそうですから」



役に立ってくれそう…か。


いやだね、死んでもテメーの役になんざ立ちたくねーぜ!



「シャロン、それは出来ない相談だ。俺にも意地がある」


「そんな…だったら私が抜ける!昨日のあれは誤解なの!だからまた一緒に…」


「抜けるんじゃねぇ!」



― ビクッ!



「ケンツ?」


「バーク、キリス、キュイ、…シャロンを頼む。俺じゃシャロンを幸せに出来ない」


「バーク、そんなことない!そんなことないから!」


「達者で暮らしてくれ。おまえの幸せを心から祈っている」



俺はまた逃げるように去ってしまった……





「何をやっているんだ、俺は……シャロンを連れて田舎に帰るんじゃなかったのかよ……」



ほんと殺したい、俺自身を殺したい…


俺はひとりアパートに戻り、シャロンが用意してくれた最後の食事を半べそ掻きながら食べた。


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