第14話 食堂での夕食と魔力訓練 3

 父ピーテルのダメ親っぷりは気になったが。

 兄とはいえ、まだ九歳のテレンシオの落ち込む姿が可哀相すぎて、父への不満には蓋をした。

 父に『親』の自覚を促すよりも、テレンシオの方が優先だ。

 

 ……少しだけ、跡取りのお兄ちゃんにはしっかりしてもらわないとマズイ、って下心もあるけどね。

 

 純粋に、落ち込んでいる子どもを励ましたいとは思っている。

 が、心の根っこの部分では、いつか心置きなく出奔するために跡取り息子であるテレンシオにはしっかりしてもらわなければまずい、というものがある。

 魔法が使えるから、と私を、あるいは私の産む子どもを跡取りに、と家に縛り付けられる可能性は、小さなうちに摘んでおきたい。

 

 ……まあ、いざとなったらお父さんを殴ってでも出て行くけど。

 

 本気で出奔しようと思えば、私を止められる者はたぶんいない。

 魔法という不可思議な術は、それだけの力を秘めている。

 大人の腕力や数という物理をたった一人で覆せるのが、魔法の怖いところだ。

 

 では物理以外で、と私を言葉で制止できる者がいるとすれば、それはアレス王子唯一人である。

 そのアレス王子を助けるために出奔したいのだから、アレス王子が私を止めることは不可能だ。

 

 とはいえ、私だって最初から強硬手段(物理)に訴えるつもりはない。

 両親にはきちんと出奔の意思を伝え、可能な範囲で産んでくれた恩は返していくつもりだ。

 なにしろ、母が私をこの世界に産み落としてくれなければ、アレス王子を助けるために行動を起こすことすらできなかったのだから。

 私の中で今生の両親は、親としての印象は薄いが、それなりに恩を感じる二人である。

 アレス王子を助ける障害にならない限りは親として立て、必要であれば恥をかかせない程度に貴族令嬢として振舞う努力をしようとは思う。

 

 ……この顔だと、最終的に物理になりそうだけどね。

 

 花の女神メンヒリヤの加護を受けているらしい今生の私の顔は、とにかく愛らしい。

 いわゆる花のかんばせというヤツだ。

 この顔であれば、杖爵家の令嬢という肩書きがなくとも、政略結婚の駒として使えるだろう。

 最終的に物理になる予感しかしないのは、この顔のせいでもある。

 

 ……とにかくわたしが魔法を使えて、テレンシオは使えない、って情況が将来的にマズイのは判る。

 

 現在のルーナティ王国で魔法を使える、使えないの『才能』とされている部分は、実のところ違う。

 運命の神スーリディンからの情報によれば、魔法を扱うことに才能などない。

 得意な属性は髪の色に表れているようなのだが、これだって全属性を得意とする黒髪の人間が多いことから、ただの個性の一つだ。

 赤毛だからといって、火に関係する魔法しか使えないというわけではない。

 

 では、どこで魔法が使える者と、使えない者で別れるのか、と言えば、単純に『魔力の存在に気付くかどうか』だ。

 今生の私は、目が開くようになると世界が前世で見た時よりも『明るい』と感じた。

 そのおかげで、この世界でも魔法が使えるのでは? と気づけたし、実際に魔法を使うことができている。

 二度目の転生先であった剣と魔法の世界ネクベデーヴァでの『経験が役に立った』のだ。

 

 ……教わるばっかで、他者ひとにものを教えたことはないんだけどね。

 

 転生するたびに知識を貪欲に取り込んできたが、教わるばかりで、私自身が誰かにそれらを教えてきたことはない。

 教師役を務めたことがないので、少し不安ではあるのだが。

 あの楽しいモノ好きの運命の神スーリディンが『詐欺師』と称するレベルの男性教師にテレンシオを任せておくよりは、手でも足でも、私が出した方がいい。

 

 ……ネクベデーヴァで、最初はどうやって魔力の感覚を掴んだんだっけ?

 

 ネクベデーヴァに生まれ、物心がつく頃になって初めて『魔法』というものの存在を知った。

 新しい知識だ、と魔法についてを調べているうちに、石化を解く魔法薬の存在を知り、そのまま私の興味は魔法薬へと傾く。

 石化解除薬のレシピを調べる過程で魔法薬師の女性と知り合ったのだが、その女性は日本からの転移者だった。

 本人がそう教えてくれたので、そこは嘘でも本当でも、どうでもいい。

 日本から転移してきた頃は魔法の扱いに慣れなかった、と言った彼女は、自分がとった方法を私にも教えてくれた。

 

 ……異世界で携帯端末スマフォが出てきた時の衝撃はすごかった。

 

 可愛らしいカバーのついた携帯端末は、携帯端末に見えて、携帯端末ではなかった。

 ただ、彼女が扱いやすいように、と携帯端末の形をしているだけの、魔法を使うための補助具だったのだ。

 

 ……補助具……補助具か。作ってみる?

 

 補助具があると楽だな、と考えて、すぐにこの案に蓋をする。

 補助具といっても、ようは魔法道具だ。

 基本的にいえから出ない生活をしている三歳児に、必要な材料を集められるはずがない。

 

 ……となると、アシュヴィト様方式でスパルタする?

 

 アシュヴィトというのは、ネクベデーヴァの神様だ。

 魔法薬師をしている神子様の旦那様で、とても心の狭い神様である。

 同郷の私に魔法を教えたい、と携帯端末ほじょぐを用意できないかと相談した神子様に、他者わたしが神子様の近くにいるのが面白くない、と私に魔力を叩き込み、強制的に『魔力』というものを教え込んでくれた恩じんだ。

 体内の魔力を神におもいきり揺さぶられるという経験は、吐きそうなほどの衝撃ではあったが、わかりやすかった。

 

 ……いや、同じことを九歳の兄にするほど鬼畜じゃないよ、私。

 

 魔力を叩き込むのは、最後の手段として取っておく。

 私に魔力を叩き込んだアシュヴィトに、神子様が激怒していたので、あれは危険な行為だったと考えて間違いないだろう。

 

 とはいえ、一度強制的にでも魔力というものに触れさせよう、という方向性は良い考えかもしれない。

 『そこに魔力がある』と気付きさえすればいいのだ。

 そういう意味で、テレンシオは他所の子どもよりも恵まれた環境にいる。

 私という、すでに魔法を操れる身内いもうとが近くにいるのだ。

 魔法を使った不思議現象など、見ようと思えば見放題である。

 

「……まほうは、ね? ここにあるって、きづくのが、さいしょなの」


 見てて、とテレンシオの手を握ったまま体の中の魔力を操る。

 今必要なのは、判りやすい『はったり』だ。

 小難しい理屈や理論は、『後付』でいい。

 

 体内の魔力を、故意に頭部へと集める。

 そうすると、そこだけ魔力の濃くなった髪がほのかな光を発し始めた。

 同じことを体の外にある魔力を使っておこなうと、光り方が尋常ではなくなるので、今夜はこれでいい。

 

「おにいちゃん、まほう、みえる?」


「……レティの髪が光ってる」


「うん。じゃあ、『ひかり』をおいかけてね」


「追う?」


 さて、ココからは少しだけ繊細な作業が必要だ。

 作業といっても、手や足を動かすわけではないが。

 気持ち的に、魔力の制御が難しい。

 普段は面白がって、もしくは修行と称して繊細な扱いを心がけているものを、子どもに解りやすいよう、故意に『大雑把に』扱うのだ。

 私にとっては、こちらの方が逆に難しい。

 

 一度深呼吸をして、視線を自分の左肩に向ける。

 私の視線の移動に促され、テレンシオの視線も私の左肩へと移動してきた。

 その移動に合わせ、髪に集めた魔力を移動させる。

 髪を輝かせていた光は一度頭頂部に吸い込まれるようにして収束すると、今度は私の左肩が光始めた。

 

 ……ちょっと失敗。

 

 本当は髪の毛からそのまま光を移動させたかったのだが、光は頭頂部へ移動して収束し、次に光り始めたのは左肩だ。

 これでは、テレンシオからは魔力を移動させたのではなく、光る場所が変わったようにしか見えなかっただろう。

 

「レティの肩が光り始めた!」


 私としては失敗しているのだが。

 テレンシオの声の調子が戻ってきた。

 私にとっては失敗した魔法でも、テレンシオにとっては違ったようだ。

 というよりも、魔法なら本当になんでもいいのだろう。

 下手に父親おとなを楽しませるもの、こどもにも判りやすいもの、と考える必要はないのかもしれない。


「……えっとね? これが、まほう……まりょく? あつめると、あかるく? みえるの」


 お兄ちゃんの中にもあるよ、と続けて、今度は体の外の魔力を扱い、テレンシオの髪を光らせる。

 これは完全に私が魔力を操っているだけだが、今はこれでいい。

 魔力の扱い方は、ようは思い込みだ。

 まず自分にも魔力がある、とテレンシオが思い込みさえすれば、最初のきっかけを与えることはできる。







 結局、一度テレンシオの中にも魔力はある、と伝えただけでは、テレンシオは魔法を使えるようにはならなかった。

 とはいえ、魔法の存在を実感することはできたので、彼が魔力を見えるようになるのは時間の問題だろう。

 食堂の中へと故意に魔力の濃い場所と薄い場所を作ったら、テレンシオは一週間後には魔力の濃い場所に気付き始めていた。

 いよいよ魔力を見る目が出来上がりつつあると感じたので、とどめにアシュヴィト方式で私の魔力を流し込んでテレンシオの中の魔力を揺さぶってみる。

 もちろん、アシュヴィトとは違い、細心の注意と加減はした。

 これが良い刺激になってくれたようだ。

 テレンシオはこれをきっかけに、はっきりと魔力を自覚するようになった。

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