第13話 食堂での夕食と魔力訓練 2

 私が回るのをやめると、光の蝶が増えるのも止まる。

 父はしばらく光の蝶を目で追っていたが、遅れてテレンシオの様子に気が付いた。

 その前に小さく私の名前が聞こえたので、私へと話しかけようとして、ようやくテレンシオの様子に気が付いたことが判る。

 父の頭からは、食堂にもう一人子どもがいることが抜けていたようだ。

 

「父様はいつもレティシア、レティシアと、妹のことばかりだ。さっきだって、今日の授業の報告をしていたのに、レティの話になって、怒られて……そりゃあ、先生を妹の部屋に連れて行ったのは僕が悪かったけど……」


 やはりテレンシオは、父から叱られたらしい。

 だが、これについてはテレンシオがうかつだったので、フォローはできない。

 現代のルーナティ王国の貴族的な常識として、まずい行動をテレンシオがとったのだ。

 

 ただ、これは子どもの失敗である。

 それも、初めての失敗だ。

 次に同じことを繰り返さなければ、それだけでいい。

 

 元気を出せよ、お兄ちゃん。

 そう言うことは簡単だったが、この言葉はおそらくテレンシオが今求めているものとは違う。

 それに、私が言うべき言葉でもない。

 それは判ったので、膝の上で握り締められているテレンシオの手に自分の手を重ねる。

 今テレンシオに必要なのは、わたしの言葉などではなく――

 

「あー、テレンシオ? 失敗は誰にでもある。一度の失敗で覚えればよい」


 ……父よ、もう少しなんとかならないか。

 

 どうにも締まらない言葉しか出てこなかった父に、ジトッと恨みがましい目を向けてしまう。

 それというのも、私が兄テレンシオから嫌われているのは、ほとんどが父の振る舞いが原因だからだ。

 

 この父が、魔法の才を見せた私ばかりを優遇している(らしい)ことから、テレンシオはヤキモチを焼いている。

 ここで上手く父がフォローしてくれれば、テレンシオの私への複雑な心情も解決する気がするのだが――

 

「そんなことよりも、レティシア。ほかには? ほかにはなにか――」


「……」


 おまえはなにを言っているんだ?

 今の息子の言葉をちゃんと聞いていたのか? とジッと父を見つめる。

 

 大人ならば、空気を読め。

 父親ならば、子どもは平等に扱え。

 むしろ、現代のルーナティ王国の常識的には男児である兄を優先しろ。

 

 そんな気迫を込めて見つめて――気分的にはもうほとんど睨みつけて――いるのだが、三歳児の眼力など、父には通じなかった。

 どうやら、今生の父は、若干『ポンコツ』らしい。

 空気を読む、という社会人おとなには身についていてしかるべき能力が欠けているようだ。

 

 なおも私の魔法を見たいと続ける父に背を向け、テレンシオを見上げる。

 

「おにいちゃん、まほう、れんしゅうする?」


「しない。どうせ僕になんて、魔法の才能はないんだ……」


「なくないよー。おにいちゃん、なくないよー」


 ああ、ダメだ。

 父のせいで、完全にテレンシオが拗ねてしまった。

 拗ねるというよりは、この場合はいじける、だろうか。

 

 硬く握り締められたテレンシオの手を撫でる。

 この握り締められた手は、テレンシオの心そのものだ。

 考えのない父の発言のせいで、今まさに、テレンシオの心が硬く閉ざされそうになってしまっている。

 

「先生にも教わったけど、うんともすんとも言わなかったし」


「あのせんせいは、あたりはずれのあるせんせい。おにいちゃんには、あわないせんせいだったんだよ」


 むしろ、神が『詐欺師』と判定してしまうレベルの教師だ。

 あの家庭教師に師事し、魔法に目覚める子どもの方が稀だろう。

 才能のあるなしの問題ではない。

 

「おにいちゃんにあう、やりかたさがそう。えっと、ね? まほうに、さいのうなんて、ないないよ?」


 魔法を使うこと自体に、才能なんてものは関係がない。

 いや、質や威力を求めるのなら、たしかに『才能』というものがあるかもしれないが。

 魔法を使える・使えないだけの話なら、そこに才能なんてものは必要ない。

 

「魔法に才なんてないない……とは、魔法に特別な才は必要ない、ということか? なら――」


 ……うん、今は黙っていようか、お父さん。

 

 幼女なりに、落ち込む兄をなんとか慰めようとしているのだ。

 本来テレンシオを宥めるべき父親に、横から割り込んでほしくはない。

 

 ……ダメだ、こりゃ。これ、絶対ダメ親父だ。

 

 父親としての役割を思いだせ、という思いを込めて父を見上げてみるのだが、父は自分にも魔法が使えるのでは? と期待に目を輝かせている。

 目の前で落ち込んでいる息子に慰めの言葉をかける様子も、励ましの言葉が必要かもしれない、という考えにすらもたどり着かないようだ。

 自分のことばかりで、息子のことなどまるで考えていない。

 九歳の子どもがいるというのに、いまだに『父親』になれていないようだ。

 

 ……貴族の家族の距離感を考えると、しかたがないの?

 

 親子関係というものは、時代や環境によって変わってくる。

 リディの時代は、子は親の財産で、所有物で、育てはするが、ただ食事を与えるだけ、といった感じだった。

 子どもも労働力として考えられ、遊びの時間など本当に物心がつく前の、単純労働すらできない幼子にしかない。

 大人と子どもの線引きは曖昧で、女性の場合は初潮がその線引きとなる。

 ようは、子どもを産めるか、産めないかだ。

 

 これが片口桃花として生きた日本では、まるで違う。

 親は子どもを大切に守り、慈しみ育て、時には親が子どもの踏み台になることもあった。

 すべての子どもには教育が与えられ、成人として定められた年齢に達するまでは親の庇護下にあるとして守られる。

 リディの時代では子を数人産み、育てていた年齢になってもまだ、未成年こどもとして遊ぶことが許されていた。

 日本の子育てはほとんど母親に押し付けられていたが、それでも休日には父親が子どもの遊び相手を務めることがある。

 少なくとも、桃花の家はそうだった。

 

 次に生まれた世界でも、日本ほど子どもに甘くはないが、神話の時代のソル・イージスよりは子どもを大切にしていた。

 今生のように、一日に一度も親の顔を見ない。それが異常ではない、という世界はなかったのだ。

 

 ……子どもとのふれあいが極端にないから、父親としての自覚が薄い……とか?

 

 とはいえ、彼は私たちにとって『父親』なのだ。

 いつまでも子どもと同じ気分でいられては、困ってしまう。

 しかも、父はヴィレット家に婿入りしている。

 跡取りとなるはずの兄テレンシオの養育を任されておきながら、わたしにばかりかまけているのはまずいはずだ。

 

 ……『親』の自覚って、どうやったら芽生えるんだろう?

 

 転生を繰り返したため、私には『両親』が普通の人よりもたくさんいる。

 が、私自身は親になったことが一度もないので、親になる方法など判らなかった。

 これでは父に親としての自覚を促すことも難しい。

 

 ……お兄ちゃんのフォローは妹の役割かもしれないけど、父親の尻拭いを娘がするのは違うとオモウヨー。

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