第12話 食堂での夕食と魔力訓練 1

「……お嬢様、今夜は食堂で一緒に夕食をとるように、と旦那様から言付けです」


「しょくどう?」

 

 読み聞かせのあと、図書室へと本を返しにいったはずのミーサが、珍しい話を持ち帰ってきた。

 あまりの珍しさに、つい首を傾げる。

 この場合、珍しいのは私が食堂へと呼ばれることが、だ。

 というのも、生まれてから一度も私は食堂で食事をとったことがない。

 別に、これは私が冷遇されているということではなかった。

 理由としては、ルーナティ王国の貴族の生活様式がそういうものだからだ、としか言いようがない。

 

 当たり前のことだが、テーブルマナーというものは身に付けて生まれてくることはできない。

 これは生活をしていく中で自然と、あるいは教師を付けられて学び、時間をかけて身に付けていくものだ。

 

 そして、生まれたばかりの赤ん坊にテーブルマナーなど理解できるはずもなく、少し成長して幼児になったとしても、これは同じだ。

 見苦しくない程度のマナーを身に付けるまでは、とだいたい六歳ぐらいまではどの家庭でも子どもは子ども部屋で食事をとるのが今世の貴族家では普通らしい。

 

 ……貴族に生まれたのは今生が初めてだけど、貴族生活ヤバイ。これまでと違いすぎて、ホントヤバイ。

 

 杖爵という家格によるところもあるかもしれないが、乳児の時から個室が与えられ、日光浴以外では外へ出ることもない生活だった。

 三歳になった現在は、運動量が増えたために部屋も少し広い部屋に変わっている。

 その部屋には風呂もベッドもテーブルセットもあって、一歩も部屋から外に出なくても生活ができてしまう。

 どうやら、貴族の家では子どもは部屋に閉じ込めて育てるものだったらしい。

 

 今生ではこんな生活を送ってきたため、三歳で食堂に呼ばれるとは思わなかった。







 探検以外で初めて入る食堂は、燭台の蝋燭に火が灯されていて、昼間とは雰囲気が違った。

 なんとなく貴族の食堂といえば、意味が判らないほど長いテーブルというイメージがあったが、我が家は違う。

 いや、長いことは長いのだが、せいぜい対面で座って十人用のテーブルだろうか。

 父がいわゆる『お誕生席』を使っていることを思えば、広めに座って九人用かもしれない。

 

 ……あれ? お兄ちゃん?

 

 乳母ナニーに手伝われて席に着くと、対面に座ったテレンシオの表情に気が付く。

 テレンシオは行儀良く椅子に座っているのだが、目元が赤く、唇をきつく引き結んでいた。

 

 子どもであるはずのテレンシオが食堂で食事を取ること自体は不自然ではない。

 彼はもう九歳なので、子ども部屋での食事は卒業しているはずだ。

 むしろ、三歳の私が食堂へと呼ばれたことが異例すぎるだけである。

 

 ……なにか、ムスッと怒っているような?

 

 なにかあったのだろうか。

 そう考えていたら、お誕生席――日本風に言うのなら上座――の父が咳払いをした。

 

「あー、レティシア。まずは、おまえを褒めておこう。また魔法を使ったようだな」


 ……ああ、その話?

 

 察するに、昼間見せた魔法についてを、テレンシオは父に報告したのだろう。

 よせばいいのに、それで父に自分の失態がばれてしまったのだ。

 家族でもない、血族でもない男性家庭教師を、私の部屋まで案内してしまった、と。

 おそらくは、それで怒られたのだと思う。

 

 そして、今日に限って三歳の私が食堂へと呼ばれたのも、テレンシオの報告が理由だ。

 父の前では、生まれた直後ぐらいに試した失敗魔法しか見せていない。

 あの一度だけだったので、私が魔法を使えるというのは夢かなにかだったのでは? と父も思いかけていたのだろう。

 そこへ、テレンシオが私が今日魔法を見せた、と報告をした。

 言葉の通じるはずのない赤ん坊ではなく、多少は意思の疎通が図れる三歳児の私だ。

 「見せろ」と言って見られるものならば、親として本当に私が魔法を使えるのかを確認しておきたいのだろう。

 

「父様にもレティシアの魔法を見せてくれないか?」


「んー?」


 どうしようかな、としばし考える。

 魔法を見せるのは簡単だ。

 特に気合もなにも必要はない。

 ただ、魔法は稀少な才能とされているようなのだ。

 これを利用して、なにかご褒美でもいただけないものだろうか。

 例えば、未だに私は立ち入り禁止とされている(まあ、守ってはいないが)図書室への出入り許可などが欲しい。

 

「……ミーサがね。としょしつからごほんをもってきて、おはなしをきかせてくれるんです。しんわのごほん」


「うん?」


 魔法を見せろ、と言っているのに、図書室の本の話をしはじめた私に、しかし父は首を僅かに傾げながらも話の続きを待ってくれた。

 今は関係ない話をするな、と怒鳴り始めることもない。

 

「まほうをみせてあげたら、としょしつのごほんをください。しんわのごほん、おへやにあったらすてき。まいにちよめます」


「……そうか。レティシアは神話のご本が好きか。だったら、図書室の古い本ではなく、新しく本を買ってやろう」


「ほんとうですか!? じゃあ、かんしょうようと、ほぞんようと、ふきょうようの3さつずつおねがいします!」


「え? かんしょ、……布教用?」


 観賞用と保存用と布教用の三冊を希望したら、父が戸惑いの声をあげる。

 が、これは都合よく聞き流して、機嫌よく椅子から飛び降りた。

 父が神話の本を買ってくれるというのなら、私もアレス王子のために張り切って、見栄える少し派手めな魔法の使い方をしようと思う。

 

 なにをしようか、と足でリズムをとって考える。

 とにかく、見栄えの良い魔法を使って、父を楽しませればいいのだ。

 魔法の効果など、害がなければそれでいい。

 

「ほりゃー!」


 リズムを踏む足元から、光で作った蝶が飛び立つ。

 もう少し派手にしようかな、とくるりと回ると、ふわりと広がったスカートの裾からも光の蝶が溢れ出した。

 自分でやっていることなのだが、ステップを踏むたびに足元から生まれる光の蝶が飛び立ち、なんだか楽しい。

 

「これは……っ」


 あっという間に部屋中へと舞い広がる光の蝶に、父は呆然と立ち上がり、テレンシオは――

 

「……妹が優秀すぎてつらい」


 テレンシオは、ポロポロと泣き出した。

 

 ……なぜに!? 今、どこに泣く要素が?

 

 なにがツボになったのか、突然泣き出したテレンシオに驚いてクルクルと回るのをやめる。

 さすがに泣きはじめた兄を見て、のん気に派手な魔法など披露してはいられなかった。

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