第1章 ルーナティ王国のレティシア
第1話 ソル・イージスのリディ
私には『レティシア』になる前の、いわゆる『前世の記憶』というものがある。
それも、一度の人生ではなく、複数の人生の記憶が。
思いだせる最初の人生は、まだ神々が地上に住んでいた時代。
私はソル・イージスという国で生きる、リディという名の孤児だった。
孤児といっても、最初から一人だったわけではない。
リディの母が言うことには、父とは運命的に出会い、運命的な恋をして、運命的に結ばれたのだとか。
そうして生まれた私に、母は『運命』と名付けた。
『リディ』という名は、運命の神スーリディンから名をいただいている。
よせばいいのに、一文字も変えずに、中を取ってそのままだ。
そのせいか、リディは運命の神スーリディンの関心を引いてしまった。
自分への感謝から名をいただいた、という母の名付け方法に、運命の神スーリディンはいたく喜んだらしい。
神の名の一部をいただく、という名付け方法は当時としてはよくあることだったのだが、なぜかリディは運命の神スーリディンから『特別に』愛されてしまった。
それこそ、『運命』の名の下に、波乱万丈な人生を送るほどに。
父は物心が付く前に兄を連れて消えたし、母は流行り病で死んでしまった。
孤児になった私を集落の長は半年ほど世話してくれたが、結局雨乞いの儀式の生贄として枯れかけた泉へと沈められることになった。
というよりも、いざという時に生贄として使うために世話されていたのだろう。
……まあ、おかげで
生贄として捧げられた相手は、水神でもなんでもなく、大きな亀だった。
大亀は
両親から得られなかった愛情も、生きるための知恵も、リディはすべて大亀から教わっている。
大亀と子亀たちと生活をしていると、ある日、人間の男の子が泉にやってきた。
リディより少し年上の男の子は『アレス』と名乗り、なにが楽しいのか毎日のように泉へと遊びに来るようになった。
リディに当時は王族ぐらいしか使っていなかった文字というものを教えたのも、アレスだ。
なぜアレスがそんなものを知っていたのかといえば、彼がソル・イージスの六番目の王子だったからである。
大亀に育てられたリディはアレスの手を取り、泉を離れる。
人間として、人間の社会へと戻ったのだ。
そして小間使いとしてアレス王子に仕え、アレス王子が父王から魔物の王の討伐を命じられた時も、これに付き従った。
人とも神々とも違う、獣に近い姿をした魔王は恐ろしかったが、アレス王子と一緒にいられるのなら、リディに怖いものなどなかった。
そんなリディが恐怖を感じたのは、アレス王子が魔王の肩を踏みつけ、その心臓へと槍を突き立てた時だ。
七日七晩におよんだ戦いはアレス王子の勝利で終り、魔王は最期の力を振り絞ってアレス王子に呪いをかけた。
魔王との戦いで疲弊しきっていたアレス王子は、咄嗟にこの呪いを避けることができず、石化の呪いを受けてしまう。
結果としては、相打ちだ。
残されたリディは戦いの顛末をソル・イージスへと持ち帰って王に告げると、一人で旅に出た。
アレス王子の呪いを解く方法を求めたのだ。
空に近づいて神に助力を願い、山や森へ分け入って賢者に知恵を借り、時には魔物の知識すら求めて地底へも下りたが、リディの生ではアレス王子を呪いから解放することができなかった。
死の間際、アレス王子と別れてから初めてリディは泣いた。
人の生は短すぎる、と。
世界の端から端まで歩いたが、結局アレス王子を呪いから解放することはできなかった。
自分を人間の輪の中に戻してくれたアレス王子のために、自分はなにもできなかった、と。
運命は意地悪だ。
そう最期に嘆いた時、運命はリディの前に現れた。
運命の神スーリディンは『自分がアレス王子の小間使いであると名乗らないこと』『前の人生の記憶を持っていると他者に話さないこと』など、全部で十の条件と引き換えに、記憶を持ったまま次の生を生きられるようにしてやろう、と誘いに来たのだ。
人生を散々に弄んでくれた
次の人生も女神の玩具にされるとは予想がついたが、そんなことよりもアレス王子だ。
アレス王子を呪いから解放できる可能性があるのなら、自分のことなどどうでもよかった。
自分がリディである、と名乗れないことなど関係がない。
前世の記憶がある、と他者に相談できないことも、なんでもない。
ただ敬愛するアレス王子を呪いから開放できれば、それだけでよかった。
次に目が覚めた時、私は
姓は片口。
両親の服装や医者という存在、病院と産婦人科、入院といった仕組みのなにからなにまでソル・イージスとは違った世界の、日本という国に生まれた。
食生活や親のあり方といったもののすべてが前世と違うこの世界に驚き、戸惑った。
が、違いすぎたのが逆によかったのだと思う。
ソル・イージスとは違う世界に生まれたのだと、飲み込みやすくもあった。
日本に生まれて一番驚いたのは、すべての子どもに教育の機会があたえられている、という整えられた環境だ。
むしろ、義務として法の下に守られていた。
この『子ども』という枠組みから、女児がはじき出されていない、ということにも驚かされる。
ソル・イージスでは文字は神と王族だけの物であったし、王族であっても王女は文字を教えられることがなかった。
これが民になると、もっと男女の差は大きい。
子どもは財産として扱われるが、女児の扱いは家畜とほとんど変わらない。
大人になれれば
飢饉の際に赤子の次に食事を与えられなくなるのが女児だった。
その次は男児だ。
子どもはまた産めばいい、という考え方で、親が自分の食べ物を子どもに与える、というような美談はソル・イージスには存在しなかった。
女の身でも学ぶことができる世界なら、と私は知識を蓄えることにした。
一度身につけた知識は、他者から奪われることはない。
そう大亀とアレス王子に教わったからだ。
そして、知識には武力こそないが、身を助けてくれることもある。
情報に溢れた
ソル・イージスでは神が起こす奇跡とされていた現象も、日本では科学で紐解かれていた。
学者が何年、何十年、他者に引き継がれて何百年と続けられてきた研究結果も、図書館やパソコンを使って誰でも、簡単に閲覧することができる。
そんな膨大な情報の中に、残念ながら石化した人間を元に戻す方法は見つからなかった。
片口桃花の次の人生は、世界樹に支えられた剣と魔法の世界ネクベデーヴァだった。
ネクベデーヴァの生活様式はソル・イージスと似ていたが、文明レベルとしてはもう少し進んでいたと思う。
ソル・イージスは神々が地上に住み、時折人間にちょっかいをかけてくる世界だったが、ネクベデーヴァに住む神は一柱だけだった。
神話によると、地上に人間が溢れた際に神々は天空へと去っていったらしい。
日本でも似たような神話を見つけたことがあるので、ソル・イージスでもいずれ似たようなことが起こったのかもしれない。
神話といえば、ネクベデーヴァには石化した神を救った乙女の逸話が存在した。
ほかにもコカトリスやバジリスクといった日本でなら創作物の中にしか存在しなかった魔物が実在し、それらに襲われた際の対処法として石化解除薬なんてものまで存在した。
これには張り切って学ばせてもらった。
せっかく人間が魔法を使える世界なのだから、と魔法の習得も頑張った。
魔法薬の作成方法を学ぶ過程で知り合った女性の言うことには、ネクベデーヴァの神様は日本のレトロゲームに一時期はまっていたことがあるらしい。
その影響で、ネクベデーヴァの魔法形態はゲーム風に整えられているのだとか。
おかげでコツを聞いてからは魔法の習得も、熟練度上げも順調に進んだ。
ネクベデーヴァの次に生まれた世界では、魔法は存在していなかった。
時代としては、戦国の世だろうか。
とにかく戦が多く、武器や兵器の開発は積極的に行われていたが、自然現象の解明や、歌舞踊といった文化面の営みは『役に立たないモノ』として蔑まれる対象だった。
そんな
いわゆる男装の騎士というヤツだ。
この人生では戦うための術を学んだ。
いつかアレス王子を石化から解放した時に、今度は並んで戦えるように。
アレス王子だけを戦場へ送り出さなくてもいいように。
どこまでもアレス王子についていけるように。
他にもさまざまな世界に生まれ、学び、修行した。
いつかソル・イージスへと戻った際に、アレス王子を助けられるように。
もう無力な自分に泣かなくてもいいように。
運命の神スーリディンに与えられた時間を最大限に使い、多くを学んだ。
こうして繰り返した十度目の転生で、私は再びソル・イージスの地に誕生した。
かつてリディが生きた時代からは千年ほどの時が流れ、国の名前もルーナティ王国と変わっていたが。
私はようやく、アレス王子のいる世界へと生まれ戻って来たのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます