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 僕たちは互いに握手を交わし、周囲の状況を改めて確認する。まるで大規模災害が起こった後かのように、スラムはほとんど更地かのように瓦礫が集積している。マグナが能力を使えば、新たなガラクタ山がひとつできるかもしれない。


「ありがと。きみのバイクがなかったら、たぶん2人とも死んでた。でも、よかったの? 大事なものとかじゃ……」

「いいんだよ、もういい。どっちにしろ、ここで捨てなきゃいけなかったんだ。これもな……」


 僕はフルフェイスヘルムを脱ぎ、奴が沈んだ海に放り投げる。バイクも、ヘルムも、二度目は“落とした”のではなく“捨てた”のだ。


「捨ててやった。僕は組織に捨てられたわけじゃない。組織を捨てたんだ。これでいいんだよ、全部」


 そんな強がりを口にして初めて、数時間前の男たちと同じことを言っていると気づく。もう、いつ死んでもいい。その言葉に僅かばかり共感できる気がして、僕は静かに驚いた。

 足を引きずって隣に立ったマグナも、着けていたガスマスクを海に捨てる。お互いの素顔をまじまじと見るのは、初めてだった。

 マグナの肌は陶器のように白く、僕よりも小柄な少年だった。大きな瑠璃色の瞳が波のように揺れ、僕は新鮮に驚いてしまう。


「もしかして、歳下?」

「君の年齢も名前も知らないからわからないけど、たぶんそうじゃない?」


 マグナは薄く笑い、能力で集めた廃棄物の山に腰を下ろす。視線が同じ高さになり、これで対等だとでも言いたいのだろうか。


「そういえば、おれの名前はここの人たちに聞いてると思うけど、きみの名前はまだ聞いてなかったよね。聞いていい?」

「あぁ、僕は“スラッシュ”だ。名前も過去も、これまでの物を全部分断した男にはお似合いの名前だろ?」

「いい名前じゃん。クールだよ」


 “S3LH”は、討伐対象イレギュラーと共に淀んだ海に沈んだ。これからはなんの後ろ盾もなく、生きていくしかない。

 それでも、今はそこまでの恐れは感じなかった。胸に抱えた矜持か、ある種の成功体験か。群でも個でもない、新しい生き方を学んだからかもしれない。


「……なぁ、マグナ。今さらこういうのも恥ずかしいんだけど、柄でもないこと言っていいか? アンタと、友達になりたい」

「それは本心? それとも取り繕い?」

「本心だよ……」

「ならよし! これからよろしく頼むぜ、“スラッシュ”」


 数分後。遠くで聞こえる喧騒を耳にし、僕は気付く。あの作戦がまだ活きているとすれば、もうじきPHALANXがここに来るだろう。そうなれば、マグナも僕も揃って無事では居られない。


「もうじき治安維持部隊が来る。逃げるぞ、マグナ!」

「待って。最後にやる事があるから……」


 マグナは廃棄物を寄せ集めると、ほとんど更地になった場所に人々の遺体を集める。まるで墓標を作るかのように、人も物も丁寧に埋葬していくのだ。


「『ここにある物が全部必要ないとは限らない』……でしょ? 誰かに必要とされなくても、その存在によって僕たちは生き残れた。だから、お礼を言いたいんだ」

「……僕も手伝うよ。それくらいやらないと、死んでいった人たちのはなむけにならないから」


 破砕した瓦礫がドラム缶の炎で燃え、暗い空に灰が昇っていく。社会に必要とされなくなった“ガラクタたち”の葬送に似合う、黄昏の夕陽が緩やかに落ちた。

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