clash
「やめッ……やめろ……! こん、なことして……何に……」
「貴様が俺の問いに答えていれば、苦しまずに済んだのだぞ? 痛みにのたうつ事なく、無事に死ねたかもしれない。だから、貴様が悪いのだ」
「だっ……だったら、殺すのは俺だけでよかったはずだ! なんで、こいつらを先に?」
「……あァ、群れる塵芥の掃除か。感謝しろ。これからの世界に、群れる弱者は不要なのだから」
アシッドは前髪を掻き上げ、仁王立ちをする。痛みに悶え、地を這う相手を甚振る事すらせず、羽虫を見るような目でただ見つめているのだ。それが当然の摂理であるかのように。
「俺は選ばれたのだよ。天運に、
「残念だったね、おれは選ばれなかった方の逸脱者だ。だから、こういう風な攻撃しかできないのさ!」
アシッドの周囲を旋回するのは、無数の鉄屑や廃棄物の残骸だ。それらは徐々に間隔を狭め、回転速度を上げていく。アシッドの背後に立つガスマスクの少年——マグナがそれを足場に跳躍し、急襲の蹴りを放つ!
「……探す手間が省けた。貴様に逢いたかったのだよ、イレギュラー!」
「家の周りを荒らすような礼儀知らずの話を、まともに聞くと思う?」
アシッドが振り向きざまに放った酸の弾丸を回避し、マグナは呼び寄せた鉄パイプをトンファーめいて握り、敵の頭部に炸裂させる! 廃材仕立てのトンファーは自壊し、酸性雨によって表面が溶けたアスファルトに突き刺さった!
「今のうちにさっさと逃げなよ。この場所の安全までは保障出来ないから!」
「お前、が俺を守るとは……思わなかったよ……。悪いな、マグナ……」
焼け爛れた顔を押さえて逃げる男の姿を見送り、マグナはファイティングポーズを取る。その表情には、怒りと呆れの色がこもっていた。
「……動機を聞こうか。おれが目的なら、きみの事を無関係な人を攻撃した最悪なやつだって覚えるから」
「……俺の好きな言葉は「人類は皆強大である」だ。古来に使われた言葉だというが、良い言葉だと思わないか? ヒトは皆強大である。故に、弱者はヒトではない。世界に必要ないのだよ。そう、逸脱者の癖に俺とマトモに戦う気概もない弱者にはな!」
「曲解も過ぎればこんなに迷惑なんだね。わかった。見せてやるよ、弱くて捨てられた廃棄物の可能性というものを!」
ガラクタの山を纏い、マグナはアシッドに殴りかかる。無数の鉄塊が巨大な拳を形作り、殺戮機械兵の腕部めいた無骨な武器に変える。それは、拳の風圧だけでバラック小屋や送電塔を薙ぎ倒す巨大な一撃だった。
対するアシッドは、酸の雫を集め、先端が鋭利な巨大な銛を生み出した。それは、滴り落ちる飛沫の一滴が掠めるだけであらゆる物体を溶かす巨大な一撃だった。
二つの衝撃が、同時にぶつかり合う!
* * *
その様子を電子視界越しに眺めていた僕は、対峙する理不尽同士の激突にただ恐怖していた。イレギュラー同士の本気の戦闘だ。そこに関わるのに僕一人ではどうしようもなく無力で、何もできない歯痒さが胸を焦がす。今できることといえば、戦いの終焉を静かに待つことだ。
実力は拮抗している。いや、マグナがやや劣勢のようだ。戦闘経験の差か、持ち得るリソースの違いか。集めていたガラクタは、降り頻る酸の雨によって徐々に脆くなっているのだ。
「頑張ってくれよ、マグナ」
僕は自分の唇から溢れた言葉を脳内で反芻し、否定する。僕がイレギュラーを応援するのは、アシッドを生かしておくのが厄介だからだ。違う、マグナには何の感情も抱いていない。奴が負けたからって、どうだっていい。この僕がイレギュラーに好意を感じるなど、あり得ない!
「せめて増援があれば……増援?」
ヘルムの通信機能はまだ活きているだろうか。PHALANXに連絡して、部隊を派遣してもらおう。それならば、僕も安全にここから脱出できるかもしれない。
数秒の通信待機音の後、普段以上のノイズと共に司令の声が聞こえる。マイクも活きているのは、僥倖だ。
「こちらS3LH、S3LH。生存報告が遅れてしまい、申し訳ございません!」
『……生きていたか、S3LH。イレギュラー討伐作戦は失敗した。今は人員を集めて……』
「緊急事態です。討伐対象イレギュラー、アシッドが湾岸エリア内スラムにて無数の市民を虐殺。他のイレギュラーと交戦中です! 至急増援を……」
数秒の沈黙。重苦しい空気の中、司令が静かに口を開く。ゾッとするほど冷たい声色だった。
『それが、どうした?』
「……えっ?」
『スラム内での闘争に、我々は寄与しない。PHALANXは上級市民のための組織だ。戦闘行為が終わってイレギュラーのどちらかが消耗した頃を見計らい、生き残った方を討伐する。それまで報告を優先しろ」
「……虐殺が起きてるんですよ? 現に市民がたくさん死んで」
『下級市民、だろう?』
頭の奥ではわかっていた。合理性を追求する司令なら、選ぶ可能性のある選択肢である、と。PHALANXの隊員であるなら、従うべき命令だ。そう理解しているはずなのに。僕の心は、全く別の信号を放っていた。
あの日、命を救われた。空腹の僕に食事を与え、明らかに怪しい存在を何も言わずに受け入れてくれた。ここにいたのはたった3日だ。それでも、目の前に起きる惨劇に対して何もできないのは違う。心が、不合理にそう叫んでいた。
『……聞こえているか、S3LH。もう一度作戦を説明する』
「司令。〈S3LHは作戦中の不慮の事故で殉職した〉、と部隊にお伝えください。今までお世話になりました!」
『……何を言っている?』
司令に何も答えることなく、通信を落とす。情動に身を任せ、取り返しのつかないことを言ってしまった。僕は膝の震えを無理にでも止め、バイクを自動運転モードに切り替える。
1人で何ができる? わからない。無駄死にかもしれない。それでも、今前進しなければ一生恐怖を感じたままだ。それだけは、絶対に嫌だ!
* * *
ガスマスクが酸で破れ、柔らかい金髪が露わになる。マグナの無造作に跳ねた前髪を掴み、アシッドは勝利を確信した哄笑を上げた。
「ハハハハッ、やはり俺を止める者は居らんか! 塵芥の羽虫どもが多い街だな、ここは……!」
「は、なせ……!!」
飛び交う建物の残骸を酸の障壁で防ぎ、アシッドは自らの膂力で小さな体を引き上げる。マグナの薄い腹に風穴を開けるため拳を振りかぶった、その瞬間を狙っていた。
振り上げた腕に、無数の銃弾が突き刺さる。奴が防壁を解除する、その瞬間に一矢報いる。その一瞬のために、残弾数の少ない機銃が火を噴いた!
「僕を覚えているか、イレギュラー?」
「……呆気なく叩き落とされる羽虫の1匹を覚えている奴がいると思うか?」
ヘルムのエンブレムは無惨に砕け、もう己の地位や所属を証明するものは何もない。それでいい。これは僕の意志で、僕の価値を示す戦闘なのだから。
崩れ落ちて更地になったガラクタの山を背に、僕は高らかに宣言する。与えられたプロトコルではなく、自分の心の底から出た想いと共に。
「お前を倒す。誇りと矜持の名の下に!」
飛んでくる酸液を回避し、拘束から逃れたマグナの元へ接近する。どうやら、まだ立つ余裕はあるようだ。
「無理しないでよ。おれが何とかするから……!」
「いくらイレギュラーでも、そんなボロボロの体じゃ戦えないだろ? なぁ、少しでいい。僕が勝つには、どうすればいい? 協力してくれ……」
「……一個だけ、策はある」
交わした目配せとともに、無数の廃棄物の残骸が僕たちとアシッドの間を遮るように並列する。攻撃を防ぎ切るには心許ないバリケードだ。必要なのは数秒の時間稼ぎ、それだけである。それには、ガラクタの群れによる物量作戦が必要だった。
折れた送電塔、鉄骨のレール、電磁浮遊バイク。これらで作ることができる、最も単純な武器。
「小手先の策で強者を止められると思ったか? 塵芥がァッ!!」
破砕音と共に外殻が割れる。二つ目、三つ目の障壁も破られ、殺気が肉薄する。最後の障壁に穴が空いた瞬間、準備は完了した。
「「レールガンだッ!!!」」
衝突!! 自動運転によってレールに沿った走行を余儀なくされたバイクユニットは、電磁力によって加速するとともに穴を突き破る! 直線上に立っていたアシッドは、莫大な運動エネルギーの奔流に成す術もない!
「馬鹿なァァァァァ!!」
悪虐非道のイレギュラーの背後には、冷たい海が広がっている。バイクが墓標めいて奴に一撃を叩き込み、そのまま沈んでいくのだ。淀んだ海は深く、しばらく上がってくることはないだろう。
「……助けてもらえるといいな、アンタの言う“弱者”に!」
「そのまま沈んでれば、いつかガラクタと一緒に引き上げてやるよ!」
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