第14話 魔王プパル


 年で一番暑い時期がきた。

 早朝じゃというのにかなりの暑さじゃ。

 森の葉が陽を遮ってくれておるが、熱はじんわりと伝わってくる。

 平原や郊外に比べれば大分マシじゃが、こういう日はあまり動きとう無いのう。

 ワシは寝床から立ち上がり、一つ背伸びをすると魔法で身嗜みを整えた。

 一先ずリビングに行くか。

 ここ最近のんびり過ごせる時間が多いからの。

 飯はアオイが用意してくれる。

 洗濯と掃除はワシが魔法でしてしまうが、料理を作る手間が省かれたのが実にいい。

 しかも食べ終わって少し時間が立てば食器は消失するしの。

 なので洗い物をする必要もない。

 実に便利なスキルじゃ。

 そのお陰で寝る時間も日向ぼっこの時間も多く取れるしの。

 これこそがワシの求めるスローライフじゃ。

 このまま何事も起きずにずっとこういう日が続くとよいのう。

 ・・・

 いや、決してフラグとかではないぞ?

 本当にそう思っておるのじゃからな?

 さぁて、朝食をとるとするかのう。

 アオイは・・・

 まだ起きてこんな。

 フム。

 まあよいわ。

 ワシが早く起きすぎたこともあるしの。

 少しの間、ぼーっとしておるか。

 ・・・

 ・・・

 ん?

 何じゃ?

 異空間収納の中にある伝達魔晶玉に反応があるぞ?

 ワシはすかさず玉を取り出す。

 お。

 キサラムからか。

 玉に魔力を流し、応答した。

「おお、キサラムか。先日ぶりじゃのう。どうした。何かあったのか?」

 まだ陽も低いからな。

 こんな時間に連絡してくるのだから何かあったに違いない。

 ワシが返事を待つと、キサラムは申し訳なさそうに言葉を発した。

「お母様、すみません。こんな時間に。実は・・・先程森に侵入した者達を捕らえたのですが、彼等の素性が問題でして・・・処分に困ってるんです。どうすればよいかアドバイス頂いても宜しいでしょうか。」

 困惑の様子が声色からよくわかる。

 ほう。

 侵入者とな。

 確かキサラムが守衛をしておるのは魔王ライガルの領土の隣じゃ。

 つまりライガルの国からの侵入者となる。

 しかも森に面した領地はキサラムのものじゃったはず。

 う~む。

 ということはライガルの国の魔貴族か何かなのかのう。

 ・・・フム。

 くびり殺すか。

 アオイは未だ起きてこんからワシ一人でキサラムの所に行くとするかの。

 朝飯前の一仕事じゃ。


 ・・・


 ・・・


 転移の扉を潜り抜け、着いた先のリビングからは何やら騒がしい声が聞こえる。

「早く魔法を解け!俺様が誰だかわかってんのか!」

「何回同じことを言うのだ!貴様など知らん!いい加減黙らんと四肢を切り落とすぞ!」

 どうやらキサラムと侵入者が口論しておるようじゃ。

 キロイの姿はない。

 きっとこやつらの言動が教育に悪いと思い、部屋にいさせておるのじゃろう。

 うむ。

 良い判断じゃ。

「キサラムや。こやつらが侵入者かえ。」

 ワシはキサラムの後ろから声をかける。

 振り返ったキサラムは一瞬怖い顔をしておったが、ワシを見るなり砕けた顔になった。

「お母様、お待ちしておりました。急にお呼び立てしてしまってすみません。この者達が五月蝿くて・・・自分は王族であると嘘か誠か分からないようなことも言い出しますし・・・もう後少しで我慢の限界を越えるところでした。」

 ホッと胸を撫で下ろすキサラム。

 よっぽど我慢しておったのじゃろう。

 顔が真っ赤じゃ。

 全く・・・

 心優しいキサラムをこんなにイラつかせる輩の顔でも見てみるかの。

 ワシはキサラムの後ろにいて見えなかった侵入者の様子を覗いてみた。

 どれ・・・

 ん?

 こやつは・・・

「何じゃ。そなたは魔王の弟ではないか。」

 百年程前に会ったことがある。

 ふむ。

 確かにこやつが言うように、王族であることには違いないの。

 その頃はまだこんな山賊のような奴ではなかったがな。

 魂鑑定の結果もこやつが魔王の弟じゃと言っておる。

「魔王ライガルには弟がいたのですか?知りませんでした。」

 目を開いて本当に驚いている様子のキサラム。

 いや・・・

「違う違う。こやつはライガルの弟ではない。ライガルの国の隣国の魔王の弟なのじゃ。魔王の名は確か・・・プパルといったかの。」

 そう。

 こやつ13魔王の一人、『炎雷のプパル』の弟なのじゃ。

 しかし・・・

 魔王の弟にしてはレベルが低いのう。

 150程度しかないぞ?

 ライガルの国で言えば男爵か子爵位の強さじゃろう。

 寧ろ一緒に捕まっておる兵の数人方がレベルが高かったりするぞ?

 つまり、こやつは自分が王族であるということをいいことに、自分よりも能力が高い兵を引き連れてここに来たというわけじゃ。

 しかし・・・

 ライガルの国を跨いできたというわけか。

 キサラムもそこに気付いたようで・・・

「・・・ということはこの者達は不法入国をしてここまで来たということですね。どうしましょう。魔王ライガルに連絡をとりますか?」

 顎に手を当て、考え込むキサラム。

 ふむ。

 そうじゃな。

 国同士の話ならそうしても構わんが、こやつらはこの森を狙ってきたのじゃ。

「いや、こやつら処遇はワシが決めよう。ワシの森に害を成そうとしておったわけじゃしな。」

 全くいい度胸をしておるものじゃわい。

 よりにもよってワシに喧嘩を仕掛けてくるとはな。

 それに森に入って早々キサラムに捕らえられて良かったのう。

 こやつらのレベルでこの森の魔獣達に出くわしていたなら、十中八九命は無かったじゃろうからな。

「娘ー!俺達をどうするってんだ?わかってんのか!俺は王族だぞ!王族に喧嘩を売るっていうことは国相手に喧嘩を売ることと同義だからな!」

 やかましい魔王の弟。

 一々声が大きくて五月蝿いのう。

 それに元々喧嘩を売ってきたのはそっちじゃろう。

 それに、仮にこやつを罰して国がワシに報復を仕掛けてくるとはようなら・・・

 滅ぼしてやるがの。

 じゃが、ワシよりもキサラムの方が聞くに耐えなかったらしい。

「言うじゃないか。ならば私が国共々お前達を粛清してやる。お母様、御許可を。」

 キリッと侵入者達を見据え、ワシの言葉を待つキサラム。

 う~む。

 別にそれでもいいがキサラムの手を汚させるのものう。

 よし、ではこうしよう。

「キサラムや、まあ待て。ここは立場的にこやつより上の者を呼んで話そうではないか。ほれ。」

 

 パチンッ


 ワシは指を鳴らし、魔王プパルを魔王城からこの家の外に転移させた。

 気配でプパルが肝を抜かしておるのがわかる。

 まあ腐っても魔王じゃし、プパルが悪いわけでもないからの。

 面子は守らせる為に人の目がつかないところに転移させたのじゃ。

 それなら腰を抜かしたとしても失禁したとしても落ち着いて対処できる時間が取れるからな。

 じゃがそんな心配は杞憂じゃったようじゃ。

 中々の胆力よの。

 多少は驚いておるがアタフタはしておらん。

 直ぐ様気を取り直して、もうじきこの家に入ってくるぞ。


 コンコン


 扉を叩く音が聞こえる。

 ワシは誰だかわかっておるが、キサラムや侵入者達はわかっていない。

「どうぞ。」

 この家の住人であるキサラムが入室を許可する。

 すると玄関の扉が開き、一人の重々しいドレスを着た女が入ってきた。

「あ・・・姉上・・・。」

 真っ先に驚いたのは魔王の弟、ゲカエロルじゃ。

 ん?

 何故こやつの名前を知っておるかって?

 そんなのステータスを確認すれば直ぐにわかるわ。

「姉上・・・これは・・・その・・・俺も自分の国が欲しくて・・・」

 何か言おうとするゲカエロルじゃが、プパルの無言の圧によって上手く言葉が出てこんようじゃ。

 そりゃそうか。

 何と言ってもプパルのレベルは952。

 レベルの差がありすぎるからの。

 遠慮せず魔力を解放しておればゲカエロル程度の奴では何も出来んじゃろ。

 まあワシやキサラムは常に魔力を制御して出しすぎんようにしておるからこやつらにも影響が無かったというわけじゃ。

「この愚弟が・・・均衡の森にはあれほど手を出すなと言ったのに・・・」

 苦虫を噛み潰したような顔で、魔法で縛られ床転がっておる弟を見下ろすプパル。

 ふむ。

 一応教育はしておったのじゃな。

 それでもここに侵入したということは、ゲカエロル自身がこの森を甘くみていただけなのじゃろうな。

 とすると・・・

 罰はゲカエロルだけにするか。

「久しいな、プパル。息災じゃったか?」

 ワシは話を先に進めるため、プパルに声をかけた。

「はい、クロア様。またお会いできて光栄です。100年振り位ですかね。この度は私の弟が不敬を働きまして・・・本当に申し訳ありません。どのような処罰も受けますので、どうか国の民達だけは許して頂けませんか?」

 深々と頭を下げ、ワシに懇願してくるプパル。

 おい、ちょっと待て。

 ワシはカーリアではないぞ!

 破壊の権化のようなことを言うでない!

 まあちょっとは考えたが・・・

 ともかく、責任はゲカエロルだけにとらせるからの!

「そなたへの罰は無しじゃ。責任はそなたの弟にとってもらうからの。それでよいな?」

 もう早く済ませて朝飯にしたいワシはとっととゲカエロルを処分しようと手を伸ばす。

 じゃがやはりと言うか何と言うか、プパルは止めようとしてきた。

「お、お待ちください!愚弟の失態は姉である私の責任でもあります!罰するなら先ず私を先にお願い致します!」

 弟を守ろうと必死なプパル。

 こんなのでもやはり家族ということか。

 う~~む・・・

 どうしたものかのう。

 じゃが何もわかっていないゲカエロル。

 まだ憎まれ口は健在のようじゃ。

「姉上。俺は大丈夫です。こんな女の攻撃なんか受けてもビクともしませんから。ご安心ください。」

 未だにワシとキサラムをただの小娘じゃと勘違いしておるようじゃな。

 というかこやつはキサラムの拘束魔法で動けなくなっておるのじゃぞ?

 格上かどうかなんてわけるようなもんじゃがのう。

 勿論プパルはカンカンに怒った。

「この愚か者!何もわかっていないのか!この方は全魔族が束になっても、いや、この世界の生きとし生きるものが束になっても敵わんお方なのだ!今現在、こうして生かせてもらっているのだってかなりの温情をかけてもらっている状況なんだぞ!自分の無知を知れ!」

 弟を叱りつける姉。

 流石はプパル。

 わかっておるのう。

 ここまで言われればワシの恐ろしさがゲカエロルもわかったことじゃろう。

 シュンっと黙ってしまったぞ。

 さて・・・

 どうするかの。

 このまま魔法でゲカエロルを罰してもよいが・・・

 そうするとプパルが可哀想じゃのう。

 ワシは伸ばした手を引っ込め、腕を組んで考える。

 仕方無い・・・

 今回は被害も無いようじゃし、不問とするか。

 ・・・ワシもまだまだ甘いのう。

 そんなワシの寛大な考えが纏まった頃、リビングの外でキロイの気配を感じた。

 気になって部屋から出てきたのじゃな。

 そ~っとリビングの扉を開くキロイ。

「お姉ちゃん・・・大丈夫?」

 不安そうにキサラムを見つめる小さな瞳。

 そして視線をずらし、ワシがいるとこに気が付いた。

「お母さん!お母さん来てくれてたんだね!おはよう!」

 キロイは喜びワシに抱きついてくると、朝の挨拶をする。

 うむうむ。

 礼儀正しい娘じゃ。

 もうゲカエロル達も大人しくなったし、ここにいさせてやってもよいじゃろう。

「ク、クロア様・・・その子は?」

 ワナワナと震えながらキロイのことを聞いてくるプパル。

 何じゃ?

 もしかして子供が苦手なのかのう。

 それくらいプパルは震えておるぞ。

「この娘の名前はキロイ。そこの娘の妹での。二人ともワシの養女なのじゃ。」

 ワシは簡単には二人を紹介する。

 未だプルプルしておるプパル。

 すると突然目を見開き、キロイの前にシュタッと移動した。

「な、なんて可愛い子なの?私の好みのタイプにドンピシャだわ!可愛い!可愛い!いや~ん🖤か・わ・い・い🖤」

 身体をクネクネさせながらキロイの前で身悶えるプパル。

 その様子にドン引きするキロイとキサラム。

 確かにキロイは可愛いが、こやつは何か普通とは違う感情で悶えておるように見える。

 そして一頻りクネクネしたプパルはとんでもないことを言い出してきた。

「ゲカエロル!お前に国は任せます。私はこの子と結婚してここで一緒に暮らすから。ね!キロイちゃん🖤お義姉様🖤」


 ・・・


 ・・・


『はぁ!?』

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