第12話 もう二度と来るな!


 アオイが我が家に来て3年が経つ。

 日々の努力もあり、アオイは無事にマギ・ランサーにクラスチェンジすることができた。

 後数年もすればジャーマン・メイデンになれるじゃろう。

 ココンも去年、獣神になることが出来たしの。

 神としては全然弱いが、これから頑張って他の神に並び立てばよいのじゃ。

 バシルーはやっと本来の力の半分を取り戻すことができた。

 キサラムとキロイはしっかりと守衛の任を全うしつつ、順調にレベルを上げておるぞ。

 ライグリ達も同様に修練を積み、盗賊退治をしてくれている。

 うむ。

 まあその他なんやかんや色々あったが、皆変わらず元気にやっておるぞ。

 そうそう。

 アサワハヤイ王国ではマルタスが国王になったぞ。

 数月前、バシルーの力を使ってここに挨拶に来たからの。

 じゃが来たのはマルタスだけではなかった。

 なんと、マルタスのやつ、妻を娶ったのじゃ。

 つまり王妃も一緒について来たというわけじゃ。

 しかし・・・

 ワシを見るあの王妃の目。

 嫉妬の色が滲み出ておったわ。

 それもこれもマルタスの奴が王妃の見ている前でワシを口説いてきたりするからじゃ。

 近くで見ていたアオイの殺気も凄かったが、王妃の殺気はどぎつかったぞ。

 バシルーはあたふたしておったし・・・

 空気が読めんというのは恐ろしいのう。

 バシルーの手前、二人とも何かを起こすことは無かったが、王国に帰った後の夫婦間のやり取りは知らん。

 せいぜい尻に敷かれるがいい。

 まあ暫くはここには来んじゃろう。

 そう思っておったのじゃが・・・

「クロア様。聞いてくださいよ。うちの妻とですね・・・」

 敷地を囲う結界の外から、家の中にいるワシに聞こえるような大声でマルタスが騒いでおる。

 今日も来よったぞ、こやつ。

 仕方無く外に出て見てみると・・・

 おお。

 おるわおるわ。

 よくもまあこんな団体で来たもんじゃな。

 騎士が数百人。

 じゃがその中にバシルーの姿はない。

 流石のバシルーも断ったのじゃろうな。

 ワシの機嫌を損なうのを良くないと思っておるのもあるじゃろうが、何よりアオイがマズイからの。

 本来ならマルタスだけで行かせたくなかったはずじゃ。

 今回のこれは完全にマルタスの独断じゃろう。

 何故か知らんが何としてもワシに会いに来たかったというわけじゃ。

 バシルーは何となくこうなることを予測しておったのかもしれん。

 じゃから完全に見捨てることが出来ず、魔獣避けのお守りを渡したのじゃな。

 こやつらが怪我一つ無くこの場にいることがその証拠じゃからの。

 しかし・・・

 バシルーがおらんのじゃぞ?

 アオイが前回のように大人しくしている理由がない。

「グズ男ぉ~!ここでぇ会ったがぁ百年目ぇ!今すぐぅ細切れにぃしてやるぅ!」

 右手にカーリアズ・レイピア。

 左手にオデッセアズ・スピアを持っているアオイは、もう既に攻撃の構えをとっておる。

 これは止まらんな。

 マルタスには悪いが、今日が命日だと思って諦めてもらうしかない。

 アオイはカーリアズ・レイピアを振ろうとする。

 じゃが、何故かここで動きが止まった。

 もしや・・・気付いたのか?

「グズ男のぉ後ろにいるぅフルアーマーの人ぉ。あなただけはぁ見逃してぇあげますぅ。そいつからぁ離れてぇこっちにぃ来てくださいぃ。」

 アオイはマルタスの直ぐ後ろにいる全身を甲冑で覆っている騎士にそう声をかけた。

 言われたままこちらに向かおうとする騎士。

 しかし騎士はマルタスの隣で立ち止まり、その頭に手を置くと、前に倒させた。

 マルタスは驚く。

 一介の騎士が主の頭を強引に下げさせるなどするはずがないからだ。

 そして聞こえてくる籠った女の声。

「・・・この度はうちの主人がご迷惑をお掛けしました。何卒剣をお納めください。」

 マルタスの行いを謝罪する騎士。

 もうわかったじゃろう?

 この騎士は・・・

「君は!ミザリーか!何でここに・・・」

「何でじゃありません!貴方がまた森の魔女様に会いに行くというから心配で付いてきたのです!全く貴方は・・・この浮気者!」

 訳がわからないといった様子のマルタスの前で、首から上の甲冑を取る王妃。

 ワシとアオイは気付いておったから然程驚かんが、マルタスとしては晴天の霹靂じゃったに違いない。

 さて、この後どうなるのかの。

「何で私というものがありながら魔女様に会いに来るんです!私では不服なのですか?」

「そ、そうじゃない!君は凄く魅力的だしとても尊敬している。だけど・・・クロア様は僕の初恋の人なんだ。少し位想いを引きずってもいいじゃないか!」

「よくありません!貴方は一国の王なのです!いつまでも過去に捕らわれ女々しくされていては困ります!さあ、帰りますよ!」

「嫌だ!僕はクロア様と話がしたくてここに来たんだ!話を聞いてもらうまで帰らない!」

「わがまま言うんじゃありません!そもそもたった今貴方はアオイ様に殺されかけたんですよ!話を聞いてもらうもらわないの前に嫌われているのです!少しは空気を読みなさい!」

「嫌だ!帰りたければ君一人で帰ればいいじゃないか!それに僕は嫌われてなんかいない!アオイさんは照れ屋なだけだ!」

「呆れた。本当に貴方は何もわかっていらっしゃらないのですね。そんなではとても民を導いていけません。早く帰ってしっかり帝王学を学び直しますよ。ほら!」

「いーやーだー!」

 王と王妃の言い争いが続く。

 人のうちの前で夫婦喧嘩せんでもらいたいのう。

 というから夫婦喧嘩と言うより母親と子供のような言い合いじゃな。

 見てみい。

 後ろの騎士達も困っておるぞ。

 う~む・・・

 このままでは埒があかんし、取り敢えずマルタスの話を聞いてやるか。

 強制的に帰してもまた来そうじゃしな。

「そなた達、いい加減にせい!さっきからやかましいわ!マルタスや。特別に話だけは聞いてやる。そして・・・話終わったらとっとと帰って二度と来るな!」

 少し厳しいかもしれんが、これくらいは言っておかんとの。

 甘やかすと毎日でも来そうじゃからな。

 それにアオイが限界を越えておる。

 もうこちらから王国に乗り込んでマルタス共々滅ぼしそうじゃ。

「魔女様がああ仰っているのです。話を聞いて頂いて帰りましょう。ね?」

「・・・うん。わかった。」

 まるで子供に言い聞かせるように言う王妃と幼子のようにそれに答えるマルタス。

 こりゃあマルタスではなくて王妃の方に政をしてもらった方がよいのではないか?

 マルタスよりも百倍はしっかりしておるわ。

 ワシは一先ず一行を敷地内に入れてやると、騎士達には結界の内側ギリギリで待機させマルタスと王妃を庭の中央に通した。

 そこにテーブルと椅子を用意し、マルタスと王妃を並べて座らせる。

 そしてワシとアオイはその対面に座った。

「で?話というのは何じゃ?下らん用件ならこの場で細切れにするぞ?」

 ワシが冗談でそう言うと、アオイはワクワクした表情を見せる。

 おそらくこの場で細切れになったマルタスを見たいのじゃろう。

 相変わらず頭のネジが飛んでおるの。

 まあよい。

 ともかく話を聞こうではないか。

「実は・・・僕と妻との間のことなんです・・・本人の前で言うのは抵抗があるのですが・・・世継ぎを作ることが王としての責務の一つとしてあるんです。つまり・・・子作りをしなければならないのですが・・・僕、そういう経験が全く無いもので・・・それならば・・・クロア様に教えてもらおうと・・・クロア様にリードしてもらえれば覚えられるでしょうし、お相手してもらえれば一生の思い出になると思いまして・・・」

 照れながらとんでもないことを言ってくるマルタス。

 穢らわしい!

 こやつそんなことを考えてここに来たのか。

 しかも数百人の騎士を連れて。

 ・・・

 何を考えておるんじゃ!

 ハッキリ言ってこんなやつ生理的に無理じゃ!

 アオイの望み通り細切れにしてやろうかの。 

 見てみろ。

 アオイのこの顔。

 怒りを通り越して思考が停止しておるぞ。

 我に帰った時が怖そうじゃがな。

 しかしそれよりも何よりも、この場で一番怒りを現しておるのは王妃じゃ。

 もう目が血走っておるし、ユルフワな髪の毛は逆立っておるぞ。

「貴方って人は!本当に貴方って人は!浮気者!最低です!私は・・・いえ、もういいです。わかりました。私、実家に帰らせていただきます。さようなら。」

 完全に愛想を尽かせたのか、王妃は立ち上がり、結界の外に向かって歩き出す。

 まずいの。

 このまま外に出てしまったら魔除けを持たない王妃は魔獣に食い殺されてしまうじゃろう。

 仕方無い・・・

「王妃、いや、ミザリーや。ちと待て。ワシが送っていってやろう。あとマルタスや。そなたは金輪際ここに来るな。今回はミザリーに免じて敷地の中に入れてやったが・・・次来たら迷わず魔獣をけしかけるでの。わかったな。」

「え・・・あの・・・」


 パチンッ


 マルタスが何か言う前に騎士達共々強制的に王国に転移させるワシ。

 もうワシの中で、あやつはただの気持ち悪い男という存在にまで格下げしてしまったからの。

 もう会うこともあるまい。

 と、ここでやっとアオイの意識がこちらに戻ってきた。

「グズ男ぉー!塵も残さずぅ粉々にしてやるぅー!・・・あれぇ?まさかぁ・・・主様ぁ殺っちゃいましたぁ?」

 ちょっと考えて物騒な答えに辿り着くアオイ。

 まあ本当にそうしてもよかったが、バシルーのことを考えてそうせんかっただけじゃ。

「あやつなら国に帰した。で・・・これからミザリーを家に送り届けるところじゃ。どうやらもうマルタスと離縁するつもりらしいからの。」

 ワシは涙を浮かべて俯くミザリーの肩に手を置いた。

 可哀想にのう。

 こやつなら立派な王妃になれたじゃろうに。

 こやつのこれからを何とかしてやらねばな。

「あぁ、私もぉ行きますぅ。あのグズ男のぉ被害者ならぁ私もぉ協力をぉ惜しみませんん。」

 アオイもミザリーを気にかけているのじゃな。

 よし、ならば手を貸してもらおうかの。

「ミドリコはどうする。来るか?」

 ワシはドラゴン姿のミドリコにも声をかける。

「ピィッ!アオイが行くならあたちも行くよ。」

 アオイに依存するようになったミドリコは当然付いてくるようじゃ。

 さて、では・・・

「どれ、そなたを帰してやる。家を思い浮かべるがよい。そこまで転移してやるぞ。」

 ワシの指示にミザリーは素直に従う。

 フムフム・・・

 よし、わかった。

 早速行くとするかの。

 ワシは三人を連れてミザリーの家へと転移した。


 ・・・


 ・・・


「わあぁぁ。凄く立派なお屋敷ですぅ。」

「ピィッ!」

 感動の声をあげるアオイとミドリコ。

 確かにそうじゃな。

 王都の一等地。

 広大な面積の敷地の東端にドンと建つ豪華な装いの屋敷。

 ここがミザリーの生家か。

 さぞかし愛されて育ててもらったのじゃろうな。

 この屋敷からは悪いオーラは感じられん。

 しかし・・・

 ここを一家全員出ていくことになるかもしれんがな。

「さてミザリーや。どうする?このままマルタスと離縁して家に帰るのはいいが、それではいおしまいというわけにはいかんじゃろう。恐らく不敬罪で爵位剥奪。加えて死罪か良くて国外追放処分を受けるはずじゃ。」

 酷なようじゃが、ワシは現実に起こり得るであろうことをミザリーに伝えた。

 たぶんマルタスはミザリーを庇うじゃろう。

 しかし他の王族や貴族達は許さんはずじゃ。

 この場合、どちらに非があるかの話ではない。

 王族としての面子の問題なのじゃ。

「わかっております。罰は受けましょう。でも・・・お父様とお母様と妹は・・・家族だけは助けていただきたいです。何とか・・・何とかなりませんか。」

 ミザリーは俯き、涙を流しながらワシに懇願する。

 うむ。

 まあ何とかしてやるためにワシがついてきてやったのじゃからな。

 じゃが・・・

 ちゃんと気持ちを聞かんとの。

「その辺にことは任せておけ。いざとなればヨルハネル連邦国に亡命させてやろう。あそこのトップとは面識があるでの。言えばそれくらいの頼みは聞くはずじゃ。」

 あそこの王はワシに逆らうことがどういうことかわかっておったようじゃしな。

 多少強引にでも話を通すことは出来るじゃろう。

 仮にごねるようならサヴァインに頼んでミザリー一家を受け入れさせればよいのじゃ。

 しかし、本当はそうならんのが一番よい。

「ミザリーや。ワシはの、そなたの本心を聞きたいのじゃ。このままで本当によいのか?ワシにはどうしてもそなたが無理をしておるように見えるのじゃがの。」

 そう。

 ミザリーは本音を隠している。

 それを聞かんことには先に進めんじゃろ。

 暫しの沈黙。

 そしてやっと意を決したようにミザリーは口を開いた。

「私は・・・」

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