第11話 槍聖


 表世界へと戻ってきたワシ達は、取り敢えず各々の棲みかに帰りしっかり休むことにした。

 未知の世界でよう頑張ったわ。

 ワシはアオイ達を誇りに思うぞ。

 じゃが・・・

 暫くは沈んだ気持ちのままじゃろうな。

 しかしそれはそれでよい。

 しっかりと受け止めねばならんことじゃからの。

 そう思っていたようにアオイとミドリコは一月の間、いつものような元気が無かった。

 いや、ワシの前では頑張っていつも通りでいようとしておったのは痛々しいほどわかる。

 今はそっとしておくかの・・・


 ・・・


 ・・・二月程過ぎた頃。

 やっといつもの調子を取り戻してきたアオイとミドリコ。

 今日も今日とて森の散歩に行っておる。

 あんなことがあった後じゃからの。

 暫くの間は行かせんかったのじゃが、二人のたっての希望じゃ。

 数日前から日課の散歩を復活させたのじゃ。

 フゥ・・・

 早々に洗濯も掃除も済ませたし・・・

 少し休むとするか。

 本来ならこういった家事はアオイの仕事なのじゃろうが、洗濯などさせてワシの下着に何かされても困るでの。

 アオイにはやらせんようにしておるのじゃ。

 まあ元々シロクと二人で過ごしていた時にはワシが全部やっていた訳じゃしな。

 苦にもならん。

 そしてその頃からのルーティンで、家事の一仕事が終わった後は庭で椅子に座り、ゆったりと森を見ながら休むのじゃ。

 アオイ達は後一時間は帰ってこんじゃろ。

 ワシはそう思い異空間収納から椅子を取り出そうとした。

 が・・・

 アオイの魔力が結界の直ぐ外側で感じられる。

 ん?

 思ったより早いな。

 一体・・・

「主様ぁ~!大変ですぅ!」

 森から飛び出してくるアオイ。

 何じゃ?

 どうしのじゃ?

 もしや、またミドリコが!

 と思いきやミドリコはアオイの肩の上にいるの。

 ん?

 では一体何なのじゃ?

「おお、アオイや。どうしたのじゃ。何が大変なのじゃ。」

 取り敢えず埒があかんからワシはアオイに聞く。

 余程の事があったに違いない。

 しかし今やアオイのレベルはこの森に住む(シロク以外の)魔獣達よりも高いし、その上に防御力も50000に近い。

 ミドリコにしろ、裏世界で母の教育が良かった為かレベルが2000に届こうとしておる。

 こんな二人をどうにか出来る者なぞそうそういないはずじゃがな。

 じゃが、どうやらそういうことでは無かったらしい。

「先程ぉ自分のぉステータスを見てぇ思い出したんですがぁ・・・私ぃ職業がぁヒーラーじゃなくなってぇ槍聖にぃなっちゃいましたぁ。」

 自分の職業の変化で取り乱していた様子のアオイ。

 ああ・・・

 そういえばそうじゃったの。

 裏世界でアオイのステータスを『神眼』で確認した時そんな職業になっておったわ。

 じゃがだからといって取り乱すほどか?

「私ぃ魔女じゃなくなっちゃいましたぁ。うわぁぁぁんん。」

 ワシの目の前で泣き出すアオイ。

 いや、まあ希望の職業じゃなくなって落ち込む気持ちはわからんでもないが・・・

 ランサーが聞いたら怒るぞ?

 何といっても槍聖はランサーの最上位職じゃからの。

 ランサー、ハイランサー、グレートランサー、そして槍聖。

 槍を扱う職業ならば皆憧れるじゃろう。

 しかしアオイがなりたいのは魔法に特化した職業。

 魔法を駆使できる女。

 つまり魔女じゃからな。

「あっちの世界でぇ、私はぁなるべくぅ盾役に徹していたかったんですがぁこっちの世界に比べてぇあっちの世界のぉ魔物さん達がぁ強くってぇ。私もぉ攻撃するしかぁなかったんですぅ。そしたらぁ、あれよあれよといううちにぃレベルが上がってぇ職業も変わっちゃったんですぅ。向こうにいるときはぁミドリコを助けたい気持ちがぁ強くてぇ気にしないようにしてたんですがぁ、改めてぇ冷静にぃ考えたらぁこれはまずいって事にぃ気が付きましたぁ。」

 シュンっとうつむき肩を落とすアオイ。 

 う~む。

 そうじゃなぁ。

 確かに槍聖になってしまってはヒーラーに戻るのは難しいじゃろう。

 本当ならヒーラーの最上位職である聖女になってもらいたかったがそれは諦めるしかないの。

 ・・・

 いや、待てよ。

 抜け道が一応あるのう。

 まあ聖女にはなれんが魔女には戻れるかもしれん。

「アオイや。そこまで落ち込まんでも大丈夫じゃ。今の職業からでも魔女と呼ばれる職業には戻れるでの。」

「本当ですかぁ!」

 ワシの言葉に顔を輝かせるアオイ。

 そして抱きついてきた。

「流石ぁ主様ですぅ。好きですぅ。」

 サラッと愛を伝えてくるあたり、どうやら調子が戻ってきたようじゃな。

 ミドリコもアオイの頭上を飛び回っておるわ。

「そなたには取り敢えず槍聖から『マギ・ランサー』になってもらうぞ。ランサーはランサーでもマギ・ランサーは魔法を槍に纏わせて戦う職業じゃからの。槍聖とは枠組みが違うのじゃ。」

 槍聖になれば特有のスキルや魔法が習得でき、それが槍聖ならではの強みとも言える。

 じゃがマギ・ランサーは通常の魔法を纏いながら戦うことで成れる職業じゃ。

 今からでも転職出来るじゃろう。

「ああぁ~、以前のぉキサラムさんのぉ職業にぃ近い職業ですねぇ。わかりましたぁ。私ぃ頑張りますぅ。」

 アオイはワシの胸から顔を離し、上目遣いで納得した。

 そういえばキサラムはマギ・セイバーじゃったな。

 今は希少職である『エレメント・マスター』になっておるがの。

 アオイには一先ずマギ・ランサーになってもらい、その先の先にある職業『聖魔』を目指させるとしよう。

 じゃが中々難しいと思うがな。

 聖魔は希少職故に色々と条件があるのじゃ。

 同じ希少職のエレメント・マスターはキサラムが妖精の女王じゃからなれたようなもの。

 人族や魔族がエレメント・マスターを目指したとて成れるものではないのじゃ。

 それと同じように聖魔も普通の人族や魔族では絶対に成れん。

 条件を満たすためには長い年月が必要になるじゃろうな。

 ・・・

 まあ時間はあるしの。

 アオイなら必ずやり遂げるじゃろう。

「うむ。頑張るがよい。それから・・・これから散歩以外にも新たに日課を追加するからの。覚悟するんじゃぞ。」

 ワシはアオイに課題を出すことにした。

 聖魔への転職に近道は無いが、それでも最短で成らせてやりたいからの。

 その為にもアオイには頑張ってもらわねばならん。

 何より自分の為なんじゃからの。

「そのぉ新たなぁ日課ってぇ何ですかぁ?」

 ワシが覚悟しろと言ったせいか、アオイの顔色に緊張が貼り付く。

 フッ。

 まあそう身構えんでもよいのじゃがの。

 何もしごこうなどとは思っておらん。

 そう、アオイの新たな日課とは・・・

「明日から毎日一時間、グレータンから魔法の知識を学べ。よいか。毎日じゃぞ。」

 継続は力なりというしの。

 休みの日位与えてやりたいが、マギ・ランサーの次のクラスに転職するまでは仕方がない。

 そうマギ・ランサーの派生。

 女にしかなれない職業。

 『シャーマン・メイデン』になるまではの。

 じゃが以外にもアオイは楽観的じゃった。

「わかりましたぁ。全然オッケーですぅ。前の世界ではぁ朝から晩までぇ勉強してましたからぁ。それに比べればぁ一時間のぉ勉強なんてぇ余裕ですぅ。先生もぉグレータンさんであればぁ優しいでしょうしぃ。寧ろぉ楽しみですぅ。ありがとうございますぅ。勉強ぅ頑張りますぅ!」

 どうやらアオイのいた世界では、長時間の勉学を当たり前に行っていたらしい。

 凄いの。

 それだけ勉強しておる奴等が世界中にいるのなら、きっと戦争などという馬鹿げたことをする輩はおらんに違いない。

 ・・・ん?

 じゃが前に戦争がどうとか言っておったな。

 もしや・・・

 アオイのいた世界は知能の高い獣だらけだったのかのう。

 それはそれで達が悪いな。

 それならまだこっちの世界の方が安全かもしれん。

 取り込んだ知識をどのように消化し、知恵として変換するか。

 その結果がその者の本質に直結する。

 じゃから人々が同じような勉強をしたとしても、解釈が違ったり伝え方が違ったりするのじゃ。

 アオイに教えるのをワシではなくグレータンにしたのもそういった解釈違いを無くすため。

 本であるグレータンなら解釈の異なる伝え方をせんからの。

 『始まりの魔王』は・・・

 いや、キャニャオは良いものを残してくれたものじゃ。

「アオイ、ミドリコ。そなたらはもうワシの家族じゃ。これからも困ったことがあったら相談せい。やれる範疇のことはやってやるでの。」

「はいぃ!わかりましたぁ!」

「ピィッ!わ、わかったー!主ー!」

 アオイとミドリコは笑顔で気持ちよい返事する。

 うむ。

 キャニャオやマシロにしてやったこと、してやれなかったことをこやつ等には惜しまずしてやろう。

 もう後悔はしたくないからな。

 再び抱き付いてきたアオイの頭を撫でつつ飛び回るミドリコを見つめ、ワシはそう思うのじゃった。

 

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