第10話 エターナルピュラ


「ミドリコぉ・・・ごめんねぇ・・・ごめんねぇ・・・」

 泣き続ける小さなドラゴン、ミドリコを抱き締め、アオイは何度も何度も謝り続ける。

 こればかりはもうどうにもならん。

 ワシ達はただただ、アオイとミドリコを見ていることしか出来んかった。

 すると・・・

「ママーー!ママーー!ママ・・・ア・・・オイ・・・アオ・・・イ・・・ヒクッ・・・アオイ・・・」

 ミドリコはその短な腕をアオイの背に回し、その胸に顔を埋め声を小さくしていく。

 アオイの気持ちが伝わったのじゃろう。

 泣き止んだミドリコは、そのままアオイの胸で眠ってしまった。


 ・・・


 ・・・

 

 ダンジョンの外。

 荒野の開けた場所に移動したワシ達はミドリコの母を埋葬することにした。

 あのままダンジョンの中に放置するのは可哀想じゃからのう。

 ワシは土魔法を使って大きな穴を掘ると、そこにミドリコの母を埋葬した。

 ミドリコにとっては辛い光景かもしれん。

 じゃから・・・

「エターナルピュラ。」

 ワシは精霊魔法を使い、花を咲かせる。

 おお・・・

 これは驚いたわい。

 普通ならここまでの広さで花が咲くことは無いのじゃが・・・

 この不毛な大地に小さな街くらいの花畑が出来てしもうたわ。

「わぁぁ、綺麗ですぅ。カーネーションですぅ。」

 感嘆な声を出すアオイ。

 うむ。

 確かに綺麗じゃな。

 この花は不滅の花と呼ばれる、枯れることの無い花じゃ。

 そしてその下に埋まる亡骸によって可憐さが変わる。

 ミドリコの母はとても心が清いドラゴンじゃったのじゃな。

 ここまで見事な花弁を見たのは・・・キャニャオとマシロの時以来か。

 美しい花畑に魅入っておるアオイ達。

 すると、どこからともなく声が聞こえてきた。


 ありがとう・・・


 娘を・・・


 宜しく頼みます・・・


 これはミドリコの母の声じゃ。

 おそらく息を引き取る前に言いたかった言葉が、花を通して伝わってきたのじゃ。

 最後の最後まで娘を思う母心。

 確かにカーリアのやり方は少し強引じゃったかもしれんが、この声を聞く限り、母娘は再会できて、少しの時間でも一緒に過ごすことが出来て良かったのじゃろう。

 ・・・

 フゥ・・・

 ・・・ワシも多少言い過ぎたな。

 カーリアだって今回の件では傷心しておるに違いない。

 それこそ身を切る思いじゃたじゃろう。

 今はそっとしておいてやるか。

 ミドリコの母の声を聞いて涙を浮かべているアオイ達。

 しかし残念じゃな。

 ミドリコはまだ寝ておる。

 母の最後の声を聞かせてやれんかったの。

 じゃが・・・

「・・・ママ?」

 ここでミドリコは目を覚ました。

 きっと夢の中で聞こえていたのじゃろう。

 ミドリコはキョロキョロと周りに視線を飛ばす。

 勿論母の姿はない。

 う~む・・・

 いたたまれないのう。

 もしかするとまた泣き出してしまうかもしれん。

 悲しみが少しでも和らぐのなら好きなだけ泣いてもらっても構わんが・・・

 案の定、ミドリコはもう涙ぐんでおる。

 よいのじゃ。

 泣いてもよいのじゃ。

 ワシがこっちの世界に居られる時間は後僅かじゃが、時間の限りは一緒にいてやる。

 元の世界に戻っても、ワシ達がずっと一緒にいてやるでの。

 甘やかしすぎはよくないが、心の傷が癒えるまでの間は仕方ないじゃろう。

 ・・・

 どれ。

 そろそろ帰還の準備を始めねばの。

 ミドリコ達はもう少しこの場にいさせてやりたいが、あっちの世界の均衡の為にもワシだけは戻らんといかんのじゃ。

 そう思い、ワシはその事をアオイに話そうとした。

 その時・・・

 一陣の風が吹き、花弁が舞い上がる。

 そして・・・

 またしても声が聞こえてきた。

 

 泣かないで・・・


 強く生きなさい・・・


 あなたの周りにいる大切や人達の為にも・・・


 ・・・


 元気でね・・・


 私はあなたの幸せをずっと願っているから・・・


 ミドリコの母の声じゃ。

 何と・・・

 これにはワシは驚きを隠せんかった。

 この言葉は命を落とす間際の言葉ではなくのじゃ。

 こんなことはあり得ん。

 魂が完全に離れ、残留思念が伝わってきた訳ではない。

 まるで今のミドリコを見ながら語りかけているように・・・

 これが・・・

 母の愛か。

 どうやらまだまだワシの知らない力があるようじゃ。

 そしてこの言葉が心に響いたミドリコは、グッと涙を堪える。

 強く生きろ。

 母の遺言をきちんと守ろうとしておるのじゃ。

 そのミドリコの健気な姿を見て、アオイ達も涙を堪える。

 自分達がいつまでもめそめそしているわけにはいかない。

 ミドリコをこれからも守っていく為にも、強くあろうと決意したのじゃ。

 ・・・

 ミドリコの母よ。

 そなたは良い娘を持った。

 きっと強くなるぞ。

 どんなドラゴンよりもずっと。

 何せミドリコにはそなたの想いと、頼りになる仲間がこれだけいるのじゃから・・・

 未だ舞う花弁。

 この幻想的な光景を、ミドリコは勿論、アオイ達も忘れることは無いじゃろう・・・


 ・・・


 ・・・

 

 ワシ達は場所を移し、帰還の準備をする。

 もう少しこの世界にいさせてやってもよかったのじゃが、本人達の希望でワシと一緒に帰ることになったのじゃ。

 空間を裂こうと魔力を手に込めたワシ。

 すると・・・

「あのぉ・・・」

 おずおずとワシの背後からアオイが声をかけてきた。

「何じゃ?」

「カーリア様にぃ会えませんかぁ。」

 予想外の、いや、予想通りのアオイの頼み事。

 うむ。

 こう言われることは何となくわかっておったぞ。

 何せこやつが絶対にやらないであろうことをやってしまっていたからの。

 ミドリコを抱き抱えながら、俯いて元気が無いわい。

 そしてアオイはぽつぽつと会いたい理由を話し始めた。

「謝りたくてぇ・・・私ぃ、カーリア様のぉ気持ちも知らないでぇ、感情のままぁ殴ってしまったのでぇ。あのぉカーリア様のぉ涙はぁ本物でしたぁ。それにぃ・・・」

 ここで更に落ち込んだような様子を見せるアオイ。

 そして本当に申し訳無さそうにワシの顔を見ながらその思いを語る。

「カーリア様ぁ・・・私にぃ殴られる前からぁ唇にぃ怪我をしてましたぁ。あれはきっとぉ・・・私達がぁミドリコのぉお母さんをぉ傷付けた時にぃ、我慢する為にぃ、噛み締めてたんだと思うんですぅ。なのにぃ私はぁ・・・」

 自分の浅慮と、感情のままに動いてしまったことを後悔しておるアオイ。

 なるほど。

 そこまで見ておったか。

 ならば答えは一つじゃ。

「・・・よいのじゃ。あやつが言っていたように、あれがあやつの覚悟じゃからな。全部を抱え込んでしまおうというのは傲慢じゃと思うが・・・もしそなたがあやつに対して悪いと思うのなら、このまま何も言わずにいてやれ。」

 そう。

 あやつはこうなることがわかっていたのじゃ。

 自分に恨みを向けさせることで、他の誰も悪くないと思わせるように仕向けた。

 あちらの世界でワシに会いに来たのも、その細工の一つじゃたのじゃろう。

 まあその計画も破綻しておるがな。

 最早誰もカーリアを恨んでなどいないようじゃからの。

「・・・わかりましたぁ。今度会う機会があればぁ、その時はぁ精一杯おもてなししますぅ。」

 ここでやっと笑顔を見せるアオイ。

 うむ。

 やはりこやつは笑顔の方がよく合っておる。

 今回の件でアオイやキサラム、キロイやバシルーは更に強くなった。

 それは単純にレベルが上がった強さではなく、精神的な心の強さが格段に上がったのじゃ。

 ミドリコの母とカーリアには感謝せねばならん。

 ワシの可愛い娘達を成長させてくれたのじゃからの。

 悲しみを乗り越えた先にある強さとは、大切な者達を思いやれる力じゃとワシは信じておる。

 あちらの世界に戻り、これからも続く生の中で、その想いの強さはきっとかけがえのない時間を与えてくれるじゃろう。

 ミドリコよ。

 幸せになるのじゃぞ。

 ・・・

 ワシはそう己の中で締め括ると、空間を裂き表世界への入り口を作る。

「では帰るとするか。皆のもの、付いて参れ。」

 ワシの声にアオイ達は頷き、共に裂けた空間の中に入っていった。

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