第9話 母と娘
空間を越え、裏世界に足を踏み入れたワシ。
薄暗い空。
草木の涸れ果てた荒野。
うむ・・・
久しぶりに来たのう。
じっくり懐かしみたいところじゃが、今はそれどころではないからの。
早速アオイ達の魔力を探すか。
ワシは目を閉じ、裏世界の至るところに魔力を這わせる。
そして程なくして・・・
見つけたぞ。
アオイ達はワシの到着を待っておる。
急いで行かねばな。
・・・
・・・
荒野から一転、ダンジョンの最深部に転移したワシ。
そして眼前に広がる光景に言葉を失う。
そりゃ当然じゃろ?
アオイ達が・・・
1体の巨大なドラゴンに回復魔法をかけておるのじゃから。
所々崩れ落ちている壁の一部。
辺りに飛び散る血痕。
じゃがその血痕の中にアオイ達のものは無いじゃろう。
何故ならこやつらは傷一つ負っていないのじゃからな。
・・・こんなことがあるのじゃろうか。
相手はレベル10000を越えるドラゴンじゃぞ?
そしてこっちは・・・
アオイ
レベル1910
キサラム
レベル4201
キロイ
レベル672
バシルー
レベル6795
だいぶレベルが上がったのう。
じゃがしかし・・・
いくらアオイがいるからといって無傷で済むわけがない。
いや、それよりも何よりも、何故アオイ達はこのドラゴンを治療しておるのじゃ?
・・・もしや。
ワシは急いで『魂鑑定』をした。
うむ・・・
やはりそういうことか。
そういうことならばこの状況も納得できる。
・・・
うむ。
ワシはアオイに向かって歩き出す。
どうやら回復魔法に集中しすぎてワシに気付いておらんようじゃからな。
「アオイや。待たせたな。」
声をかけてようやく気付いたアオイはワシに一目散でしがみついてくる。
「主様ぁ!お願いしますぅ!このドラゴンさんを助けて下さいぃ!私やぁキサラムさんやぁバシルーさんのぉ回復魔法じゃ治らないんですぅ!」
必死に、涙を流しながらワシに懇願してくるアオイ。
しかし・・・
如何にワシと言えど、このドラゴンを治すことは出来ん。
何故なら・・・
もう、息絶えておるからじゃ。
「すまんな。これはもう・・・ワシでもどうにもならん。」
正直に言った。
僅かな希望を見せるのは酷じゃからの。
じゃがそれを聞いたアオイの瞳は絶望の色に染まる。
ワシが来れば大丈夫じゃと思っておったのじゃろう。
じゃが現実は・・・
「主様がぁ治せないぃ・・・!いいですぅ!じゃあぁ私がぁ絶対にぃ治してみせますぅ!」
そう言って再びドラゴンの元に駆け寄るアオイ。
そして回復魔法をかけ続けた。
もう傷は治っておる。
それはアオイだってわかっておるじゃろう。
じゃが認めたくないのじゃ。
近くにいる小さなドラゴンの為にも・・・
その小さなドラゴンは大きなドラゴンにピタリと張り付いている。
甘えておるのじゃろう。
この光景は小さなドラゴンから見たら遊んでいるように見えておるのかもしれん。
そうではないのじゃが・・・
未だに回復魔法をかけているアオイ達。
これ以上は見ておれんな。
ワシはアオイ達の近くまで行き声をかけた。
「アオイや、もう止めるのじゃ。」
皆もう魔力が尽きかけておる。
このままでは倒れてしまうぞ。
ワシはアオイの肩に手を置き、再度声をかける。
「もうよい。よいのじゃ。」
「でもぉ!でもぉぉ!」
どうしても諦められないアオイはワシの言うことを聞こうとしない。
本来なら侍女としてあってはならない行動じゃろう。
しかし、今回ばかりはその事に関してワシは何も言わん。
それだけアオイは必死なのじゃ。
・・・小さなドラゴンこと、ミドリコの為に。
じゃがいつまでもこうさせておくわけにはいかん。
ワシはアオイに優しい口調で事実を告げようとした。
「アオイや。もうそのドラゴンは・・・」
「ダメですぅ!絶対にダメですぅ!主様がやらないんならぁ私がぁ絶対にぃ治しますからぁ!だからぁ邪魔しないで下さいぃ!」
絶対に諦めるつもりがないアオイ。
必死な顔。
魔力はもう空に近い。
それでも回復魔法をかけ続けておる。
もう倒れる寸前じゃ。
・・・アオイ。
そなたのその行動。
ワシは嫌いではないぞ。
しかし・・・
「もうよい・・・よいのじゃ・・・そなたはよく頑張った。もう・・・よいのじゃ・・・」
ワシは背中からアオイを抱きしめ、回復魔法を止めた。
そしてここでようやくアオイは事実を受け止める。
「うぅ・・・うわぁぁぁー!私がぁ!私がぁミドリコのお母さんをぉ!うわぁぁぁーー!」
今までに聞いたことのないアオイの叫び。
いや、絶叫と言うべきか。
こんなアオイは見たことがない。
そう、この大きなドラゴンはミドリコの母親じゃった。
だからこそ・・・
手にかけてしまった罪悪感。
救うことができなかった絶望感。
今のアオイは自分を責めることしかできない。
そして大きなシャドウドラゴンに甘えているミドリコの純心な姿が、更にアオイの罪悪感を刺激する。
このままでは・・・
心が壊れてしまうぞ!
「アオイや!違う!そなたのせいではないのじゃ!」
そう言って今度はアオイを正面から抱きしめる。
そう。
アオイが悪いわけではないのじゃ。
責任を感じておるのはわかる。
苦しくて悲しいのはわかる。
じゃが・・・
もうどうにもならんのじゃ。
生き返らせてやりたいのは山々じゃが、もうすでに魂が離れきっておる。
それにもし魂を戻したとしてもこの状態の身体では細胞が機能せん。
つまり・・・
この現実を受け止めなくてはならないのじゃ。
ワシの胸に顔を埋め、号泣するアオイ。
好きなだけ泣くがいい。
ワシが受け止めてやる。
じゃが、悔いを感じておるのはアオイだけではなかった。
「アオっちだけのせいじゃないよ。私達だって・・・くそっ!私がもっと早くミドっちの母親だって気付いてれば・・・」
バシルーも涙を流しながら自分を責める。
シャドウドラゴンは闇属性。
そしてバシルーはその属性を司る神じゃ。
確かにバシルーならば、もしかしたら気付けたかもしれん。
じゃがそれでもバシルーが悪いわけでは決してない。
「私だって・・・この手でミドリコさんのお母様を傷付けてしまった・・・この手で!」
キサラムも同様に自分を責め続ける。
そしてその傍らでキロイは姉にしがみつき、涙を流していた。
それぞれが心に傷を負い、罪悪感に打ちのめされておる。
じゃが本当に違うのじゃ。
アオイ達は悪くないのじゃ。
おそらくこれはこのドラゴンの意思。
この結果は本望だったはすじゃ。
何故ならこのドラゴンは・・・
「違う・・・違うのじゃ。そなたは達が悪いのではない。そのドラゴンは・・・」
「寿命だったんだよ。」
背後から聞こえてくる声。
ワシはこの声をよく知っておる。
数ヵ月前にも聞いたこの声。
「カーリアか。」
ワシの言葉にギョッとするバシルーとキサラム。
まあそうじゃよな。
三大神の一柱、カーリアが目の前におるのじゃ。
しかし・・・
何しにきおったのじゃ?
こやつは。
「この子は我の古くからの友人であり、この世界の管理者の一角を任せているドラゴンでね。寿命が尽きかけていることはしばらく前からわかっていたんだ。」
カーリアはワシ達に向けて、どうやら経緯を説明してくれるようじゃ。
ふむ。
助かるの。
「彼女に子供がいることは知っていたからさ。最後に会わせてやりたいと思ったんだよ。だけど誤解しないでくれ。彼女が無理矢理クロアちゃんのところからその子を連れ去ったんじゃない。彼女は嫌がっていたからね。今子供が幸せに暮らせてるんなら会う必要はないって。わざわざ親の死に目に会わせて心に傷を作りたくないってね。だから我が独断で彼女の手を使って連れ去ったんだ。だからこれは我のわがままさ。恨むなら我だけにしてくれ。」
特に反省した態度も取らず、さらさらとそう話すカーリア。
・・・気持ちはわかる。
じゃが・・・
無理をせんでもよいのにの。
「貴女がぁ・・・この状況を作ったってぇことですねぇ・・・」
アオイはワシの胸から離れ、ツカツカとカーリアに向かって歩き出す。
そしてそのままの勢いで・・・
ゴッ!
カーリアの顔を殴り付けた。
これは驚いたわい。
他の奴等も驚いておるぞ。
何と言っても世界の頂点である三大神に手をあげたのじゃ。
本来なら絶対にやってはいけないことじゃろう。
普通の者なら殺されても何も文句は言えんからな。
いや、それよりも何よりも・・・
まさかアオイが女を殴るとは。
あれだけ女には寛容なやつがこんな行動に出るとはの。
勿論カーリアにダメージはない。
当然じゃ。
カーリアの防御力はアオイの防御力の比ではないからな。
ゴッ!
そしてもう一撃カーリアの顔に拳をぶつけるアオイ。
「貴女はぁミドリコのぉお母さんがぁ傷つけられるのを見てぇ楽しかったですかぁ!私達がぁ傷付けるのを見てぇ楽しかったんですかぁ!」
アオイはカーリアの目をじっと睨み、そう問う。
暫しの沈黙。
カーリアは未だにアオイに殴られたままの姿で、右斜め下を見ておる。
そして、ゆっくりと正面を見たカーリアの目からは・・・
細い涙が流れていた。
「・・・楽しいわけ・・・無いじゃないか・・・さっきも言ったよね。彼女は我の古い友人なんだ。もう何百年、何千年も共にいた。家族のような存在だ。だから彼女が傷つけられたのを見たとき、本当は何も考えずに君達を殺してしまおうと思ったよ。でも・・・それは出来ない。もうクロアちゃんの家族を奪うことは出来ないし・・・彼女の望みでもあったから。」
カーリアは右手で涙を拭い、話を続ける。
「我のわがままに付き合ってくれた彼女は最後に会ったときこう言ったんだ。『娘がこれから共に生きる者達の力が知りたい』って。だから彼女は君達と闘った。でも・・・娘の友人達を傷付けるつもりは無かったんだろうね。君達もわかっているだろう?彼女はほとんど攻撃をしなかった。その代わり、自らに君達の攻撃を受けることでその力量を測ったんだ。もう目も殆ど見えていなかったから鑑定も出来なかったしね・・・元はと言えば我が無理矢理娘と会わせたから、連れ去ってきたからこうなった。だから・・・」
ここまで言って、カーリアはワシ達に背を向けた。
その背中からは虚愁が漂っておる。
「彼女も・・・勿論君達も悪くはない。子供は親の死に目に立ち会うべきだという、自己中心的な考えを押し付けた我が悪いんだ。恨むなら我を恨むがよい。」
そう言ってカーリアは何処かに転移してしまった。
己を悪者にしてアオイ達の負の感情を自分に向けさせたのじゃな。
じゃが・・・
詰が甘いのう。
アオイ達はカーリアの考えを見抜いておるぞ?
その証拠にアオイは自分の拳を見つめ、殴ったことを悔いておる。
やり方は強引じゃったかもしれんが、最後に母娘が共に過ごせたのは良かったのじゃろうな。
ミドリコとしても母との楽しい思い出が出来たに違いない。
じゃが・・・
それ故に・・・
ミドリコは未だ母親にベッタリ寄り添っておる。
しかし、アオイ達が離れても起き上がらない母親を見てキョトンとした顔をした。
そして母親の顔の前まで行き、ピィっと一声鳴く。
反応しない母親。
その後も何度も鳴いたり、身体を擦り寄せたりするミドリコ。
それでも反応しない母親。
ミドリコは不安そうに母親の目を見た。
生気の無い瞳。
熱を失っていく身体。
認めたくない事実。
そこで始めて・・・
ミドリコは母親の死を知ってしまった。
「ピィ!ピィ!ピィ・・・ピィーーーー!」
大粒の涙がミドリコの目から溢れる。
深淵の悲しみ。
親を失ったという抗い難い事実が、ミドリコの中に虚無感という新な感情を生み出してしまった。
「ピィーーーー!ピィーーーー!」
虚空を見つめて鳴き止まないミドリコ。
見ていられん。
おそらくこの場にいる全員がミドリコの感情に当てられておることじゃろう。
「ピィーーーー!ピィ・・・マ・・・ママーーーー!ママーーーー!」
鳴き声が泣き声に変わる。
これはまた・・・
心が締め付けられるのう。
ミドリコが初めて喋った人語は、母親を呼ぶ悲痛な声じゃた・・・
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