第7話 義務散歩

 

 窓の外から差し込む光。


 う~む、よく寝たわい。


 昨日はあの後、一緒に寝たいとせがんでくるアオイを無理やり空き部屋に押し込み、マルタス達が入ってこれないよう建家を覆う強力な結界を張ってから寝床についた。

 勿論扉に魔法で鍵を取り付け、しっかりと施錠してからじゃ。

 あの調子では、本当に夜這いをかけてくるかもしれんからな。

 女同士で何をするつもりなんじゃか・・・

 そして案の定、朝起きてから部屋を出て扉の外側を見てみると・・・

 爪で削り取ろうとしたしたのじゃろうな。

 引っ掻き傷が所狭しと無数に残っておった。

 ・・・ワシにこれだけの恐怖を味わわせるとは・・・

 中々やるのう。

 そんな心臓に悪い光景を見た後、そのまま自室のある二階から一階に降り、玄関に向かった。

 そして外に出てマルタス共がいないことを確認する。

 どうやらちゃんと忠告通り出ていったようじゃな。

 さてさて、今はどの辺にいるのじゃろうな。

 ワシはマルタスの魔力残滓を追い、奴等の現在地を把握した。

 ふむ、魔王討伐は諦めて自国に戻っておるみたいじゃな。

 まあ賢明な判断じゃろう。

 あの程度のレベルでは魔王の元に辿り着く前に殺られていたのは間違いない。

 因みにマルタスのレベルは61じゃった。

 人族としては中々の高レベルなのじゃがなあ。

 如何せん魔王を取り巻く魔貴族達はレベル100を越えているのじゃ。

 話にならんじゃろう?

 正直、人族と魔族が国同士で正面からぶつかれば魔族の勝利は確実じゃ。

 何分魔族は人族よりも寿命が長く、魔力も人族の倍はあるのじゃからな。

 圧勝じゃろう。

 しかしそうならんのは、この森があるからじゃ。

 人族だろうが魔族だろうが簡単にこの森を越えることは出来ん。

 何せここには魔王の力に匹敵する位の魔獣がわんさか居るからな。

 それにワシも目を光らせておる。

 まあたまに?ワシが飯を食ろうとる間にこの森を運良く命かながら突破する輩もいたりしたが・・・

 仕方ないじゃろ。

 飯はワシの楽しみじゃ。

 そんなときにイチイチ目を光らせておれん。

 そんなことを考えていると、不意に背後から気配を感じた。

 アオイが起きてきたのじゃ。

「おはようございますぅ。主様ぁ。」

 きちんと朝の挨拶をしてくるが目が半分も開いておらんアオイ。

「何じゃ?あまり良く眠れなかったのか?」

 それはそうか。

 突然別の世界に来て、そんなに日も経っていないしな。

 いくらこの家に住めるようになったとはいえ、まだまだ不安なのじゃろう。

「寝たのは寝たんですがぁ・・・布団無しでフローリングの床に直では体が痛くってぇ。主様ぁ、出来ればでいいんですがぁ、お布団を頂けないですかぁ?」

 腕を回したり、屈伸しながら言うアオイ。

 ・・・

 ・・・あっ、そうか。

「すまんすまん。そうじゃったな。今晩からはちゃんと用意してやる。じゃから安心せい。」

 うっかり忘れておったわ。

 確かに硬い床で寝ていてはしっかり休めんじゃろうからな。

 可哀想なことをしてしまったわい。

「ありがとうございますぅ。じゃあ主様の匂い付きでお願いしますねぇ。」

 相変わらず一言余計じゃな、こやつは。

「・・・新品で不服なら出してやらんぞ。」

 ワシは目を細め、アオイを威圧しながら言った。

 気持ち悪いことを言った罰じゃ。

「嘘です嘘ですぅ。冗談ですぅ。お布団くださいぃ。」

 昨晩がよっぽど辛かったのか、アオイは泣きながら懇願してきた。

 全く・・・

 まあよい。

 一先ず朝食をいただこうかのう。

「わかったわかった。取り敢えずアオイや。朝食をとろうではないか。スキルで出してくれ。」

 ワシはそう指示すると、アオイは困った顔をした。

 ん?

 何じゃ?

「主様の命令とあれば勿論出すのですがぁ・・・先に顔を洗いたいですぅ。」

 半目で未だに眠そうなアオイ。

 おそらく顔を洗うことで眠気を覚ますつもりなのじゃろう。

「おお、そうかそうか。ならば風呂場の隣にある洗面所で顔を洗ってくるがよい。歯ブラシもそこにあるものを使え。そなたの分は用意してあるからの。」

 ワシがそう言うと、アオイは直ぐに洗面台に向かった。


 数分後


「いやぁ~さっぱりしましたぁ!」

「何で裸なんじゃ!」

 顔を洗いに行っただけのアオイじゃったが、何故か素っ裸で戻ってきた。

「折角なんで身体も洗ってきちゃいましたぁ。」

「そうだとしても服を着てこんか!マルタス達がまだいたらどうするつもりじゃ!」

「えぇ?まだあのグズ男いるんですかぁ?そっかぁ・・・もし私のぉ、主様専用のぉ、御用達のぉ、この裸を男なんかが見たんならぁ・・・徹底的に切り刻みますぅ。」

 言いながら細剣を鞘から引き抜き、玄関に向かって構えるアオイ。

 こやつは本当にヒーラーになるつもりがあるのか?

 変に血の気が多すぎるぞ。

 一国の王子をグズ男呼ばわりするし・・・

 それに貴様の裸はワシ専用でも御用達でも無いわ!

「もしもの話じゃ。あやつ等はとっくにこの場所を去っておる。じゃがな、ワシとしてはもう少し節度のある女子おなごの方が好ましいと思っておるぞ。じゃから・・・」

「はいぃ!直ぐに服着てきますぅ!」

 慌てて洗面所に向かうアオイ。

 ?

 どうしたのじゃ?

 まあ服を着てくるのであればよかろう。

 それから数分も経たない内に服を着てリビングにアオイは戻ってきた。

「ふむ、では朝食をいただこうかのう。」

「はいぃ。わかりましたぁ。食料フードぉ。」

 そうアオイが唱えると、出てきたのはこれまた見たことのない2つの料理。

 俄然興味をそそられるのう。

「これは何と言う料理じゃ?」

「フッフッフゥ。これはですねぇ、チーズバーガーとミネストローネっていう料理ですぅ。美味しいですよぉ。」

 自信満々に言うアオイ。

 確かに美味しそうじゃ。

「どれ、早速食べるとしよう。」

 ワシとアオイは席に座り、2つの料理を食べ始めた。


 モグモグ・・・


 モグモグ・・・


 ゴックン


「うむ!これも旨い!」

 初めての味じゃが、とてもワシの口に合っておる。

 昨日の牛丼といい、また食べたくなる料理じゃ。

 ワシとアオイはあっという間に朝食を食べ終えると、食後の紅茶でまったりとした時間を過ごす。

「そういえばシャドウドラゴンはどうしたのじゃ?」

 ワシは不意に思い出しアオイに聞いた。

「もうぅ、シャドウドラゴンじゃなくてミドリコですよぉ主様ぁ。ミドリコならまだ部屋で寝てますよぉ。」

 シャドウドラゴン基、ミドリコはまだ部屋に居るようじゃ。

 しかしこの後の予定をアオイに話すにあたって、ミドリコも無関係ではない。

「アオイや、シャド・・・ミドリコを連れてまいれ。奴も腹を空かせているかもしれんからな。」

「あぁ、そうですねぇ。わかりましたぁ。連れてきますぅ。」

 言うなり直ぐ様自室に向かうアオイ。そして部屋に入った直後・・・


 ドゴォォーン


 派手な爆発音が家中に響き渡った。

 おそらく、まだなついてないミドリコがアオイに攻撃でも仕掛けたのじゃろう。

 どうでもいいが、家を壊さんでもらいたいのう。

「連れてきましたぁ。」

 少し草臥れた様子のアオイが、ミドリコに頭を噛られながら戻ってきた。

「やれやれ、全然そなたになついておらんな。じゃが、飯でも食わせれば少しは違うかもしれんぞ。出してやるといい。」

「はいぃ。食料フードぉ。」

 そういってアオイが出したのは串に刺さった肉が10本。

 とても良い匂いがするのう。

 勿論ミドリコも目を輝かせている。

「それは何じゃ?」

「焼き鳥(タレ)っていう料理ですぅ。ミドリコはドラゴンだから肉系がいいかなぁって思いましてぇ。」

 ほうほう、これは鳥の肉なのか。

 この世界にも鶏肉を使った料理はあるが、こんな旨そうなものではない。

 こんな丁寧に捌いていないし、焼き加減も大雑把。

 酷い店では、途中で肉を食ってるのか焦げを食ってるのかわからなくなることもあるくらいじゃ。

 タレもこんなに光沢は無いし、程よいとろみも無い。

 それがこの世界の鶏肉料理じゃ。

 しかしこれは・・・

 見た目と匂いだけでも美味しさが伝わってくるぞ。

「のう、アオイや。ワシにも一本くれんか。是非とも食べてみたいぞ。」

 先程朝食を摂ったばかりじゃが、この匂いを嗅いでしまったら食欲がまた出てきてしまうというもの。

 当然アオイは断らない。

「はいぃ。いいですよぉ。ミドリコぉ、主様に一本・・・」

 そこまで言うとアオイは固まってしまった。

 そしてワシも固まる。

 事もあろうかミドリコは、味わうということをせん内に全部平らげてしまっていたのじゃ。

「コラァ、ミドリコぉ!よく噛んで食べないとダメじゃないぃ!それに主様が折角食べたいと仰ったのにぃ・・・待っててくださいねぇ。直ぐに新しいのを出しますからぁ。」

 言うなりスキルを発動させようとするアオイ。

 じゃが、ワシはそれを止めた。

「いや、もうよい。焼き鳥とやらはまた今度頂くとしよう。それよりもな。そなた達にやってもらいたい事があるのじゃ。」

「何ですかぁ。私の身体ならいつでもメチャクチャにしていいですよぉ。」

 着ているブラウスのボタンを全て外し、下着の着いていない胸を見せるアオイ。

 ・・・さっきのミドリコのブレスでまた消失したのじゃな。

 後でこっそり着けといてやろう。

 まぁそれはともかく・・・

「そなた達には森の散歩をしてきてもらう。そこで傷付いた魔獣を見つけ、そなたの回復魔法で治してやるのじゃ。」

 ワシはアオイの戯言を全く聞かなかったことにし、そう指示を出した。

「あ~ぁ。ヒーラーになるための修行みたいなものですねぇ。わかりましたぁ。でもぉ、ミドリコは何で一緒なんですかぁ?危なくないですかぁ?」

 未だにミドリコが弱いドラゴンだと思っているアオイは、心配そうに言う。

 まあ確かにこの森でいえば下の上といったところじゃが。

 だからこそレベル上げが必要なのじゃ。

「ミドリコにはこの森の外から入ってきた外来獣を倒してもらいたいのじゃ。そやつら最初は弱いんじゃが、運良くこの森に適応してしまうと力を付け、森の生態系を壊してしまう恐れがあるのじゃ。」

 これだけ広い森だと、外から魔獣や魔物がいつの間にか入ってきてしまっていることがある。

 そして害の少ない低級の魔獣でも、適応の仕方次第では最上位魔獣に進化してしまうのじゃ。

「昨日まではワシが取り払っていたのじゃが、今日からはその任務をミドリコにしてもらう。なに、入ってきたばかりの外来獣ならばミドリコでも容易に倒せるじゃろう。何も心配はいらん。因みに見分け方じゃが、ステータスを確認してレベルが500以下の成体なら間違いなく外来獣じゃ。」

 折角こうして住人も住ドラゴンも増えたのじゃからな。

 ワシのゆったりまったりスローライフに協力してもらわねば。

「了解ですぅ。つまりぃ、私とミドリコの合同修行ってことですねぇ。」

「うむ、そういうことじゃ。」

 物分かりが良くて助かるわい。

 しかし森は複雑じゃ。

 迷って帰ってこられなくなるのはちと困るのう。

「アオイや、そなたにこれをやろう。」

 ワシは異空間収納から2つのアイテムを取り出し、アオイに渡した。

「あ、主様ぁ・・・こ、これはぁ・・・」

「これは『大賢者の杖』と『転移の指輪』じゃ。大賢者の杖は所持者の魔力を大幅に増幅させる効果と、相手から魔力を奪える効果を併せ持っておる。しかもじゃ。自分の属性以外の魔法も覚えやすくなるという逸品じゃ。そしてその転移の指輪は・・・」

「結婚指輪ですねぇ🖤もうぅ、主様ったらぁ🖤用意してるんなら早く言ってくださいよぉ🖤」

 アオイはモジモジと照れ始めた。

 いや、それだけではない。

 顔は紅潮し、息も荒く、少し身体を痙攣させておる。

 何じゃ何じゃ!

 こやつは何なんじゃ!

「ちゃうわ!この指輪はその名の通り転移の魔法が施されておるワシが作った激レアアイテムじゃ!転移座標はワシの半径三メートル地点と決まっておるが、これを身に付けておればどこで迷ってもワシの元へ戻ってこれるからの。じゃから・・・これを持ってとっとと森へ散歩に行かんか!」

 うっとりとした顔で左手をワシに向けているアオイに、ワシは散歩を催促した。

 しかしまだアオイは動こうとしない。

「指輪ぁ・・・主様が付けてくれませんかぁ🖤」

 !

 何を言っておるんじゃこやつは。

 それではまるで・・・

 いやいや、別に付けるだけならよいか。

 それでこやつの気が済むのならな。

「わかった。ほれ・・・」

 ワシはスッとアオイの左手の薬指に転移の指輪をはめてやった。

「わぁ🖤ありがとうございますぅ🖤私は一生、主様のものですぅ🖤」

 本当に、心から喜んでいる様子のアオイ。

 全く、何を考えておるのやら。

 そして・・・ミドリコじゃ。

 何をこやつはニヤニヤしてこの状況を楽しんでおるのじゃ?

 むう、どうやらこのドラゴンも一癖ありそうじゃな。

「では行ってきますぅ!ほらぁ、ミドリコ行くよぉ!」

 アオイはミドリコを肩に乗せ、颯爽と玄関から外に出た。

 おっと、そうじゃ。

 忘れておった。

 ワシは直ぐ様アオイを追いかけ追い付いた。

「アオイや、この懐中時計も持っていけ。時間がわからんと困るじゃろうからな。それと昼には帰ってくるんじゃぞ。昼食が食べたいからのう。あと・・・気を付けてな。」

 少し心配だったワシは、アオイにそう言葉をかけた。

 何か夫を見送る妻みたいな感じで、凄く照れ臭いのう。

「!はいぃ!絶対お昼には帰りますぅ!お腹空かせて待っててくださいねぇ!」

 ワシの思っていることが伝わってしまったのか、アオイは上機嫌で森に入っていった。

 そして姿が見えなくなると、ワシの胸はいつもの平静さを取り戻す。

 ふう。

 賑やかなのは良いが、少し度が過ぎるのう。

 永らくここに引きこもっていたワシにとっては刺激が強すぎるわい。

 徐々に慣れていくしかないかのう。

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