第8話 クロアの獣魔
庭にテーブルと椅子を用意し、ゆったりとした時間を過ごしているワシ。
これがいつものワシじゃ。
こののんびりまったりした時間。
最高じゃのう。
おっと。
太陽が高いところまで上っておる。
もうそろそろ昼食の時間かのう。
ということはアオイが森に入って三時間程経ったということか。
しかしまあそう簡単に怪我を負った魔獣がいるわけではないし、外来獣の気配もない。
本当に散歩して帰ってくるだけじゃろう。
・・・と思っておったワシが懐かしいわい。
「ただいま帰りましたぁ。」
身体中血まみれのアオイとミドリコが笑顔で手を振って帰ってきた。
「一体どうしたのじゃ!いや、一体何をやらかしてきたのじゃ!」
アオイが怪我をするわけがない。
ミドリコも見たところ怪我をしていない。
ということは・・・
「えっとぉ・・・気持ち悪いオスの魔物がいたので思わず・・・」
「刻んだんじゃな。」
「ち、違いますぅ!バラバラにしたんですぅ!」
「同じじゃろ!あまり無闇な殺生をするでない!わかったな!」
「はいぃ・・・わかりましたぁ・・・でもぉ・・・」
「でも、何じゃ?」
「向こうが先に下半身を剥き出しにして襲ってきたんですぅ。だからぁ・・・」
そうか・・・
ならば仕方がないことじゃったのか。
「なるほどな。それならば確かにそなたは悪くない。今後もそういう魔物は排除してもよいじゃろう。しかしな・・・こうも剣を使って魔物を倒してしまうと、中々ヒーラーにはなれんかもしれんな。」
こんな血塗れな格好をしているということは、散々斬りまくったのであろう。
まあ今回は不可抗力じゃし、仕方無いか。
「それなら大丈夫ですぅ。私に指一本も触れさせないままそいつを半殺しにした後ぉ、回復魔法使って元に戻してまた半殺しにしてぇ、また回復魔法使ってぇ。何回も何回も繰り返し回復魔法使いましたからぁ。でぇ、止めはぁ、ミドリコに喉笛を噛み切らせましたぁ。」
おおぅ・・・
それは・・・
ほんの少しだけその魔物が哀れに思えたぞ。
まあ自業自得じゃがな。
「どれ、昼食の前にキレイにしてやろう。『クリーンライト』。」
ワシは昨晩のように洗浄効果のある光を出現させ、アオイとミドリコを照らした。
すると一瞬で付いていた汚れが落ちる。
自分で言うのもなんじゃが、本当にこの魔法は便利じゃな。
「ありがとうございますぅ。では早速昼食を出しますねぇ。
そういってアオイが出したのはサンドウィッチじゃった。
うむぅ・・・
流石にサンドウィッチくらいこの世界にも存在するぞ。
まあ挟んでおる食材はちと違うようじゃが・・・
ワシの怪訝そうな表情に気付いたのか、アオイはこのサンドウィッチの説明をする。
「これはですねぇ、カツサンドとフルーツサンドって言いますぅ。カツサンドは主食としてぇ、フルーツサンドはデザートとしてお召し上がりくださいぃ。」
ほうほう。
なるほどの。
つまり、このサンドウィッチもワシが食したことの無い物なのだな。
こちらの世界のサンドウィッチは単にハムやら葉物やらを挟んでいるだけじゃ。
このようにサンドウィッチという料理一つで主食とデザートに分けることはない。
「ではいただくかの・・・っと、ミドリコはもう食べ始まっておるか。」
見ると、ミドリコはサンドウィッチが出された直後から、待ても出来ずに食べ始めておった。
その顔はとてもご満悦そうじゃ。
「ミドリコぉ!まだ主様が食べてないでしょぉ!ダメだよぉ、この家の家長から食べてもらわないとぉ。」
アオイは慌ててミドリコを注意する。
ふむ、そんなことを気にするのか。
変なところで神経質じゃのう。
ワシとしては、もっと普段の言動を気にしてもらいたいところじゃが。
「よいよい。それにミドリコの表情を見るからに、余程旨いというのが伝わってくるからのう。」
もう自分の分を食べ終えているミドリコは目を細め、至福の表情を作っていてた。
「そうですかぁ。ではどうぞ主様も召し上がって下さいぃ。」
「うむ、では・・・」
ワシはカツサンドを手に取り、一口噛る。
モグモグ・・・
モグモグ・・・
ゴクン。
「これはまた面白いのう。それにとても美味じゃ。この中の肉を取ってご飯と一緒に食べても合いそうじゃな。」
「はいぃ。合うと思いますよぉ。因みにそうやって食べるのはソースカツ丼って言いますぅ。これは手で持って食べやすいようにするために、パンに挟んでるんですぅ。」
なるほど。
食べる場所によって食べ方を工夫しておるのじゃな。
ここは外じゃから、簡単に手で食べられるカツサンドにしたのじゃろう。
アオイは状況を考え、それに適したものを出したということじゃ。
こやつはワシの予想に反して、食にたいしてはとても優秀なのかもしれん。
「今度はこっちのフルーツサンドを頂こうかの。」
こちらも旨そうじゃ。
しかしこの間に挟んである赤い果物。
こちらの世界で言うスベリの実に近いのじゃが・・・
あれは酸っぱすぎて食えたものじゃない。
これは大丈夫じゃろうか。
そんな不安を抱きつつも、アオイを信じて一口頬張ってみる。
パクッ
モグモグ・・・
「甘い!旨い!これは確かにデザートじゃ。果物は酸味と甘味が絶妙じゃし、そして何よりこのクリームが旨い!」
酸っぱいじゃろうという先入観が強かった為か、この甘さには感動すら覚えたぞ。
先程のカツサンドで結構腹は膨れたのじゃが、これならまだ入りそうじゃわい。
ワシの食べてる姿をニコニコ笑顔で見ているアオイ。
相変わらず恥ずかしいのじゃが、この旨さでは手が止まらん。
そうして貪り食っていたワシじゃったのじゃが、ここであることを思い出した。
「アオイや。すまんがもう一食分出してくれんか。なるべく野菜中心の料理がいいんじゃが。」
「?まだ食べるんですかぁ。主様ぁ、意外と食いしん坊さんなんですねぇ。」
少しからかうように言うアオイ。
まあ確かにそう思われても仕方無いくらい食べたからのう。
しかしそれはワシが食べるのじゃとしたらじゃ。
「いや、ワシの分ではなくての、ワシのかわいい従魔の分じゃ。」
こやつらが来る前からここに住んでいるモフモフ族の魔獣。
普段はワシの寝室にいるため、滅多に外には出ないのじゃが折角じゃ。
アオイの料理を外で食べさせてやろう。
それにどのみち、近々紹介するつもりじゃったしの。
ワシは右手を前にかざし、空間移動を使った。
勿論、従魔をここに呼ぶためじゃ。
そして一瞬で現れたのはブラックホース並みの大きさの魔獣。
毛色は白でモフモフじゃ🖤
当然アオイは驚いた。
「な、なんですかぁこの白くてキレイな魔獣はぁ。一体この家のどこにいたんですぅ?」
不思議そうに首をかしげるアオイ。
確かに疑問に思うかもしれんな。
何せこやつは出不精じゃからのう。
「ワシの寝室じゃ。こやつは燃費がよくてな。三日に一度の食事で十分なのじゃ。じゃから基本的には寝室から出てこん。」
食に対してこだわりや欲求を持つワシとは違い、この魔獣は本当に無頓着なのじゃ。
しかし三日に一度の食事。
その時ばかりは旨いものを食べさせてやりたい。
今までもそうしてこやつには良いものを食わせてきた。
多少過保護かもしれんがのう。
「へぇ、そうですかぁ。寝室にずっといたんですかぁ。因みになんですけどぉ、その子オスですかぁ?メスですかぁ?」
笑顔で聞いてくるアオイじゃが、物凄い圧を発しておる。
何なら右手は剣の柄を握ってる始末じゃ。
「メスじゃ。」
そう答えた途端、アオイの圧は収まった。
しかしまだ少し納得のいっていない顔をしている。
「むうぅ・・・なら百歩譲っていいですぅ。でもですねぇ。主様と同じ空間で寝起きを共に出来るなんて・・・妬いちゃいますぅ。」
ワシの従魔に嫉妬するアオイ。
いやいや。
何をどう考えておるのかしらんがこんなモフモフ、抱き枕にしない手は無いじゃろう。
ワシの癒し相手に妬いておるんじゃない!
「別にかわまんじゃろ。こやつとはもう数百年共に過ごしておるんじゃ。いわばそなたより先輩じゃぞ。」
そう、モフモフ族は寿命が長い。
特にこやつはこの森の自然エネルギーと常に同調している故、この場ではほぼ不老不死と言っても過言では無いじゃろう。
なのでまだまだこれからもここに住まわせるつもりじゃ。
アオイがなんと言おうがな!
「ううぅ・・・わかりましたぁ。では敬意を表して食べ物を出しますねぇ。
そういってアオイが出したのは彩り豊かなサラダじゃった。
しかし・・・
「これまた大量に出したのう。先程も申したが、こやつは燃費がよい。つまり少食ということじゃ。これ全部は食べきれんじゃろう。」
ワシも言うのが遅かったからしょうがないのじゃが、これでは余ってしまうのう。
残すのは勿体無い.
「ワシも少しいただくとするかの。アオイや。そなたも食べるのであれば取り皿を用意しよう。」
「はいぃ。私も頂きますぅ。」
その言葉を聞き、ワシは異空間収納から皿二枚とトングを取り出す。
そしていざサラダをよそおうとしたのじゃが・・・
「ありゃぁ・・・先輩を差し置いてミドリコが半分以上食べちゃってますねぇ。」
呆れたように言うアオイ。
確かにこの光景は呆れたくもなるのう。
上品に食している我が従魔に対して、ミドリコは辺りに食べ物を散らかしながら貪り食っておる。
いやまさかそれよりも、このドラゴンが野菜を好んで食べるとは思わなんだ。
「コラァッ!それはぁ先輩の分でしょぉ!それにぃ私達も食べるんだからそんな食べ方しないのぉ!」
「もうよいよい。それにミドリコが野菜も食べるのなら、今後栄養バランスを考えてやれるということがわかったしの。良いことじゃ。」
「もうぅ、主様優しすぎですぅ。でもぉ・・・そういうところも好きなんですけどねぇ。」
アオイはワシを見ず、ミドリコを見ながらそう呟いた。
・・・全く。
時々見せるこういう態度がワシの心をくすぐるのじゃ。
別にワシはアオイの事が嫌いなわけではない。
かといって必要以上に好きなわけでもない。
つまりは単純に、同居人としての感情しかないのじゃ。
いや、侍女か。
なのでこういうくすぐったいのはどうも合わん。
ワシは黙っていても無くなりそうなサラダを目の端におき、出した皿をしまった。
「ゴホンッ・・・兎も角じゃ。カツサンドとフルーツサンドで十分腹は膨れたからの。サラダはあれば食おうと思うたまでじゃ。昼食はミドリコが食べ終えたら終いにするぞ。」
そう言って家に向かって歩き出すワシ。
その姿を見て、アオイは何やら焦った様子でワシに声をかけてきた。
「あぁ、ごめんなさいぃ。怒ってますよねぇ。行かないで下さいぃ。」
どうやらワシが怒って家に帰ってしまうと思っているらしい。
「別に怒っとらんぞ?午後は家の中でダラダラすると決めておるからの。それだけの話じゃ。」
ワシは首をかしげ、キョトンとした顔を見せてアオイに言った。
何を勘違いしたのか。
そんなことでイチイチ怒っておれんわ。
午後は家でダラダラ。
これがここ数百年間続けているワシのルーティンじゃ。
「そ、そうですかぁ。でもぉ、お夕飯はちゃんとしますからぁ。安心してお寛ぎ下さいねぇ・・・ほらぁ!ミドリコォ!今から食事のマナーを叩き込むからねぇ!覚悟しなさいぃ!」
アオイは物凄い剣幕でミドリコの首を掴んだかと思うと、そのままどこかへ連れていってしまった。
ふむ。
まあよいか・・・
確かにああも節操なくガッつくミドリコを教育するのは必要なことなのかもしれんからな。
ここはアオイに任せて、ゆっくり寛ぐとするかのう。
さてと・・・
ワシは食事を終えて満足気に毛繕いをしている従魔を呼び寄せた。
そして玄関から一緒に家に入ると、絨毯の敷いてあるダイニングでこれまた一緒にゴロンと横になる。
近くで感じるこのモフモフ感。
ああ、こやつは本当に最高じゃ🖤
この後夕飯前まで、宣言通りひたすらダラダラを決め込むワシであった。
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