第5話 この人敵ですぅ嫌いですぅ
「おい!そなたら!いるのはわかっておる。出てこい!」
ワシは一先ず結界の外に出て、侵入者共に姿を現すように声を上げた。
「何ですか何ですかぁ?どうしたんですかぁ?」
何事かとアオイは駆け寄ってきて、そしてワシの斜め後ろに立つ。
程なくして、そいつらは姿を現した。
「お久しぶりです。クロア様。」
現れたのは五人の男達。
しかし賊という風体ではなく、皆が騎士の鎧を身に纏っている。
その中央に立つ、他とは別格のオーラを放つ20代前半の男。
やはりこやつか。
男は黄金色の髪を闇夜に輝かせ、その端正な顔を伏せてワシに頭を垂れている。
「うむ、久しぶりじゃのう。マルタス坊。」
ワシはこやつと面識がある。
こやつは『アサワハヤイ王国』の第一王子にして次期国王の坊主じゃ。
こやつと会ったのは確か10年くらい前じゃったかな。
何もなければこやつと出会うこともなかったのじゃが、国王、つまりこやつの父親が事もあろうかワシのいるこの森に手を出そうとしてきたのじゃ。
ワシと事を構えることがどんなことかもわからない愚王。
なのでキッチリと立場を分からせてやるために城まで行き、散々脅してやったわい。
その最中、父親の後ろでブルブル震えている小僧がおった。
それがこのマルタスだったのじゃ。
こやつの魔力色はその時に覚えた。
もしかすると数十年後、また愚かな行為をしてきたら立場をわからせるために行くかもしれんじゃろう?
じゃから必要なことじゃたのじゃ。
まあそんなことにならんことを願うばかりじゃが・・・
しかし、この場においてもやはり立場がわかっていないやつはいるもので・・・
「貴様!王子に向かって何だその呼び方は!訂正しろ!」
マルタスの隣にいた騎士がワシに突っ掛かってきた。
何じゃ?
今の時代の奴等はワシのことを何も知らんのか?
やれやれ、めんどくさいのう。
ワシはその騎士に魔法『
しかし・・・
ポカッ!
その前に、マルタスがすかさずその騎士の頭を殴った。
「すみません。こいつには後でしっかりと教育しておきますので、どうかお許しください。それにしても・・・貴女は変わらずお美しいですね。願わくば私の妃になってほしいくらいです。」
うっとりした顔でワシを見てくるマルタス。
背筋に寒いものを覚えるのう。
こういうやつは正直苦手じゃ。
「社交辞令はよい。して、お主らワシに何か用があるのか?」
何もなくここに来るとは思えん。
返答によってはただじゃ済まさんがな。
「はい、実は・・・私、この度勇者の称号を与えられのです。そして魔王討伐の命を授かりました。なのでこれから魔王の一人を討ちに向かうところなのですが・・・その為にはこの森を抜けなければなりません。」
ほうほう。
かなり無謀なことをしよるのう。
結界に入れないとはいえ、こやつら程度のレベルでこの森を抜けようとするとは。
因みにこの結界は、ワシが許可しない限り、レベル30以上の者は入れん様になっている。
こやつらが入れず、レベル1だったアオイが入ることが出来たのはそういう理由じゃ。
「しかし・・・この森に入った直後、我々では到底勝てないような魔獣に出会ってしまいまして・・・クロア様に助けていただこうと命かながらここまで逃げてきたのです。でも結界があって敷地内には入れず、茂みに身を潜めていたのです。」
成る程のう。
しかしな、この森の魔獣一体すら倒せないような奴等に魔王が倒せるとは思えんのじゃがのう。
「お主達がここに来た理由はわかった。じゃがな、ワシがお主らを敷地内に入れてやる理由にはならんな。」
当然じゃろう?
何でわざわざ今後トラブルになるかもしれんであろう奴等を招かねばならんのじゃ。
こやつらは身の程を知ってとっとと帰るべきなのじゃ。
「そこを何とか!端の方だけでもお貸しいただければ貴女様にはご迷惑はお掛け致しません。」
しつこいやつじゃのう。
ワシとしてはもうこやつらのことは放っておいて、早く家に入りたいのじゃがな。
さぞアオイも呆れてこのやり取りを見ていることじゃろう。
ワシは斜め後ろにいるアオイをチラリと見た。
・・・
・・・ん?
アオイはマルタスを、目を離さずじっと見つめている。
おっとこれは・・・
そういうことか?
ならば・・・
「もうよい。結界の中には入れてやる。その辺の隅で夜営でもなんでもせい。その代わり、明朝には必ず立ち去るんじゃぞ。よいな。」
一応敷地内に立ち入ることを許可した心優しきワシ。
このまま魔獣の餌にしてやってもよかったが、それをアオイは嫌がるかもしれん。
「わ、わかりました・・・因みに・・・先程から気になっていたのですが、後ろの少女は誰ですか?後、その少女の肩に乗っている生き物は・・・」
恐る恐るといった様にワシに聞いてくるマルタス。
やはり気になるか。
うむ。
本人に自己紹介させるかのう。
ワシはチラリとアオイに目を向ける。
すると何かを察したのか、マルタスから見えないようにワシの後ろに隠れてしまった。
おやおや。
さては照れておるのか?
仕方無い。
ワシが紹介するとしよう。
「こやつの名前はアオイ。今日からワシと共にこの家で暮らすものじゃ。そしてこの魔獣は先程こやつがダンジョンでテイムしてきた小ドラゴンじゃ。」
簡単な紹介じゃが仕方あるまい。
何せワシもまだアオイのことを殆ど知らないのじゃ。
「アオイさんっていうのですね。小さいとはいえドラゴンをテイムするとは素晴らしいです。それに・・・こちらもまたクロア様とは違う可愛らしさがあって素敵ですね。」
マルタスはまるで吟味するかのように、ワシに隠れて殆ど見えないアオイを見ている。
ん?
こやつもまんざらではないようじゃな。
ならこやつらは両思い・・・
「チッ!」
?
後ろから舌打ちが聞こえたぞ?
・・・気のせいか?
取り敢えず、このままここにいてもアオイが緊張するだけじゃろう。
こやつらは放っておいてとっとと帰るかのう。
アオイとしては名残惜しいかもしれんがな。
「そなたら!許可は出したが、騒がずひっそりとその辺で過ごすんじゃぞ!わかったな!・・・さあいくぞ、アオイ。」
しっかりと注意した後、ワシはアオイ(とシャドウドラゴン)を引き連れ、家の中に入っていった。
・・・
「主様ぁ、さっきの男の人とはどういった関係なんですかぁ。」
家に入り、風呂の代わりに魔法で身体を綺麗にした後のことじゃ。
藪から棒に聞いてくるアオイ。
「何じゃ。気になるのか。」
やはりアオイはあやつに惚れてしまったのかのう。
ワシとあやつの間に何かあると思って、焦っているのかもしれんな。
まあ何もないのじゃが。
しかしこの様子だと・・・
・・・フゥ。
折角出来た炊事番じゃが・・・アオイがマルタスと結婚したいと言えば、ここは応援してやってもよいか。
マルタスは一国の王子にして好青年で美青年じゃ。
中々の高物件じゃろう。
あやつとならばアオイは幸せになれるかもしれん。
まあ一先ず、ワシとマルタスの関係を教えてやろう。
「あやつとは10年ほど前に一度だけ会っただけじゃ。その頃はまだはな垂れ小僧じゃったがのう。よくもまあワシのことを覚えていたものじゃ。」
事実、本当によく覚えていたものじゃ。
余程ワシの威圧が印象深かったのかのう。
まあ、あの時は城内の者共全員威殺すつもりじゃたからな。
トラウマにでもなってしまったかもしれん。
というわけで、マルタスとワシにはその程度の繋がりしかないのじゃ。
「そうですかぁ。それならよかったですぅ。じゃあ
アオイは両腕を上げ、うーんと背中を伸ばした後、迷わず剣の柄を握りしめた。
「待て待て待て待て。どうしてそうなるのじゃ。お主、あやつに惚れたんじゃないのか?」
あれだけマルタスを見つめていたのに、どういう心境の変化じゃ?
「そんなわけないじゃないですかぁ!私が惚れてる?のはぁ・・・主様だけですぅ🖤」
頬を染めるアオイ。
うむ。
またしても背中に寒いものを感じたぞ。
そしてどうやらワシは勘違いをしていたらしい。
アオイはマルタスを見つめていたのではなく、睨んでいたのじゃ。
そしてあの舌打ちも気のせいではなく、心底気持ち悪くて発したものじゃったのだ。
「じゃあ殺ってきますねぇ♪」
鼻唄を歌いながら鞘から剣を引き抜き、玄関に向かおうとするアオイ。
「これこれこれこれ待たんか。何故にあやつに対してそんなに血の気が多いのじゃ。」
シャドウドラゴンにはあれほど同情的じゃったのに、マルタスにはかなり好戦的じゃないか。
この違いは一体何なのじゃ?
「だってぇあの人ぉ。主様に色目使ってたんですよぉ。許せるわけないじゃないですかぁ。」
?
色目なぞ使われていたか?
う~む。
確かにそれはそれで迷惑な話じゃが。
しかし命を奪うほどのことでもなかろう。
何とかアオイをなだめようとする可哀想なワシ。
しかしそんな時じゃった。
「おい!お前ら!王子の食べ物を用意しろ!後、風呂も準備しておけ!」
勢いよく玄関の扉を開き、先程の騎士の一人が無謀にもワシに命令をしに来た。
どうやらマルタスの教育がなっていないようじゃのう。
どれ。
アオイではないが、消してしまおうか。
等と思っていたら後ろから慌てたようすのマルタスが走ってきてこやつの頭を思い切り殴り付けた。
「バカ野郎!お前!ほんとに・・・クロア様申し訳ございませんでした!何分こいつはクロア様のことを何もわかっていない輩でして!どうかお命だけはご勘弁を!」
騎士の頭を強引に下げさせ、自らも頭を下げるマルタス。
まあ、そこまでされたら何もせんが。
しかしワシが許したとしても・・・
「だめで~すぅ。刻みま~すぅ♪」
アオイはにこやかに、笑いながら剣を振り上げた。
やはりか。
さっきからやたらと殺気を放っていたからのう。
ワシは急いでアオイの前に立ち塞がり、止めにはいった。
「止め止め止め止めーい!ほれ、お前達はとっととここから離れよ。でないと本当に刻まれるぞ。」
「は、はいー!失礼しましたー!」
慌てて逃げていく大の男達。
しかしアオイは二人を追うようにワシの隣をゆっくりと通りすぎると、玄関から一歩外に出てマルタス達に向かって剣を一振りした。
放たれる風刃。
そしてそれは逃げていくマルタス達を追い抜き、設営されていた寝床やら何やらを無惨にも粉々にした。
「フウゥ。スッキリしましたぁ。」
いい顔をしているアオイは剣を鞘に納め、ワシに向き変える。
「さあご飯にしましょうぅ。すぐに出しますから待っててくださいねぇ🖤」
何も悪気がない様子のアオイ。
手をテーブルにかざし、スキルを発動させようとする。
じゃが、ワシは一旦アオイを止めた。
「ちょっと待て。因みに聞くが、もし奴とワシに何かあったりしてたらどうするつもりだったんじゃ?勿論絶対に無いことなのじゃがな。」
あまり恐怖を感じたことのないワシじゃたが、この時ばかりは恐る恐る慎重に聞くことにする。
何かとんでもないことを考えていそうで怖いのじゃ。
「えぇ~。そんなの決まってるじゃないですかぁ。もういっそ殺してくれって言わせるまであの男に責め苦を味わわせた後ぉ、首から下を地面に埋めてぇ、顔が飛んでいくまで顔面を蹴り続けますぅ。そして主様を殺して私も死にますぅ。」
おおっと。
こんなことをさも当たり前のように笑いながらいうアオイに、ワシは流石にドン引きしてしまった。
どうなっておるんじゃこやつは。
何度も言うが、正直測りきれん。
しかし、そんなドン引きしているワシを前に、アオイはクスクスとからかったように笑い始める。
「えへへぇ。冗談ですよぉ?真に受けないで下さいよぉ。そんなヤンデレみたいなことしませんからぁ。安心してくださいねぇ。」
どうだか。
とにかくこやつがまともじゃないことはわかったわい。
ハァ・・・
果たして明日から、今までのような平穏な日々を送れるのかどうか心配になってきたぞ。
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