第4話 主様ぁこの子飼っていいですかぁ

 

 ダンジョンの中に入ったワシとアオイ。


 季節は夏前じゃがダンジョンの中はしっとりと肌寒く、しかし生暖かくもあった。

 ゴツゴツとした岩だらけの洞窟のようなこのダンジョンの一階は一本道になっており、そのまま少し勾配のキツイ坂を降りて地下二階に行けるようになっている。

 一階とはいえ勿論魔物は生息しておるのじゃが、やはりワシの力を恐れてか姿を現さない。

 このまま歩いて下の階に行くのは容易いが、時間がかかってしまうじゃろう。

 元々アオイには取り敢えず地下十階まで一人で行かせる予定だったのじゃが、それでも適当に魔物を倒しながら行って帰って来るだけで三時間程掛かる。

 まぁ妥当な時間だと思うのじゃが、今回の目的階は地下150階じゃ。

 悠長に歩いて行くわけにはいかん。

 というわけで、ワシ達は入って直ぐにスキル『空間移動』で一気に地下150階までやって来た。


 そこは地下とは思えないほどの広い空間。奥には大きな扉があり、ヌシはその扉の先にいる。

「ふぇぇ・・・本当に便利なスキルですねぇ。先程は怖い気持ちが勝っててあまり感動出来ませんでしたが・・・改めて主様の凄さを実感しましたぁ。好きですぅ🖤」

 そう言いつつ抱き付いてこようとするアオイをヒラリとかわす。

 まったく・・・こやつには緊張感というものがないのか。

 さっきまであんなに怯えていたくせに。

 これからヌシと戦うのじゃぞ?

 抱き付くことが出来ず派手に地面に転んでいるアオイに対して、ワシは冷めた視線を送る。

 それに気付いたアオイは何故か顔を赤らめ、照れ始めた。

「いやですよぉ🖤そんなにスカートの中見られたらぁ、流石の私も恥ずかしいですぅ🖤」

 何を言っておるんじゃこやつは。

 確かにスカートが捲り上がって下着が丸出しじゃったが、見たくて見たものではないわ!

 っていうかそんなもの見せるな!

 ・・・などとやっているワシらに気付いたのか、このダンジョンのヌシが扉の奥からのそりとその姿を現した。

「あわわわぁ。何ですかぁあれはぁ・・・」

 恐怖混じりの声を出すアオイ。

 まあ仕方無いか。

 出てきたのは全長20mは優に越すドラゴンじゃからのう。

「あれは一体何ですかぁ!怪獣じゃないですかぁ!あんなの私が勝てるわけないですよぉ!」

 アオイは弱気なことを言う。

 しかし大丈夫じゃろう。

「安心せい。ほれ、あやつのステータスを見てみよ。そなたも鑑定が使えるじゃろう。」

「ううぅ。わかりましたぁ。」

 言われるがままアオイは鑑定を使った。



 ーーー

 職業  ダンジョンボス

 種族  シャドウドラゴン

 属性  闇

 年齢  511

 性別  女

 レベル 609

 体力  1207

 攻撃力 953

 魔力  901

 物理防御力 815

 魔法防御力 826

 素早さ 562


 魔法

 上級闇魔法・中級闇魔法・初級闇魔法

 上級火魔法・中級風魔法


 スキル

 影渡り・影縛り

 警戒・威嚇・魔力探知

 毒無効


「あれれぇ。見かけによらず大したことないんですねぇ。」

 ホッとしたように言うアオイ。

 このステータスを見てそんなことを言えるやつはこの世界にそうそうおらんじゃろう。

 じゃがこの場ではそれでいい。

 気負ってしまってはアオイのメンタルがダンジョン手前の時に逆戻りじゃ。

「まぁそういうことじゃ。ほれ、とっととその剣を振ってみい。」

 ワシはアオイに攻撃を命じる。あまり乗り気ではないアオイは仕方無いといった様子で剣を振り上げ、そしてその場で振り下ろす。


 ブワワワッ


 薙いだ空間に三つの風刃が発生し、そのままシャドウドラゴンに向かっていく。

 ただならぬ攻撃力を含んでいると察したシャドウドラゴンは急いでかわそうとする。

 しかし、全てはかわしきれず背中に生えている二つの大きな翼の一つを切り落とされてしまった。

「あぁっ!ごめんなさいぃ!」

 何故か謝るアオイ。

 どうやらこやつは生き物を傷付けることに慣れてないようじゃな。

 この世界では魔物が出たら倒すのが常識じゃ。

 ある程度の年齢になると、低級の魔物くらいは倒せるように魔族も人族も学舎に通い、戦闘の訓練をするのが慣わし。

 自分が生きていくために他の生き物を傷付けなくてはいけない場面が多としてあるのじゃ。

 アオイの優しい性格がこの後仇にならなければよいのじゃが・・・

 まぁそんなことはさておき、アオイに強い警戒心を持つシャドウドラゴン。

 まさかいきなりダメージを負わせられるとは思っていなかったのじゃろう。

「グルルル・・・」

 暫くアオイを凝視した後、ゆっくりと地面に消えていくシャドウドラゴン。

 決して穴を開けて潜っていっている訳ではない。

 シャドウドラゴンは自分の影の中に入っていっているのじゃ。

 そして瞬く間に姿を消す。

 じゃが次の瞬間・・・


 キィィイーーーン


 ワシ達がいるすぐ側にある瓦礫の影からシャドウドラゴンは首だけだし、口を大きく開けアオイにダークブレスを放とうとしていた。

 ワシなら軽く避けられるがアオイでは無理じゃ。この距離では避けられんな。

 まあそうとはいえ、この程度の攻撃なら避けるまでもないのう。


 ボォーーゥン!!


 放たれたブレスの直撃を受けるアオイ。

 ワシも近くにいたからその余波を喰らった。

 派手な爆風は上がるが、勿論なんてことはない。

 ワシは少し付いた服の埃を軽く払う。

 そしてアオイは・・・

「ビックリしましたぁ。何ですか今のはぁ。物凄い攻撃でしたけどぉ。」

 土埃が晴れ、無傷のアオイがキラキラした目でワシを見てきた。

 うむ、予想通りこれなら何の心配もなくドラゴンを倒せそうじゃな。

 しかし可哀想なのはこのドラゴンじゃ。

 あの魔力量から察するに、おそらく渾身の一撃だったのじゃろう。

 じゃがそれは無情にも相手にかすり傷一つ付けられなかったのじゃ。

 つまりもう、こやつにはアオイを倒す手は残されていないことになる。

「アオイや。もうこやつは手詰まりじゃ。追い撃ちをかけてやれ。」

 ワシはアオイに指示を出す。

 しかしアオイは動かない。

 何故じゃ?

「・・・うれしいですぅ・・・初めて・・・初めて主様が私の名前を呼んでくれましたぁ。感激ですぅ。」

 目をうるうる潤ませるアオイ。

 ・・・そうじゃったか?

 う~む、確かにそうかもしれんな。

 じゃが今はそんなことを言っている場合ではない。

 モタモタしてると夜食の時間がどんどん遅くなってしまう。

「そうか。ならばこれからはどんどん名前を呼んでやる。じゃからなアオイ。とっととソイツを倒せ。」

「!ハイィ!!」

 俄然やる気を出したアオイは剣を構え、シャドウドラゴンがいると思われる方角を向いた。

 今は影に潜み、姿が見えない。

 暫しの膠着状態。

 その状況に、早々と痺れを切らしたのはアオイじゃった。

「出てきてくださぁーい。出てこないならぁ・・・」

 そういった後、アオイは剣を振り回し闇雲に風刃を辺りに飛ばした。

「このダンジョンごと破壊しますぅ。」

 とんでもないことを言ったぞこやつ!

 言うに事欠いてここを破壊?・・・そこまでするやつがあるか!

 しかしアオイの暴走は止まらない。

 気付けば上の数階部分まで攻撃が及んでいる。

 きっと何体かの魔物も巻き添えを食っていることじゃろう。

「アーハッハッハーーァ!」

 狂気に満ちた笑い声を上げるアオイ。

 何なんじゃこやつは。

 いまいち掴みきれん。

 しかしこれでもまだシャドウドラゴンは姿を現さない。

 もしや・・・逃げようとしているな?

 奴の魔力を辿ると、少しずつ離れていっているのがわかる。

 逃がさんよ?

 ワシはアオイの背中合わせ立ち、指をパチンと鳴らした。

 するとシャドウドラゴンはワシの前の広い空間に姿を現す。

 スキル『空間移動』の応用技じゃ。

 奴の魔力をワシの魔力で捕まえ、強制的に転移させたのじゃ。

「アオイ、いつまで上を攻撃しておる。こっちじゃ。」

 とち狂った様に上の階を攻撃していたアオイを誘導する。

 このままこのダンジョンを壊すことはワシの本意ではない。

 ダンジョンとは修練場じゃ。

 人族や魔族が己と向き合い、成長していく場所。

 そういった場所を破壊してしまえば三大神も悲しむじゃろう。

 ワシはあやつらと仲が良いからのう。

 出来れば苦労をかけたくない。

 ワシの誘導通り、アオイは振り返り目の前の空間を攻撃し始めた。

「ラァラァラァラァァ!」

 無数の風刃が飛ばされる。

 シャドウドラゴンは急いで影に潜ろうとするが間に合わなかった。


 ザザザザザザシュッ!


 いくつもの刃がシャドウドラゴンを切り裂く。

 血は辺りに飛び散り、苦悶の声を上げた。

「グアアアア・・・」

 その叫び声を聞き、アオイはやっと正常に戻った。

「あああぁ!ごめんなさいぃぃ!」

 意識を失い、事切れそうになって崩れいくシャドウドラゴンに慌てて剣を納め駆け寄るアオイ。

 そのおびただしい数の傷や血を見て青ざめておる。

「私ぃ・・・何てことをぉ・・・主様ぁ!この子助けられませんかぁ!」

 涙を流し、シャドウドラゴンに優しく手を置いているアオイはワシに懇願してきた。

 自分がやったことだというのに・・・

 ・・・

 ん?

 そうか。

 そういうことか。

 おそらくアオイには自分がしでかしたという意識が無いのかもしれん。

 というのもワシが授けた細剣にはある特性がついていた。

 それは・・・

 一太刀でも相手に傷をつけれはその装備者は狂戦士になってしまうというものじゃ。

 魔力が高いものが扱えば抑えられることが出来るが、如何せんアオイの魔力では・・・

 ・・・

 フゥ・・・

 仕方無い。

 ワシは上級回復魔法でシャドウドラゴンの傷を治してやることにした。

「アオイ、退いておれ・・・『キュア』。」

 ワシが魔法をかけるとシャドウドラゴンは光に包まれ、みるみる内に傷が治っていく。

 そして数秒の後、シャドウドラゴンは完全に回復した。

「これでよいか?」

「はいぃ。ありがとうございますぅ。」

 アオイはワシに抱き付くと感謝の言葉を述べる。

 まぁ別に構わんのじゃが・・・これではレベル上げが出来んぞ。

 怖がりな上に優しすぎる。

 こやつには残念ながら・・・戦士としての素質が無さすぎるのう。

「グル・・・」

 お?

 どうやら意識が戻ったようじゃな。

「もうここに用はないのう。レベル上げに関しては、別の方法を考えることとしよう。」

 実はレベル上げにはいくつか方法がある。

 しかしそれはあまりにも気の長い話なのじゃ。

 じゃが・・・仕方無いじゃろう。

 これからは共に悠久の時を過ごすアオイに、これ以上無理を強要するのは酷じゃからな。

 ワシは抱きついているアオイをそのままに、空間移動を使おうとした・・・のじゃが・・・

「ちょっと待ってくださいぃ!」

 アオイはワシから離れ、シャドウドラゴンに近づいた。

「主様ぁ。この子飼ってもいいですかぁ?」

 何を言うかと思えば、とんでもないことを言い出したぞこやつ。

 勿論ワシは許可などせんぞ。

「駄目に決まっておるじゃろ!そんな巨体、どこで飼えと言うのじゃ!家や庭には置いておけんぞ!」

 まったく・・・

 唐突におかしなことを言うもんじゃな。

 何を考えておるのじゃ?

「でもぉ・・・でもぉ・・・私ぃ、いっぱいこの子傷つけちゃったしぃ・・・私にやられちゃうような弱い子は守ってあげたいんですぅ。こんな場所に置いておけませんよぉ。」

 うるうるキラキラ光線を目から出し、おねだりしてくるアオイ。

 う、う~む。

 ・・・

 ・・・

 くっ!

「ああ!わかったわかった!連れていくがいい!じゃがその大きさでは無理じゃからワシのスキルで小さくするぞ。それでいいな!」

「ハイィ!それでいいですぅ。ありがとうございますぅ。愛してますぅ🖤」

 言いながら唇を奪ってこようとするアオイを右手で押し退け、ワシはスキル『魔力圧縮』と『伸縮大小』を使った。

 まず魔力を圧縮させ、小さくする。これは決して魔力量が少なくなるといったものではなく、濃縮させるといったものじゃ。

 そして次のスキルで体を小さくさせ、小型の魔獣並の大きさへと変えた。

 単純に大きさを変えるだけではこやつの魔力が外に駄々漏れになってしまうじゃろう。

 なので魔力圧縮はどうしても不可欠だったのじゃ。

 自分の身に何が起きたのかわからず混乱しているシャドウドラゴンをヒョイッと拾い上げ、アオイは頬擦りした。

「かぁいいですぅ🖤これから宜しくですぅ🖤」

 うむうむ。

 ほっこりする光景じゃのう。

 まぁシャドウドラゴンはジタバタ暴れているが・・・

「そういえば其奴には名前が無かったのう。そなたが名前をつけてやってはどうじゃ?」

 家に連れ帰る訳じゃし、呼び名がシャドウドラゴンでは情も沸きづらいじゃろう。

「う~ん・・・そうですねぇ・・・シャドウドラゴンですからぁ・・・黒い・・・影・・・ドラゴン・・・・・・!よし!決めました!この子の名前はこれからミドリコです。」

「何でじゃ!」

 思わず出てしまったワシのツッコミは、ダンジョン内の地下50階にまで響き渡ったのじゃった・・・


 ・・・


 5分後


 ワシ達はスキル『空間移動』でダンジョンから一気に家の敷地内まで戻ってきた。

 フゥ、大したことはしてないのじゃが、何か凄く疲れたぞ。

 早く湯あみをして、夜食が食べたいのう。

 しかし・・・

 気付いてはいたが、敷地の外に招かざる客が複数人潜伏しているのようじゃ。

 どうせ結界に阻まれ敷地内に入っては来れないじゃろうがな。

 だからといってこのまま放っておくのものう。

 アオイもおるし・・・湯編み姿を遠くから覗かれでもしたら気分が悪い・・・うむ、やはり目障りじゃな。

 やれやれ・・・

 もう一仕事するかのう。

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