第9話 あの男は一体・・・

偶然にも空から落ちてきた鳥の羽根と共にアムーダの花弁を手に入れた。しかしその直後、目の前に他のモブキャラとは一線を画した行動をしてみせる自称神を名乗る謎の男が現れた。その男は人の話は全く聞かず独りよがりで一方通行な質問しかしてこない。ただ一つ、男が最後に言い残した言葉、「世界とは仕掛けのある箱だ」その言葉だけが延々と答えを求めて頭の中を彷徨っている。

俺はあの男の事を考えながらアムーダの花弁をバッカニアの王に届けるべく歩みを進めていた。進み続けることが俺が現実に戻れる唯一の方法だと直感で感じ取っていたからである。花弁を手に入れる時に噴水の水で服が濡れてしまったせいで身体が気持ち悪い。バッカニアに戻る前に服を新調しよう。とはいえバグだらけの世界で衣服のデザイン、ゲーム内でいうところのテクスチャがどのように適応されるのか実際に来てみて初めて服を買うから正直慎重にならざるを得ない。バグはしょうがないにしてもデザインだけはせっかくならこだわりを持ちたいと今までのクソゲーの中でもなんとか頑張っていた。だが、それはあくまでゲーム画面を自分で操作している場合の話。自分自身がこの世界にいる場合はどうなるのだろうか。見た目は現実世界のままだが、服装だけはこの世界に来たときにはゲームの主人公と同じ格好をしていた。先程からニアニス王国の衣服を取り扱っている店を見て回っているが、見た目は良さそうでもいざ高いゴールドを支払ってテクスチャがバグってしまった時の事を考えるとどうにも気が引けてしまう。俺は考えた。

高いゴールドを支払って一か八かワンチャンを狙って買ってみるか、大人しく服が乾くのを待つか、いや、バッカニアの国王がそこまで待ってくれるとは思い難い。それに俺自身早いところミッションは終わらせてしまいたい。

そこで俺は裏技でも禁断と呼ばれている技の一つを使うことを決めた。それはどんなゲームでも存在する有名なバグ技。[無限増殖系バグ]である。

ゲーマー業界だけでなく、やり方が一般にも流失している現代ならばリスクはあるものの誰でも出来てしまうのが今からやる増殖バグ。例えば有名なオープンワールドのゲームでは所持しているアイテムを特定のやり方を行う事でカンスト値まで増やすことが出来たり、今からやるような所持金をカンスト値まで増やすことが出来たりとやり方さえ応用すれば基本的にどんなものでも増やすことが出来てしまう。だがこの技はやってしまうとゲーム自体がヌルゲー化してしまうために結局最後までクリアせずに途中で攻略の楽しみを失い引退してしまうユーザーがあとを絶たないからだ。俺も以前に既にクリアしているゲームでその技を使ってみたことがあったがやりこみ要素が失われて一気にそのゲームに対しての熱が冷めてしまった経験がある。確かにゴールドはこの世界で一生を過ごせるような金額が一瞬で手に入るが、今後の展開に支障を来さないか心配だ。

「だが、しのご言っているいる場合でもない。まずは・・・」おっと、ここから先は見せられない。これ以上悪用されて途中で飽きてしまうゲームユーザーを増やさないためにも理解してほしい。

干渉はしてこないものの街のモブキャラ達に見られないように人気の少ない路地に入り、技を実行した。五分ほど秘密の作業をしてようやくゴールドの無限増殖完了。ステータス画面のゴールドの表示はカンスト値まで増えていた。これでテクスチャバグを恐れずに服を買うことが出来る。ニアニス王国の中で気になった服を取り扱う場所は計3箇所。まずはその一箇所目に行くことにしよう。とはいえ、濡れたままの身体で店の中をうろつくのはモブキャラが決まったセリフしか吐かないとはいえ、いくら引きこもりの俺でもそこまでのモラルは理解している。そこで俺は全身を薄いバリア魔法で覆い、店内に水滴が落ちないよう店を出るまで全身に神経を張り巡らせた。置かれている服を物色し、気に入ったものを次々と購入していく。服の中には着用することでステータス上昇の特殊スキルを持つものもあるが、それはこの辺りでは期待できない。もっとレベルが上がり、先の街に行かないとそれらが置いてある店が街にあることはない。一店舗目で購入した服をインベントリにしまい、二店舗目に向かう。何故試着をしないのか、もちろん濡れたままの身体で試着なんて出来ないし、それよりも現実に一人で衣服を扱う店に入ったことのなかった俺は目の前に店員がいたにも関わらず何も言わないままそれらを購入してしまった。悪い言い方だがゴールドはいくらでもある。もし気に入らなくてもこれから何かに使えるかもしれない。

そんな事を考えながら歩いているといつの間にか足は二店舗目の店に到着していた。そこは一店舗目とは系統が異なり、一店舗目はどちらかと言えばカジュアル?な感じの服だったがこの店はむしろ大人な雰囲気の服が多いイメージだ。現実世界の俺には到底合わないだろう服ばかりだが、この世界の俺の身体は現実世界ほどやわな体型ではない。きっとこの服でも似合うはずだ。同じくいくつかピックアップし購入した。そして3店舗。ここは3軒の中でとびっきり不思議な店だった。そこはゲームではマップ上に表示されるが存在はその周辺を探してもどこにもない。何かバグが関係していると調べてみたがシステムのロムも確認したがやはり店のプログラムは構築され、確かにマップに表示されている場所にあるはずなのだが、やはりそれはどこにも存在しない。何故なのかどうしてもわからなかった。だが・・・ゲームでは存在すら見せなかったその店が今、何故かこの世界では俺の前に異様な雰囲気を放ってまるで来る者を拒んでいるようだった。

思わず俺は息を大きく飲み込み、扉のノブに手を掛けて意を決して勢いよくそのこれまで閉ざされていた世界をこじ開けた。

するといきなり目の前が真っ暗になり、空間が孤立した裏の世界のような空間にいつの間にか迷い込んでしまったみたいだ。辺りを見回しても一寸先も全くの闇。俺がアムーダの花弁を手に入れる時にニアニス王国の端から端まで移動する時に使ったあれと性質こそ同じだが、裏の世界は一歩でも間違えると一生その空間から出られなくなるリスクがあるバグ技だ。まさかこのゲームでは存在しなかった場所がこの世界では裏の世界と繋がっているとは・・・。全ての情報は頭の中に入れていたつもりだったがこうなるとはゲーム脳の俺でも予想もつかなかった。この場所から一歩も動くことの出来なくなった俺は裏の世界特有のゆっくりと進む時間の流れを利用して少し考えた。俺は何故、この世界で今まで現実でやってきたゲームを自らの身体で、いや性格には二次元の身体でプレイしているのか。何度考えても自分が納得の行くような答えがどうしても見つからない。前にネットで答えのない論争というスレを見つけた時、スレの中で複数の議題に対し、何人ものネット住民がそれぞれの答えを言い合い、度の人の答えがより正解に近いかという論争ゲーム。正しい正確な答えを導き出すのではなく、あくまで近い答えを全員で見つけ出し、自己的解釈で納得するだけのものだが、俺はそのスレの内容があまりにも馬鹿らしくてどういった答えが導き出されるのか気になって三日三晩発言はしないものの見入ったことがあった。今、俺が置かれている状況をそのスレに立たせると何も知らないネット民があれこれ的を得ていない内容を自慢気に話し出すんだろうなと呑気に考えている。

「何を呑気に考えているんだ、俺は」我に返った俺はすぐさまこの空間から脱出を試みた。まずは普通に裏の世界から出る一般的な方法を試してみる。ゲームでは真っ黒な裏の世界とゲーム画面できっちりと世界が分かれており、遠い距離を移動したい時は予め座標を割り出し、裏の世界での歩数を計算。割り出せたらそれにそって一歩も間違わないように移動するだけ。それで例え遠すぎて現在のゲーム状況ではイケない場所でも移動することが出来る。ゲームを知らない人達からすれば移動できるだけだと思うだろうがそうではない。本来なら手に入るはずのない没データのアイテムやキャラクターを違法な手段を持ちいらず入手できてしまうのがこのバグ技のいいところ。大抵のゲームには裏の世界が存在し、それを行き来する方法もそのゲームこそやらないながらも知識としては頭の中に入れているが、この世界ではそれらの方法はどうやら通用しないみたいだ。

暗闇の空間の中でそこが床かどうかもわからないままにあぐらを掻き思考を巡らせるが、まさか自分が知り尽くしているバグ技で悩むことになるとは思っていなかったせいか上手く打開策が思い浮かばない。暫くそのまま考えるとまたあの聞き覚えのある声が頭の中に響いてきた。

「どうやらお困りのようだが、私が少し手でも貸してやろうか?」偉そうな口調で頭の中に直接話しかけてくる男の声はどうにか自力で裏の世界を出ようと方法を考えている思考の邪魔をしてくる。無視をしようにも頭の中に直接話しかけられる言葉は嫌でも意識してしまう。

「あんたの手を借りるつもりはない。俺は自力でこの世界を出てみせる」

「そうか、ならば私の手はいらぬ世話というわけか。しかし、一つ忠告しておくがこの世界は君が知っている世界とは異なる場所。いわば異次元の世界に近い。これまで簡単に出られていた世界とはわけが違う。おそらくだが、君一人ではこの世界は出ることは出来ないだろう」あくまで想像の中でだが、口元に僅かに笑みを浮かべながらいっている姿がどうしてもちらつく。

「何が言いたいんだ?全てを知り尽くした俺がこの世界から出られないとでも本当に思っているのか?」

「思うより確信している。私が生半可な方法では出られないよう構成し、作り出した世界なのだからな」

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