第6話  アムーダの花弁

馬車の主人に別れを告げニアニス王国へと入国した。巨大な門をくぐり抜けた先にはバッカニア以上の賑わいがあった。様々な声や音楽が至るところから聞こえてくる。仕事をするもの、買い物をしているもの、昼間から酒を飲んでいるものなどどこへ視線を送っても変わらない景色が広がっていた。そんな人混みの中、人間たちの中に獣の耳や爬虫類のようなしっぽを生やしたいわゆる「獣人」がぽつぽつと混じっていることに気がついた。そういえば・・・

FOMの世界で生きる種族は大きく分けて三種類存在する。一つは俺と同じ人間種。次に獣に人間の血が混じった突然変異種の獣人。しかしこれは突然変異と言っても昔のこと、FOMの今の世界線では最早当たり前の存在である。そして最後に俺が倒すのに何時間もかけたスライムや祠の中で眠っていた龍の王などを含めたモンスター種。これがこの世界でおおまかな種族になる。しかしこれまた引っかかる。樹人がストーリーで現れるのはニアニス王国の次の国からのはず。獣人種は人間とは違いそれぞれに動物的な特殊能力が備わっている。そのためゲームのイベントの中には「サーカスに連れ攫われた獣人の子供を救い出せ」などというミニイベントが起きることも。

てかこの世界の子供攫われすぎだろ!とパソコンの画面に向かって一人ツッコんだ記憶に恥ずかしさがこみ上げる。いや、そんなことよりも出て来るタイミングが違うということはこれもバグなようだ。おそらくこの国でもなにか別の場所と座標が混じってしまっているのだろう。歩みを進めるたびに必ず獣人とすれ違う。絡まれる面倒臭い事が起こりそうな予感。特に男の獣人は種族によっては気性が荒い者もいるためなるべく関わらないようにして早いとこバッカニア国王からの仕事を終わらせてしまおう。イベント欄を開き仕事の内奥を確認する。

「バッカニア国王から頼まれた「アムーダの花弁」を入手しよう」

アムーダの花弁だと!?バッカニア国王はバカなのか?[アムーダの花弁]がどれだけのレアアイテムか知らないのか?

「アムーダの花弁]とは魔法を生み出したとされる「大魔法使い」の力が今もなおその花弁に残留していると最早伝説の域にあるソシャゲでいうとこのSSSレア以上のアイテムである。これももし手に入れることができればどんな魔法も使うことが出来、金に変えればこの世界の全てを買うことも出来てしまう、そんな代物なのだ。

だが俺は知っている。この「アムーダの花弁」これは普通にゲームをプレイしても手に入らない、初回特典版に同時付録されている限定コードを打ち込んで初めて手にすることができるアイテムなんだ。それを1ゲームキャラであるバッカニアの国王がプログラム以上の言葉を話すことも知っているわけもない。まさかこれもバグだというのか?ならばあまりにもおかしい。「アムーダの花弁」の限定コードは初回限定版でしか使えず、その後販売されたリマスター版ではコードは使えないようになっていたらしく、俺がリサイクルショップで購入したFOMはリマスター版だった。つまりいくらバグが多いFOMでもプログラムに組み込まれていないアイテムが出てくるコチは絶対にありえない。それとも俺はなにか見落としているのか?

街の真ん中でステータス画面を目にして呆然と立ち尽くしているすぐ横を無関心にモブたちが歩き去っていく。突然沸き立つ違和感に胸のざわめきが収まる様子もなく今すぐにでもプログラムを確認したいところだがそんなこともこの世界から出なくては出来るわけもなく、俺はひとまず大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。

「ひとまず、この街に一番詳しい人物の元に行こう」


ニアニス王国。国土はバッカニアのおおよそ二倍程の面積を有し、わかりやすいところで言うと国土世界一のロシア程度の大きさを持つ国。海や自然がニアニス王国の国土内にあるため序盤の国しては物流の盛んな国である。ここでは多くのプレイヤーが食料や回復薬を安く手に入れるために訪れたことだろうか。かく言う俺もゲームプレイ時にはボス戦前によく買いだめにきていた者の一人だ。だが、実際にはそれ以外にこの国にはこれといって特色がない。ただアイテムが安く手に入るだけの場所。スーパーの広告を見て安いから買いに行こう程度の存在で、ストーリーとしては面白みのない悪い意味で汎用性しかない国だった。そんな国で何故バッカニアの国王は「アムーダの花弁」を入手しろとはあまりにも無理難題すぎる内容だ。国民にも花弁について聞き込みを始めようかと思ったがよくよく考えてみればミッションに関わっている重要人物以外はただのモブキャラ。それに無数と言えるモブ一人ひとりに話しかけていては時間がいくらあっても足りないのは明白。ここは自分の知識や記憶を頼りにするしか方法はない。

ニアニス王国をただあてもなく歩き続け一時間。。。国内部にそれらしき情報は得られない。やはりニアニス国王に直接聞くしかないのか?噴水のある広場のベンチに腰掛け途方に暮れているときだった。ミッション画面に突然、カウントダウンが流れ始めた。

「なんだ、これ・・・?」30分のカウントダウンの表示とともにミッション内容が更に映し出された。

[アムーダの花弁が出現しました。時間内に入手してください]

これって・・・。この出現イベントには見覚えがあった。FOMを作った制作会社の没データを調べている時にその没データの中に「レアイベント」として通常のプレイでは手に入らないアイテムを一定の時間の間ゲーム世界のどこかに出現させるというもの。しかし元々バグの多いゲームなだけにレアアイテムをゲーム世界のどこかに出現させてしまうと周りのモンスターもレアアイテムに呼応してレベルが極端に上ってしまうバグが起きてしまった。そのため、出現イベントは没データとして世間に公開されることはなくなった。今まさに起きているこのイベントは没データにあったもののそれと全く一緒だ。刻々と迫る時間に若干の焦りを感じつつ、俺は立ち止まっていた足をただ目指す場所もないままに歩みを進めた。

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