第4話 序盤からこんなことってあり? 後編

攫われた馬車の主人の娘を助け出すため竜の巣窟を訪れた俺は入り口で待ち受けていた「癒やしの水」のバグも事前にプレイしていた記憶のおかげで未然に回避し、なんなく中へ侵入することが出来た。しかし一人ではあまりに貧弱なレベルと装備であるため大勢いる敵モブを細い岩陰に誘い込み時間をかけても一対一で殴り倒す。「影で一人ずつボコしていこう」作戦というネーミングセンスゼロの作戦で最後の一人まで殴り攻撃でなんとか倒しきり、幹部が散り際に言った場所、主人の娘がいるであろう竜の巣窟最下層「竜の王の祭壇」へと向かった。




深く先の見えない暗闇の中、上層の壁に明かりとして掲げられていた松明を片手に進んでいく。最下層までの道のりは族が整備していたのかダンジョンのように階段状に岩が掘られており下まで降りることは容易だった。それと不思議なことに下に進むに連れ湧いてくる敵モンスターの数が明らかに少なくなっている。現実世界でプレイしている時の竜の巣窟は竜の王が従えていたモンスターたちが行く手を阻みなかなか下に着くことが出来ず、相手のレベルも高いためかなり高難度のイベントだった覚えがある。しかし実際にはここにくるまで敵モンスターとは一度もあっていない。それどころか族の一人や二人生き残りが居てもおかしくないはず。その違和感に嫌な予感が肌を撫でる。

警戒しつつもついに敵モンスターに会うことなく最下層まで到着した。降り立ってようやく気がついた。下に降りていくに連れ何故か洞窟内は明るくなっていた。深い赤い臙脂色、まるで血液を思わせるような明かりが不自然に広がり空間全体を包んでいた。

「なんだよ、ここ・・・」

実のところ、本来竜の巣窟には祭壇などというものは存在していない。そして俺が足を踏み入れている場所も現実のゲームの中には裏マップなどを含めても見たことも聞いたこともない。全くの初見プレイである。

「誰だ、我々の聖地に無断で足を踏み入れているものは」突然聞こえてくる男の声に俺は振り返った。すると空間の最奥に黒いマントに身を包んだ男らしき人物と石製のベットで横たわる一人の女の子。そしてその後ろには巨大な岩で精巧に作られた竜の石像が一体、今にも動き出しそうな迫力で鎮座していた。

見たところお昼寝の時間などと言う生易しい状況ではないことは見て取れるが、ここはまずストーリーを進めなければならない。ストーリー進行の際に現れる選択肢に「なにをやっているだ」のセリフが表示され物語は進み始めた。

「この娘は竜の王の力を手に入れるための生贄なのだ」

生贄?そういえばゲームをプレイしている時になにかの文献で見たことがある。竜の王の栄養分は人間の生き血で、封印される前は生き血を求めて王都を破壊して回っていた所を名のある賢者が封印し、洞窟に閉じ込めたとかなんとか・・・

黒いマントの男の後ろにある竜の石像がまさかそれなのか?よく見ると主人の娘が横たわっている石製のベットの周りが魔法陣のようになっていてそれが竜の石像に繋がっている。なるほど、それで娘が生贄というわけか。

「その力を使って何をするつもりなんだ?」

「世界を支配するんだ。かつて世界を混沌に陥れた竜の力さえあれば俺は・・・!」すぐ手が届くところに力があることに感情が昂り一人悪魔のような笑い声を上げる。何回もゲームでプレイし画面上で見てきたが実際に目の前で体感するといかにもな存在に思わずゾッとする。

「そうだ、お前も仲間に入らないか?俺の部下を倒したとあればなかなかな手練のはず。俺と共に世界を支配しよう」

これも王道のRPGの敵ボスの言葉だがここで俺の視界に選択肢が表示された。


「娘を助ける」

「娘を見捨てて仲間になる」


この選択肢は初めて見た。おそらく族討伐と竜の王が混ざってしまったがための選択肢なのだろう。ここで俺はなぜか少し選択に迷いが出た。ゲームをプレイしている上トゥルーエンドは毎度よくある展開、しかもクソゲー程その傾向が顕著に見られる。金のないゲーム会社はそこまで分岐を作れる余裕はない。しかしここはバグだらけの伝説のクソゲーの世界。イベントが混ざることもあれば序盤に最難度のボスと強制的に戦わさせられる世界。別エンドが出現してもおかしくない。

この男の仲間になって悪役エンドもゲーマーとしては唆られる。しかしその場合にゲームが正常に進められるかは定かではない。最も自分自身の未来がかかっている現段階ではそんな好奇心だけに従う行動は辞めたほうがいいだろう。

俺は少しばかり迷いつつも「娘を助ける」選択した。

「仲間に入るなんてゴメンだ。その娘は返してもらう」

「そうか、それは残念だ。ならば貴様の血も生贄ともに捧げるとしよう」


ボス戦は通常のバトルとは違い、ボスの体力がゲージ制になる。そのボスのレベルによってゲージの数は変わってくる。

まずは1ゲージ目。始めは攻撃も本来の族のボスと同じで「不死者の肉体」のスキルを使えば余裕で耐久しながら減らすことが出来た。

2ゲージ目。ボスは着ていたマントを脱ぎ捨てその下に数多く装備した武器と自らの肉体を晒すがそれは同時に弱点を晒すことになる。鍛え抜かれた肉体をよく見るとところどころに古傷らしき跡が見える。認識がトリガーになったのか弱点が赤く光って見えるようになった。マントを脱ぎ捨てた動きは始めよりもかなり素早く二回攻撃ができるようになっていた。しかし多少攻撃力や二回行動が出来るといってもまだ驚異ではない。むしろこんな簡単でいいのかと思うほどに2ゲージ目もなんなく突破した。

そして最終ゲージの3ゲージ目。異変は起きた。

「くっそ、世界を支配できる力が目の前にあるというのに俺はこんなところで負けるのか?」

「諦めろ、お前はここで終わりだ」

「諦めろ?俺が?そんな事するわけないだろう!」獣の咆哮を思わせる叫びを上げた族のボスは祭壇に横たわる娘を横目に石像となっている竜の王へと近づき、自らの首を持っていたナイフで切りつけた。大量に吹き出す鮮血が石像に向かって流れていく。その途端突如として地面が揺れ、石像に亀裂が走る。舞い散る砂煙が視界を阻む中、俺は未だ祭壇で眠る娘を助け出し岩陰に避難させた。その途中広い洞窟に鈍く空気すら震える咆哮が響いた。数十秒の時間が流れて目の前に現れたのは文献で確かに見た伝説の竜の王の姿だった。そして視界に表示される

「最終ボス 出現! 竜の王と隠された竜の子の卵を破壊、回収せよ」

これが本当のボスで、本当の決戦である。



現れた竜の王の姿はゲームプレイ時見た紅い龍鱗を纏った姿ではなく、黒い龍鱗をまるで鎧のように身に纏い胸の真ん中には異様な人の顔をした痣があった。竜の王は俺を見るな否や叫び声を上げた。


「ようやくだ・・・ようやく手に入れた!」叫び声を合図に胸の真ん中の異様な人の顔をした痣がより鮮明に表情と凹凸がはっきりとし、それがなんなのか確信した。その痣はついさっき目の前で自害した族のボスだった。自らの血を捧げ竜の王と文字通り一心同体となった。こんな金のかかる演出このゲームではありえない。有名ゾンビアクションでよくあるような融合演出は描写や声入れが大変だし、金がかかるために弱小ゲーム会社はやりたがらない。まさに金のあるあのゲームの専売特許だったはず、つまりこれもバグで勝手に起きている演出ということになる。どこまで楽しませてくれるバグなんだ。

「これだがらバグばっか起きるクソゲーは飽きないんだ」

ボス前の演出が終わりボス戦が始まる。融合竜の王は1ゲージしかないが、代わりにステータスの大幅上昇と二回攻撃が出来る。おそらく族が持っていた二回攻撃のスキルを受け継いているが身体が大きくなった分、初撃の速度は俺の回避の方が早く容易に避けられるが一撃でも攻撃を貰えばいくら「不死者の肉体」を持つ俺でも体力の限界があり死んでしまう恐れがある。それともう一つの懸念点がこの鉄の剣である。上層部で戦った下っ端の族たちとの戦闘で耐久値がかなり減ってしまっている。これがどこまで保つか、もし途中で鉄の剣が折れてしまえば俺に残された武器は殴り攻撃だけ。もう生き返りは出来ない。おそらくだが、「不死者の肉体」をバグで出したため次正常に教会で生き返れるかわからない。一生奈落の闇の中をさまよい続けることになるかもしれない。それだけはごめんだ。

「この力、手始めに貴様で試してやる」

「知ってるか?ゲームじゃそんなことを言うボスは大したことない奴だってな」

皮肉を込めた強がりは相手に不安を悟らせないためだが、同時に今にも溢れてしまいそうな興奮と好奇心を奮い立たせる作用がある。

俺は鉄の剣を強く握りしめ龍の王に向かって斬りかかる。俺の身体に覆い被さる程の巨大な足が踏み潰そうと勢いよく振り下ろされる。間一髪、現実で密かに動画を見て練習していたロールで回避し、代わりに足へと大きく振りかぶった剣で斬りつける。痛みに叫び声を上げる竜の王だがゲージを見ると今減らしたはずのダメージが即座に回復してしまっている。やはり生半可な攻撃では倒せないというわけか。理解が追いつくもそれは今のままでは一生かけても奴には勝てないことを再確認させただけに過ぎなかった。攻撃を仕掛けるも即座に回復する竜の王になす術はなくただひたすらに即死級の攻撃を避け続けるしか方法はなかった。

「どうした!貴様の力とはその程度のものなのか?」逃げ続ける俺の姿を弄ぶように高笑いを上げながらさらに踏み込みの力を強めていく。その度にだんだんと洞窟内の岩は崩れ落ちていく。その様子を見て俺は一つの考えに至った。

それは昔珍しくこのゲームのプレイ動画が配信サイトで投稿されていてそれを別のクソゲーをやるながら流し見していた時のこと。その動画はすでに終盤までストーリーを進めていていよいよ竜の王との戦いに差し掛かろうとしていた時のものだったが、配信者はとある方法で戦う前に特殊アイテムを発見していた。その方法までは動画には乗せていなかったが、それは竜の王の弱点である「金の槍」の入手法だった。通通常ではどんなにレベルを上げてもかなり苦戦するイベントでその配信者もすでに何回か負けてしまっていると笑いながら話していたがこのゲームは死ぬたびに自分のステータスが大幅に下がっていく鬼畜仕様。もし終盤で負けてしまえば最終ボスに辿り着くことはおろか、もし仮に辿り着けたとしても無残な敗北を繰り返すだけだと当時の俺は思っていた。しかしその配信者は秘密の方法で「金の槍」を入手し、その数時間後には最終ボスまで倒してしまった。それを見た俺は思わずSNSで連絡を取り、方法を聞き出そうとした

「秘密のやり方だし、君にはまだ早いよ」と子供扱いされた挙げ句軽くあしらわれるだけで結局方法を聞き出すことは出来なかった。だが今ならわかる。配信者がやっていた方法も今の俺のようにバグを利用して「金の槍」を入手したに違いない。あとはそのバグのやり方さえ分かれば・・・。

考えながら避けていると背後から迫ってくる強烈なしっぽ攻撃に気が付かなかった。俺はその尻尾攻撃をもろに食らい意識が落ちた。


俺は負けたのか?もうこの世界からは出られないのか?そう弱音を吐いている俺の耳元で誰かがそっと囁いた。

「そなたはまだ死んではおらん。目覚めよ!」声に導かれ目を開けると俺は今にも踏み潰され止めを刺される寸前のところだった。そこを「不死者の肉体」で体力を回復し、攻撃を交わすことが出来た。不死者の肉体でも回復が追いつかなくなる攻撃とはあまりにも驚異的だ。避けた側からすぐさま竜の王の方へ振り返ると竜の王は何に怯えているのかたじろいでいた。

「何故、貴様がそれを・・・」

「え?」奴が見つめる方向、つまり俺の右手には黄金に輝き、とてつもないオーラを放つ「金の槍」が握りしめられていた。

「なんで・・・?」自分でも状況がうまく飲み込めない。気を失っていたにも関わらずおそらくバグでしか入手できない「金の槍」が握りしめられている。無意識にバグのコマンドを踏んでいたのであればなんとなく説明はつくがその経緯が全くわからない。確か俺は背後から奴の攻撃を受けて一瞬気絶して、頭の中から聞こえた謎の声が意識を呼び覚まし、気がつくと手には「金の槍」が握られていた。そんな嘘みたいな確率でバグが起きたとでもいうのか?理解できないままいるとステータス画面に実績で、

「起死回生」とスキル「竜殺しの一撃」が追加された。

起死回生は体力が上限から最低値に一撃で達した時に解除される。

スキル「竜殺しの一撃」は文字通り一撃しか使えないこの緊急イベント限定の特殊スキルで、プレイヤーが「金の槍」を入手した際に発動する。

「まぁ何が何だがわかんないけど、形勢逆転だ。」

「そんな・・・竜の力が槍を恐れているのか?そんなまさか!」

「バグばっかのクソゲーも、これは神ゲー案件だわ」

竜の王と融合した族のボスの顔めがけて勢いよく放たれた「金の槍」はまるで稲妻の如く眩い光を纏い、その鋭き切先で一瞬にして貫いた。貫かれた身体は金の槍の力で全身が塵のようになり、やがてその場に崩れ族のボスと共に再び永遠の眠りについた。

「緊急ボス討伐完了!残されたイベントをクリアしよう」格上の竜の王を倒すことに集中しすぎて忘れていたがイベントクリアの内容には竜の子の卵の破壊と回収も含まれていたな、さて洞窟が崩れてしまう前に探し出してイベントを終わらせるか。インベントリに入っていた最後の食料を食べていざ卵を探しに行こうと立ち上がると突然地鳴りのような音と激しい揺れに襲われる。周りの岩は崩れ落ち始め、ついには俺の頭上めがけて岩が落ちてきた。俺は周りを落ちてきた岩に囲まれ逃げ場がない。咄嗟に岩が落ちてくる寸前囲んでいた岩の隙間を見つけその小さく細い隙間に入り込み何を逃れた。この洞窟に入ってからというもの不運なことばかり起こる。匍匐前進ならば辛うじて動ける隙間に救われ岩の森を手探りに抜け出しすっかり岩ばかりの光景に変わってしまった空間を見つめる。

「こんなところで竜の王は眠りについていたのか。なんだが寂しいな」暗く奴の身体ならば狭かったであろう空間は現実世界の自室を思い出させる。暗く狭いパソコンと最低限の日用品と食料がおいてある自室は完全に外の世界との連絡を断っているような世界。頭が良いだけの無能な俺は現実世界に飽きてしまっていた。もしこいつも古代から生きていた奴も生きすぎたがために様々な国を破壊して行ったとしたら封印されたことに可哀想と思う自分がいる。この感情が同情なのかはたまた単なる哀れみなのか。それすらも自分でわからないなら誰もこの感情を汲み取ることはできないだろう。しんみりとした心を切り替え、すっかり変わり果てた洞窟内を散策した。祭壇のある今の場所から徐々に上へと進んでいき卵がありそうな雰囲気の場所をマップを通して虱潰しに探していくがなかなか見つからない。崩れてしまった空間もどけられる岩はどけて探してみるがやはりそれらしき物は発見できない。そして遂には「癒やしの水」がある入口まで戻ってきてしまった。入口付近には他にどおかへ入れろうな箇所はなく完全に卵の存在を見失ってしまった。ため息ばかりが口から漏れ出て来る中で腹も減った俺は「癒やしの水」を一口飲んだ。すると突然、「癒やしの水」が光だし目の前から水が消え失せ、代わりに水がたんまりと溜まっていた場所に竜の子の卵が現れた。

「そういえば・・・!」これも文献で見たことがあった。竜の子の卵には膨大なエネルギーが蓄積されておりそのエネルギーを吸収することによって竜の子は孵化しやがて整体になるらしいが、昔はその膨大なエネルギーを狙って数多くの人間が竜刈りを行い、それ以来現存する竜の個体は王都を襲った個体以外には発見されていない。

これがそうだとするならば、なんで「癒やしの水」が卵に変わっていたんだ?ふと水が溜まって居た場所に目を向けると岩に魔法陣が刻み込まれていた。

これが卵を水に変えていたのか。ゲームプレイ時では卵は竜の魔法で守られた別の場所で発見できる、おそらくこれもバグの影響のはずだが魔法陣の横に同じく刻み文字で「この卵を守ってくれ」のメッセージがあった。

破壊、回収がイベントクリアの条件だがこんな隠しイベント見つけちゃったら出来ないじゃないかよ。

「緊急イベントクリア!戻って報酬を受け取ろう」

俺はインベントリに卵を全て入れ、娘を肩に担ぎ帰路についた。その途中見つけていたモンスターの少ない洞窟の奥深くに隠し、親を殺してしまった代わりにその形見である竜の王の鱗を添えてその場をあとにした。

「はぁ、女って重いのな」

長き戦いの末、俺は馬車の娘を抱えバッカニア王国へと帰るのであった。


第一章、完。     


第二章、王の依頼と不死の身体へ続く・・・。

       

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