第3話 序盤からこんなことってあり? 中編

馬車の主人の娘が族に攫われてしまった。俺は始まりの国、「バッカニア王国」へと運んでくれた礼として攫われてしまった娘の奪還をすることに決めた。もちろんバグばかりのクソゲーの世界で何が起きるのか予測できるはずもなく、、、。


ステータス画面に表示された緊急イベント。主人の娘奪還のイベントであることには変わらないが俺はそこに書かれていた達成条件を見て自分の目を疑った。

「馬車の主人の娘奪還イベント 場所:龍の巣窟 討伐対象:族一味、龍の子、龍の王」

あまりにも驚きの内容に俺は二度見ならず四度見までしてしまい、変わることのないステータス画面をつけたり消したりしては何度内容を確認した。しかしやはり何度見ようと変わることは決してなく頭の中は混乱していた。確かにバグだらけのクソゲーだが今まで現実でプレイしていてもここまで鬼畜無理ゲーなバグがしかも序盤から起きることなんて数える程度しか起きてこなかった。ここで起きるバグは入国金バグと本来族一味と娘奪還をクリアし報酬を受け取るためにまっすぐ馬車の主人の元へ向かうと玄関で謎にハマってしまって動けなくなってしまう。そこでもし何も知らず再起動してしまうと暗闇の世界に主人公キャラだけが映し出された画面でフリーズしてしまう。その後はどんなに再起動や本体のリセットをしようと元に戻ることはなく、裏FOMコードをパソコンを通じてゲーム本体に書き込むしかない。この裏FOMコードとはチートとは違って携帯アプリでいうとこの脱獄やハッキングに近い。コードにより暗闇の中から抜け出すことは出来るが、その後のプレイにバグ以上の欠陥が生じる可能が高くなるため数少ないプレイヤーの中でもこれは推奨されていない。

もう一つのバグは国王に関するバグだがこれはプレイに支障が出るわけではなかったのでここでの説明は特段いらないだろう。本来バッカニア王国で起きるバグは何度プレイしても最大この3つしか起きることはなかった。まだ確認出来ていなかっただけかもしれないがここまでの鬼畜無理ゲーは経験したことはない。しかもまさか自分自身がゲームの世界に入り込んでしまっている時に起きるとは、望んで買った伝説のクソゲーFOMだがこれはあまりにもひどすぎる。しかし、ここで嘆いていても仕方がないのは事実。緊急イベントはクリアしない限り次のストーリーに進むことは出来ない。やり直そうにもゲームの世界の中ではそれも出来ない。まさに八方塞がりだ。

「どうか娘を助け出してください!よろしくお願いします」深々と頭を下げ頼み込まれるこの状況にバグっているから無理だと到底いえるわけもなかった。

とはいえ、緊急イベントである以上クリアする以外に道はないが、実際手持ちの武器ではいくら「不死者の身体」のスキルがあっても竜の王を倒すのは不可能に近い。本来竜

の王はストーリー終盤のボス。レベルにして80レベル以上は必須。ゲーム上では魔法使いの魔法無効化スキルがないと攻略は難しい。この国には魔法使いも魔法スキルを習得できる場所もない。あるのは鍛冶屋で購入した鉄の剣のみ。

何度でも言える。やはりこの緊急イベントは鬼畜でバグっている。



俺は結局なんの打開案も見出すことは出来ず、装備もそのままに馬車の主人の娘を奪還するために一度バッカニア王国を出ることになった。

大きな壁に覆われたバッカニア王国を一度出てしまえばそこはいつモンスターが出てくるか分からない広大な大地が眼前に広がっている。娘を攫ったとされる族一味が拠点としている竜の巣窟とはFOMの世界設定で、その昔たった一体で国一つをも滅ぼす力を持っていたと言い伝えられている竜が生きていたと噂されていた場所。ゲームを攻略していく上で今後訪れるであろう別の国でそのことについて文献を見た記憶がある。しかしそれは一種の伝説のようなもので真実かどうかはゲームの設定資料でも詳しく書かれてはいなかった。だが今いる世界はバグが身近に蔓延るまさに鬼畜無理ゲー。もし本当に討伐対象がその伝説の竜の王ならば今の俺に勝てる算段はあるのだろうか?パソコンを前にいつでもリセット出来て何度でもその場からやり直せる通常のゲームとは違って代償が伴う俺はそんな生半可なものではない。実際今動いてる俺の身体はFOMのゲームキャラ。いつ俺自身にデバフがついてしまうようなバグが起きるかわからない。そんな恐怖と戦いながら・・・?いや、まてよ、そうじゃない。

「そんなスリルを味わえるクソゲーだからこそ、俺は燃えるんだ」

広大な大地を突き進み、途中休憩を挟みながら竜の巣窟を目指していく。この世界では現実のように朝と夜が存在し、それぞれに切り替わる時間がある。朝から夕方までが現実時間で15分。夜から朝までが10分。合計で25分という短い時間だがそれはあくまでパソコンの画面に向かってゲームをしている俺に対する時間。しかしどうやらこっちでの体感時間は違うようで一日12時間の切り替えで経過している。ほら気がつくと先程まで太陽が真上からギラギラと光を浴びせてきたが、今となっては眩い真っ白な姿からオレンジ色のまた綺麗な景色を演出する姿へと変わり山の向こうにその姿を消そうとしている。俺はバッカニアを出る前に買っておいた獣の毛皮と道すがらに落ちていた枝を組み合わせ簡易テントを作成し、焚き火まで作ることが出来た。ゲームの中は便利なものでやったことのないテントの作成も焚き火も標準スキルとして備わっている。家の自室でクソゲーばかりしていた俺でもこうしてテントを建てられるとは思っていなかった。テントと焚き火、王国で買っておいた食料を調理していくとステータス画面に「一人でも出来る」という実績が解除された。まるで昔テレビで放映されていた番組のタイトルのような実績だ。

そうして一人地道に進んでいき、早2日が経過しようやく俺は目的の竜の巣窟に到着した。

「さて・・・」竜の巣窟は文献やプレイ感覚のおおまかなイメージでは祠程度だと思っていたが、実際に目の前で大観してみると祠というより巨大な洞窟で確かに奥からは僅かな何かが焦げたような匂いと人らしき声も微かに聞こえる。本来ならばここはレベルが達していないと特殊な魔法陣が道を阻み中に入ることさえ許されないが、緊急クエストの今回は何故かすんなり通ることが出来た。まだレベル3程度の俺が竜の巣窟に足を踏み入れている光景自体かなり異常ではあるがこのゲーム自体が異常なわけだから、ある意味これが正常運転なのである。中へ入ると入口手前には優しくも「癒やしの水」が流れるいわゆるセーフゾーンが設置されている。ここでは奥へ進む前に一度「癒やしの水」を飲むことで体力と魔力、状態異常が回復できるシステム。しかしここにも実はバグが存在していることを俺は知っている。この「癒やしの水」飲むことで効果を得るというものなのだがそれはあくまで道中の敵モンスターで体力や魔力が減っていることを前提に設置されているもので体力も魔力も減っていない状態でこの水を飲むと効果が反転し、体力も魔力も最大値が1に固定されてしまい以降どんなにレベルが上がろうと増えることはない。しかも「癒やしの水」バグのいやらしい点はここへ来るまでにショートカットルートが存在し、そこを通ることで無傷でこの場所まで訪れることが出来る。訪れると同時に「癒やしの水」を使用するかの選択肢が現れ、先を急いだプレイヤーが誤ってボタンをそのまま押してしまうとバグの餌食になってしまう事例が多発しゲーム引退者を続出させたらしい。俺がわざわざバカニアからショートカットを使わず竜の巣窟に向かったのはバグを避けるためだ。

俺には「不死者の肉体」というチートスキルが備わっている。それはあらゆる状態異常にも対応しているが、唯一空腹には対応していない。ここに訪れるまで食料の一切を口にせず通常ならば飢餓状態で死ぬところをなんとかスキルの恩恵だけでやってきた。そしてこの「癒やしの水」空腹状態も状態異常として扱われる仕様になっている。これはバグでチートスキルを手に入れた俺だからこそ出来るたちの悪い裏技だ。

癒やしの水を飲み、無事バグにハマることなく奥へ進むことが出来た俺はマップを利用して族が潜んでいるであろう空間の手前までやってきた。薄暗い洞窟の中に薄っすらと揺らめく松明の明かりが漏れ出ている場所を発見する。微かに聞こえていた声は近づくほどに大きくなっていき、明かりが空間全体を包む頃には声は複数と言葉もはっきりと聞こえてきた。聞こえる声は男ばかりで主人の娘らしき女の声は全く聞こえない。突入しようにも俺にはいつまで保つかわからない鉄の剣しか手持ちには武器がない。もしこれが族との戦闘一発目に壊れてしまえば俺には一対多数を相手取る方法がない。出来ることならば隠密で行動し確実に一人ずつ倒したい。

しかし、俺の考えとは裏腹にこの竜の巣窟の攻略はパソコンでプレイするのと全く体感が異なるものだった。

俺はひとまず見張りをやっている下っ端と影から戦闘に入り、無理やり一対一の環境を作り出しいざという時のために殴りで時間をかけながら倒していく。戦闘モーションに入るとゲーム独自の設定で世界の時間は停止し、戦闘が終わるまで進むことはない。もし時間が進んでいたならばおそらくこの緊急イベントは現実時間で二週間以上はかかってしまうだろう。伝説のクソゲーといえどこのシステムだけはしっかりと採用されていて助かった。周りを取り囲むように配置された下っ端を順に倒していき、下っ端の最後の一人を倒すと、今まで無関心に話していた残りの族一味が一斉に騒ぎ出し警戒が強まる。酒を飲んでいた幹部らしき族も明らかに俺の鉄の剣よりも強そうな大剣や斧を手に取り、殺気溢れるオーラを放ちながら辺りを見回していた。普通のゲームならばこういう場面に遭遇した場合、RPGならば仲間の魔法使いの全体魔法で一掃するか、もしくはアクションゲームならばクイックタイムイベント、通称QTEと呼ばれるコマンドを入力し、その成否で展開が変わるもので戦うことも出来る。だがこのゲームにはそんな豪華で金のかかる演出はもちろんない。昔から流行っているゾンビアクションゲームなどでバンバンQTEが採用される中でFOMはかなりの数の敵を前にしても一斉に襲われる可能性を孕み、しかも今の俺のようにバグでレベルが足りない状態でやってきた場合は鬼畜以前にクリア不可能に近い。さすがクソゲーと言ったところだが俺の根性はそこらのパンピーとは段違いだ。大勢の敵を前にして諦めるという三文字は俺の辞書にはない。警戒が強まる中、洞窟の岩陰で攻略法を考える。すると再び今までのクソゲーの経験則が役に立った。俺はわざと武器持ちの敵モブが一つの空間に犇めく中に姿を現す。俺の姿に気づいた族は逃げる俺に対しその後を追うシステムになっている。その敵モブのシステムの穴をついた行動に出る。洞窟を逃げ回りわずかに崩れた人一人入れるような岩陰に入り拳を構える。

「一対多数?そんなバカみたいなことするわけないじゃん?安全に一人ずつ相手してやるよ」

これが俺の作戦、「影で一人ずつボコしていこう」

バグだらけでもたまにはこういうのもありでしょ?



俺は族たちを一人ずつ倒していき、最後の一人までようやくたどり着いた。五人も居た幹部も最後の一人だがさすがに幹部なだけであって下っ端のモブの二倍は倒すことに時間がかかった。

「誘拐した娘はどこにいる?」不死者の肉体を利用しながら地道に体力を削った幹部最後の一人に問いかけた。

「娘?ああそれなら俺達のボスが古代竜の花嫁にし、その力を分け与えて貰うため龍の王の祭壇へ連れて行ったわ!」ゲームの敵キャラあるある、やられる最後のセリフが重要でかつ長すぎること。

俺は説明が終わった幹部を殴り倒し、モブが大勢倒れる空間で一人一息ついた。

呼吸を整え、龍の王の祭壇がある最下層まで向かった。       






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る