1-34:私の生きる道

 道のりは、行きと同じで戦闘が起きることはない。

 ガタガタと音を立てる馬車に揺られるだけだ。未だ慣れない森の香りと木漏れ日が眠気を誘う。

 とはいえ、一応護衛という体を取るのだから、と、それを気合でこらえる。

 こういう時には会話が一番良いのだと、そう思いリックさんに話しかける。


「リックさんは、どうして行商をしてるんですか?」

「理由なんて特にありませんよ」

「ないんですか」


 理由がないのにこの長い馬車での生活は、大変極まりないだろう。

 何か、原動力みたいなのがあると思ったのだけれど、勘違いだったらしい。


「世界には、そう言うものが溢れていると思います。理由がないのに何故か残り続けているものが」

「何故か、ですか」

「えぇ。例えばそうですね……占いなんてそうでしょう。当たる確証がなければ根拠もない。だというのに、人はどうしてかそれを信じたがる。目の前の現実を歪めてでも」

「そうなんでしょうか」

「最適化されずに古臭く残っている。私のこれと一緒です。儲からないのにあちこち移動し続けるんですから。古臭いったらありゃしない」


 嫌味ったらしくリックさんは口に出した。

 ならば、私の信じる宗教というのも、その一つなんだろうか。

 神を崇めることをやめ、ただ救われたいから祈る。形は同じだ。


「とはいえ、それが生活を支えていることも多いですから。一概に悪いとも言えませんよ」

「……そうなんですかね」


 この行商なんていくつもの村を支えている自負がありますよ、と乾いた笑いを浮かべるリックさん。

 理由がなくても、今に満足している、そういうことなんだろうか。

 私は、満足しているんだろうか。

 名前をもらえて、両親を知って。何一つ不自由なく暮らしていたはずなのに。

 心の底ではもっとと、渇望する声が聞こえてくるようだ。

 私のその声は、何を望んでいるんだろうか――


「今日はここらへんで休みましょう。明日になれば教国の検問をくぐれると思いますが――」

「では、そこからは走っていきます。私たちの身体能力は、異常らしいので」


 正気を疑うような目で見られた。

 正直見てもらったほうが早いと思い、本気でジャンプをした。

 葉をかき分け、夕日に照らされた。

 高さは――馬車十台を積み重ねたくらいだろうか。リックさんが小粒に見える。


「はは、まさかここまでとは」

「そう言うことなので、走ります」

「分かりました。ささ、夕飯の準備をしますから」


 落ちた枝を集めていたので、私も集め、光を当て火をつける。

 やがてぱちぱちと音を立て始める焚火。日も落ち、光が眩しくすら見えてくる。


「さて、スープと干し肉です。誰か連れるなら豪勢にしていたんですが……」

「いえ、助かります」


 食にあまりこだわらない人のようで、味わうことなく流し込んでいるリックさん。

 私は割と、香辛料だらけに比べると単純で美味しいと感じている。


 リックさんは馬車の車輪を背もたれに、空を見上げた。

 私がジャンプした枝葉の穴からは、満点の星空が広がっていた。


「こんなにも」

「……」

「世界が綺麗だったなんて、知らなかったなぁ」


 空を見上げ、瞬きを忘れ目に焼き付けるように眺めていたリックさんは、いつしか涙を浮かべていた。

 私は焚火を眺め、その温もりを噛みしめる。

 夜は静謐に、深い藍を広げていた。




「うぅん」

「おはようございます、起きましたか」


 どうやらリックさんが起きたようだ。

 流石に座ったまま寝続けるのが辛かったようで、気付いたら馬車の御者席のあたりで横になっていた。

 顔に変な跡がついている。


「あぁ、おはよ、朝食、食べようか」


 起きてすぐはふわふわしているリックさんは、ふらふら歩きながら朝食を用意する。

 私も見ているだけは何なので、横で手伝いをする。


「ささ、食べようか」


 すっかり目が覚めたようだ。

 睡眠が浅いわけじゃないから、起動が早い体質なんだろう。

 戦う上で睡眠の質は大きなメリットだ。まぁ、戦う予定なんてこれっぽっちもないだろうけれど。


「えぇ」


 戦いのないこんな幸せを、私なんかが受けても良いのか。

 そんな感情を抱いている私は間違っているんだろうか。





「見えたよ、あれが検問……とはいえ様子から、警戒する必要がなさそうな雰囲気だけど」


 聳え立つ巨大な国境の壁があると話していたが、その奥から煙がいくつも伸びていた。

 巨大な宗教国家と言われるくらいだし、国内は平和なはず。ならその煙の理由は――きっと、私の家族。


 リックさんの言っていた通り警戒する必要はなかった。唯一壁に穴が開いたような形の門は検問所だったのだろう。駐屯するための施設が壁の向こう側にあったけれど、人の気配も馬の鳴き声もしない。

 人のいない検問などただの門と同じだ。何も止める者がないまま馬車は素通りした。


「それじゃあ、煙のある方へ走っていくから、リックさんは」

「何を。ここまで来たのだから最後まで連れて行きますよ。次の村の予定まで時間に余裕もありますし」

「でも、犯罪者に……」

「検問を素通りした時点で同罪ですよ。それに勇者が暴れると知っていて連れてきているのですから、どのみちバレればこれまでの生活を続けるのは難しいでしょう」


 もう、遅かった。

 考えが及ばずに彼を巻き込んでしまった。


「さて、私が生き残る道は一つだけです」

「……?」

「教会をコテンパンにしちゃってください」


 ――戦う理由が一つ増えてしまったようだ。

 私は小さく頷いた。

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