1-25:帰還
「もう……ダメみたいだ」
そう、瓦礫の奥から聞こえた。
僅かな声量、しかしその声ははっきりと届いた。
「大丈夫、私が瓦礫を動かすから……」
「どのみち、この怪我じゃ長くはない……治療は出来ないだろう? それに敵の増援がいつ来るか分からない。置いていけ」
瓦礫の隙間から血がだらだらと流れてくる。姿こそ見えないが、その怪我は相当なものなんだろうと想像ができる。
盾の人が頼りになるから忘れていた。私たちを頼ることなく一人で立っていたから感じなかった。私たち勇者と違って、彼は一般人、身体能力が飛びぬけて高いわけでも、魔法に特化しているわけでもない。もしかすれば、使うことが出来なかったかもしれない。なら、この破壊力の中まだ生きていることの方が奇跡だろう。
それに、耳を澄ませばあちこちで破壊音、金属音、そして叫び声。盾の人の言う通り、そう時間は長くないだろう。
「いくら勇者とて、量もバランスも怪我の具合も、生きていることが奇跡みたいなものだ。それにこれを動かすのに精神も時間も使う。まだ帰りもあるんだ、ここで力尽きられると最悪全滅もありうる。俺は俺でなんとか頑張ってみるが――お前は逃げろ」
「そんな……」
目の前にいるのに、救えない。
いつか誰かが死ぬのかもしれないと覚悟はしていたつもりだった。
けれど、目の前で救えずにだなんて、納得できるはずがなかった。
気が付けば、どんどんと涙が溢れていた。
こつ、こつ。
足音が隣まで来た。
見上げれば、杖の人が瓦礫の奥を見つめていた。
「盾……いや、ここは名を呼ぼう。ロックよ。言い残すことはあるか」
「そうだな……一人だけ」
杖の人は、瓦礫の向こうへと問いかけた。
すると弱弱しい声で、今にも消えそうな声色でロックは言葉を返した。
「旅が終われば、フィリア村に寄れ。
――勇者よ、心から愛している」
思考が止まった。
愛している? 誰を? 私を?
何故、そしてフィリア村は……何処? 一体何があるって言うの?
しかし、それを問う前に戦いの音はだんだんと近づいてきていた。
けれど、今逃げると……
「行くぞ、勇者」
「でも、盾の人が!」
「もう、助からん!」
杖の人が私の腕を無理やりに引っ張る。
抵抗しようと思えば力づくで振り払えるその腕を、どうしてか、私は振り払えなかった。
そこから先は、ほとんど覚えていない。
ただ一つ、あの声が聞こえなかったことだけは、覚えている。
聖剣のせいで壊れた最上階から、石がどんどんと降って来る。破壊が破壊を呼び、城は既にあちこちが崩れ始めている。その音は巨悪の根源、魔王の討伐を知らせる鐘となっているはずだ。
「あぁ」
声が漏れた。
気が付けば、城から少し離れたテントにいた。
外を覗いてみてみると、あちこちで怪我をした人たちが治療を受けている。
顔に布をかけられ運ばれる人も少なくはなかった。
遠くを見てみれば、灰の煙の漂う方には瓦礫の山が積み重なっていた。
距離のせいもあるだろう。呻き声一つ聞こえてこなかった。
権威の象徴である魔王城が崩れた、つまり戦争の終幕となることは明白なはず。国の王が消え、戦争の継続が出来なくなるだろうから。
けれど、戦いは終わっていないと、そんな感覚があるのはどうしてだろうか。
「お疲れさまでした。無事に魔王を倒せたようで」
「……無事、ね」
落ち着いたところで、連絡が飛んできた。
やっぱり、見えているんだろう。
慣れている声のはずなのに、どうにも慣れられないのは、きっと彼女の性格に反した言葉の棘のせいだろう。
「盾の人が」
「それは想定内でした。残念ですが、被害は最小限です」
淡々とそう告げてくる念の人。
死んだ、とすら伝えていないのに把握しているのは、その予知じみた想定のせいか、それとも見ていたからか。
どのみち、これ以上この会話を続けてくれる雰囲気はなかった。
「それで、どうしたら良いの?」
「――で、では、王城へと戻ってきてください」
「……了解」
僅かに違和感を覚える。その感触を舌で転がすように考える。
「起きていらしたのですね」
「あ、弓の人。私、どれくらい寝てたんだろう」
「城を脱出してから丸一日くらいですかね。戦闘自体が丸一日だったようで、馬車で突撃してから二日経っています」
「な、なるほど……」
やっぱり相当時間経ってたよね、と戦いを振り返る。
今思えば、魔力が枯渇しなかったのが奇跡だっただろう。
「あと少しすれば、救護班と負傷兵、警備兵以外は帰還する準備が整う予定です」
「分かった。すぐに帰還しよう」
テントを出て、馬車を探す。
馬の鳴き声が聞こえる方に歩けば、馬車がいくつも並んでいる所に着いた。
「帰還準備整いました!」
「お疲れ様。他の勇者たちは」
「全員、既に馬車に乗っております!」
結構起きるのギリギリだったんだな、と今になって感じる。
全員ってことは、皆死なずに帰ってこられたようでまず良かった。氷の人が片腕を失ってしまったことを考えると、これまで通りの生活とはいかないのかもしれないけれど。
欲を言えば、パーティー全員で帰りたかったな。
そんな思いは、当然口にはしなかった。
「では、帰還しましょう」
「了解です! 出発します!」
兵士が御者台に乗り込んだ。
そういえば、魔王城に向かっているときも、御者はこの人だったんだろうか。鎧がみんな一緒だから分かりっこない話ではあるのだけど。
「もう、帰りは大丈夫だよね」
「――私が、警戒を受け継ぎましょう」
弓の人が馬車の上に乗る。
警戒は大丈夫そうだ、と私は視線を目の前に移す。
「任せたわ、それじゃあ杖の人。あとで説明して。盾の人が言っていたことのすべてを」
「そうじゃな。長くなるじゃろうが、知りうることを話そう」
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