1-24:笑っていた

「めんどくさい!」


 闇の球を私は弱めた聖剣で切り払った。

 聖剣は、ただただ光を帯びているだけになっていた。


 あれからどれくらい経っただろうか。

 一時間? 一日? いやもしかしたらまだ十分、いやそれ以上に短いかもしれない。

 体感時間が信じられないくらいに、この長い戦いは続いている。

 どれだけ、闇の球を防いだだろうか。百から先は数えるのをやめてしまった。


 幾度となく魔法を耐え、しかし攻めることは許されなかった。

 応援が来る気配もない。火の人も、氷の人も消耗が激しかったことを考えると、いないほうがマシだと二人が判断したのかもしれない。

 来てほしい気持ちと来てほしくない気持ちが綯い交ぜになって複雑だ。


 しかし、応援がないとはいえ魔法をそれだけ凌いだこともあり、この魔法の性質を、ある程度理解することが出来た。


 ・触れるとその部位が切り取られるように消滅する。

 ・魔法攻撃で元に戻る。あと光だと簡単に消せる。


 正直、弱点っぽい光を使える私が来たことが運命のよう――いや、これも計画通りなのかもしれない。そう疑ってしまう。

 私の聖剣が対人向きではないとはいえ、これに一番有効的に対処できると考えたら私にしかできないとすら思う。計画とやらも、それを考えた上のような気がしてならない。

 けれど、正直それ以上が、決定打がない。

 あれだけ空気を読まない指示を出していたくせに、出るタイミングだけは空気を読んだかのように連絡がこない。全く、弱点の一つや二つくらい、教えてくれて良いと思うのだが。


 そんな私は闇の攻撃を凌ぐために魔法や聖剣で対処しているけれど、魔王に疲れは見えない。

 一方私は、もう魔力の三分の一程度を使ってしまった。

 その上闇の球は私にだけ飛んでくるわけではなく、空間を埋め尽くすかのようにいくつも飛んでくる。後ろまで守らないといけないこの状況を、長く続けられる気はしない。


 それに、切り札である私の聖剣のことも考えると、正直これ以上の消費はしたくない。


「杖の人! 私の代わりに!」

「――分かりましたぞ」


 その杖を大きく振りかぶると、小さな小さな光の球体を私たちの周りに大量に生み出し始めた。

 それは闇の球と当たると――互いに消えて無くなった。

 蛍のように、浮かんでは消えていく。

 杖の人の表情が芳しくないところから見るに、そう長くは持たないだろう。

 なら、私はこれに賭けるだけ。


「我は全てを置き去りに。光は絶対、光は道標。汝、絶対の顕現者。『絶対なる光の聖剣』!」


 輝く一筋の剣は、魔王を守るようにして浮かんでいた闇の球を瞬く間にかき消した。

 ならば、と別属性の魔法を唱え始めた魔王。

 火の槍が私の頬を掠り、傷をつけて通り過ぎる。


 別属性も使えるなんて、聞いてない。なんて、それを説明するわけもない。

 けれど、私はその時間を与えてあげる優しさはない。


 私の制御できる限界まで、この聖剣に。それしか考えていなかった。


「おりゃぁぁぁぁああああ!!!!」

「ちっ、小癪な!」


 魔王は両手に火の槍を生み出すと、即座にそれを射出した。

 ――と、それを盾の人が寸前で防いでくれる。

 私はその背を越えて踊り出るように魔王の前へ。

 魔王は既に壁にまで下がっているためこれ以上逃げ場はない。当てるなら今。


「食らえぇぇぇええええ!!!」

「させない! 『神風』」


 その瞬間、爆風が弾ける。

 後ろに立っていた盾の人は爆音をかき鳴らしながら吹き飛ばされた。

 けれど私は吹き飛ばなかった。

 最後の最後で地面に深く突き刺された大楯によって。

 私はそれを支えに、向かい風に抗って剣を振りぬいた。


 その剣は、抵抗なく魔王の胴を真っ二つに切り分けた。

 剣が光を失う。

 呼吸の音が部屋を響いた。


 魔力は切れた。他の皆も満身創痍。これ以上戦えないけれど、復活してきて「戦えないので許してください」なんてもちろん通用するわけもない。

 未だ全員が武器を構えたまま、その体を睨みつける。

 復活して戦闘継続、みたいなことになるんだろうか。そう思っての警戒だった。

 しかし、それがもう動くことはなかった。

 少しずつ、距離を詰め、壁に隠れていた魔王の顔を見た。


「笑ってる……?」


 魔王は、何故か笑っていた。醜く歪んだ嫌らしい笑みではない、何故か、安心しきったような、優しい顔。


 殺されて笑顔だなんて、正気を疑う。いや、魔王になった時点で正気も何もなかったのかもしれない。


「終わった……よ」


 私の声で、一気に緊張がほどけた。

 張り詰めた空気がほどけ、安心しきったその中で、一人だけ声が聞こえない。


「そうだ、盾の人、大丈夫!?」


 至近距離で爆風を食らい、大きく吹き飛ばされていた盾の人は壁を突き抜け、巨大な穴をいくつも空けた先にいるようだった。籠った声が聞こえてくる。

 近づいてみれば、絶妙なバランスで積み重なった瓦礫の下に埋まっているらしい。

 部屋をいくつも貫通させるほどの風圧ならば、その風だけで城の脆い部分が壊れてもおかしくはない。

 助けよう、そう瓦礫に手をかけたとき。

 その声は、静かな中やけに良く響いた。


「もう……ダメみたいだ」

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