1-23:私が魔王だ

 魔王の部屋、そこはシャンデリアが明るく照らす、大きな謁見の間だった。

 中央には赤いカーペットが敷かれている。

 そしてその最奥に。

 背を向けた、男の姿があった。

 頭部からは角が二本、ローブで体格ははっきり分からないけれど、身長は人間と比べても高いほう。いや、角さえなければただの身長が高い人と言われても勘違いしそうなくらい、化け物とはかけ離れた形。


 剣を構えた。

 けれど、攻撃をしてくる気配はなかった。


「あなたが魔王?」


 少しの間。沈黙が流れる。


 そして、その男は振り返る。

 身に着けた漆黒のローブを払いながら。


「そうとも、私が魔王だ」

「――ッッッッ!!!」


 赤い目を見開き、手を構えた。

 その瞬間、圧が私たちを襲った。


 魔力が波のように打ち出されただけだったのかもしれない。けれど明確に私は、きっと私たちは、死を予感させられた。

 これが、魔王。


 人間に勇者、なんて存在が用意されたのも納得してしまう。いや、勇者ですら天秤にかけても負けるくらい、魔王は強い。強すぎる。


 しかし、魔王はその圧を一度解いた。

 何を、と様子を伺ったのも一瞬だった。

 魔王は、あろうことか口を開いた。


「勇者よ、君に両親はいるかい」

「……居ると言ったら、殺しに行くの?」


 唐突の質問。意味があるのか、回答させること自体が目的なのか。油断させるためなのか、それとも――

 分からない以上、何か情報を与えること自体が私にとっては怖かった。

 しかし、結果は無意味でしかなかった。


「そうか、教会に育てられたか」

「……!」


 心を、読まれた?

 それとも、記憶を見られた?

 答える事自体がダメだったか、それとも防ぎようがないのか。

 原因が分からなければ対策もしようがない。

 そう、思っていたのだが。


「私は記録を読める。世界の記録を。そして記録に付随している感情もまた、私の力の範囲内」

「……ご丁寧に説明してくれるなんて」


 魔王はご丁寧にもその構造を明らかにした。それは嘘かもしれない、と、そう疑ったものの、すぐにそれを諦めた。

 下手に言葉を紡いでも、抱いている感情が、そして話の通りであれば私の考えたそれも分かってしまう。なら取り繕っても仕方がない。

 それに、正しくても間違っていても、対策なんて存在しない。


「そして、それは明確な記憶として存在している必要もない。例えば君たちにつけられた計画名、例えば世界に蔓延る悪事のその全て、例えば――君のいつも見る夢だったり」


 いつも夢に見る、どこかの誰かの夢。

 あの二人は、誰なのか。両親なら、どこにいるのか。それを知るには、魔王の力が必要になる。


「私を倒せば、君の知りたい情報は永遠に分からないままだ」

「……」


 その切り口は想像していなかった……とはいえ、弱いところだったのは事実。

 しかし、抱いている感情を抑える。


「それは、世界が平和になったら。魔族と私たちの戦争が終わってから考える」

「そうか。なら、交渉は決裂というやつだな……となれば、戦うのだろう?」

「そうだね。それが世界の平和に繋がるのなら」


 その時、圧が私たちを一歩後ろへと下がらせた。

 その瞬間だった。


 魔王の周囲に、暗い、いや純粋な『闇』がそこに現れた。世界に存在していることがおかしいだろうそれが、さも当然のように、夜が切り抜かれたように。


「それじゃあ、戦いを始めようじゃないか」


 魔王が不敵に笑ったその瞬間、闇が私たちを目掛け迫って来た。

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