1-21:四天王シグムル

 撤退していたのか、すぐに走って三階分を飛び降りてきた。


「なんのためらいもなく少女がその高さを飛び降りるとは……流石としか」


 杖の人は呟くも、それに反応する声は帰ってこない。

 私も、彼女も、それだけの余裕は残っていなかった。


「何処に行くんだ、火の勇者よ!」


 そしてさっきまで火の人がいた場所には、長身で細身な、しかし遠めでもわかるくらいに筋肉が浮き上がった男が立っていた。

 男はその長い白髪をたなびかせ、口にそっと、右手の指輪を付けた。


「まずい! 避けるぞ!」


 唐突に、火の人が叫んだ。

 その瞬間、私たちは一気に散開する。


 私と火の人が同じ方向に、弓の人は一人高く、杖の人は盾の人に抱えられながら先に通った道へと戻って行った。


 そして数瞬経った後、私たちがいた場所が少し切れた。

 威力は低いのか、とそこを見て、警戒レベルを一気に上げた。


 飛んできた一撃は、小さく、しかし鋭利な刃物のような断面を城の床につけていた。

 まるで包丁で切り分けたように、ぱっくりと割れていた。


「あれ……何の属性だった?」


 見えなかった。

 その事実が今になって恐怖へと変わる。


 発動のトリガーが『指輪に口をつける』とわかっていればまだ避けられるけど、それがなければ気付ける気がしない。

 得体の知れない、不可視の斬撃。当たり所が悪ければ一撃で戦闘不能。

 そんな攻撃、私は今まで聞いたことがない。


「あれ、水の刃だった」

「水!? 水があんなに切れるわけないでしょ!」

「でも火で蒸発したから水だとしか言えねぇんだ!」


 火の人は舌打ちをしながら、男を睨みつける。

 確かに、蒸発したなら水としか言いようがない。けれど、水であんなにぱっくりと切れるものなのか。

 とはいえ、私たちよりも火の人のほうが長く交戦しているため、そうだと断定して動くしかない。


「さて、お話も終わりましたかな」

「貴方が……魔王?」

「いえいえ、私は魔王様の駒、四天王シグムル」

「四天王……」


 先の戦いと同じ、初見では攻略が難しい力を持っている。四天王は皆、そんな力を見込まれているのだろうか、とすら思ってきたほどに。

 けれど。


「でもその力も、種が分かれば攻略できないほどじゃない」

「ほう、私を攻略……殺せる、と。それは――」


 そこで一息ついて、彼は叫んだ。


「舐められたものですね!」


 彼は右手をすっ、と前に出した。

 そして完成したのは、水で出来た壁。


 確かに水属性だ、と感想を口に出す間もないまま、その壁からにゅっ、と生えてくるように水の槍が生えてきた。


「まずい!」


 その声が聞こえた瞬間、目の前に火の壁が現れた。

 火の人の魔法。どうやら、火で蒸発させることでこちらへの被害を防いでいたらしい。

 しかし、広域に展開してしまったため、これまでと重ねて体力の消費が激しそうだ。ここを乗り越えても、魔王戦まで行く体力は流石になさそうだ。


「ありがと、にしてもこれは……」


 私は水の防壁を見る。

 物理攻撃なら通るかもしれないけど、今ここにいるのは残念ながらどっちも魔法攻撃が質量をもたない。

 私の光も、多分水の中を反射して有効打どころかまともなダメージすら与えられないだろう。


 私の聖剣なら、とも思ったけど、氷の人が温存させてくれた聖剣をここで使うと、魔王への有効打を失う事と同義。


「聖剣を、最高出力で放つ。だから、時間を稼いでくれ」

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